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御姉妹  作者: セキド ワク
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二一話  語り聞かせ



 一日中遊び回り、和頼はヘトヘトに疲れていた。

 なぜだか皆ピンピンしている。元気がどんどん溢れて来るようで、テンションがおかしく見えた。


 全員での夕食を終え、お風呂へ入る頃には、睡魔に襲われて気を失いかけた和頼だが、湯船でゆっくりじっくりと眠るように温まると、少しだけ眠気が晴れた。


 子供達とクラッカーと共に、一時間半ほどかけて入ったお風呂を出ると、恵と茜と透子におやすみの挨拶をして寝室へ向かう。

 寝室は子供達と一緒だ。ちなみに今日はクラッカーも同じ部屋へと連れて行く。見知らぬ場所では可哀そうだからだ。


 良治は、いつも寝泊まりしている建築会社の建物があるのだが、警備会社の者達にくっ付いて行ったので、深夜遅くまで、何かしらのゲームで勝負しているに違いなかった。


 湯冷めしないよう部屋の室温を調節する。


「すごいねこのベッド。フッカフカだよぉ」

 髪を乾かし終えた子供達がピョンピョンと跳ねる。それに釣られてクラッカーも真似して動くが、ブラッシングしている最中だから「こらこら」と押さえ込む。


「もえみ、クラッカーのおトイレの場所にトイレシートを敷いてくれる」

「はいパパ。これでいいよね」

 どんどん寝る準備が進んでいく。



 ベッドは幅三メートル三十、長さ約二メートル。クイーンサイズのベッド二つを並べた大きさ。いや、ワイドシングルベッドを三つ並べたサイズと言った方がより近い数値かも知れない。


 ベッドには様々な細工があり、子供達の要望で、電動で前後に揺れたりもする。本当は、ゆりかごやハンモックの様にとの頼みで、良治らが鉄骨から吊るすタイプのものを創作したのだが、部屋に組む前に外で何度も試すと、それではどうしても酔ってしまうらしく、改良を重ね、何度も吟味して今のベッドになった。


 ベッド下の脇に置かれた、フカフカの毛布にクラッカーが丸くなる。だが、顔は子供達の動きを追ってキョロキョロとしていた。

 クラッカーも相当疲れているはずだが、子供達が気になるのか、一緒に居られることでテンションが上がっているのか、なかなか寝ない。


 和頼は一秒でも早く眠りにつきたいのだけど、そうはいかないようだ。



「ねぇパパ。何かお話して」

「話聞きたい。前にお話ししてくれた、パパのチェーンのやつ。その本のお話して、お願い」

 子供達が「聞きたいよぅ」と一斉におねだりする。和頼は仕方なしに頷いた。


「それじゃ、皆、ちゃんとお布団の中に入って」

 最後まで話したのは二度だけで、後は途中部分を抜粋して話してあげている。

 前に話した時のきっかけは、和頼の歯からだった。


 犬歯というか糸切り歯というか、いわゆる牙だが、和頼はそこに、銀歯を被せている。それも鋭く尖ったものを上下、計四本。

 理由は虫歯ではなく、空想上の魔物を噛み殺せるように、銀の牙を仕込んだ。

 もちろん若気の至り。ちなみにどこにも虫歯はない。


 ただのこじつけに近い。人に対しては、鉛が血液に中毒を及ぼし、そして銀には強力な殺菌効果があるという、些細な情報を組み合わせ、勝手に確信し、被せてしまったようだ。


 人には鉛弾が有効で、そして魔物には銀製の弾や武器と結びつけたわけだ……。


 とはいえ、結局は本の世界に憧れ、どっぷりかぶれた結果だった。

 その本のタイトルは『()()(もん)』という誰にも知られていない小説であった。

 和頼は、グロテスクなシーンやエッチな場面などをすべて排除して、子供向けに訳して話していく。

 いつかは読まれてしまうとしても、今はフィルターやプロテクトをかける。





 ――魔狩り門――


 主人公の男は、大きな街の片隅で父親とひっそり暮らす貧しい者だった。

 仕事は万屋(よろずや)の類だが、おもに、街に蔓延(はびこ)るネズミなどの、害虫駆除を生業(なりわい)にしていた。

 位としては底辺の部類だ。

 せめて、農業や工業などを仕事として持てれば、他人から(さげす)まれることだけは(まぬが)れる。


 駆除依頼は多く、おかげで食べる物には困らなかったが、ゴミ拾いを生業としている者達と同列の低い身分に、将来の夢や結婚は諦めるしかない。


 低い身分の中にも、どうにか結婚し、三世代に渡り、貯め続けたお金で、土地や農具を買い、農業を始めた成功者もいて、それらに作物を荒らす害虫駆除の依頼を受けた時ほど、羨ましくて切ないことはない。

 自分の哀れな身分を嘆く。


 そんな未来のない男が、ある日、年に一度行われる生贄(いけにえ)の儀式に偶然出くわしてしまった。


 大きな(やしろ)のネズミ駆除の最中で、捕まえたネズミを清めた後に、油揚げに包んでお供えをする為に作業していた。

 そこへ、三つもランクが上の身分の娘、いわゆる商人の子、が生贄として連れて来られたのである。

 歳は六つ。


 それを物陰からじっと眺めていた。ネズミを探す仕草と、覗き見る仕草とを織り交ぜる。

 だが、そんなことをしなくとも、元から駆除屋など透明人間と同じで、誰の目にも認識などされていない。地を這う虫けら、そんな存在。



 地面に描かれた大きな模様、その中央に娘が白装束で寝かされている。

 小声でブツブツと助けを懇願するが、儀式は着々と進んでいた。


 そんな中、薄汚れた白灰ネズミが、儀式の方へと向かい縦横無尽に闊歩(かっぽ)する。

 思う理由は、儀式で使うお供え物の匂いに鼻をやられ、つい誘われたのだろう。実際、おいしそうな匂いに男自身もやられていたし、山の獣や鳥たちもざわついていた。


 最もランクの高い僧侶達が慌てる。そして、今まで透明であったはずの男の存在感が、その必要に応じて、皆の元に(あら)わとなった。


「何をしておる! さっさとこのゴミねずみを捕まえないか」

 慌ててネズミを追いかける。が、とても捕まえられない。

 今まで罠以外で捕まえたこともない。そんな技も術もない。


 父親でさえ、長い駆除歴の中で、たったの二度だ。それも、罠にかかったそれが脱出し、誤って父親の方へと自らぶつかってきて、持っていた網に絡まったという話。つまり裏返せば、罠から逃げられた駆除失敗談ともいえる。


