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四季の咲く庭6

 わいわいと騒がしい声で目が覚めた。枕元にある手拭いと歯ブラシセットを持って廊下を歩く。

 いちいち起きた時にすずめくんにお世話をしてもらうのが気まずいので、話し合いの結果顔は自分で洗いに行くし、着替えも洋服なので自分でするということで合意したのだ。いつの間にか洗面台が増築されていたので、そこで髪もいじれる。


 太陽が既に高いところにあって、そんなに寝坊したのかと首を傾げる。いつも大体7時前になるとすずめくんがねぼすけだと起こしに来るのに。

 朝ごはん食べそびれたかなあと心配しながら洗面所に向かっていると、途中のへやからやいやい声が聞こえてきた。


「もう、すずめは知りませんよ。そもそも主様が勝手になさったことでしょう。朝がうんと早かったせいであちこち大わらわで大変だったのですからね。炊飯器もタイマー掛けてたのに、時間が狂うったら」

「すまぬ……ルリと共に庭を歩くと思うと夜明けが待ち遠しくて」

「待ち遠しいで朝を早められちゃ困ります。大体ルリさまは寝汚いんですから、ちょっとやそっとの明るさじゃ起きてきませんよ。いつも大体8時間くらい寝てらっしゃいます」

「うぅ……」

「仕方ないから日の入りを早くして、今日の夜は長くしてくださいね。外とズレるとお買い物が大変なんです」

「わかった」


 よくわからないけれど、ミコト様が神様パワーで日の出を早めたらしい。神様すごい。そして主様とか呼びつつ遠慮がないすずめくんもすごい。


「あ、ルリさま! 何やってんですか早くお顔を洗ってらして下さい!」

「すいません」

「ルリ、そ、そんな格好、明るい場所で、……早う着替えるがよい……!」


 とばっちりから逃げるために洗面所に急ぐ。ミコト様の何かセンサーに引っかかったらしいけれど、ごく普通のTシャツ短パンの寝間着なのでどうにもできない。


 着替えて食事に出向くと、既にミコト様以外の人達はごはんを食べたあとだった。


「今日は誰かさまのせいで日の出が4時間も早かったのですよ。すずめ達は朝からあちこち動き回ってもうおやつの時間です」

「大変だったんだね」

「すずめは食べてしまいましたが、主様がご一緒にとお待ちでしたので寂しくないでしょう?」

「え、うん……いやだからってこの配置はないかと」


 いつもならずらっと並んで皆でごはんだけれど、今日はもうミコト様と私しか食べる人がいない。だからという理由で私のお膳がミコト様と向かい合う形で並べられていた。

 目の前に迫る屏風が非常に圧迫感を増している。


「朝を急かしすぎたが、ルリと2人きりで朝餉が取れるのはよいな」

「すずめくんもめじろくんもいますよ」

「面と向かって共に朝餉を……」

「いや顔見えてないし」


 たまにもしょもしょ聞こえてくる言葉に返事をしてみるけれどいまいち噛み合っている感じもしないけれど、ミコト様は満足そうなので気にしないことにした。

 今日は西京焼きとおすましに梅干しととろろごはん。麦ごはんは食感に変化があって美味しい。蕗味噌も出なくなってより美味しい。すずめくんによると、梅干しは白梅さんの実を何年か前に漬けたものらしい。大きくて酸っぱい立派な梅干しだった。


 ごはんを食べ終わると一息つく暇もなくすずめくんに追い立てられて準備に戻る。多分、そわそわしているミコト様が面倒になってきたのだろう。めじろくんの表情も今日は一段と死んでいた。


「春の庭は毎日お掃除していますけど、花びらが多いですから気をつけて」

「スニーカーだし平気だと思う」

「ご準備出来ましたか? あそこで主様がずっと待ってるので、もう行っちゃって下さい」

「いってきまーす」


 東の建物と主屋を繋ぐ廊下へと歩いていくと、ちらちら見えていた藤色が気付いてこっちにやって来た。


「お待たせしました」

「待ってなどおらぬ。今来たところゆえな」


 白々しいやりとりをしながら主屋を通り、建物の裏にある中庭へと降りる。中庭は東の建物も面してはいるけれど、中庭へ降りる階段は主屋にしかない。東の建物も縁側に手すりがないので降りようと思えば降りられるけれど、床下が結構な高さなので戻る時に大変そうだった。

