四話 スイートハウス
「パパ? パパ~。大変。ちょっと来て~。ねえ~、パパ~」
まやかは子猫が鳴きながら歩くように、家中を探索する。
「どうしたの? また何かあった、まやか」
「あのね。うんとね。クラッカーがね、私の畑をほじくった」
会話を聞いていた他の子達が一斉に騒ぐ。
「えぇ~マジ? 私のは? 大丈夫かな?」
急いで玄関へ向かい飛び出していく。
「お~い、こらこら、畑に行くならまやかみたく作業着に着替えてだぞ」
和頼の言葉に、一度出た皆が一斉に戻ってきて着替え始める。
今は、軽めの部屋着だが、畑に行く時は汚れてもイイつなぎと決まっている。
もちろん靴もそれ専用だ。
家でくつろぐ時以外、子供達の普段着は主にスーツ。小学校入学式で着飾るようなそれを、もう少しオシャレなイメージにしたデザイン。
プリーツ派、ボックススカート派、キュロット派、足全開のショートパンツ派に分かれている。自分たちなりに好みやセンスがあるようだ。
まやかの後について、和頼は庭中央にある畑へと向かった。赤レンガで丸い円を描いた畑がいくつかある。
まやかがその中の一つの前で立ち止まる。
「ほら、見てパパ。私の作ってたサツマイモの……、こんなにしちゃって」
「ほ、本当だな……。こりゃ、酷いな」
畑中が荒らされていて葉っぱが飛び散っている。ただ、サツマイモ自体はまだ収穫期ではないので、もしクラッカーがやったのであれば、葉っぱを食べたかただほじくって遊んでいたことになる。
そこへ恐る恐るクラッカーが寄ってくる。普段なら喜んでしっぽフリフリ駆け寄って来るのに、今日はしっぽを下へとしまい込んで、伏し目がちに登場だ。
一目で反省していると分かる態度。というか犯人が自分だと自白して見える。
そこへ他の子供達が着替えて集まってきた。
「あ~あ~。随分とやられちゃって~。残念。ダメじゃないの~クラッカー」
自分のナス畑が平気だったことを確認済みのれせが、他人事のようにいう。
みよとなずほも自分の畑を見る。
「危な~。セーフ。トマトは助かった。柵高くしてるしネットも張ってるからね。前にカラスに荒らされたから、用心しといて良かった~」
「私のも平気。でも、梓ばぁのと茜ばぁのがアウトだけど……」
和頼は焦ってその畑を見る。確かにアウトだ。これは一大事。
子供達ならすぐに気持ちを切り替えて再挑戦できる柔軟さを持っているが、梓と茜に関しては違う。ゲームのセーブデータを消された子供と同等か、それ以上のショックを受けるだろう。
「まずい。どうしよう」
和頼は子供達と話し合う。しかし、なかなかいい案が浮かばない。
「とりあえず、クラッカーの足跡を消そう。あくまでカラスの仕業という所までは持って行こう」
和頼の案に子供達が動く。クラッカーも申し訳なさそうに作業をみていた。
子供への道徳教育という意味では最悪だ。まさに隠蔽工作。いや耕作?