 男は、白種の様に赤い目をしたネズミを脅す。威嚇する。

 捕まえる気などこれっぽっちもない。

 この神聖なる儀式場から追い払えればそれで充分と踏んでいた。しかしあろうことか、ネズミは徐々に入ってはいけない境界線を越えて行く。


 第一のラインを越える。男はやめてくれと心で念仏を唱えながら、自分も神聖な場所へと仕方なく入る。

 更に第二のライン。ここから先は僧侶達も入ってはいない。

 更に第三のラインを越え、徐々に中央にある祭壇へと向かう。

 そしてお供え物がある祭壇さえも乗り越え、生贄の横たわる模様の中へと入ってしまった。



 男の心臓が喉元でバクバクと暴れて、呼吸さえできない焦り。絶対に入ってはいけない神の領域に、汚い自分とネズミが、共に潜り込んでしまっていた。

 しかし誰も止めない。ネズミの排除が最優先なのだ。


 弓矢を持つ者達も、祭壇に矢先などは向けられずに、ただ、男の駆除ぶりを信じて待つしかなかった。

 儀式の最終時間は迫って来ているはず。ネズミを追い払うにも策がない。


 すると汚れたネズミが魔法陣のようなそこへと侵入してしまった。横たわる娘もその気配に怯え、そして何やら苦しみもがき始めた。

 それを見た僧侶達も慌てふためき、男に向けて「早く何とかしろ」と強い命令を出した。


 焦る。パニックで金玉が縮み上がる。と、男の目の前で、ネズミの体が真っ白なモノへと変わっていく。汚れた布が徐々に漂白されていくように。

 生贄の娘は逆に、綺麗な肌がしみだらけになりシワが増えていく。


 驚いた男は、後先考えずに叫び突っ込んだ。

 ネズミを食い殺す勢いで、殺気を全身に(まと)い、これで追い払えなければどうせ命はないと、死を覚悟で。

 その気迫が伝わったのか、ネズミは一目散にそこから飛び跳ねて逃げた。驚いた娘も、鬼か何かと間違えて、描かれた模様の外へと転げ落ちてしまった。


 その場に残ったのは男ただ一人。


 台から落ちた娘へと駆け寄り助け起こそうと思ったが、その時、男の体はすでにその模様の外へは出られなくなっていた。

 風の流れ? 磁場の壁? 見えない何かがある。

 磁石が反発しあうように押し返す。すると次の瞬間、男の体は模様の底へと沈み始めた。


「た、助けて。お坊さん。和尚さん? お偉いさん。誰か~」

 ゆっくりと蛇に呑まれるように、生温かで柔らかな足元に沈んでいった。




 男は身動き取れない息苦しさを丸一日味わった。空気も吸えない。瞬きもない。指一つ動かない。動かせるのは思考と体の内部だけ。

 喉の奥で恐怖を感じ、何度も死を意識する。圧迫された苦しみと痛みの中、突然眩しい光に包まれた。

 目の痛みで頭痛がする。瞼を閉じてるのに明るく、思考まで真っ白にされた。


 今まで圧迫されていた体が急に軽くなると、今度は上も下もなくグルグルと体が回りだし、全身の血が末端へと向かう。痛いほどに膨張する。

 眩しい光と膨張が数時間続く中で、男はようやく意識を失った。



 お漏らしでもしてしまった股間の冷たさに目を開けた男は、見知らぬ川辺に下半身を浸した状態で目を覚ました。

 男にはそこが何処だか分からない。とはいえ、元々、男の知っていた景色など、街の片隅や路地裏という狭い世界だけ。


 訳も分からず川沿いを歩いていると、空気を震わすような咆哮と共に、数十匹の黒い化け物が現れた。

 おぞましい姿と殺気。

 大分離れた位置から、男へと向かって来るのが見えたが、それをどうすることも出来ずにいる。


 ただ待つ恐怖といったら半端ではない。唸るそれらが迫り来る現実に、何度も『どうしよう』と泣きそうになる。

 恐怖と死、以外の感情はない。その二つが徐々に大きくなり、そして最後の感情は『神様~』となるだけだ。

 見るからに化け物。食われると分かる。様々な死に方の中で、最も痛く、残酷に殺されそうな予感。



「オマエは何だ? ……幼女でないな」

 しゃべれるの? 絶対に話せそうにない顔立ちや姿から言葉が飛び出す。

 男は逆らわず、媚びるように自分が人間であることを伝えた。すると「まだ半妖じゃないのか?」と尋ねてきた。

 すごく怖くて聞き返すなんて失礼だし怒らせてしまうかもと怯えつつも、男は「半妖って?」と聞き返した。と、自分等のような人と(あやかし)の間のモノだという。


 人間界で大罪を犯した者が、この世界に堕ちて、そこで半妖もしくは妖魔の血を受ければ半妖となると。


 ちなみに、人間界で妖に取り憑かれると怪異(かいい)となるらしい。


「さあ選べ、ここで食われて死ぬか、我らの洗礼を受けて半妖として下に付くか? 答えはどっちだ」

 死ぬよりは半妖になって生き延びる方が賢い選択だが……、男は目の前の(みにく)い姿になることが嫌でためらう。いっそ死んだ方がましかもと。


「死ぬ方で」覚悟を決めて目を瞑る。

「なに? 我らの下に付くのが嫌だと。そんなに死にたいか、それならば……」

 魔獣の如き喉の唸りが、男を芯から震え上がらせる。が、このやり取りが最期までいく前に、突然目の前の半妖達がその場に倒れ込んだ。

 魚が丘で跳ねるようにもがき苦しむと、大量の血を流し、やがて痙攣する。


 男が辺りを見渡すと、そこに別の何かがやってくる。男は当然動けない。逃げる術がない。

 ゆっくりと寄ってくる恐怖。


「断ったのね。面白い。生贄が来るはずが別の者が現れ、更に罪者かと思えばただの民の様。随分と変なモノが堕ちてきたようだけど、……これは私も初めてだわ」


 男の前には、虹色に輝くパールの様な鱗肌をした女性。蛇の様な皮膚だが、見た目は人型。でも人ではない。


「何故断った? 殺されていたぞ。死にたいのか?」

 この世界に堕ちた者で、断りを入れ、死を選択した者はまずいない。


「いや、その、醜かったので」


 男は、人間界で最も低い身分で暮らしてきたから、何となく、これ以上堕ちた姿にはなりたくはなかったのだ。それならばいっそ死をと。


「ほう。それじゃ、アレらと同様となり下に付くのが嫌だったと。それは正解だ」

 その女性は静かに話し出した。


 この世界では、見た目の綺麗さでその強さや凄さが決まっていると。

 毒があると警戒色を(まと)う生物と同じように、一目で分かるという。


 男が(うわさ)に聞く悪魔や魔物の知識とは、まるで正反対。つまり、ダークで恐ろしい姿のモノが強く位が上なのではなく、より美しく華やかなそれが危険だという。



「オマエから私はどう見える?」

「美しいと思います。今まで見てきたどの者よりも美麗で――」

 嘘偽りなく見たままを素直に答えると、それは機嫌を良くして照れた。

「そうか、それじゃ、仕方ない。助けてやるか。仕方ない。私を最も綺麗という目を持つ者を殺める訳にはいかぬ」


 ぎこちない会話の中、今居るこの場所が危険だからと、早急に水辺から離れた。

