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御姉妹  作者: セキド ワク
9/24

九話  模擬訓練



 今、都内から脱出すべく逃走している。

 車はただひたすらに、追尾の車をまきながら逃げていた。


 いつもの運転手が子供達の言う通りに進む。それを、美輪家を守る専属の警備隊が必死で捜索する。


 四ヵ月に一度行われる美輪家の避難訓練みたいなものだ。

 本当の訓練は翌日にあり、その前のウォーミングアップなのだ。


 助手席にはいつもの警備の者。警備会社の社長であり、総指揮者である。

 名は(ほし)(おか)(しょう)

 元陸上自衛官、幹部。表向きは健康面で辞めたことになっているが、実際は人間関係でのトラブルが原因。


 凄く小さな探偵事務所を営んでいたが、和頼のイベントに参加し、圧倒的な身体能力とセンスに、和頼から引き抜かれたのだ。

 もちろん話はそんな単純ではなく、真面目な話し合いを何度もしてのこと。

 美輪家の子供の為に警備会社を立ち上げ、今では全国に数社支店を持っている。和頼のとんでもないバックアップもあったが、社会からも信用を勝ち取り、自社だけでも毎年黒字がうなぎ上りである。

 なにせ、美輪家お墨付きの警備会社。更に明日が本番であるそれも、人々からは絶大なる信頼を勝ちうる一つの要因となっていた。



「おい、こっちはそろそろ都内を出るぞ、本当に来ているか? まさか見失ってしまった、じゃないだろうな?」

 星丘が助手席から携帯電話で(げき)を飛ばす。携帯の向こうではパニックを起こしている。

「星丘さん、さすがにこれほどデタラメに逃げたら無理では?」

 和頼が警備会社の社員を気遣う。


「確かにやる度にお嬢様方が進化するので、正直、二回程前の時から限界を越えてはいるのですが、それでも、きちんと対策は立てていたというか。まぁ、今回もお嬢様方が逃げ切るかも知れませんが」

 これでは何かあっても守れないと、責任感強く職務を貫く。


 警備のいない所での誘拐などあり得ない。つまり、何かある時は、まずは追跡となる。そして確保。もちろん、そうなる前に警戒やガードといった基本があるが、今回は追跡の方だ。そして明日は奪還。



「おおッ、来たか、やったな偉いぞ。よく見つけた。まかれたかと思った。よし、一気に距離を詰めてもう一度体制を立て直して追尾だ」携帯で指示をする星丘。


 子供達が運転席へと顔を覗かせ「もっとスピードあげて」とか「振り切って」と無理難題をいうが、和頼は、交通ルールの範囲内での逃走が原則だとたしなめる。

 基本、逃げる側も追う側も、お巡りさんに捕まる様な違反行為は禁止だ。なので、右折や左折、追い越し車線を使って上手に距離を計ったり、更に、地形や他車を利用してのテクニックがものをいう。



