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神のイケニエ4

 お屋敷の門の前まで来ると、いつも元気な狛犬の狛ちゃんと獅子の獅子ちゃんがじっとうずくまっていた。伏せをしているのかと思ったら、その状態のままぴくりとも動かない。まるで本当に石像になってしまったみたいだった。いや、もとが石像だからその表現はおかしいんだけど


「狛ちゃん達が」

「すまぬ、もうしばらくしたら動けるようにする……」


 どうなってこの状況なのか聞きたい気持ちもあったけれど、ミコト様自身が怪我だらけで大変な状況なので頷くだけにしておいた。門もいつもの自動ドア状態ではなくて、ミコト様が傷だらけの左手で少し触れて開けている。傷に響くのではないかと心配したけれど、相変わらずミコト様の右手は私の左手にくっついたままだった。


「えーっと……とりあえずお風呂……いや、着替えどこだろう……」


 お屋敷で甘やかされまくっていたツケがこんなところで。

 いつもはすずめくんや美女梅コンビがちやほやと先回りしてお世話をしてくれることが多いので、自分の服がどこにあるのかすらおぼつかなかった。振り向いた先で大人しく私に連れられているミコト様もそうだろう。


「多分お風呂場の近くで用意してるから……この辺のどこかに……これかな」


 まずミコト様に許可を取って、階の近くに刀を置いておく。それからお風呂場あたりまで歩いていき適当に近くの部屋に入って探していると、洋服が入っている箪笥があった。更に探すとミコト様のものも見つかるけれど、ミコト様のはパジャマや洋服しか入っていない。いつもミコト様が着ているような装束は湿気とかにあたるとよくなさそうだから、別の場所にしまっているのだろう。


 お屋敷のお風呂は私が来てから作られたものなので新しい。見かけは普通の銭湯のような感じだけれど、すずめくんによると源泉かけ流しというシステムで、ずっと新しいお湯が流れているそうだ。なので、いつでもお風呂に入れるようになっている。


「タオルは脱衣所のとこにあるよね……よし」


 あちこち歩き回っている私の後ろをカモの子供のように歩いていたミコト様をじっと見ると、少しぼんやりしたままのミコト様が、僅かに不安そうな顔で首を傾げる。

 いや、何? じゃない。ここは脱衣所ですよ。


「えっと……ミコト様、先にお風呂に入りますか?」

「なぜ?」

「なぜって、雨に降られたし、怪我の手当てをするにも一度綺麗にした方がいいかと」

「……どうせ治らぬ。手当ては必要ない」

「またそんなこと言って。じゃあ私先に入っていいですか?」


 この状態のミコト様を放って入浴するのは気がひけるけれど、雨が冷たかったせいで体が冷えてきている。服が重くて気持ち悪いので着替えたいし、ちょっと体を温めておかないと夏なのに風邪を引きそうだ。

 しかしミコト様は応えず、ただ私の左手首を握るてに少し力を込めた。


「いや、風邪引くし。すぐ出てくるんでちょっと待ってて下さい」

「……手放せば、またルリは逃げるだろう」

「逃げませんよ。てかそもそも逃げてないですし。しゃきっとしてくださいミコト様」


 体の左側を覆う傷のせいなのか、ミコト様は会話できているようでまだおぼつかないところがあるようだった。めじろくん達がいればきちんと説得してくれそうだけれど、まだお屋敷へ帰ってこないところを見ると、彼らが来れるまでにお屋敷の気が綺麗になっていないのかもしれない。

 ということはつまり、今日はミコト様と二人きりなのか。ごはんとかどうしよう。お布団も自分で準備しなきゃいけないし、薬箱はどこにしまってあるんだろう。お屋敷の雨戸も全部一人で閉めなきゃいけないのか。


「ルリはすぐにここを出て行きたがるではないか」

「えっ? 誰? どこの誰の話?」

「ずっとここにおればよいのに」


 もしかして、学校に行ったり買い物に行ったりしたことのことを指しているのだろうか? きちんと出掛けたいとお屋敷の主であるミコト様に言っていたし、ミコト様も心配はしていたけれど出掛けることを許してくれていたのに。また私が望んでいるからと受け入れて、心の底では出ていってしまうのではとか不安になっていたのか。だったら最初からそう言ってくれればいいのに。そもそも私は行くところがないんだから、何を心配に思っているのだろう。本当にミコト様の思考回路は意味がわからない。そしてお風呂に入りたいというのに引き止められていると、寒いし服はびちょびちょだしでムカムカしてくるではないか。


「ミコト様、ここミコト様のお屋敷なんで、何かここで起こることは大体把握できるんじゃないですか? 私が逃げようとしたら気付くでしょう。塀も高くて届かないし、心配なら門とか脱衣所の出口とかで待ってて下さい」

「しかし……、今の私にはろくな力がない。何かあっても、まともに動けぬかもしれぬ」

「心配してくれるのはありがたいですけど、あーもう」


 このまま2人でずぶ濡れ状態を維持していても何の解決にもならない。早く着替えて綺麗にして、ミコト様の怪我に薬を塗ってしまいたいのに。ごはんも自分で作るなら炊飯器セットして、何があるのか見ないといけないのに。


「もしかしてミコト様、私のお風呂シーン覗きたいからそんなこと言ってるんですか? 変態! 痴漢! すけべ!」

「えっ……いや、わ、私はそんなつもりは」

「じゃあなんですか何だかんだ言って私に風邪を引かせるつもりなんですか酷い! 変態!」

「ち、ちが」

「じゃあそっちの部屋でおとなしく待っててくださいよ! ミコト様のすけべ!」

「すすすけべでは」


 キャー変態ーと捲し立てると、さすがにぼんやりしていたミコト様もオロオロしだした。その隙にタオルを押し付けて近くの部屋に押し込む。ちがう、ルリ、と弱々しく反論しているのを襖で塞いでから、私は脱衣所の扉に鍵をかけて濡れて不快な服を脱ぐ。押しに弱い神様でよかった。






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