 こうして、男はこの女性と共に、この異世界を歩くことになった。



 和頼は残虐な描写を削り、名前などの細かな説明を飛ばしながら語り聞かせる。



 この異世界には、半妖、妖魔、妖獣、妖鳥、妖魚、妖虫、妖鬼、(よう)(れい)、妖精、などがいる。そしてそれらが死ぬとすべて、(よう)()となる。


 最も落ちた妖屍達が、唯一死ぬ前の姿に戻れる方法は、純粋な人間を喰うこと。


 他の種族は、人や怪異を半妖にし、下僕にすることで妖の位があがる。

 その契約が結べなかった時は食べ殺して、他の種の邪魔をし、腹ごしらえする。


 それらチャンスは、人間界の時間で一年に一度来る。つまり生贄日。

 ちなみに人界で罪を犯し怪異となって送られた者達は、既に妖に毒されていて、純粋な人とは言えない。


 敵を殺しても(よう)()が上がることは、まれにしかないが、相手から体の一部を奪うことで、その能力を使うことが出来る。

 つまり武装することで間接的に強くはなれる。



 男は今、数千の妖屍達に囲まれていた。

 じりじりと輪が縮まる。男の位置から妖屍の切れ間など見えない。溢れ返る大群に心が崩れ落ちる。

 この世界に来て二度目の危機が、いきなりチェックメイト。


「おいお前、これらは全てお前を狙っておる。私が妖屍と戦っている間、どうにか生き延びろ」

 こんな状況下で、さも当然のように在りえないことをいう。


「む、無理ですよ。逃げる隙間さえ……ない」

 すると「仕方ないわね、はい、これ」そう言って何かを手渡してきた。

 男はそれを受け取ると震えおののく。


「それはね、名前は忘れたけど、妖鳥の(さい)()を気取る女帝の左手よ」

 かつて自分が倒した憎たらしい女の一部だという。


 そして、簡単に使い方を説明していく。

 手首を下から支えるように持ち、白く細い指を扇のように開く。後は敵に狙いを定め、切断面から垂れる五本の筋を引く。

 筋の先には、指を掛けやすい様に磨かれた丸石が、数珠玉のように付いている。



 男は迫りくる敵の容赦なさに、話途中で実践へと入る。

 言われた通りに石玉を引く、すると紫の爪が高速で飛び出した。すぐさま指先の爪が伸びて補充される。一度に最高五発。


 指の開きや形によって発数も威力も変わるらしい。

 男はとりあえず全開に開いた状態で敵に連射していく。長く鋭い爪が、ダーツの様に敵を捉え殺す。体を貫通し、一度で数十匹を倒していく。それでも数千という数は減る影を見せない。


 男は無我夢中で戦う。

 言われた通りに必死に生き延びようともがく。四方八方から迫りくる妖屍達を、ギリギリで射抜き、どんどん(しかばね)の山を作っていく。


 すると、そよ風が妖屍達を(えぐ)っていく。真っ黒に群れたそこを消しゴムで消していくように突き抜けていく。

 物凄い速さで姿は見えないが、水中を泳ぐ魚の影のように、時折、(うろこ)が光を反射して七色に揺らめく。



「ふむ、これで一応一掃できたわね」

 あっという間の出来事。

 数分であれほどいた妖屍達が無残な姿で散らばる。強過ぎる。


 普通であれば、例え相手が小さな虫でも、あれ程の匹数を駆除するのは、無理がある。圧倒的な差があっても、数に飲み込まれてしまうのが常識……。


 どうにか一難去ったが、すぐに妖屍が群がってくる。何度も襲われた。

 男の匂いを嗅ぎつけ、次から次へと()いてくる。これを防ぐには、一日も早く、人をやめて、半妖になる必要があった。



「おいお前、妖具の左手だが。敵から奪ったモノには必ず、一日に一滴の血を与えることを忘れてはいけない」

 しっかりと手入れをしないと、壊れて妖屍状態となり使えなくなる。つまり妖具は生きているということだ。爪が何度も生え変わるのは、新陳代謝なわけだ。



 和頼は、百近くある壮絶な殺し合いのシーンから、あまり話していないもので、できるだけ酷くない戦いをチョイスしながら話を進めて行く。



 初めて色付きの敵が現れた。男はその凄まじさに固唾(かたず)を飲む。

 沢山の妖屍や半妖達に襲われる最中、その血の匂いに誘われて現れてしまった。


 男は一緒に居る女性しか色の付いた存在を知らなかった。一目で背筋が凍るほどの姿と、猛毒を持っていると感じる危険色。

 気色悪い()(はえ)、そして(はち)の腰つきとお尻。人に見える部分は顔と胸と、所々に見える皮膚だけだ。

 ――妖虫。


 不気味なほどに触角が敵をさぐる。固い甲羅が鎧のドレスとなって(きし)んでいた。

 カラフルさは一緒に居る女性より鮮やかかもしれない。


 残酷な殺戮(さつりく)場面に、男は恐怖で()()く。

 体が千切れる音と飛び散る内臓と血。



 和頼はフィルターを通し細かく話さないが、本では、どこがどう千切れ、どこが潰れ、傷口から飛び出す内臓がどうなのかリアルに描かれていた。

 卵白のようなドロッとした黒い血が、これでもかというほど、妖屍達から()れて飛び散ると。


 様々な表現から、妖屍は死者でも生者でもないアンデット的な存在だとはっきり分かる。

 ギリギリで体を保つ血と肉。この異世界での死の形。醜くおぞましい末路。

 それが死の恐怖を増長させる。死んでも殺され続けると。



 沢山の半妖達が殺され、男の目の前で妖屍へと落とされていく。それも残酷に。

 バラバラになった屍が転がる。

 死ぬ度に、核の部分だけが細胞分裂し、数日かけて、より弱く劣化し、醜い妖屍として蘇る。核以外の千切れた体は、溶けて異世界に取り込まれていく。


 千回の死で、分裂限度数が尽き、核の寿命が途絶え異世界へと飲み込まれて無にかえる。

 それと、核ごと破壊されても同じく消滅し吸収されていく。



 妖屍や半妖達を舞い上げながら、色の付いた二匹が激しくぶつかり合う。

 男には、どちらが強いのか分からない。ただ、妖具をくれた女性が負けることがあれば、それはすなわち男の死でもある。そう恐怖して見ていた。


 ここまで生き延びられたのも、すべて彼女のおかげだ。

 たった半日で何度も死にかけた。


 妖具があることで、どうにか妖屍は倒せるが、彼女なしで半妖達とまともにやり合うのは無理。

 まして色の付いた妖魔類では、動きを目で捉えることさえできない。


 元々、最初の半妖達との出会いで男は死を選び、本当ならそこで妖屍へと落ちていたはず。助かったこと自体奇跡。

 女性は「その選択は正解」と言っていたが……本当は間違い。



 激闘の末、どうにか彼女が勝てた。だが、鱗は剥がれ、血の滲む人肌が露わに。相討ちにも近い深手を負っている。


 痛む体を引き摺りながら、岩陰に隠れてしばしの休息。

 しかし、男が一緒ではまた妖屍や半妖達がすぐに来てしまう。一人になれば死ぬかもしれないが、ここまで良くしてくれた彼女にこれ以上迷惑はかけられないと、それこそ命がけの決心で、男はその場を離れること選んだ。


