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御姉妹  作者: セキド ワク
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六話  ハッピーバースデイ 中編



「どうも少し、私らに対して失礼過ぎやしないか。食事の位置にしてもそうだし、それに途中参加のせいで、ダンスなどのドレスも、用意できてはいない。どうしてくれる?」

 和頼は何が起きているのか、まずは様子を見ていた。なかなか把握ができない。


「大体、何故きちんと招待状が来ない。前に一度、ウチの子供の誕生会に招いてあげたこともあったろうに」

 どうやら、愚痴だ。待遇などへの苛立ち。ドレスがないことへの腹立たしさ。

 それもこれもみな、喜多河家がきちんとした招待の形を取らなかったことが原因ということだ。


 しばらく文句が続く。それを和頼はわれ関せずにいる。


 ここに居る者達は、学備(まなび)学園の中でも相当お金持ちな雰囲気だ。会話の中から、誰がどれくらいのランクでどういう立ち位置を希望しているかが(うかが)える。

 その縦社会が崩れていることが納得いかないのかも知れない。大人達だけが集まるこの状況にしても、きっと子供の前で恥をかかされた気分なのかも知れない。

 更に文句が続く。喜多河も相当困っている様子。


「みなさん。もうそろそろよろしいのでは? 皆さんが言っていることが正しいとしても、そろそろ次の会場に行かないと子供を待たせることになりますし、もしそうなれば、パーティーを壊した最低な親だと思われますけど」

「いや、美輪さん。そうは言いますけど、私達ドレスも何も用意していませんし、このまま他の着飾った方達と会うのは、ちょっと。子供達の前で恥はかきたくありません」


「あの、自分はこのままの服装で行きますけど。元々そういう着替えなんて用意していませんし。そうだ。それならこういうのはどうですか? 司会の者から『今日は喜多河家と大護君が主役だから他の親子達は、着替えは敢えてしません』と伝えてもらえば」


「ほう、なるほど。それなら通るな」

「いいですわ、そうしましょう。このままダンスホールへ放り出されるより、遥かにいいですわ」

 皆が一瞬で納得した。喜多河夫妻もホッとしている。


 それにしても凄いプライドと体裁。


 和頼はそれら親御と共に、次の場所へと向かう。歩く順番も振る舞いも、全てに格順が付いているように感じる。

 実際、車の値段、服や身に付けている時計や財布、女性ならアクセサリーなど、事細かに順位がある。それがステータス。

 ただ本当のお金持ちはまったく違う。もしかしたら中には似ている者もいるかも知れないが、ここでいう話は、あくまで成り上がったようなセレブのこと。


 和頼もまたその意味は分かっている。初めて高級な服に手を通した時の優越感は今でも忘れられない。生地がイイでもデザインがイイでもない。ただ高値で高級というだけの優越感。それらを一度身に(まと)うと、ギャンブル依存症のように依存してしまいそうになる。

 口では説明できない深い快感が、自分を凄い者へと変身させてくれるような。コスプレで好きなキャラへと同化するように、高貴な存在へとなれた気がするのだ。


 和頼もそんな魅力を知っているし、時にとりつかれもする。だからこそ、否定などはしない。そういうものがすべて悪いとも思っていない。



 会場に着くと、多くの者が煌びやかな服装で自分を最大限にアピールしている。まるで自分が一番凄くて、一番偉いと。

 女性達もまた、この場の主役が自分で、一番美しいと主張している。

 これか。そう納得するように、和頼は目の前の光景と先ほどの愚痴を重ねる。


 司会の者が、急いで和頼の案を会場に伝えた。その場にいる皆が、着替えてないのは今夜主役の大護の学友とその親御さん達だとすぐ理解した。逆にその説明のお掛けで目立つ。その事で優越感が増す。結果、この特別扱いのような状況に、さっきまで怒っていた者達の機嫌が一瞬で吹き飛んだ。