 ピタリと後ろに付けている。これでチェックメイト。速度違反するか余程のラッキーが無い限りは振りきれない。

 これは、犯人にバレずに尾行するという類の物ではなく、鬼ごっこと同じ追跡であり追尾。ベッタリとくっ付かれたら、そこで終わりだ。


「よし、良くやった。それじゃこのまま行って、近くの河川敷で待機」

 星丘の指示で警備会社の車が目的地へ向かう。

 訓練も終わり、今から皆でバーベキュー大会だ。警備会社の車に同乗している茜と恵も向っている。


「今回は向こうの勝ちか~。やっぱ、強いな~」

 子供達の言葉に、星丘は満足げだ。自分の作り上げた会社や社員が、段々と成長して、凄くなることが嬉しくて堪らないようだ。



 河川敷に着くと早速、お肉の匂いがしてきた。和頼は地面に鉄の杭を打ち込み、そこにリードをハメて、クラッカーを表に出す。

 クラッカーは外に出た喜びを全身で表すが、沢山いる警備の者達を睨み、唸りを上げる。


 簡易テーブルには沢山の食べ物が並ぶ。

「それでは、明日の奪還練習の成功と美輪家の安全、そして我が警備会社の増々の発展の為に頑張りましょう。では、かんぱ~い」星丘が恒例の掛け声をかける。


 皆がビールを一気に飲んで「くあ~っ」と息を吐く。各車の運転手と子供達はジュースだ。和頼は一杯だけビールを付き合う。

 楽しく笑い、日頃の労を癒し合う。


 和頼と恵の会社もよく社内旅行するが、この警備会社も和頼の意向でよく旅行や休みを取る。もちろん警備上の問題でシフト制だが。


 楽しい時間も流れ、バーベキュー大会はお開きとなる。手慣れた感じで早々と片付けると、翌日に待つ訓練の作戦会議の為に急いで家路へとついた。

 子供達も、四ヵ月に一度の例のアレねと、仕方なく付き合う。主役は子供達ではなく、警備会社と相手方だ。


 ――そして当日。



 美輪家所有の六階建てビル内に、和頼と子供達は軟禁されている。

 これは練習であると同時にイベントでもあり、付属先の大学の、ネットカメラも数台入って撮影している。


 このビルでは、他にも様々なイベントが行われるのだが、基本、この為に用意された中古ビル。


 部屋には犯人役の者達がうようよしている。しかしそれは、あくまで警備会社からの視点では、である。

 実はここに居る者達は、和頼や警備会社によって集められた、美輪家の子供達のファンであり親衛隊であり大会参加者の優秀者でもある。他にも、パソコンなどの一人称視点のサバイバルゲーム上位者であったりする。


 こちら側の視点では、美輪家の子供達を狙う、訓練を受けたテロリスト集団から死守するという名目なのだ。

 つまり、このイベントは奪還と死守。両サイドとも善である。しかしプレイの両サイドとも悪とも言える。

『忍び寄る敵と戦い、守り抜けるか』と『捕らえられた美輪家を警備会社が奪還できるか』というもの。

 四ヵ月に一度行われるこれはとにかく激しく、ネットでも話題だ。


 最初の頃は、圧倒的に警備会社が勝っていた。

 理由は単純で、警備会社の社長で総指揮の星丘翔は、元自衛隊の幹部、いわばこの道のプロ。更にそれを指揮するほどの強者。

 だが、敵側にも、パソコンゲームとは言え、戦闘を熟知している者が数人いた。


 しかし、いざ始めてみると致命的な問題に直面したのだ。かつてテレビなどで、どこぞの国がそういうゲームの上手い者達を集めて最強の部隊を作ってどうという噂があったが、それが噂であったと言わざるおえない事実があった。