するとそこへ、門外から警備の者が声をかけてきた。その声にクラッカーが反応し、仕事とばかりに吠え立てに行く。
自分がしでかした罪を帳消しにしてもらう為か、はたまた、自分が悲惨な状況下のうっぷん晴らしか。
とにかく吠える。
警備の者は直ぐに門から離れ、和頼の携帯電話へと連絡を入れた。
「もしもし、どうかしました? え? 来客ですか? 家に?」
和頼は初めてのことに少し驚いていた。仕事関係のことやそういった知り合いが家へ訪ねてくることは絶対にない。
一般世間でもそうかも知れないが、家へ招く間柄は相当密な関係が常識である。
和頼の思い当たる中に、そんな人はいない。
「身元は誰か分かります? ん、子供のお友達? ちょっと待って」
和頼はそういうと、子供達に「喜多河大護っていう子知ってる?」と尋ねた。
「パパ、私、そんな子知らないけど」
「ウチも知らないよ」
和頼は電話に出たり子供達に聞いたりを繰り返す。
「五年二組だって言ってンるけど、本当に知らない子か?」
「み~よ~、あんた二組でしょ」
みよは腕組みし首を傾げて考える。子供達も、畑を細工する為の作業をしながら和頼の質問に答える。
私立、学備学園小等部。五年一組、なずほ、れせ。二組、みよ。三組、ゆりな。四組、まやか。五組、もえみ。
学備学園はいわゆるお金持ちが通う特別な学校だ。
まぁ、お金持ちと一口にいっても種類はある。世の中には財閥やそれ相応の地位にあるような者が通う由緒正しい有名私立の学校、そして有名芸能人や大手会社の子供などが通う私立の学校などがある。
他にも様々な学校があるが、学備学園は少し違う。
お金持ちではあるが、和頼の様な成り上がりというか、口悪く言えば成金が通う学校である。
普通の学校に通わしたくともできない。芸能人や有名会社の子供などと同じで、虐めの対象になったり事件事故に巻き込まれることが予想されるからだ。
危険度から言えばポッと出の和頼達の方が、他とは比べ物にならないほど逆恨みされたり毛嫌いされるであろう。幼い子供を、それを承知で通常の学校へ通わせることなどできる訳がない。
子供同士の残酷さや、その親達、そして先生や地域も信用はない。
かといって、名門私立学校は、お金があるからというだけで入学できるほど甘くはなく、当然ながら裏口も開かれてない。
となれば、選べる私立の学校は自ずと限られてくるのだ。
学備学園は、そういった特殊なお金持ちが子供を守る為に通わす学校だった。
和頼は学校だけではなく、知っての通り家にも警備を付けているし、家自体もお城のように御堀や柵で囲まれている。
今、訪ねてきている来客者も駐車場の外枠で足止めされているのだ。
他にも、見もしないブログやサイトなどをいくつか設け、そこに誹謗中傷が集中するように仕向けてある。それを専門の者が仕事として処理している。家に直接害が及ばないようなガス抜きの意味と、現状を常にグラフとしてチェックしている。
和頼は余程のことがない限り、週に二度、その報告を受けることにしていた。
先週のバトルシューティングボール後も、沢山の者から誹謗中傷が寄せられた。
今の所、子供達のファンとエネミーの数値は、予定の範囲内に収まっているが、世の中というものはとても残酷でいつ何が起きてもおかしくはない。
和頼は常にそのどうでもよいことの対策に四苦八苦していた。
「ん~。う~ん。分かりました。とりあえず、駐車場の所までお通ししてあげて」
子供達は知らないと言い張るが、もし同じ学校の同級生であるのなら、失礼があってはいけないと、自らの目で確認できる所まで侵入を許すことにした。
庭と駐車場の境目まできた。門の前に和頼と子供達が並んで覗く。その横でグルグルと唸り声を上げたり、時に子供達に申し訳なさそうにしているクラッカー。
駐車場に高級な車が入ってくる。