 少し前までは、しぶしぶで、周りのドレスや高価なアクセサリーに歯ぎしりしていたのに、今では逆に、アピールしている。


「それでは、どうぞご自由に音楽などをお楽しみ下さい」

 司会の声で、生演奏が始まる。

 場内の壁沿いには、テーブルクロスの敷かれた丸型のテーブルが邪魔にならぬように点々としていた。踊ったり、お酒を飲んだりと皆が自由に振る舞う。

 楽しそうというより、自分の優雅さに酔いしれている。


 そんな中、本当の主役である大護へプレゼントを渡す為、子供達が和頼の所へと呼びにきた。

「パパ。早く渡しにいこうよ。ねえ」

 大護の前には多くの者が並んでいる。先ほどの会場で歌っていたアイドルなどもプレゼントを渡している。


「今は混んでいるし、もう少し空いたらにしよう」

「は~い」

 見るからに高価な物が次々と積み上がる。それを執事の永友が、台車へと丁寧に重ねていく。


「ちょっと、気を付けてよね、それ凄くイイやつなんだから」

 ドレスを着た少女にそう言われた永友が「はい。(かしこ)まりました」と会釈する。


「どいてよ、私が先に並んでたのよ。あなたが私より先に渡すなんてありえないつぅの」

 別の女の子同士がケンカを始めた。そこへ親達が止めに行く。


「あ~あ、あの子達またいがみ合って。学校でもどこでもあ~なの」

 ゆりなが呆れたようにいう。それにみよとまどかも「同感」という。

 和頼は子供達が『同感』などの、小学生には難しそうな言葉を言う度、娘の成長を感じて心が嬉しくなる。ニコニコと笑いながら子供の頭を撫でた。


「そろそろ空いて来たし、行って並ぼうか」

「うん、行く」

 ゾロゾロと子供と歩く。その姿が目立つのか、それともただ目立つのか、周りで自分を振る舞う者達が一斉に和頼達を見る。中央で待つ大護も視線は同じだ。


 四人ほど並ぶそこに、娘達が並んだ。そしてようやく子供達の順番がきた。大護の横には両親もピタリと付いた。

 娘達が何をプレゼントするのか興味津々なのかも知れない。

 和頼もまた、初めて学友にプレゼントを渡す娘達の姿を思い出に刻む為に覗く。すると、他の学友である男の子達が気になってか寄ってきた。

 更に先ほどこの場所で言い争っていた女の子達も。皆、気になるようだ。


「はいこれ、開けてみて」

「ありがとう。何かな?」

 袋をヘタクソに破きながら中身を取り出す。すると何かの種がいっぱい入った袋が出てきた。

「げっ、何コレ?」

「えへ。ヒマワリの種。驚いた? プレゼントはまだあるよ。それだけな訳ないでしょ」

 大護は既にビビッている。一体、みよが何を考えているのか読めない。

「これ開けてみ」

 差し出す箱は、ボコボコに穴が開いていて、とてもプレゼントには見えない。これがプレゼントなら失礼過ぎるほどに風穴だらけだ。

 大護は怯えながら箱を開ける。


「あ! え? これって……何?」

「ハムスターだよ。ジャンガリアンハムスターのキロルちゃん。女の子だよ」

「え?」

 大護は凄く驚いている。そして、別の箱から可愛いサイズのケースを取り出す。そのケースには水の容器も餌の器も回し車も全て揃えてあった。


「可愛いでしょ」みよが可愛く笑う。

 確かに可愛い。ケースも可愛い。

 ただ、生き物ということにビックリが止まらないようだ。大護が横に居る両親の顔を交互に見て「これ知ってる?」と聞くと、母親の方が知っていると答えた。

 父親は、モルモットやもっとねずみっぽいハムスターは知っているけど、こんなシベリアンハスキーの様な模様のハムスターは知らないと微笑む。


 そして大護が向き直り、みよに言う「俺、生き物とか飼ったことがないンだけど、飼えるかな」と。

「分からない。でもみよがせっかくプレゼントしたんだからちゃんと最後まで面倒見てね。寿命は大体二年だからね。なるべく長生きできるようにさ。でも、それよりも重要なのは、もし、病気とか何かで亡くなったら、その時はちゃんとお墓を作ってあげて。それだけは約束。パパが教えてくれたの、お墓を作るまでが飼育だって」

「お墓。分かった。お墓を作るまでが飼育ね。二年間くらい出来るよ俺」

 大護が両親を見て飼ってもイイか尋ねる。親は即答で頷いた。


「はいはい。次は私。私も実は~これ」

 そう言って取り出したビンの中に、ベタという熱帯魚が入っていた。

「これ、本物のお魚?」

「そうよ。綺麗でしょ。ショーベタっていって、普通のやつより遥かに綺麗なの。それに飼育も簡単。ブクブクもいらないし、水も汚れたら換えればいいし、これよりもっと小さな、そうね、コップくらいでも飼えるンだから。それと餌もはい」

 れせも、飼育一式を手渡す。大護が親を見ると、親はウンウンと頷く。

「机の隅にでも置いて、勉強する時とか覗いてあげてね」

「ありがとう。ちゃんと大切に飼うよ」


 ついで、まやかが「先生が、大護は絵が好きだって言ってたからさ、これ」そういって彫刻刀セットと、まやかが彫った木の板をプレゼントした。

 大護は、沢山の花が彫られた中央に『誕生日おめでとう』と彫られた文字を指でなぞりながら、「ありがとう。これ、飾るよ」と笑った。

「絵が好きなら、今度は彫ってみなよ。芸術家っぽいじゃん」

「うん。やってみる」


 次のゆりなが取り出したのは、小さなハードケースだった。

「開けてみてよ」

 大護がカチャカチャとサイドの金具を外し開けると、小さなトランペットが入っていた。

「可愛いでしょ。ポケットトランペットって言うの。ちゃんと吹けるンだよそれ。でもカッコいいからインテリアとして飾っておくのをおすすめするよ」

「ありがとう」


 次が最後で、なずほともえみが同時に出てきた。そして、なずほは大護にくしゃくしゃの紙にリボンで縛った物を渡す。もえみは大護の父親である裕次郎の元へと進み何かを手渡した。

「開けてみて」


 大護と裕次郎が同時に開ける。

 すると中から、おそろいの野球グローブが出てきた。

「それで、お庭でキャッチボールして遊んで下さい。はい、これボールです。少しだけ小さめで、少し柔らかめのボールです」

 もえみがそういって裕次郎にボールを手渡すと、何やら裕次郎の胸が熱くなってしまった様で、すぐさま「ありがとう」という返しが出来なかった。胸のつまりを強引に抑えて、ようやく「どうもありがとうね。大護と一緒に大事にするからね」と優しくお礼をいう。



 プレゼントを渡すイベントが終わると、なぜか学友である他の男の子が愚図(ぐず)っている。

「なんで。俺だって先月誕生日だったのに」

 自分もプレゼントが欲しいとごねている。

 子供だからか、こうなるとなかなか手がつけられない。親の言うことも聞かず、直接大護に文句を言おうと暴れる。それを親がどうにか掴み止める。


 大護も両親もまったくそのことに気付いてはいない。みよと一緒にキロルと名付けたハムスターを覗いたり、裕次郎もグローブを片手にはめて、それを眺めながらもう一方の手でワインを飲む。


 ちなみに、キロルと名付けてしまったのは、三日前にペットショップで購入し、今日までみよが一生懸命育てたからだ。たった三日とは言え情が芽生えたようだ。

 最初は、どうせあげるんだし、絶対名前とか付けないと自ら豪語していたのに、次の日には「別にアタシが名前付けちゃいけない規則ある? 名前ごとプレゼントする方がオシャレ」という意見に変わっていた。