 男は離れ際に、せめてもの恩返しにと自らの血を数滴与え立ち去ることにした。

 ところが、血を与えた瞬間、それの目の色が変わり男に襲いかかってきた。


 もがく男。……いや、おかしい。

 生身の人間など、コンマ一秒もなく殺せるはず。だが死んではいない。

 それどころか傷一つない。

 ――と。

 男はその女性にキスされたことで、この襲いが性的な交わりの類だと分かった。


 だが、荒々しく求めてくるそれが、この異世界で唯一、着物を(まと)う男に手間取ったことで、少しずつ正気を取り戻し、事なきを得た。



 和頼は、エッチな描写をフィルターに通すのではなく、当然、このシーン自体カットして話した。男が血をあげて、彼女の傷が治癒(ちゆ)したと結び話を進めた。



 彼女を休ませる為に一人になった男の元に、やはり妖屍達が集まってくる。

 どうか半妖は来ませんようにと祈りながら、初めての孤独な戦いに挑んでいた。


 溢れ返る敵に、必死に貰った妖具で戦うが、爪のダーツでは倒し切れない。

 自分がこの異世界で最も弱い存在だということをはっきりと認識した。それでも妖具という左手があるからギリギリで生きていられた。

 何も考えずただひたすら敵を倒していく。途中で左手の指の向きや握りを変え、出来る限りのことを尽くす。


 一秒間に、よく行けば八匹、悪ければ二匹といった具合で倒していく。平均して三、四匹が倒れていく。一分間で百八十から二百四十匹。

 休みなく集中して戦い続けても、千匹を倒すのに五分はかかってしまう。


 ダラダラと汚れた汗を垂らしながら、男は必死に戦い続けていた。

 すると――。

「まだまだね。妖屍程度にこれじゃ……死ぬわよ」そういって女性が戻って来た。

 今までは、青緑がかった虹色で反射していた鱗が、今、紫やピンクがかった虹色に煌めいている。

 どことなく髪の色も変わっていた。


 パール色の鱗自体は変わっていないが、鱗の模様というか配列が変わったような違和感がある。


 一瞬で妖屍達を(ほうむ)る。

 先程現れた妖虫と比べると、殺し方が綺麗だ。もちろん(さつ)という結果は一緒だが、自分が殺されるなら、痛みさえ感じなそうな彼女の舞で仕留めて欲しい。



 当てなく異世界をさまよう。うんざりするほどの襲撃。

 これでは一息しかつけない。男の匂いはそれほどまでに、妖屍と半妖を誘う。

 まるでメスのフェロモン……。


 ヘトヘトに疲れ、空腹で倒れそうになる。だがこの異世界には食べ物はない。

 何度か水辺を通り過ぎたが、水辺は色付きの妖獣や妖魚などの巣窟(そうくつ)らしく、水分の補給さえままならない。

 実際、鼻をつく血の匂いが人である男にさえ分かるほど。


 最初に居た川沿いで、危険だからと離れた意味がようやく理解できる。


 妖魔達は、敵を喰うこともできるが基本、食事はせず敵の血を数滴舐めるだけ。ただ、妖屍の血は見た目通り、既に黒く腐敗しているから口にはできない。


 青白い顔色の男がよろけながら、必死に踏ん張り立っていると、それを傍で見て居た女性が、指をパチンと鳴らし、その鳴らした中指を男の口元へと差し出す。

 男はもうろうとする中、女性の仕草に誘導さながらその指を咥えた。

 ほんの数滴、彼女の血を飲む。


 見る見るうちに体か(よみがえ)る。全身にたぎる何かに気づき、男は自分が半妖になれたかを確認する。



「いや。人が口から摂取してもそうはならん。深く牙で噛まれるか、もしくは交尾するかの二つに一つ。その方法によって妖の姿も能力も変わる。もちろん相手の種でも」


 つまり男は人のままだった。


 (よう)(じゅ)の契約後に、同性の場合は牙で、異性との場合は交尾でということらしい。


 妖魔類の血液摂取は、ただの食事だけでなく、摂取方法に関係なく相手の種の位によって、時に姿が変化することもあるらしい。

 特に人の血は凄く、汚れきった異世界の細胞分裂や劣化を、限りなく最初の状態へとリセットする。つまりこの世界で、人としての血が妖に侵されていく中、純粋で濃厚な人の血こそ原液そのもの。

 それにより最も低く醜い妖屍ですら元の半妖、もしくは妖魔類だった姿へと戻ることが出来るのだ。


 あの無数に群がる妖屍達の中に、とんでもない強者や化け物が堕ちて身を潜めているかもしれない。最低でも、ついさっき男が目にした妖虫は紛れることになる。

 そんな存在が男の血で、元の姿に復活することもあるのだ。



 移動する二人の行く手にまたも妖屍が現れる。男はこの中に、長き戦いの果てに堕ちたヤバイ存在がいるのではと目を見張る。よく見れば、それぞれが全く違う姿をしていた。

 人間界もこの異世界も、生きる為の戦いは常に険しいと知る。


 男は先ほどと同じように左手の攻撃を放つ。

 だが、放った瞬間、爪が暴れ一気に辺りの妖屍達を切り裂く。真っ直ぐしか飛ばなかった爪のダーツが、魚の様に宙を泳ぐ。そして妖屍達を貫いていく。


「な、なんだ?」

「私の血を飲んだから、今だけ私の妖念が、少し移っているのよ」

 そういうと「貸してみなさい。これはこう使うの」と男から妖具を取り構える。


 真上に向けて放つと、無数の爪が雨の様に、敵だけを目がけて降り注ぐ。

 更に、唇を軽く噛んで滲んだ血を、それに吹きかけると、妖具の甲や指に羽毛(うもう)が生え、それこそ扇子(せんす)のようになる。

 更に爪が長く伸び、柔らかなリボンの様に風になびく。

 扇子を振る度に五本のリボンが敵を切り裂く、舞いながら八つ裂きにする。


 近寄ることさえできない。扇を閉じると長く伸びたリボンが固くまとまり、それを剣の様に振る。

 次々と形を変える。


「と、まぁ、こう使うのよ」

 妖屍を一掃し、羽の生えた左手を返してきた。

 男がそれを受け取った瞬間、元の左手へとスパッと変化した。やはり持つ者、使う者の妖力によって変わるようだ。

 それに気づいた男を最もゾッとさせたのは、今見た攻撃の全てが、ある妖鳥の左手の、それも手首から先だけの攻撃という事実に驚く。

 この持ち主がどれ程凄まじかったか想像がつかない。わざわざ戦利品として持ち帰るほどであったことは間違いないが……考えるだけで震える。



 自分がいつどこで殺され、そして妖屍へと落とされてしまうのか怯えながら、必死にもがく日々が続いた。


 妖獣、妖魔、妖鬼とも遭遇し、そのすべてを倒してくれた。

 楽な戦いなど一つもない。全てがギリギリだった。

 その都度、傷ついた体に、男は血を注ぎ治癒する。そして性的な意味で軽く襲われる。ただ一つ分かったことは、妖獣も妖魔も妖鬼も、色の付いたそれらは全て女性でありメスであった。今の所、男は半妖のみ。それも単色でダークな姿。