砂利を踏むタイヤの音だけが響き、そして、警備の指定した誘導場で車が止まると、助手席から白髪の老人が降りてきて、後部座席のドアを開けた。そこから一人の少年がぴょんと勢いよく飛び出す。
「あーっ。あいつ知ってる。いつものしつこいヤツよ」
「それじゃあ、知っている子なのか」
子供達も口々に見たことはあるという。和頼は待たせ過ぎたり、むやみに追い返したりしなくて良かったと、ホッと胸を撫で下ろす。
「ほら、皆、失礼な態度はとっちゃダメだぞ。クラッカーを繋いで、皆も着替えておいで」
同じクラスであるみよだけが和頼とその場に残り、他の子達は言いつけ通りにクラッカーを連れて行く。
クラッカーは首輪を引かれながら、訪問者に唸ったり、子供達にクゥンキュンと反省しながら連行された。
和頼は、大きな門の隅にある人用の小窓を開き、来客者を庭へと招き入れる。普段は使わないのだが、一応、用心として小さい門扉だけを開閉した。
「初めまして、喜多河家の執事を務めております。永友総助と申します。この度、突然の訪問をお許し頂き誠に有難く存じます」
「いや。いえっ。さっ、ここではアレなので、家の方へ。ぼ、坊ちゃんもどうぞ」
和頼はニッコリと笑う。それに男の子が頭を下げた。
「君でも人に頭下げるンだ~。初めてみた~」
礼儀正しくお辞儀する大護に対し、みよがとんでもない無礼なセリフを言う。しかし和頼はニッコリとそれを笑ってみていた。
玄関に入るとスーツに着替えた子供達が並ぶ。
「みよ。みよも急いで着替えておいで、待っているから」
和頼の優しい声に「はいパパ」と可愛いくお辞儀する。急いで駆けていくみよ。その背中や家の内部を不思議そうに大護は見ている。
「あの~、みよさんのお父さん。お手伝いや執事は? いないのですか?」
「ん? お手伝いさん。あ~、ウチはそういうのは居ないンだよ」
優しい言葉遣いで話す和頼に、それじゃ家のことは誰がするのという。それに対し、自分達でするよと笑う。ただ、家には居候的なおばさん? お婆さん? もいて、その方達がしてくれると説明した。
「そうなンだ~、変わっていますね」
大護はそういうが、本当の意味での変さには気付けていない。
リビングではなく応接室的な場所へと通す。
その場所は基本、茜や恵などと重要な家族会議を開く場所だ。子供達の前で何でも話すわけにはいかない。
フカフカなソファーに腰を下す大護。少し離れた場所に永友という執事が立っている。
「いやいや、永友さんも座って下さい。疲れるでしょ?」
そういう和頼に永友は真面目に遠慮する。
尚も進める和頼に永友は困惑していた。すると大護が「今日は、特別にお言葉に甘えたらどう? 俺は構わないよ」と笑う。
「はぁ、そうですか? ではお言葉に甘えて」そういうとその場に正座した。
「ちょちょちょちょ、ちょっと、椅子にお座り下さい」
そういった瞬間、和頼はあることに気付いた。それは、雇い主の子供である大護の横に堂々と座る執事なんてこの世にはいないと。和頼は執事やメイド等を雇ったことが無かったから少しもその関係性が分からなかった。よく考えれば、部屋に招き入れて一緒に食事しながら雑談するなど在りえない話。
梓や茜や恵という他人と、家族同然に過ごしていることと、老い方というか似た雰囲気の永友が重なって、つい、馴れ合いな感じになってしまったのだ。
そこへ子供達がケーキと紅茶を入れて運んできた。
それを正座している永友が申し訳なさそうに見ている。
「あ、なずほ。悪いけど、ゆりなと一緒に映像室の椅子運んできてくれるかな?」
「は~い、パパ」
「御意、御意」
嬉しそうに走って行く子供達を見送ると、執事の永友が「これ以上お気を使わないで下さい」と困りは果てていた。一気に五歳は年を取らせてしまった。
何でも完璧にこなせるであろう見た目の永友だが、その姿はうろたえている。