 大護は、ハムスターを見たり、魚を覗いたり、トランペットを吹くマネしたり、彫刻刀を構えてみたり、グローブを装着したりと大忙しだ。和頼はそんな大護を眺めながら、まだ子供なのに凄い気遣いだなと心で笑っていた。


 この誕生会に招かれたこともあって、改めて大護という子のことを、子供達から聞いた。その印象では、先生の言うことは利かないし、周りの男の子ともよく口論になっているとか。

 想像するに、親の言うことも大人の言うことも聞かないやんちゃ坊主、といったところ。


 初めは同じクラスであるみよにだけ聞いていたが、他の姉妹も大護がどうだとかというから、和頼は考えてみた。

 そしてあることに気付いた、今更だが。


 学備(まなび)学園は、親や子供達の様々な事情から毎年クラス替えがある。つまり五年生になるまでに、姉妹たちが大護と同じクラスになる可能性は物凄く高い。

 もっと言えば、ここに居合せる学友の皆とも同じことが言える。それも娘達の四、五人と同じクラスを経験しているかも知れない。

 ただ、娘達は興味がないのか、あまり覚えていないみたいだが。


 今回はたまたま、船に招待してくれるということで盛り上がり、遠足気分で色々な買い物へと出かけはしゃいではいた。ま、子供とはそういうもの。


 大護のプレゼントを早々に済ませ「アレ買って、コレ買って」と六人が競うようにおねだりする。

 和頼はおねだりされるのが大好きで、子供との交渉を楽しんでいる。そして程よく折れて買ってあげる。子供もそれが楽しくて、甘えるようにいらない物まで何度もねだる始末。



「もうヤダ。ズルいって。おかしいジャン。なんで、ウチの方がダメってこと?」

「そんな訳ないだろ。そういうことが理由じゃなく、たまたま……だろう」

 和頼は自分の子供達から、駄々を言うそこへと目を向ける。

 他の来客達も雲行きを気にし出していた。


 更に、何ヵ所かで親子が話し合う。これが一人ならもう少し遠慮した感じになるかも知れないが、同時に怒っていることで二割増しに不平不満が噴き出る。


「そうね、ちょっと引っかかるわね。ママが訳を聞いてくるわ」

 数名がスタスタと和頼の方へ歩いて来た。そして母親だけ更に前に出てきた。

「あの、ちょっとお尋ねしますけど。ウチの息子が御宅の御嬢さんを誕生日にお誘いした時は、どうやら断ったみたいだったのですけど、何故、こちらの誕生日会へは参加をお決めなされたのですか?」母親の目が血走っている。


 愛する息子の悲痛な訴えに、母性と見栄とプライドが煮えくり返っているよう。

 和頼は必死なその目を見て、笑ってしまいそうで困っている。

「別に、深い意味はないですよ。しいて言えば面識があまりないと言いますか」

「ちょっと待って下さい。御宅の御嬢さんとは、毎年、同じクラスですよ。それなのに、ウチを知らないってことはまずありえませんわ。それとも、わざとお避けになられてます?」

 しまった。和頼はミスしたとすぐに気付いた。


 六人姉妹の誰かが常に一緒になるのは少し考えれば分かるはず、そのことについてはもう知っていた事実なのに、これは完全に自分の不注意だと言動を後悔した。

 するとそこへ、子供達が戻ってきた。


「どしたのパパ。なにか文句でも言われてるの?」

「違うよ。向こうで遊んでおいで」

「ええ~、もういいよ。飽きた。パパといる」


「ねぇ、お嬢ちゃん達、なんでウチの息子が誘った時には断って、喜多河君のお誕生会にはきたのかなぁ? 理由とかあるの?」

 目の前の母親がそう子供達に質問した瞬間、和頼の中の悪魔が目を開いた。

 ふつふつと沸騰する怒り。テメェの息子なんて知らねぇよと犯罪者の声がのど元まで出かかった。

「船だよ。この船に招待してくれるっていうから。そんでスワンにも乗せてくれるって言うから。おばさんさ、そんなこと聞いてどうするの? 別におばさんの子供が誰でも、関係ないよ、興味ない。それにこの船よりももっと凄いの持ってる? 喜多河君の方がお金持ちなんじゃないの? だってこの船凄く大きいよ」


 和頼は急いでみよの口を押えた。現れかけた悪魔がおかけで引っ込んだ。

 みよはとぼけた顔しているが、完全に悪口を言いにかかったのを、和頼は気づいた。みよが自分の為に、パパを守る為に怒っていると分かったから、和頼は怒りを抑え自分を取り戻せた。

 みよはそういう優しい子なのだ。


 それとこの船は絶対に喜多河家の所有船ではない。いくらお金持ちでも、商売でもないのにこのサイズは百パーセントない。

 お金持ちが数日借り切って遊ぶ、それでも贅沢な遊び、それが答えだ。

 超豪華客船とかではないから、もしかしたら所有している者もいるかも知れないが、多分違うだろうと和頼はみよを抱える。

 みよは嬉しそうに、口を塞ぐ和頼の手の平を舐めたり、口の中でごにょごにょと言っている。


「まぁ、御嬢さんはこの船が喜多河家の所有している船だと言うの?」

「それはあなたの聞き違いだ。いい加減、うちに絡むのをやめてもらえます。まして子供に。私になら大目にみますけど、子供に言うのであれば、それなりの対処しますよ」その言葉に、一瞬に場が凍る。