 よく考えれば至極当然。

 それは自分が操るゲームのキャラのように動けないのだ。身体能力もそうだが、疲れも酷く、リアルな意味の忍耐ももたない。

 半日で終わるこのイベントでそうなのだから、実際の戦場なら尚更のこと。

 幾日も続く地獄の戦地で、体力も精神力も保つことは、鍛え抜かれた軍人でさえ厳しいはず。


 そんなこんなで、最初は圧倒的な差があった。ところが、回を重ねる毎にそれらは進化していった。それも物凄く早い速度で。

 理由を聞くと、運動は苦手だから腕立てや腹筋などの無理はしないけど、ウォーキングをしたという。その内スクワットもやるようになる。

 更に、正式な腕立てはしないが、壁に斜めに体重をかける、壁立てふせなるものをこなし、上半身を鍛えることに努めていたようだ。

 ただそれだけと言えばそうなのだが、習慣としてやっていただけで、身体能力がある程度、自分の意志に追いついてきたという。


 個々が独自のやり方で、苦なく動ける体を手に入れていった。無理はしたくないが、それらはどうしても動ける体が欲しかったのだ。この目的の為に。


 戦う内、徐々に警備会社を追い詰め始めた。

 その間、警備会社の進化はまだ見られない。警備会社が進歩を志すようになるきっかけは、やはり敗北だった。


 勝敗が動くようになってからの両者は、とことんやり合う。これには、至る所の専門家も注目していた。


 四ヵ月に一度の大イベント。

 美輪家は関係あるようでいて、ない、マスコット的バトル。

 賞金はおよそ三千万円。

 勝利側に二千五百万。敗者側に五百万という振り分けだ。


 お互い人数は自由だが、最高で十五人まで。ルールは簡単、敵を殲滅(せんめつ)する、もしくは美輪家の奪還。逆側は、敵殲滅か、美輪家を連れての逃走で死守。


 一階正面玄関、もしくは地下駐車場の出入り口、非常階段出口の三ヵ所のいずれかから離脱ポイントまで行き着くと、任務完了となっている。


 エアガンを使用し、接近戦では、相手にテープを貼る。つまり、テープを貼られた時点で、殺傷されたことになる。

 相手に気付かれないようそっと背後に近づき、体にペトッと貼れば暗殺成功。


 エアガン使用の注意は、人質である美輪家が居る時や場所での使用は禁止。

 テレビドラマの事件と一緒で、人質の生命が優先なので当然。

 もっと言えば、流れ弾が美輪家の誰かに当たってしまった時点で、両者負けとなり、その場合は賞金は無しとなる。

 最高目的である人質の死など、現実世界でも許されない失態。これは警察だとしても、大きな責任問題となるレベルだ。


 おもにライフルのスコープで、遠目から狙撃するような展開になる。頭を狙撃されれば一発で退場だが、体は何発であろうと一度の攻撃ではアウトにできない。

 一旦、陣地へ戻り、一度だけ復活できるリボーンシステム。そして二度目の死は退場となる。


 使用するハンドガンは、通常より連射機能は遅く、ライフルもほぼないに等しい。マシンガンでさえ一秒間に三発とリミッターのかかったモノを使用している。

 理由は、デタラメに撃ったり行動することを防ぐ為に、一発一発を無駄なく大切に考えてもらう意図だ。



 イベントが始まっておよそ五分。和頼はパソコン画面を見ながら、両者がどう動いているのか観察する。子供達も和頼の横で楽しそうにしていた。

 両チームともヘッドマイクセットを付けており、チーム内で交信している。その回線はネット放送にも繋がっていて、各自の作戦が見ている者にも分かるようになっていた。


 誘拐犯であり、子供達の親衛隊的立場のチーム側。メンバーは、(せん)プー()さん。

 本名はきちんと登録してあるが、匿名希望でハンドルネーム使用者だ。

 (じゃじゃ)(じゃ)ジュンさん。

 ねたきりダルマさん、皆からは寝ダルマさんと呼ばれている。

 (とう)(ぎゅう)()さん。そして今回唯一の女性参加者、妻卵(つまらん)さん。

 以上がパソコンゲーム関係者達。


 更に、ホストから花澤麗路、時雨明、へのへの模経児が参戦。他にも各イベントで活躍する者らが参戦している。全部で十四人。


 悪の組織であり、美輪家の救出警備部隊。メンバーは、星丘翔。(ぎん)(じょう)(つよし)(かき)()(たか)(おみ)(とも)()(きよ)()(すな)(ぬま)(わたる)。その他部下、総勢十五名。



 先プー期や弱々者ジュンなどが単独で行動する中、テロであり救出隊は細かなチームで動く。銀錠をリーダーに部下三名。垣根をリーダーに三名。友居と砂沼は二名の部下を引き連れて行動する。星丘はそれらを一人で総指揮する。


 角に身を潜め、鏡を使って覗く。鏡を出した手の角度を変えて辺りを確認していると、その鏡に軽いエアガンの弾が当たって音を出す。

「うおぉ。銀錠さん、ヤバイですよ奴ら、また凄いレベルアップしています」

「確かにマズイな。ミッションのグレードが高過ぎる。あいつら一体どうやって経験値稼ぎしてるんだ? 今後の参考に教えて欲しいな」銀錠が笑う。


 ゴーグルをずらし、熱気で曇った所へ空気を入れる。そして、深入りせずに道を変える。その報告を星丘へと入れた。

「分かった。まずは無理せず慎重にな銀錠」星丘も承諾。


 一方、ホスト達はド派手な服装にゴーグルと銃を武装して駆け回る。麗路と明と模経児は、このイベントの中で一番目立つ格好と動きだ、それが逆にチームにはカモフラージュとなりいい傾向へと向く。

 星丘もそれが分かっているから、ホスト達は見つけ次第真っ先に仕留めろと指示を出している。目障りなのだ。


 ホストに気を取られている所を逆に狙われて、今まで何度悔しい思いをしたか。そして今回も、ホスト達は駆け回る。

「模経児、お前さ、エスカレーターをダッシュで駆け下りちゃえよ」

「ええっ。む、無理っスよ明さん。絶対やられます」

「バカ。全力で走りゃ余裕だろ。お前足早いンだからさ、足を活かせよ」

 しかし、前回もその前もそんな言葉に乗って、思いっきり四方八方からハチの巣にされた模経児、当然、怖がっている。


「目立つからよ。お前はゲームより目立つこと考えろ。ゲームは俺と麗路さんがきっちりとこなす」

 その会話に他の仲間達が「賛成。突っ込んで下さい模経児さん」と通信が入る。

「ほら、皆お前に期待してんだぞ。今回もド派手にいけや。パーティーしてこい」


 模経児は言われるがまま上着を脱ぎ、上半身裸で、中央で動くエスカレーターへと走り、奇声を出しながらダッシュで下って行く。その瞬間、パシュパシュと乾いた音が響く。

 それを掻い潜るように走る。

 奇跡的に模経児は当たらずに駆け抜けた。


「出かした模経児。上だ。敵の居場所が分かったぞ。いいか模経児、そこからエレベーター呼んで、上の階を適当に押して、エレベーターには乗らず隠れてろ。俺達が行くまでは待機だ。あと、服着とけ、風邪引くからよ」