 元居た世界の、動物界とは真逆だ。人間でいう男女のファッション感に近い。


 戦いに慣れることもなく、ただひたすらに生き延びていたある日、妖婆(ようば)と呼ばれる、いわば妖魔の長年生き続けた先の進化した位のモノに出くわしてしまった。

 それはどの種族であれ、長い間、生き続けた果ての妖位。



「逃げなさい。生きていたら……またどこかで逢いましょう」

 死を覚悟した言葉。

 もちろん本人も勝ち目はなく、逃げる気なのだが、とりあえず男が逃げるまでの時間稼ぎをする意志。その合間さえもたないという差があるのだ。


 男はその意味が分かり、足手まといにならないように、一秒でも早く逃げる。どこまでも遠く、少しでも妖婆から逃げる時間が早まるように、必死に逃げる。

 男に出来るのはそんなことだけ……それだけ。


 もう二度と会えないかも知れない。

 男は大分離れた場所で、群がる妖屍達を倒していた。

 自分一人で一掃し、行く当てなく歩く。元々、当てはなかったが、今までは二人で居たから……でも今は違う。


 さまようように歩くと、苦しみもがく声がする。男性の声だ。


 危険かもとは思いつつ、なぜかそこへと向かう。木と岩の間にうずくまる何者かの姿があった。

 色付きだ。


「あの、どうか……しましたか?」

 苦しそうだ。


 男の問いかけに、色付きのそれは左手を差し出す。

 その手や腕には、何かがグルグルと巻き付き、それが体内へと侵入して、今にも全身を(むしば)み尽くそうとしている。

 声なき(うめ)きで、取ってくれと助けを求める。

 男は、腕に絡むソレに触れ、自分みたいな者に外せるか半信半疑で動いた。

 すると、触れた瞬間、羽の生えた扇が左手に戻った時の様に変化して、なんなく腕から外れた。



「助かった……。死ぬところであった」

 色の付いたそれは、感謝の意を示しながら身分を語る。

 今現在、妖鬼と妖霊の間の存在で、この異世界では妖魔ハンターとして恐れられているらしい。


 人間界で、男色の罪として百年以上前にこの世界へと落とされたようだ。


「どうやらあなたは、妖の類ではないのね。私は、腕を切り落としてもらうつもりで差し出したの。しかし君は、この呪いの妖具を素手で取り外した。そんなことが出来るのは、生身の人間のみ。本来、この銀の妖具には、持ち主以外触ることさえできない。そのせいで――」

 手におえない妖具の呪いに、必死でもがいていたと話す。


 その男は、いや、女? は、あなたが混じりない人間でなければ、この妖具によって、二人共に死んでいたと説明する。



 そして、お礼として新たな妖具を貰うことになった。


 このハンターが、なぜ妖魔類から恐れられているのかは、その妖具の数と強さにある。年に一度来る生贄をも連れまわし、それこそ妖屍達を元の姿に戻してまで、妖具を集めるコレクター。

 最強最悪と名高い者の妖具を無数に持っているようだ。


 この世界で、妖婆と化した最上位の者さえ倒し、自分に必要なパーツを集める。

 集めたコレクションは、いくつかの場所に分け置き、捕まえた半妖達の血を垂らしながら大切に保管しているという。



「生身の君に扱えるモノは一つもないが、私の命に見合った妖具を渡そう」

 そういうと、四つのパーツを差し出してきた。


 一つは、(じょ)(じゃ)と恐れられた妖獣の毛皮で、身に纏うとソレになれる。ただ、人間には使えない。

 半妖か妖魔になってから使うようにと注意を受けた。

 更に二つ目は、強欲の波と言われた妖魚の仮面で、これを付けると水中での呼吸と手足のヒレにより高速移動が得られる。これもまた人では使えない。

 三つ目は、悪戯な遊女と厄介がられた妖精の翼で、これを使うと、透明な二枚羽が二つ、二匹の蝶のように飛び回り体をガードする。また背中や肩に装備することで空を舞うことも出来る。これもまた人ではダメだ。

 そして四つ目、最後の一つは、徘徊(はいかい)する()(かい)の魔女と恐れられた妖婆の髪飾りで、銀で出来た四本のチェーンと四つの銀球。

 これを使うと、全身に蛇のように纏わり付き、そして射程範囲の敵を自動で追尾攻撃する。ただしこれは、人はもちろん、半妖も妖魔も使いこなせない。

 今しがた目の前でその恐ろしい呪いを体験したばかり。危険な代物だ。


 長年生き抜いた妖婆クラスでないと扱えないのかも知れない。


 ちなみに、この持ち主である妖婆は、この髪飾りを水銀のように自由自在に形を変えて操っていたという。他の妖婆クラスの妖具も呪いや毒に溢れている、その中でもこのチェーンは、この異世界の妖類にとって、呪い以前に銀という厄介なものだという。


 せっかく苦労して手に入れたが、仕方なく手放すことを決めたようだ。


 多くの妖具を持つこのハンターにとっても、初めて手におえない妖具だった。

「これを全部貰っていいのですか?」

「ああ、私は既に最強を誇る千の妖具を持っている。その中でもお気に入りの妖具をいくつか装備しているから。ただ、あなたに助けてもらえなければ、最強の妖具もろとも妖屍、いや、下手すればこの世界に呑み込まれて消えていたかも……」

 本当に感謝されているようだ。


 とそこに、色付きの妖鬼と妖獣と妖魔が現れた。遅れて半妖と妖屍達も集まってくる。これほどの危険な状況は初めてだ。



「それじゃ、ちょっとだけ、私のとっておきを見せてあげましょうね」

 女性の様な言葉遣いでそう話すと、体にぶら下げている、いくつかのモノに触れたり被ったりしていく。と、見る見るうちに姿が変わる。

 色々な色が混ざり、黄金に輝く。


 これが最強と言われるハンターの色。周りに居る敵がその光に怯える。

 人の匂いに誘われてきたが、目の前の色にガタガタと震えだし、色付きのそれらが全力で逃げ出した。しかしバチバチと電気の弾ける音と光が一瞬でそれらすべてを捕らえた。痺れる蜘蛛の巣にでも張り付いたようにもがき苦しむ。痙攣する。