 和頼は、内に潜む悪魔ではなく、みよがしてくれた優しさと似た気持ちで、冷静に言い放った。


 途中から状況を見ていた喜多河家も、怒っていた他の家も、ダンスなどを楽しんでいた来客たちも、アイドルや俳優なども全て止まる。

 ここに居るすべてが、和頼が本当に怒ると困ると思っている。それは和頼がこの成金の集まる船の中で、いやこの日本で最もお金持ちだからだ。


 裏の世界があるならそれは分からないが、現時点で表に出ている情報では美輪和頼が最もお金持ちだ。

 日本の高額納税者としてここ数年、一位の番付は和頼の名。それも二位との差はケタ違う。ネット検索でも出るし、誰でも知り得る事実。

 ――それが美輪和頼なのだ。


 ここに居るセレブも、元から凄い家柄も政治家も、海外の偉い者も、全て和頼の作ったエチケットとマナーを所持している。

 トイレに行けば、安い物で千円、高価なものでは数万円のものまで溢れる。高級ブランドがこぞって和頼に使用料を払い、自社のデザインを発表し他社ブランドと対峙する。

 日本でヒットしただけでも、どれほどの凄さか容易に分かる。それでさえ目が眩むだろう。

 和頼はそれをアメリカでも、イギリスでも、世界のあらゆる国で、それこそセレブな者達こそが、こぞってマナーとして愛用している。

 日本単体ではなく、アジア規模でもなく、世界各地での大成功だ。


 もちろんいつかはこの商品にも限界が来るかも知れない。

 理由は分からないが、全員が所持して売り上げの伸び止まりが来るとか、余程のことが起こるとか。しかしそれを、はいそうですかと各企業が指を咥えていたりはしない。和頼がどうこうではなく、それを扱う各会社が企業努力する。

 それが商売であり仕事だ。


 最低でも、和頼の平均寿命が尽きても、また、子供達の寿命が尽きても、それくらいは軽く持ち堪えることが出来るケースだ。


 これはファッション的なブームでなく、パンツや靴、ネクタイや帽子といった、アイテムとしてのカテゴリーだから。

 商品の消えるような時代の変化が起きない限り問題はない。

 例えばトイレの劇的な変化、服装の変化、男性器の変化、そういた様々な要素でのみ崩れる。ふんどしがパンツにとって変わるレベルでは問題はない。


 和頼は、これとは別に会社を所持している。会社自体はさほど大きくはない。

 ここに居る者達とまともに大きさを比べれば、負けることもある。しかし、それでも、日本だけでなく海外にもいくつか支店を持つ会社の社長であり、一緒に住む梓、茜の持つ、店舗の増えた弁当屋と託児所を入れれば相当なものだ。

 ナメた口を利かれて穏やかにやり過ごす凡人ではない。



「す、すみません。こいつも悪気はなくて。馬鹿、お前、子供に言ってどうする。ほら、ちゃんと謝れ。ごめんね~お嬢ちゃん。許してね。本当にごめんね」

 焦った父親が母親の横に並び、媚びるように詫びる。


 和頼は怒ろうか流そうか空っぽの状態で考える。

 そんな中、みよはまだ和頼の懐でふざけている。手を舐め手と口の空間で何かを叫んでいる。手に伝わる声の震えで、相当ヤバイ言葉を吐いていると分かる。その面白さで、和頼の心は澄んだ湖面下へと沈んでいく。沸き立つ前に冷えていく。


「自分の子供が酷く言われるのは好きじゃない。言葉も相手もよく選んだ方イイですよ」

 気持ちを抑え、文句も言わずに流した。それでも世間からは、我がままと聞こえる台詞だろう。だが、敢えて和頼は忠告した。

 すると今度は喜多河が出てきた。

 こんな失礼な態度をとるなら、船へ乗せるべきじゃなかったと口にする。それを聞いたそれらが一瞬押し黙る、が、やはり文句が口に出た。


「美輪さんに対しては、確かにウチの妻の態度は失礼だったかも知れない。けど、喜多河さん、アンタに言われたくはない。(もと)を正せば御宅の礼儀知らずな行動から始まっているんだ」

 道理が通っていない。

 しかし和頼はようやく本質に気付いた。なんてことのない至極当然な感情。それは分身である我が子の屈辱、そして自分達への非礼。その二つがどうしても許せないのだろう。


 和頼は全部分かった上で、面倒くさいなと思った。

 家で子供と遊んでいた方が、充実した一日になったかもなと、そう思った時に、まやかとゆりながアイス食べたいと言ってきた。

「え? アイス? 今?」

 和頼の問に、口を塞がれたみよもモゴモゴと何かを言っている。


「う~、だってつまんないンだもん。パパ、他のトコ行って遊ぼうよ。白鳥のボートはどこ? アイスは?」

 そのセリフに永友が寄ってきた。

「美輪様、バニラアイスの用意がありますけど。それとミルクかけプリンとイチゴのヨーグルトです。良ければすぐお持ち致しますが、どういたしましょう」


 子供達が嬉しそうに喜ぶ。それら全部、和頼と子供達の大好物だ。

 正直、おはぎをプラスして貰ったが、美味しい高級料理のコースではお腹などいっぱいにならない。普段から庶民な料理を好む美輪家は特にそうだった。


「あの、それじゃお願いしようかな。それとバニラアイスなのですけど、もしおはぎに使ったあんこというか小豆が余っていたら、混ぜて欲しいンですけど、それとできればイチゴとバナナも添えて貰えるとありがたいというか。あっ、でも、あったらでいいので」

「承知しました。少々お待ち下さい、すぐお持ちします」永友が急ぐ。

 和頼は子供と一緒になって喜ぶ。


「美味しそう。私もアイスがイイかも。パパ、プリンちょっとあげるからちょっとれせにも一口ちょうだいね」

 和頼と子供達はその場を勝手に離れ、壁際にあるテーブルへと移動した。そしてまだ見ぬアイスを待つ。

 苛立った後は思いっきり甘いおやつが薬。これは美輪家の家訓だ。


 中央付近で言い合いが続く中、スタッフが美味しそうなアイスやプリンをお盆に乗せて運んできた。

「来た。パパ、来た。ヨ~グルト超おいしそう」

 和頼が頼んだ通り、あんこたっぷり、バナナもイチゴもある。バニラアイスもどっさり。

 和頼も子供達も嬉しそうにそれを頬張る。

 一口食べると、さっきまで気になっていた小競り合いが消えて、綺麗なドレスで優雅に踊る他の来客たちに目が行くようになった。これがまさに甘味パワーだと、美輪家がとろける。