どんどんと運ばれてくるケーキと紅茶。するとようやくみよが着替え終えて部屋へと来た。ピョンピョンと弾みながら和頼の前にくっ付いて座る。
ケーキなどを運び終えたまやかとれせともえみも、和頼の横を奪い合う形で座り、最後に、椅子を運んできたなずほとゆりなが部屋へと来た。
「どうぞ執事さん」なずほとゆりなはそう言って永友に椅子を差し出した。
永友は、これ以上ないほど恐縮しながら「ありがとうございますお嬢様方」と、お辞儀した。
「あ~ちょっとずるい。パパ。私達、パパのお使いしてたの、パパの横座りたい」
なずほとゆりなが駄々をこねる。
「そうだな。良い子だったもんな」
「私もちゃんと良い子にお手伝いしてたよ。でしょパパ」
「確かにそうだね」
和頼は満面の笑みで、子供達を見ていく。
「でも、パパが無理にお願いしたし、今日はなずほとゆりなかな?」
「ええ~。ずるい~。アタシにお願してよパパ」
そのやり取りを大護も永友もびっくりしてみている。親子が仲良いことに疑問も不思議もないが、問題は、家事的ことを奪い合ってまでしたがっていることを。
「あ、ごめんね~大護君。何か大切な用があって訪ねて来てくれたのだよね」
来客をよそに勝手に盛り上がるそれを止め、和頼が大護に気を使った。
「実は、俺、来週の金曜日が、その、誕生日で。それで、出来たら、美輪さん達をお誕生日会に招待したくて」
「お誕生日会? あぁ。それじゃ大護君、もうすぐ十一歳だ。おめでとう」
和頼と大護だけが話している。娘達はまるで興味がないといった雰囲気。和頼も当然そのことにはとっくに気付いている。
実際、訪ねてきた時に、子供達と庭で交わした会話からも分かる。
「どうする皆。お誕生日会のお誘いきたよ」
「ん~私は忙しいし、クラス違うし。みよはクラスメイトだよね」
「はぁ? まやか、アンタ、ホント、そういうトコ、シスネミーよね」
シスネミー。敵姉妹の略だが、そこに居る中で理解できているのは姉妹だけである。
行きたくないのはそこに居る誰もが分かっていた。当然、押しかけてきた大護もそれは承知の上だ。
それでもどうしても来て欲しくて、勇気を出して訪ねてきたに違いない。
和頼もまた困っていた。自分が行っておいでと言えば、例え乗り気じゃなくてもイイ子にいうことを聞くであろう。だからこそその言葉は言えない。
実際、和頼にとって他人なんてどうでもよい。しかし心のどこかに、たとえ他人の子でも、もしかしたら我が子として出会っていたかもという、複雑ではっきりとしないモヤモヤとした感情がみえ隠れしていた。
「あの、坊ちゃま、私から宜しいでしょうか? 美輪様、実はですね、そのお誕生日会というのは、金曜日の夜から船で出港しまして、一泊して土曜の夜に戻ってくる予定でして、なので、お子様だけではなくお父様である美輪様も、でして。もし、もし美輪様が宜しければ二泊して日曜日のお昼という案もございまして。つまり、その、御嬢様だけではなく、ご家族をご招待しに参りました」
それを聞いた和頼はポカンとしていた。面倒くさいという感情と同時に、永友のダメだと分かっての頑張りが痛々しいなと。
「え、それじゃ、パパと一緒にお船で遊べるの?」
みよの言葉に透かさず永友が吠える。
「もちろんで御座います。屋内プールも有りますし、ゲームコーナーも、他にもシアターもダンスホールも御座います。ぜひお父様と御一緒にどうぞ」
その言葉に子供達が一気に悩み始めた。しかしそれは誕生日に迷っているのではない。間違いなく船の旅に行くかどうかにだ。大護も執事も完全にそれに気づいているが、表情は「しめた」と言わんばかりに希望の光がさしている。
和頼はこれでいいのかと憐れむが、大護の来て欲しそうな顔を見ていると、大人な自分が面倒くせぇと断ち切ってはマズイとだけ思った。ここはあくまで子供達の気持ちに、そう、運を天に任せようと決めた。