 そして花びらが散るようにひらひらと地に落ちた。


 男は震えて、ただ光景を見る。まるで芸術のよう。しかも早過ぎて何がどうかは分からない。

 光と音のあと、敵が綺麗に散る。血さえ流れていない。

 たった十秒ほどで、全てが終わった。これが最強と恐れられている、ハンターの実力。いや、この程度が実力な訳がない。遊びですらないかもしれない。


 一度だけ光った閃光のあと、バチバチと痺れて散っていく火花と敵……。

 雷が落ちたかのような防ぎようのない攻撃だ。


「御縁があったら、また会いましょう。その時にはあたなと、交わらせていただくわよ。今は、命の恩人ということで我慢するわ。これが私の礼儀。では、生き延びなさいね」

 必ず迎えに来るからと言い残し、一瞬でその場から姿を消した。


 男には、本当に居なくなったのかさえ分からない。ただ、目の前から消えたことだけは分かった。そして、今居るこの場所が相当危険地帯だということも何となく察知できた。なにせ、色の付いた妖魔類が三体も現れた場所。


 一体ずつでも間違いなく殺されてしまう。それが数体同時……。


 男はとりあえず歩き出した。一刻も早く場所を移す為に。

 安全な場所などないのかも知れないが、闇雲に進む。歩きながら、貰った妖具を確認していく。どれも凄そうだが、使えるモノが一つもないのが残念でならない。そして思う。

 一体どうやって半妖や妖魔になればいいのかと。


 今まで倒せた敵の下につくのは、そのような半妖達と同じ姿になるのは嫌だ。


 ただ、色の付いた妖魔類は、怖いが凄く綺麗でカッコイイ。

 もしそうなれるなら、拒む理由はさほどない。


 別に今の姿が好きな訳でもないし、人でいたいという拘りがあるワケでもない。あるのは、醜い姿や低い身分はもうこりごりだということだけ。

 今日までの人生で、嫌と言うほど屈辱(くつじょく)を味わってきたから。



 カチャカチャと妖具をいじりながらそんなことを考えていると、突然、妖婆の髪飾りが両手首に巻き付いた。そして手首にカチャリとリングがハマる。男は焦って外そうとするがビクともしない。一瞬にして先ほどの光景を思い出した。

 ――呪い?


 先ほどのハンターもこれでやられたに違いない。

 これが元持ち主の仕掛けた罠かもと。


 このまま体内に侵入され、全身を蝕まれる。ゾッとしながらもがく。

 外そうとのたうつ。しかし、一向に外れない。これが、どのくらいで自分を呪い殺すのかが、まったく分からない。

 今すぐなのか一日後か? それとも一週間後? もっと後?


 恐怖の中、手首に巻き付くチェーンを触る。片手に二本ずつのチェーンとその先に銀球。

 男は思う。この妖具を外すか使いこなさなければ、呪いと関係なく死ぬと。なぜなら、これが紛れもなくただの手枷(てかせ)であるからだ。


 この異世界で最も弱い存在に、更なる手枷……。もちろん使いこなせない自分が悪いとも分かっている。本当は凄い何かを秘めた妖具だとも分かっている。ただ、どうしていつも自分だけは、こうも哀れで、不器用で、弱く醜いのかと嘆く。


 男にあるのは、生き延びる為に、この手枷である妖婆の髪飾りを、外すか、使いこなすしかない。



 血を与えなければ、壊れて妖屍状態になり外れるのではと、ようやく考えついた名案さえも、手首のリングが自ら皮膚に張り付き、一滴分、いや正確には両手首からなので二滴分を吸い取り、淡い予想を覆した。

 他の妖具にも一滴ずつ血を与える。男が直に与えるのは、左手と毛皮と仮面と、透明な羽の四滴。


 折りたたんだ毛皮を肩にかけ、あとは腰紐へと結びぶら下げる。


 すると早速、妖屍達が群がってきた。休む暇などどこにもない。

 少し遅れて半妖達まで。

 一人になってから初めての半妖戦。

 だがそこに……派手な色をした何者かが、大空から滑空(かっくう)してきた。


 綺麗な羽のグラデーション。音もなく下降し飛来する。

 地上スレスレでぴたりと止まり、立ち泳ぎでもするように、大きな羽をゆっくりと動かす。


 男には当たっていないが、周りの妖屍達は、すでに、その風でさえ、吹き飛び転がる。色の付いた者と妖屍との差は絶大。

 半妖達はどうにかその風に耐えている。だが、近づけない。



「君からは随分と物騒な匂いがするわ。けど、近くにきたら、おいしそうな匂いもするから、つい興味がわいてね、来ちゃった」――妖鳥。

 にっこりとほほ笑むその笑顔は美しい。


 男は怯えながら周りの状況を見る。半妖達はそれぞれの武器を構えて、妖鳥へと攻撃を仕掛けた。それが、綺麗な羽や背中に当たる。


「痛い。私の羽……凄く敏感なの。ちょっと頭にきちゃったわ。皆殺しね」

 その言葉に反応し、男は戦闘態勢に入る。左手を扇型にして構える。すると。

「あら、皆殺しと言っても、あなたは殺さないわよ。まだ話もしてないし。ま、戦って死にたいと言うなら仕方ないけど。どうする? あなたも……」

 妖鳥がしゃべっている最中にも後方からの攻撃が続き、美しい妖鳥のこめかみに青黒い筋が浮かんでくる。それを男は怯えながら見ていた。


「うるさいよこの虫けらども」

 一瞬で宙に舞い踊り、空から風の大鎌を飛ばす。

 たったの二発で、攻撃して来た辺りの半妖達の首から上が吹っ飛んでいた。


 それを見ている男へ、容赦なく妖屍や半妖が襲いくる。ボーっとする暇はない。


 男は爪のダーツを放つ……、筋を引く……、だが、出ない。爪が、ダーツが発射されない。


 今まで味わったことのない距離まで敵が接近してくる。

 大きい。二メートル程度のモノも多くいる。


「ひぃ。いぃ。うわぁ」心臓が恐怖で硬直する。


 手の届く距離まで来た敵に怯える。手に持つ妖鳥の左手で攻撃すれば、どうにかなるかも知れないが、男にそんな度胸はない。直に戦うなどできない。

 離れた敵を撃つので精一杯だった。しかし爪がでない。なぜ。


 一斉にそれらが襲いかかった。

 男は亀のように丸くなり死を覚悟する。哀れな死。戦うことなく散りゆく命。

 すると、攻撃を仕掛けた妖屍の腕が弾け飛んだ。それが何度も続く。


 男はゆっくりと目を開け何が起きているのか確認した。何も起きていない。

 誰かが助けてくれた訳でもない。ではなぜ?