 可愛く振る舞う美輪姉妹は白文鳥にそっくりだ。可愛くパタパタと飛び跳ねて。薄ピンクの唇と目尻。透き通る肌。背中には天使の羽も見える。

 運動している時はコリスだが、普段は凄く清楚な小鳥なのだ。


「パパ~、美味しいね。一口ちょうだい」

 和頼がア~ンしてあげると、他の姉妹もそれを要請する。和頼はこれをする時にいつも思う、まるで鳥のヒナのようだと。



 美味しく頂き、気分もリフレッシュできた美輪家。しかし、中央付近でドロドロのセレブが底なし沼から抜け出せないでいる。

 その光景を少し悲しそうに大護が見ていた。


 和頼は子供達を連れて大護の元へ行き、ちょっとおいでと前方へと連れ出した。そして生演奏では使われていないピアノへと和頼が座った。


「大護君。これは俺からのプレゼント。普段は娘にしか聞かせない曲だけど、今日は君の誕生日だから特別ね」

 そういう和頼に、大護は嬉しそうに大きく頷く。手にはハムスターのカゴを持っている。


 和頼は、ピアノの鍵盤を順番に一音ずつ押していく。音が狂っていても調律などできないが、音があっているかを一応確認していく。そして手始めに猫踏んじゃったを弾く。

 周りがそのことに気づき前方のピアノに注目していく。生演奏も静かにミュートして消える。しかし和頼はそのことに気付いていない。


 頭の中で曲を思い出す。

 何度も弾いている曲だが、勝手が違うのか、指先と意識の()(つう)に集中している。

 そして、静かに弾き始めた。


 悲しげな旋律がマイナーへと落ちる。更に運命を呪うように愛を奏ゆく。

 信じられないほど指先がメロディーを紡ぐ。

 まともに音楽をやって来た者が聞けば、これがどれほどのレベルか一発で分かる。プロの音楽家としては舞台に出れないが、アマチュアとしては一番上のランクというレベル。指の動きがしっかりとした基礎をこなしていると証明する。


 和頼の指の数よりも遥かに多い音が流れる。二つのメロディーが闇で彷徨う。

 メロディーを引き立たせるような伴奏やコードは殆どない。無限の針で織りなすオルゴールが、二つの異なる想いを叫んでいるよう。


 和頼はこの曲を弾くといつも思い出す。子供達と暮らし始めたばかりの頃を。

 お互いに上手く笑えず、ただ静かに寄り添いながら怯えていた日々を。

 そんなある日、まやかがお腹が痛いと真っ青な顔で苦しんでいた。その姿を見た和頼は居ても立ってもいられず、病院へと抱えて連れて行った。他の子供達も心配で後をついて来る。


 お腹が痛いと、苦しいと、誰にも言えない。

 和頼は他人で、まやかも他人で、お互いに何の繋がりも関係も本当はない。親子でもなんでもない。そして誰にも認めてさえもらえない関係。

 紙の上では親子でも、その紙はいつでも解除できるし破り捨てることもできる。だから世の中には結婚も離婚もある。


 和頼は必死に抱きしめながら病院を探す。ついて来る幼い子供達のことも同時に心配しながら。

 本当に幼いその顔が、瞼に焼き付く。

 そして、胸の中で苦しむまやか。


 ようやく大きな病院の緊急外来に着いて、病院の先生に診てもらった。

 医師はいう「これはただの下痢ですね」と。お腹を冷やしたのか、それとも――うんぬんと。


 色んな理由を聞いても和頼には関係なかった。

 逆に凄く怖くなった。

 お腹の痛みは自分も何度も経験している。下痢してトイレにこもって、ようやく出て来たと思ったらまた痛くなってなんて経験は誰しもある。だけど、お腹が痛いと苦しんでいるまやかのその顔を見た時、それが重い病だから焦ったのではない。可愛いまやかの顔が、苦しそうに歪んでいることに耐えられなかったのだ。


 今まで、自分以外の誰がどこでどうなろうが何とも思わなかった。目の前で交通事故を目撃したこともある。それどころか、緊急外来で訪れている今も、周りには似たように熱などでうなされている子供もいる。

 でも、それで心は動かないし乱れない。

 まやかに反応している。そしてこんな遠くまで幼い足でくっ付いて来た、みよ、ゆりな、れせ、もえみ、なずほに揺れている。

 本気で守りたいと思っている。いや、恐怖している。


 何かの処置と点滴をしてもらい、まやかは直ぐに回復した。下痢の時は脱水症状に注意して下さいと言われて帰る帰り道、この曲が頭の中で流れていた。

 言葉ではなく感情として。


「パパ……ありがとう」それが初めてまやかときちんと向き合った言葉だった。


 足元にすがりつくみよもなずほも他の子も皆が、和頼をパパと呼んだ。恐る恐る遠慮がちに。まだ幼い幼稚園児なりに必死に手を伸ばす。


 まやかの痛がる顔、必死について来る子供達の顔や歩み、それと同じようなメロディーがピアノから流れる。

 ダンスホールに居る誰もが、その旋律の意味など分からない。


 二つのメロディーが悲しく交差して愛を叫ぶ。だが、しばらく曲が進み中盤へと来ると、そのメロディーにもう一つ加わる。一体十本の指で何をどうすれば出来るのか素人では想像もできない。高速で動く腕と指。