「パパ~。パパはどうしたい? ねぇ」
「パパは皆に決めて欲しい」断ってもいいぞ~と心で叫ぶ。
これで断れば、子供達が完全に興味がないと分かって貰える。ダメもとでサイを振りにきているワケだし、しっかりと出目を見せて示すしかない。
「アタシ、行きたい。パパと船乗ってみたい」
「ウチも。ウチも行く。そんでパパに船漕いでもらって」
「いぃ、それ私も。私が横に乗る。足で漕ぐやつ? あれで勝負する」
完全に間違えている。和頼は笑いを堪えるのに必死だ。子供だからか頭の回転が早いからか、誰かの連想にすぐ引っ張られて、次々違う答えに導かれていく。
そう、ここでいう船は客船的ものだ。規模がどれほどかは分からないが、備えた設備の話からいっても相当大きいと予想される。
だが子供が言っているのはどう聞いても手漕ぎボートかスワンだ。
「まやか、それともえみ、ここで話してる船はね……」和頼が微笑みながらそういうと、それを遮るように永友が話しかけてきた。
「あります。大丈夫です。ボートもスワンも。それと御嬢様方が参加されているジェットスキーレースの大会のマシンもご用意できます」
永友の声に子供達は少し驚いていた。
永友がいうジェットスキーの大会とは、裏で和頼が仕切る、例の類の大会だ。
プール嫌いな子供達の為に、不況で廃業した大型施設プールを買い取ったことから始まった。
和頼が聞いていた予算よりも遥かに安く、約十五分の一程度で手に入れたのだが、実際、子供達はまったく興味を示さなかった。
理由は、水着になるのが嫌だとごねているが、それよりも泳ぐこと自体がそれほど上手くないから嫌だというのが本音なようだ。それも単純に、息継ぎが上手くいかないとか面倒くさいといったレベルの話。
そんな中、大きな流れるプールのコースで、ジェットスキーを楽しんでいる和頼を見て、後ろに乗せてと興味津々になったことで、和頼は動き出す。
「これは危ないから、もし泳ぎが上手になれたら、乗せてあげる」と条件を出した。もちろん上手に泳げないのでは本当に危険だという意味もあって、一石二鳥でことは進んだ。
あっという間に泳ぎは上達し、姉妹で競い合うように上を目指す。そしてついにジェットスキーに乗ることに。最初は和頼の後ろに乗るだけだったが、途中からは和頼を後ろに自ら運転を始めた。
しかし、ただの円形プールではない。左カーブだけじゃなく、右カーブもエス字カーブもある。トンネルもあるし下り坂もある。
和頼は、エンジンをいじる訳にもいかず、専門家に頼みアクセルに細工をしてもらって速度を制限した。更にはプールの両端を全て柔らかな素材でコーティングし直し、安全に安全を重ねた。
子供達に簡易リミッター付のマシンをプレゼントし、それらでレースして遊ぶようになり、いつしか上手くなった子供達と見知らぬ者をレースさせてあげたいと思ったのだ。
和頼自身、姉妹が競い争うのは好ましくないと思っていて、どうせなら他人と競い遊んだ方がいいと思ったからだ。
そして、免許資格を持つ大人を対象に、大会を開いた。
もちろん私有地だし、屋内なので免許など必要ないが、しっかりと免許を持った者やマシンを知り尽くしている者の方が、安全面でもマナーにしても絶対的信頼がおける。
そして例の如く、何度か大会が開かれ、とんでもない反響を巻き起こしている。賞金額というのもそうだが、レース自体面白いらしく、参加者は、自主的に参加の為の選考大会を前もって海で行い、激戦を勝ち抜いた選ばれしライダー限定で行われた。
参加人数は約五十人。観客数はプール施設の会場が埋め尽くすほどで、一万人は下らない。入場料無料。無料ドリンクバー設置。
全ての負担はスポンサーである和頼一人が負う。