 近くに居た半妖達が何かに怯え距離を取る。だが、何が起きたか分かっていない妖屍達が群がってきた。そして攻撃を仕掛ける。


 男はまたも目を瞑り、死を覚悟する。だが、死なない。衝撃が来ない。(うっす)ら目を開けると、目の前には狂暴な表情でよだれを垂らす妖屍が襲いくる。

 だが、なぜか男は死んでいない。


 男が急に何かを感じた。肩にかけた毛皮のざわめき、そして腰に付けていたはずの妖精の羽。それらが敵を仕留めている。

 更に、頭を(おお)う腕に巻かれたチェーンに、敵が触れた瞬間、吹き飛び消滅する。


 男には使いこなせないが、それら妖具自体はありえないほどに強いのだ。

 まさに、生きている。

 人間には使えないので、自動追尾や自動防御などはしてないが、敵から直に攻撃され触れ合うほどの距離となれば、その圧倒的な差と強さで粉砕してしまう。


 目を開けはっきりと確認する。

 男は腕に巻き付くチェーンを解き、長く伸ばして軽く回してみた。四つの銀球を操れないので、二つは地面に落とし、片手に一本ずつチェーンを握り、振り回す。

 距離が伸びる度にチェーンが細くなる。


 チェーン部分であろうと銀球であろうと、敵に触れるだけで切断し、貫き、叩き潰す。

 男とは関係ない妖具自体の強さ。


 それでも圧倒的な敵の多さに距離が近づく。無我夢中で、落ちている二つの銀球を拾い投げ、更に肩にかけた毛皮を回りながら羽織るようにして防御した。

 実際に羽織ることは危険なのでしていない。でたらめな使い方だが、近寄る妖屍を必死で払う。


 溺れるようにもがいていると、そこへ先ほどの妖鳥が舞い降りてきた。

「君、弱いの? ま、とりあえず、話がしたいから一掃するわね」

 助けてあげるといって、妖屍と半妖を消し去った。


 戦っている姿や倒す時間などからみて、左手をくれた女性よりは弱く感じた。


 敵を排除した妖鳥が近づいてくる。警戒しながら成り行きに任せる男。

 傍まで来ると、妖鳥が色々と尋ねてきた。男は怯えながら、ここ数日のことなどを質問に応じて話す。



「そう……。妖婆と。それじゃもう生きてないよその女。それより、君がいう妖魔ハンターってどんな色だった?」

 男が見た感じを思い出しながら話すと、妖鳥はブルっと羽を膨らませ、逆立てた状態で「本物ね」と呟いた。


 妖鳥いわく、自分よりも綺麗な敵を片っ端から殺しては妖具を奪い着飾る化け物で、美しくなる為ならどんな方法でもとるという。

 元々は、色の付く敵を無差別に殺していたらしく、その殺戮(さつりく)光景から、嫉妬の(めめ)()擬態(ぎたい)()()と恐れられていた。


 この異世界で唯一、男で色の付いた姿を得た者。


 妖魔ハンターと名乗ったあの者は、妖鬼と妖霊の中間の存在と説明していた。

 人間界に居た時に、既に妖によって怪異となり、鬼となり、死して霊となったのかも知れない。壮絶な何かの果てにこの異世界へと落とされたのかも知れない。


 話す中、物珍しそうに、色の付いた妖鳥が男の肩にかけた毛皮に触れた、瞬間、妖鳥の触れた指先が音を立てて消し飛んだ。


「痛い。なにこれ。とんでもない代物じゃないの? 触れもしない」

 妖鳥が触れられるのは、初めに貰った左手だけだった。後は全て毛皮と同じく、モノに触れる時に静電気が発生すかのように攻撃を繰り出してくる。

 念の為、あらかじめ抜いた羽を使い、触れ試したが、妖婆の髪飾りに関しては、その異様な銀の(まがまが)々しさに、それさえ行わなかった。


 もしかして妖魔ハンターが譲ってくれた妖具は全て、相当な妖位の者でなければ扱えない代物なのではと状況から見て察知する。

 半妖や妖魔になることが妖具を使える免許資格だとしても、持っている車種がレーシングカーや重機などでは、当然、普通免許で使いこなせる訳がないと……。


 ケガをして指を失った妖鳥に、男が遠慮気味に血を与える。すると、例の如く、その妖鳥も性的な襲いを仕掛けてきた。だが、体に纏う妖具で妖鳥の羽が数枚弾け飛ぶと、痛みですぐに正気へと戻った。