 悲しい旋律の中に、温かで優しいメロディーが混じる。その音を聞くと子供達は気持ちよさそうに揺れる。まるで子供達の名前を呼び遊ぼうと撫でるように。

 音の一つ一つが子供の指に絡まり、手を繋いでいくように流れていく。大好きだよと遠慮がちに奏でる。


 二つの悲しみの中に見え隠れする、楽しげで優しい音色が、何度も何度も名を呼ぶ。この手を離さないと指が(ささや)く。

 不安と恐怖しかない旋律に、光が射し、どこまでも探し求める指が、愛しているよと真っ直ぐに呟く。


 そして静かに和頼の曲は終わった。およそ十分。


 場内は静まり返っている。拍手の音どころか誰からも息をする音もしない。

 ただ、呆然としている。

 一体何が起きたのか分からない。声が上がることもない。


「どうだった? これがウチの娘の為だけに作った特別な曲だよ。大護君に、今日は誕生日だからさ、特別」

 大護は嬉しそうに笑う。曲が良かったのか、娘だけの特別な曲が聴けて喜んでいるのかは分からない。

 ただ和頼は、悲しげにしている大護の姿が可哀そうで、放っとけなかったのだ。つい心が、指が、動かされてしまった。


 ゆっくりと元の位置へ戻る和頼と子供達、それを皆が見ている。目ではなく、顔全体で和頼を追う。


 和頼に子供達がくっ付き甘える。

「久しぶりに曲聴いた」と子供達が微笑む。


 瞳が亡くなってからこの曲を弾かなくなっていたのだ。だから、子供達が聴いたのも約二年ぶりだった。

 和頼は無意識に、この溢れる不安と恐怖と愛の螺旋(らせん)を避けていた。

 実際、子供達の可愛い笑顔が、いつ歪んでしまうか怖くて堪らない。腹痛ぐらいいつだって起きる。しかしそれでさえ、直視できないほど苦しい。

 いっそ子供達に降り注ぐすべての罪と罰を、自分が全て背負ってしまいたいと、そう本気で願っていた。



 子供達が大護の持つハムスターのカゴを覗きながらふざけていると、そこへ別の子供達が来た。

 また何やら始まる予感に、少しだけ面倒くさいなと壁に(もた)れる和頼。

 と、そこへ。

「あの、すみません。先ほどの曲って誰のなんという曲ですか? 私もピアノをやってまして。あんな素敵な曲初めて聴いたので」


 和頼は面倒くさいと思いながら、目の前の女性を見た。正直に、自分で作ったというのも厄介だし、かといって知りませんでは更にしつこく質問されそうだ。

「ちょっと、忘れてしまいました。昔に教わった古い曲なので」

「そうですか……。それじゃ仕方ありませんね。もし思い出せたら連絡とかして貰えませんか? できたら連絡先とか交換して貰えませんか?」

「あ、俺、連絡先の交換はできない。すみません。名刺交換も誰ともしてないし」

 これは本当だ。


 女性は残念そうにしている。そこへ別の女性が声をかけてきた。

「美輪さん。良かったら私と踊っていただけませんか?」

「今はちょっと……」そう言いかけた和頼の口を人差し指で押さえる。

「知らないんですか? 女性からのダンスの誘いは断っちゃいけないンですよ」

 知らなかった。というよりも和頼はそういう類は何も知らない。ダンスの仕方も知らないし、踊れない。


「でも俺、踊れないから。社交ダンスとか今まで一度も踊ったことなくて」

「それじゃちょっと待っていて」そう言い女性が走って行く。

 すると、流れている場の曲がスローでムードあるものへと変わった。女性が戻ってきていう、これなら大丈夫でしょと。ただのチークダンスだものと。

 和頼が断ろうとした時、その女性が手を引き強引に連れて行く。そして和頼の手を背中と腰へ自ら誘導する。


 凄く近い距離感に、和頼は隙間を開けようとするが、反対に徐々に距離が縮まりくっ付いていく。仕方なくそのまま揺れ踊る和頼。ほんの少々の間だろうと思い、ここは余計なことをするよりスンナリとこなした方が結果的にスムーズに済む。

 それが和頼の今までの経験から学んだ、急がば回れ方式だ。

 しかし、その方程式はここでは使えなかった。求める答えの公式がそれでは駄目なのだ。


 踊っている途中に、別の女性が現れ「代わって下さる」と和頼の相手女性を無理矢理引き剥がし、その女性がするりとくっ付いた。更にしばらくすると、全く同じことが行われた。更にもう一度。


 どうやら和頼はモテているようだ。しかし当の本人はまったく乗り気ではない。


 和頼は見た目だけなら本当にカッコイイ。しかし、モテるかモテないかで言えば、いや、モテるか普通かモテないかで言っても、モテないに入る。それは子供の頃からずっとそうだ。

 問題は和頼独特の性格にある。容姿がイイからたまに変わり者の女子に好かれるが、基本、凄く特殊な子にしか好かれない。

 今のように気性を抑え、子供達への優しさの欠片でも当時にあったら、それこそ一番モテていたかも知れないが、それは誰しもに当てはまるタラレバなので、意味のない例え話。なので、モテない過去はモテないと()まる。


 次々と女性達が和頼の胸で踊る。煌びやかなドレスを揺らしながら、和頼の心を誘惑でもするように、胸の中へと染み込んでいこうとする。和頼も何となくそれは感じ取っている。それほどまでに(ねば)つく刺激だ。