 麗路と明が隠れながら上へと向かう。するとそこへ寝ダルマと妻卵が現れた。

 小声で互いの状態を説明しながら、敵の隠れている位置を予想する。


 模経児を撃ってすぐ隠れたとして、考えられるは三部屋。そしてここには丁度、ホスト二人と寝ダルマ、妻卵がいる。

 ――とそこに、仲間から連絡が入る。

「まだ見つかってないなら退却して、敵が向かってるぞ。それも銀錠だ」

 寝ダルマと妻卵は即離脱を始めた。しかし麗路と明は残る。それをネットカメラが追う。カメラマンは、一グループや単独者に必ず一人くっ付いている。

 小さな高性能デジタルカメラを手に、邪魔にならないように隠れながら撮影。更にビル自体にも、各廊下や部屋にカメラがセットしてある。


「一つずつ行くぞ明。まずは一番手前だ。俺の感だとよ、敵がいるのは中央だ。心理学では、弱虫は両端じゃ怖いから真ん中を選ぶンだ」

「おお。確かに最初の部屋はすぐ見つかりそうだし、一番奥は追い詰められた感が半端ない。さすが麗路さんスね。俺がいつまでもナンバー二なワケだ」

 その会話を皆が笑って聞いている。毎回、自己流のうんちくを言いながら戦闘する二人には、突っ込みどころが満載だった。

 おまけに模経児の破天荒さも輪がかかる。


 しかし、本当にきてるのは弱々者ジュンと寝ダルマだ。その戦闘センスは震えがくるほど。

 今もまた、ある者に狙いを定めている。自分につくカメラマンをジェスチャーで静止させ、自分一人が静かに歩く。前方には息を殺し進む砂沼チームの列、その後方にはカメラマン。


 まるで影。そっと忍び寄り、後方に居たカメラマンを追い越すと、一番後ろの者を抱きかかえるように締め上げてヘルメットへシールを貼った。その貼る瞬間に、低い声で(ささや)く。

「シーキューシー」と。

 それがまたカッコイイ。そして軽く後ろへ引きずりながら離脱する。気付かれた時は盾にしながら抗戦する為だ。だが今回もまた静かに消えて行く。


 和頼も子供達も凄いねと驚いている。

 それが二度も三度も続くから凄い。後ろも横も警戒しているのに、ある特定の条件が整うと動き出す、それが何かは当人しか分からない。

 昔の子供の遊びで、缶蹴りというのがあったが、それでもそういうことが出来る強者がいる。鬼が居るのに忍び寄る。他にもありとあらゆる技で缶を蹴る。


 世の中には、筋力とは別にそういったセンスと知識を持った化け物が潜んでいる。ただそれでも、ウォーキングが必要なのは本人談で分かった。特に大人は、ゲームキャラや子供達のようにはなかなか動けないものだ。



 試合が進み、両者にリボーン者が溢れて、残り一度の命がゲームを動かす。


「そろそろ、決めよう。美輪家を逃がす方か、それとも殲滅でいくか」

「俺的には、殲滅は無理だと読んだ」

「アタシもギブ。今回強過ぎ。勝ってるように見えるけど、追い込まれているのは絶対私らだと思う。これ、何かまだ策隠してそうじゃない?」妻卵からの応答。

「いや、ギリで行けるよ。優勢ではあるし」

「でも、敵のチームリーダーは全員無傷だぞ。銀錠も垣根も友居も砂沼も。大体、総大将の星丘がどこに潜んでいるかも分からない」

「確かに怖いな。いくらザコを減らしても、こっちもリボーン者だらけ、一度でアウト。こりゃ、上手くやられたな。クソ」

 精神的に追い詰められていた。


 個々の実力者達と、実力も組織力もある者の差が出始めてきた。

 ホスト達が模経児をそうしたように、各リーダーは部下を相討(あいう)ち覚悟で犠牲にしていた。任務はあくまで美輪家の奪還救出。命を()して挑むミッション。


「今更、美輪家を連れて脱出できるかな? それこそ相手の思うつぼかも」

 完全に迷っていた。


 一般参加者にとって、四ヵ月に一度のイベントは、四年に一度のオリンピックみたいなもの。それが年に三回あり、それだけでも食べて行ける者もいる。勝っても負けても賞金が入り、このイベントで有名になった者は、サバイバル雑誌やゲーム雑誌などからもオファーがあり、自分の特集やコーナーを担当できた者もいる。