このレース大会に一口乗らせて欲しいと多くの企業が名乗りを上げるが、それはスポンサー本来の目的である宣伝や仕事が絡むので当然却下。
和頼にとって、これは子供を楽しませる為の、ただの遊びだったから。
レースの成績は、大人のライダー相手に、常にベストテンに食い込んでいる。
ちなみに特別参戦した和頼が二位に入ったこともある。
ホームということもあるが、海とコースではまるで勝手が違う。ましてレースの駆け引きとなれば、コースでの走り込みが物を言うのは間違いなかった。
インターネットで有名になり、真似する企業も出るかなと予想されたが、今の所どこもそれを成し遂げてはいない状況であった。
「ねぇ。とりあえず、船とか興味あるし、私的にはパパと行きたいかな」
子供達が参加の方向で話を進める。それを見た大護が満面の笑みで喜び、何度も執事の永友を振り返る。
「それじゃ、俺の誕生日、皆来てくれる」
「行ってあげてもいいけど、レディーに失礼なことしないよね?」
「もち、当然だよ。これでも喜多河家の長男だぜ。大護だよ。ばっちり紳士だよ」
話が決まると、持ってきたケーキを子供達が食べ始めた。大護も美味しそうに食べる。和頼は執事である永友にもケーキを進めた。永友は滅相も有りませんと恐縮しながらも、二度目の誘いの後、マナーとして召しあがった。
「ちょっと、紅茶冷えちゃったかな? 入れ替えようね」和頼はそういうと電気ポットに浄水を入れ、沸騰させた後紅茶を入れ直した。
やがて、学校などの話や雑談をした後、大護と永友は帰っていった。二人を庭門まで見送るとそこへ梓と茜が帰ってきた。
「あら、お客さんなの? こんなこと初めてね」
「子供達のお友達だよ。凄く上品な感じの子でね」
そう話す和頼に、普段は全然なんだよと子供達は笑う。それを聞いた和頼は、普段は全然というくらいは、一応知ってあげているのねと顔をほころばす。
駐車場から立ち去る車を皆で見送ると、門を閉めて家へと向かう。
「あ、そうそう、大判焼きを買って来たのよ。和頼は小豆で良かったわよね」
「おお、久しぶりだなぁ。早く食べたい」
嘘だ。和頼はケーキを食べたばかりで甘いものはもう充分。甘いものが別腹な女性と違い、和頼にはそういう便利な機能はない。
つまりは思いっきり気を使っているのだ。
「ねぇパパ、もうクラッカー放してあげてもいい」
「いいよ……」そう返事した瞬間、和頼の表情が変わった。
クラッカーがメチャクチャに荒らした畑の悪夢を思い出したのだ。
実はクラッカーだけの問題ではなかった。この畑に関して、本当は屋上に作りたいという案が梓や茜から議題に上ったのを、和頼は屋上自体作らず、全ての屋根をソーラーパネルにしたいという案を強引に押し切った。そのことで負い目がある。他にも地下に二階分のシェルターと食糧庫を作り、自然の驚異に備えるという独自の考えも行っていた。
もちろん全額和頼の資金だし、和頼の好きなように設計して何の問題はないのだが、この家の生活部分の八割は子供や梓、茜、恵の案で出来ている。和頼の要望はたったの二割、災害や防犯に対しての安全面で、壁や土台の素材、庭や周りの作りの細かな部分に至るまで拘り抜いて設計されていた。
食糧庫の常備品もおもに賞味期限の無い冷凍食品や長期保存可能なあらゆる缶詰、レトルトなどを、家族が数年生きられるほど備蓄してある。
いつ何が起きても平気なように、子供達を守ることが出来るように、和頼は必死に災厄への対応策を築いていた。
「早く、家に入ろう。クラッカーはその後でナ。ほら早く手を洗って食べよう」
和頼の言葉に子供達も畑の存在を思い出す。そしてぎこちなく家へと入る。
おやつの大判焼きを食べながら和頼は考える。あと少し、どうにか畑を細工し終えれたら、早めにカラスのせいにして、そのカラスを追い払うためにクラッカーが頑張ったのだと、逆に英雄なのだと、そんな企てを考えていた。