 香水のように(まと)わりつく女性達。


 和頼はいつ終わるのかと曲を感じる。だが、ようやく終わりかける曲が、またリピートをする度に『またかよ』と心の中で突っ込んでいた。

 そんな中、子供達がその光景に気付いた。呆然と(たたず)み、和頼が女性達と踊る姿を見ている。


 ――とても悲しそうな目だ。


 いつもとはまるで違う。独りその場に取り残された子供の様。


 大護がその姿に気付いた。

 みよも、まやかも、ゆりなも、れせも、なずほも、もえみも皆、悲しそうに和頼を見つめている。他の学友の男の子もそのことに気付いた。


「パパ」か細い声が囁く。

「こんなことなら……来なければ良かった」悲しそうに呟く。

 その途端、大護が踊る和頼の元へと走り、和頼からドレスの女性を引き剥がす。ビックリする女性。

「どうしたのボク? 平気? ここは危ないわよ」

 女性は、子供がはしゃいでぶつかってきたのだと思っている。


「どけ。美輪さん達のパパを取るな。離れろ」

 和頼はその声に、ようやく子供達から聞いていたイメージと声が合致した。行儀よくしていたが、こっちが本来の大護なのかなと。

 和頼がそんなトンチンカンなことを考えていると、なおも大護が吠える。


 すると――。


「あら、それは~いくら今日の主役でも横柄ね。ここでは、ダンスを楽しむ権利があるわ」

 冷たい目をした女性が、子供を軽くあしらう。とても大護じゃ大人の女性に勝てない。いや、お()(さま)女子にも勝てない。男が女性に勝てる方法などはない。


 と、遠くからみよやまやか達の声がする。

「見直した。さすが大護。ちょっとカッコイイよね~」

「うん、超~イケてるよ。マジやるなって感じ」

「だね。ウチの学校でナンバーワンかも」

 娘達が口々にいう。


 消えかけた大護の闘志に火が灯る。そこへもえみとなずほがどんどんガソリンを注いでいく。大護のエンジンはレッドゾーンで唸りを上げている。


「聞こえないのかよ。どけってば。()(ざわ)り。今日は俺がルールだ」

 完全にブッ飛ぶ大護にどんどんガソリンをぶっかける子供達。その光景に焦った和頼が子供達を見る。

 すると、魔性の笑みを浮かべていた。


 何処までも大護を褒めちぎる。と今度は、その周りにいた別の男の子達もなぜかこの現場へ走り込む。

「そうだよ。美輪さんのパパから離れろ。俺が許さない」

「さすが~成見。切れ味が違うね」

「俺が、財前だ。どかないと許さないからな」

「渋~ぃ財前。一番迫力あるわ~」


 和頼が娘達にやめなさいとジェスチャーするが、口を膨らませて横をプイッと向いたり、両手の小指で口の端を「い~」と引っ張ったり、赤ンベ~などをする。

 その可愛さに和頼の胸はキュンキュンする。

 だが、このままではさすがにまずいので、和頼は、このまま続けるなら、今日は一緒に寝てあげないというジェスチャーをした。


 これはあまりにも悪いことをすると、たまに和頼が冗談で使う合図だ。

 もちろんそれで本当に寝ないという罰を与えたことはない。というより、罰などという教育はない。

 それは、罰がイケナイからではなく、和頼と子供のルールがしっかりとしているからだ。

 罰など与えたくない和頼、それをさせたくない子供、そういう信頼関係が結べている。それが結べないような家庭は、好きなように教育し(しつけ)ればいい。

 そこにイイも悪いもない。


 当然、子供達の態度は一変する。それがルールであり信頼だ。

「ア~、でも~。もう充分」

「そうね、ここら辺で手を打つのが紳士だよね」

「引き際の美学ね。それでこそ男子。これ以上やったら、弱い者いじめになっちゃうもん」

 みよやまやかの台詞に、大護や周りの子が「ここら辺で勘弁してやるけど、子供だからって俺をあまりナメない方がいいぜ」と捨て台詞を吐いて戻っていく。

 戻ってきたそれらに「ありがとう。カッコ良かった」とお世辞を言う娘達。

 和頼は、どんだけ小悪魔なのだと微笑む。


「あの、踊りましょッ」そういってしがみ付いてくる女性。めげていない。

 だが和頼は「もう疲れてしまって。それと……、トイレに行きたいので」そう嘘を付いた。


 渋る女性。視線の先には、いかにも次の番を待っているであろう女性達の存在。

 和頼は強引に振り払うか悩む。

 何となくだが、これ以上は子供達に嫌な思いをさせてしまうかもと、鈍感なりの予感を巡らす。

 すると突然、場内の曲のテンポが速まり、チークタイムではなくなった。生演奏の方を見ると、永友の立ち去る背中が辛うじて見て取れた。


「ほら、曲も終わったし、俺はこうゆうのは踊れないから、別の男性にリードして貰って下さい」

 これならば拒んだことにはならず、断る理由としても筋が通った。踊らないではなく、ウソ偽りなく踊れないのだから。



 ようやく女性達を振り切り、子供達の元へと戻る。

 少しすねている子供達と何か話そうとした時、今度は、先ほどのステージで歌っていたアイドルグループとそのマネージャーと名乗る者が現れた。

 数台あるカメラの内の一台がそれにくっ付いて来ていた。


「初めまして、オーティーケイのマネージャーをしております――うんぬん」

 名刺を差出し自己紹介する。アイドル達もまた挨拶する。

「どうも。美輪と申します。あの俺は名刺などなくて、交換とかできませんけど」


 存じておりますと丁寧な対応だ。しかし、なぜ、挨拶に来たか分からない。

 和頼はテレビ関係のスポンサーをするようなものではない。


 あまり深く考えず、とりあえず雑談していた。目の前のマネージャーもアイドル達も和頼の子供達を何度もチラ見する。どうしても目が奪われてしまうかのよう。

「それにしても、凄く可愛らしい御嬢さんですね」

 褒めの言葉を素直に聞く。相手も決して「お子さん達は、テレビ関係に興味などありませんか?」などの失礼な言葉は吐かない。美輪家の子供を商品にするような誘いの台詞は、絶対口にはしない。