 いわば仕事でもあり、生きる為に必要なこととなっていた。


 和頼の開くイベント大会は常に人に注目され、そこで活躍した者もまた、必ずといっていいほど何かを掴む。だが、関係ない者がイベントのおこぼれを貰おうとして、陰で策略したり、適当にイベントに潜り込んでも、結局、失敗し全て裏目となっていた。


 今こうしてイベントで戦っている者は、目に見えてそれを感じている。凄いことをすれば次に繋がり、しくじれば消えていく。

 今回のイベントに参加できなかった者達は、予選の段階で失敗し脱落したのだ。

 賞金にしても、勝つか負けるかで凄い差だ。和頼が変わり者だから敗者にもお金は出るが、美輪家が例え疑似訓練であっても『死』となれば賞金はない。


 ここで真面目にやらないような考えの者が一人でもいればそれでアウト。

 分かり易く言えば、目立ちたがり屋が美輪家を撃ってエンドにしたら、その日は目立つが、何も生まれない。誰もそれを望まないし、つまらない。ましてそういうことが続けば、和頼はイベント前に誓約書を書かせて罰金を取るという優しい考えはなく、一秒で切り捨て、そっぽを向き、警備や別の者達だけで他の訓練を楽しくやるだろう。


 和頼にとってこれらイベントの数々は仕事やお金儲けではない。子供の遊び相手を探すモノであったり、今回のモノに限っていえば、警備体制の確認と主張。


 大金持ちの美輪家の子供が狙われない理由には、いくつもの要素がある。前に述べたが、子供の血が繋がっていないことと、六人も居ること、更にこの最強の警備、そして、数々のイベントが中止にならないようにと願う者達が多いこと。

 他にも挙げればキリが無いほどある。



「絶対、無理だ。引き返そう」

 美輪家を連れて廊下へと飛び出して約三分。すでに後戻りできる距離ではない。

 騒ぎそうになる子供達に、和頼もジャスチャーで「し~」と合図した。

 緊張が走る。物音はないかと耳を澄ますが、今のところ気配はしない。


 美輪家はヘルメットと厚手の服を着込んだフル装備だ。何かあるワケではないが念の為そうしている。

 美輪家を連れだしたということは、ここからは接近戦となる。ゲーム的には、撃ち合いではなく隠れんぼに近い。互いに見つからないように潜み、一方はそのまま出口へ。もう一方は、敵を倒して奪還へ。

 正面からかち合えば、互いにシールの貼り合いとなる。


「さて、どこからの脱出を狙うが吉か」

 皆が警戒しながら悩む。

 この人数なら地下駐車場が安全かもしれないと話し合う。


 和頼は不正解だと心でいう。和頼も子供達も状況をネットで見て知っている。もっと言えばネットで見ている多くの一般の者達も知っている。何せ、作戦会話を聞いているのだ。


 地下は星丘が最初から狙い澄まして身を潜めてる、最も危険な地帯。それに実際の警備を想定すれば、車での逃走を避ける為に、一番チェックしなければいけない場所だと述べていた。


 ついで銀錠は、二階の非常階段で敵を討つ為に待機していた。そのポイントを押さえておけばいわゆる非常階段はどこからも一番下へと辿り着けない。

 垣根と友居は、一階正面玄関ではなく、探索部隊として攻撃命令が出ていた。そして、地下か非常階段に現れた時もまた、挟み撃ちできるような位置取りで、友居は非常階段付近、垣根は地下へ急行できる位置取りで見回っていた。


 つまり正解は、一気に正面玄関を落とし突破する、だ。それには決して人数をばらしてはいけない。そこまで分かれているテロ組織であり救出部隊側を、残り数で圧倒しなければならないのだ。しかし――。