 中庭へ続く階段を降りるといつの間にかスニーカーも置かれていたけれど、他に人影はなかった。


 春の庭は全体的に暖色系のパステルカラーで溢れていた。桜の木をはじめ沢山の花が咲き乱れていて色んな匂いが混ざっている。四方を建物で囲われていると言ってもとても広くて、近くにある桜の木は色が濃く、遠くのものは白っぽく見えるほどだった。夏の庭と比べると緑もみずみずしくて明るい色をしているのがわかる。豪華な桜吹雪を2人だけで見ているのがもったいないと思うくらいだ。

 ミコト様の横やや後方を歩きながらあちこち眺める。どこを見ても綺麗な風景しかない。


「ルリは、ここの暮らしには慣れたろうか」

「大体慣れたと思います。ここ、間取りとか広さとか結構変わってますよね?」

「うむ。ここは私の勝手であちこちよく弄るからな、現し世とは違って見かけと違うところもあるだろう。わかりにくくないとよいが」

「面白いので大丈夫です」


 ここの建物は実際に入ってみると見た目より広かったり、明らかに間取りがおかしかったりするところがある。昨日もトイレがウォシュレットに変わっていたし、割と何でもありなのだろう。


「知っているか? そこな池には鯉がおるのだ」

「あ、ほんとだ」


 庭の大体中央にある広い池には大きな鯉が何匹か泳いでいた。縁の平たい岩に乗って覗き込んでみると、色んな色をした錦鯉が5匹くらいゆったりと尾を揺らしている。黒い普通の鯉も1匹いたけれど、見える範囲にはあとはカメがいるくらいだった。とても広い池に数匹というストレスフリーな生活をしているためかどの鯉も立派なサイズである。売ると多分高いだろう。


「これを餌にやると寄ってくるぞ」


 隣に立っていたミコト様がそっと乾物のお麩をくれた。長い。私の肘から下くらいの長さがあるお麩、どこに持っていたのだろう。マジシャン的な風景を思い浮かべつつお麩をちぎって投げると、悠然と泳いでいた鯉がいきなり機敏になって寄ってきた。


「うわぁ……」


 お麩を投げる度に鯉が大きい口を開閉させながら水面をゴボォと鳴らしている。結構迫力のある風景だけれど、慣れてくると面白い。しゃがんでお麩をやっているとミコト様も隣でしゃがんだので、ちぎったお麩を差し出す。


「ミコト様もあげますか?」

「うっ、うむ。やろう。共に」


 相変わらず袖のカーテンで鉄壁に顔を隠しながらもミコト様がお麩を池に落とす。赤と白の綺麗な錦鯉が落とされたお麩をガポッと飲み込んだ。見ていると、ミコト様はバクバク動かしている口の中にお麩を上手く落としている。実際にやってみると閉じるタイミングで落ちたりして難しいので、ミコト様は割と鯉にエサをやり慣れているようだった。


 鯉の口にお麩を命中させるのにしばらく集中していると、ミコト様がルリよと小さく呼んだ。


「なんですか?」

「その……そなたもここの暮らしを気に入ってくれているように思う」

「そうですね。良くしてもらって有り難いです」

「うむ。そこでだ、その、そろそろ我らももう少し、その……近付いても良いのではないかと。もちろん! いきなり馴れ馴れしくなどとするつもりはない」

「はぁ」


 ミコト様の遠回しな話しぶりにお麩を千切りながら相槌を打つと、しばらくもぞもぞ動いたり咳払いをしていたりしていたミコト様が決心したように口を開いた。


「ルリ、そなたが良ければ、なのだが」






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