 アイドル達が子供達に話しかける、が、子供達は和頼同様、テレビは一切見ないので、可もなく不可もない、ごく普通な対応しかしない。

 このアイドル達の誰か一人でも、美輪家のシアタールームで見る映画に出演していれば、少しは変わるかも知れないが。


 美輪家にとって、テレビも新聞も如何(いかが)わしい週刊雑誌と変わらないのだ。百害あって一利なし。和頼は、その日起きた事件だけを電子版で見るのみ。経済新聞も読まない。目につくDVD映画をその都度買い、気が向いた時に沢山貯め込んだ中から選んで、家族で鑑賞するだけ。


 愛想を振りまくアイドル達。一方マネージャーは、自分の扱う一流アイドル達と美輪家の子供達を見比べる。そしてがっくりと肩を落とす。

 目の前では、天と地ほどの差が公然と広がる。

 周りに居る者達が、この差をどう感じているだろうと意識してしまうのだ。


 芸能界を駆け上る美少女達。人気のアイドルだ。

 しかし、二十歳前後で制服を着て、メイクと光とその他の要因で築いたそれと、生まれ持っての美と圧倒的な若さ。初めから勝負にはならない。


 男女共に、二十歳をゆうに過ぎた者が学生を演じ、恋を演じ、ド派手なケンカを演じて人気になる虚像。

 フリフリと踊り、可愛く振る舞う幻想。


 まず、二十歳前後は……子供ではない。いや、若さだけの問題でもない、ただ若いからという理由だけなら逆に滑稽(こっけい)すぎる。

 つまり、ここに居るアイドル達に神が若さを与え、それぞれ子供だった頃へと戻してあげても、同級生として並んだとしても、それは埋まらない差なのだ。

 今時は幼いアイドルもいるし。

 あくまで若さは、子供達を輝かせるアクセサリー。誰もが簡単に着こなせるとは限らない。


 可愛いと言っても抽象的であやふやなものに思えるかもしれないが、はっきりとした差があるのだ。普通、十人十色で人それぞれ好みもある、現に娘たちは六人いて、それぞれ顔もタイプも違う。


 なら、具体的に『(なに)』という答えがあるのか? ――ある。


 それは、スポーツ選手で言えば綺麗な肉体美。

 一体どうやって手に入れたのと神を恨みたくなる差。


 子供達も同じである。肉体美と同じで、一目で分かるもの。

 言うなれば、化粧。


 人は答えがあるから化粧が出来る。

 そして世の中には、化粧をしなくても生まれながらに、綺麗な髪、長く質と量に恵まれたまつ毛、整った眉毛、一重二重に関係なく綺麗な目頭と目尻を持ち、黒く大きな瞳と可愛らしい形の唇、きめ細かな肌……あげればきりがない。


 どの子が、ではなく、個性はそのままに、あなたならあなたのままで、理想通り思い描いた、化粧で手に入れる『答え』それが、ノーメイクの状態。

 そう説明すれば、ほんの少しだけは可愛さの定義が伝わるかも知れない。


 ただ、そんな子供達にも負ける部分は当然ある。アイドル達が踊る妖艶で可愛いダンスを子供達は絶対に踊れない。小学五年生の姿では描けないラインがある。

 もちろん描く必要はないし、可愛さの種類も違うが、アイドルには大人の魅力がある。


 人々がアイドル達に求める目は、可愛さという名のエロスであり美であり、いわゆるセックスアピール。

 美輪家の子供達にそんなものはない。あるのは圧倒的な美と可愛さだけ。

 それだけ。


 もし子供達に望むことがあるとすれば、それはたった一つ。

 可愛く笑うその無邪気な唇とキスをしたい、程度のこと。それがこの子達を好きになった者が望む最高到達地点。

 誰もが彼女達を前にするとそこが最高地点となる。それ以上はない。

 真っ直ぐな目と笑顔が許さない。


 まあ、可愛らしい小動物や子猫などに性的興奮をするような者、魅力ある異性に恐れなく愛の告白やナンパができる者ならば、違った考えを持っているかもしれないが。大抵の者は、大人同士が求め合う愛の最高到達地点と、軽いフレンチキスが同じレベル、いや、それ以上の愛情表現となる。

 初めからそういう差があるのだ。



「ホント、可愛過ぎていつまでも見ていたい気になります」

 多くのアイドルを目にしているマネージャーがぼやく。和頼は、気持ち悪い奴だなと、少し邪魔に感じる。


「ここに居るより他を当たられた方が良いのでは?」

 するとマネージャーが、中央辺りを指さす。本当はあの辺りで挨拶をしなければいけないのだけど、とても口論の中へは入って行けないと。

 それは大変ですねと和頼が気遣うと、良くあることですからと笑う。


「良くあるンですか?」

 深く頷く。

 世の中で()の付くものは、飲み会でありオフ会であり何であれ、男女の(もつ)れや、飲み過ぎての愚痴やゲロ、見栄の張り合い、学校や職場での兼ねてからの恨みの噴出など、あげればキリないほど必ずといってゴタゴタになるものだと。


「今日のはまだいい方ですよ。美輪さんが居るからこれで済んでいると思います。もっと激しいのをいくつも体験していますから」マネージャーはそう苦笑う。

 和頼は確かにそういうものかもなと思いながら、早く何処か行けと強く念じる。



「美輪様。スワンの方はどうしましょうか?」永友が声をかけてきた。

 ウザイ相手から離れたくて、和頼は永友へと数歩ずれる。子供達が「スワン」と嬉しそうに喜ぶ。

「そうですね、ちょっとだけ見てみようかな」

 もうこの場所を離れたかった和頼は、永友に案内を頼んだ。

 喜ぶ子供達。

 でもここで予想外のことが起きた、それは、大護や別の子供達がゾロゾロとくっ付いてくるのだ。面倒臭い。最悪の事態だと和頼はうろたえる。

 そして、追い返すことも振り払う術もないまま、室内プールへと向かった。






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