「このまま固まっていても一気にやられてしまいそうで怖いし、少しだけ人を排出しない? 少しでも敵を倒せるかもよ」妻卵がいう。

 誰の気配もない中を歩き、緊張がどんどんと高まる。怯えているのだ。

 逃げの姿勢でいることに耐えられない。攻めたい。


「う~ん、行くとしたら?」

「そりゃ、弱々者ジュンさんか、寝ダルマさんか、妻卵さんの誰かだね。他の者が行っても、敵を仕留められないし、見張りが減るだけ損だよ」


 ばらけたらアウトだ。敵の体勢や作戦が違えば、確かにばらけないと一気に潰されてということもあるが、二、三人が敵を一気に潰すことはない。逆に、ばらけた所を挟み撃ちされたとなればアウト。美輪家を守り抜けるはずがない。


 前々回は攻守の立場が反対であったから、少しはその経験や感を働かせてもイイところだが、そこら辺が組織として未熟なのだ。


 結局、弱々者ジュンと妻卵が抜け、他は地下へと向かう。だが、運悪くその途中で垣根に発見され、非常階段近くで敵を待っていた友居まで呼び寄せた。

 一方、弱々者ジュンと妻卵はどうでもいいダミーの部下にそろりと近づき、どうにか仕留めていく。敵数が減り有利になっていると信じ、なお、ザコ部下を探し、そして忍び寄る。


 地下駐車場の中央までそろそろと歩く。先頭は寝ダルマ。美輪家の横に先プー期と麗路。後方を糖牛氏などが警戒していた。


「あらら。罠にハマったケモノだな。大丈夫か?」正面に星丘が現れ、大げさに話しかける。それに皆が反応し、前方へと体勢を整えた。

「これでチェックメイトだ」

 星丘がそう呟いた瞬間、後ろと真横から何かの影が襲いかかり、一気にペタペタとシールを貼る。

 更に間隔を開けず交戦する中、流れるように星丘が美輪家を外へと誘導した。


「御嬢様たち、足元に気を付けて下さいね」と。

 星丘は初めから、攻撃態勢はとっておらず、美輪家を外へと導く体勢だった。

 外へと出ると、弱々者ジュンが銀錠に仕留められていた。それらも全て作戦通りの様だ。


 弱々者ジュンも妻卵も、耳元に流れ込むチームの声やその情報に驚き、外へと出て来るであろう星丘らに一矢報いる為に走ったのだ。

 しかし当然、銀錠がいつまでも非常階段二階出口に待機している訳もなく、友居が地下へと召集された時点で援護側へと回っていた。


 星丘は無事に美輪家を離脱ポイントへと導き勝利を勝ち取った。


 (ちょく)での観客はいないが、今回も相当盛り上がっていることは想像ついた。

 そして、イベントが終わるとすぐ、予約を入れておいた近くのお店で、少し遅い昼食会を開いた。時刻は二時前。


「今日はお疲れ様です。それでは乾杯しましょう」

「かんぱ~い」

「俺達は、完敗だな」寝ダルマがいう。

 色々な反省や作戦のポイントなどを話す。それをネット放送部が撮影する。


「君達も、撮影ばかりじゃなく食べなさい。ここ、二時間しか押さえてないから、すぐに出なきゃいけなくなるよ」和頼が子供達の大分離れた先輩に気を使う。

「はい。それじゃ頂きます」カメラを固定にし、食べ始めた。


 そこに居るすべては和頼のおごりだ。もう恒例行事。


 寝ダルマが、星丘の警備会社に就職したいかもという。それを銀錠が、少し警備関係の勉強やルールを学んだら即幹部候補だなと笑う。

 色々な話をし、そして賞金などの書類処理を済ませ、その日のイベントは、無事お開きとなった。



 和頼は子供達と車に乗り家路へ向かう。

「それにしても、凄い勝利だった。ネットで状況を見ていたけど、作戦がドンピシャでびっくりしたよ」

 和頼の言葉に、星丘がいう「向こうは個人で目立ちたいというか、やはりどこまでいっても個人なんですよね。作戦で協力したりはするみたいですけど、最後は他人なんですよね」という。


 和頼はそれを聞いて、深いな~と感心していた。

 部活でも何でも、本当に強いチームは自分を押し殺せる者がどれだけいるかだと再確認した。それはバンドでもオーケストラでも演劇でも同じかなと。

 個人の名誉をいかに抑え、目的の為に仲間に仕えるか。


 今日の結果を見て、改めて、頼もしいボディーガードだと安心する。






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