 そして、腹の減った男へお返しにと、妖鳥も数滴の血を与えてきた。

 この後、男は、成り行きで、この妖鳥としばらく生きていくこととなる。




 和頼は部屋の壁に掛けられた時計を見る。話し始めてから約二時間。

 子供達は眠るどころか目がギンギンだ。楽しそうに先を聞きたがっている。

 困る和頼。

「でもね、そろそろ寝ないと」

「聞きたいよぅ。この前も途中で終わっちゃうし」

 和頼は、それはしょうがないと心で頷く。


 和頼が今話している話は、分厚い本で、上中下巻、更に、番外編という計四冊の長いストーリーだ。

 それこそきちんと話したら、一日二日で済まない。


 それに和頼は、一番面白いシーンや内容を、自らのフィルターでカットしているから、話している自分的には面白味が半減しているのだ。

 作品自体の質を汚しているような錯覚さえ感じてしまう。


 おかげで、たったこれだけでフィルターが汚れきっている。


 とはいえ、かつてはこの話を毎日出来る範囲で語り聞かせ、最初から最後までを、飛ばし飛ばしに何度も繰り返した。


 この本の醍醐味は、残酷さと恐怖とエロス。

 そして色付きの女性達との数々の出会い。主役の男が人のまま、色の付いた幾種(いくしゅ)もの女性達と出会い、恋にも似た関係を繰り広げる。

 更には銀球を使いこなす為の修練が面白いのだ。

 途中、何度も妖魔へと進化しようとするのだが、手首にハマった銀のリングとチェーンのせいで逆に人でいるしかなくなってしまう。

 人であるからトラップが作動しない。半妖や妖魔になれば、たちまちハンターが襲われたように呪われてしまう。


 まるで妖魔ハンターが、人であり続けるようにワザと仕組んだ罠のよう。


 そういう苦難や悪条件の中、この異世界で歩んでいくその姿が、和頼には堪らなく痺れるのだった。


 一度離れたはずの女性との再会や、女性同士の男の奪い合い。

 次元の違う色の付いた妖魔類達の荒れ狂う惨劇。


 一見、良くあるデタラメなファンタジーで、ただ単に、魔物と戦っているように感じるが、実は全く違う。



 和頼がなぜかぶれたかは、この本の作者が執筆しようと思う出来事に深く関係があった。

 この本の作者は、とある悩みから本気で自殺を考え、その機会をただ待つように暮らしていた。いわゆる絶望。


 未来が閉じ明日さえない。

 もう夢も才能も尽き……お金も尽きる。

 そしてこの作者は自らの命を絶つために、人里離れた場所で自殺を試みた……。


 和頼が最初に共感したのは、この世に別れを告げようと苦悩した作者自身にで、同じような気持ちで日々を暮らしていたのだ。

 ただ時間を使う為に、何もかも忘れられるように、その為だけに本を読み漁っていた。


 瞳もかつて『何も分からなくなりたいから、早くボケてしまいたい』そう言っていたが、形は違うにしろ、足掻きもがいていた。


 この作者は、決してしてはいけない自殺という行為に手を染めてしまった。

 死んだはずの自分が意識を戻したのは、深い山奥から大分流された川辺、そこに建てられたボロい小屋だった。

 老いた老人二人が釣りの道具を散らかしたまま、必死に作者を看病する。素人の処置だが、どうにか一命を取り留めた。


 腫れあがった顔や頭、全身にいくつものアザ……、そして完全に骨折した右足。そんな状態で作者は、助けてくれた釣り人らしき老人と話をした。


 人生経験の豊富な老人達で、それこそ幾度と辛い経験をしたようだ。

 貧しいなんて当たり前で、虐めも差別も酷かったという。

 友人に金を騙し取られたことも、病気で内臓の一部を切除した経験もあると。


 作者も自分の苦しみを少しずつ話して、なぜここへ流れ着いたのかを改めて語り合ったのだった。

 すると老人はいう。

「この川には、すごく珍しい魚がいてね――」

 そう言って鞄からフォトブックを出して見せながらしゃべる。


「サクラマス。私はかつて一メートルちょっとの化け物を釣ったことがあってね」

 嬉しそうな顔で話す老人。その横でもう一人の老人も「そうそう」と頷く。


 大きなシャケのような魚。全身は白銀色だが、上部分が黒金色、そして全体的に虹色をしていた。

 化け物と老人が言うだけあって、大きさや成長過程のせいか、見たこともない色合い、本来のそれとは少し顔も違うという。


「でな、そのサクラマスってのは――」

 サクラマスとは、元々、ヤマメという魚。シャケのように海に出て桜の咲く頃に戻ってくるからそう呼ばれていると。もちろん他の説もあるが。

 話はそこではなく、なぜそのヤマメが海へと出たのか?

 そしてそうする者の宿命について話す。



 川に残るヤマメは、同世代の中では強く賢く大きい。

 餌の少ない川の中で、そういうヤマメが縄張りを作り、餌を独占する。弱く小さなヤマメは、餌を取れず死ぬ。当然な流れで、それが自然の摂理。

 その中で、生きたいと願いもがくうち、川を下り海へと出る。川魚が海へ。


 川の水と海水をコップに入れて口に含めば、それが生命にとってどういうことか分かるはず。それでもそうせざるを得なかった。


 川でさえ生存競争に負けるヤマメが、もっと厳しい海で生きられるはずはなく、一瞬で淘汰されていく。餌が多い分、その何十倍も危険がある。敵も多い。

 見たこともない化け物だらけだろう。川と海では、地球と宇宙ぐらい違う。


 そしてどうにか生き残ったヤマメが恋と子孫の為に舞い戻ってくるのだ。

 その時、ヤマメとサクラマスとの差は既に果てしない。

 かつては、その強い相手に完膚なきまで負け、敗北して逃げ出した果て、しかしヤマメは約二十五センチ。サクラマスは約六十五センチ。もちろんプラスマイナス五センチとしても、その差は比べるモノでさえない。

 まるで違う生物。



 作者は、老人の話す内容を聞きながら、自分や人間界に置き換えて、その意味をしっかりと受け止めようと努力した。

 老人の優しさが分かったから。


 これは、地元の者や多くの釣り人なら結構知っている話だが、こういった話を人に置き換えた瞬間、海での恐怖が途方もなく危険なことだと心に染み込んできた。

 そして、生きるということはこの恐怖と表裏一体であると感じた。

 残酷で、たったの一日も生きていられない生存競争。

 明日がある保証なんて、ない。


 人だけが、偽りの錯覚に陥っているのだと、そう気付いた。レスキュー隊が到着するまで、身動きの取れないボロい小屋で、人生の残酷さと無常(むじょう)さを改めて知る。



 作者は、この時の老人から自殺を止められた話を、人に置き換えて描こうと執筆したのが『魔狩り門』であった。

 川で釣り上げた、サクラマスの中でも、とびきりの化け物だった魚を主役にして、残酷な世界を歩くしかない人生を描いたのだ。


 本の中で最初に目覚めた川は、紛れもなく作者自身が目覚めた川を、重ね合せていた。

 異世界に落ちる苦しみ一つとっても、作り事や嘘じゃない感覚。自殺から生還し、一歩ずつ歩む険しい道。

 今日を生きられる保証などない異世界。


 老人に川から助けられた自分と、老人の釣り上げたサクラマスをダブらせ、ただ日々を歩き続けていたのだろう。


 何度も画像を見ながら、強いヤマメの様な者達に敗北した先に見る世界はと。


 だから、小説自体は、全て自然界をモチーフに描いてある。出てくるキャラも、魚や鳥や昆虫などの図鑑を参考に、事細かな姿かたちの描写をしていた。


 海がいかに恐ろしいか。

 もし自分が、餌に餓えた弱き雑魚で、そんな宇宙に出るしか生きる術がなかったとしたら……それがこの本のコンセプトであり、リアルな自然界の掟。



 少年だった和頼は、その生き様に震えながら共感した。


 どんなに読み進めても、結局いつも死の恐怖が付き纏う。それは、強く成長していく主役の成れの果てが、作者の聞いたサクラマスだからだ。

 決して海でいう大魚にも、鮫にもシャチにもクジラにもなれない。


 それでも、主役は人としてもがき、一期一会の出会いでギリギリ生き延びた。


 物語の中には、妖屍に血を与え元の姿に戻したり、組織を作ったりもする。

 更に下巻では、人間界に戻り、変貌を遂げた男が、戦国の世で荒ぶるシーンに、これまでに味わったことのないほどの爽快感を味わう。

 かつての低い身分で弱き存在の者が、サクラマスの帰還の如く舞い戻る。


 番外編では、ついに男が妖魔になり、異世界で魔王となるべく本当の戦いを繰り広げていく。

 しかしそれがなぜ番外編かと言えば、人ではなくなるからだ。

 そこからは、作者の夢であり願望であり野望。リアルな自然界でなく、種を越えた空想。だからこそ、下巻での爽快感と違う、ただの欲望として【番外編】にしたようだ。



 この本が面白いかどうかで言えば、詰まらない。

 それはたったの千冊しか売れなかったからだ。和頼の人生を変えるほどの衝撃とかぶれを与えたにもかかわらず。

 世の中で、たったの千冊。

 その中で、きちんと読んだ者が何人いるかも分からない。



 ただ、和頼はこの本と出会ったことで、親や家族と決別し、高校生にして一人で生きていくことを選んだ。ずっと納得のいかなかった親の生き方や考え方、そして家族の存在に自分なりの答えを出した。


「パパ~。それじゃまた今度お話してね。絶対だよぅ」

「ああ。絶対」

「大きくなったら、その本読んでもいいンでしょ?」

「ああいいよ。もっと大きくなったらね」

「分かった~」


「そう言えばさ、パパさ、他の島でさ、同じような武器使って、戦ったりしてるでしょ?」

「ん? ああ、あれか。うん」

「あれ~、私も参加したいんだけど~」

「あ、あ、私も~」


「ええ? いや、だって、危ないから……」

「平気だよぅ。パパいるし。それに小っちゃい頃から色々武器の練習してたから、平気だよぅ。パパが教えてくれたんだから、負けないよぅ」

 和頼は子供達のお願いに悩む。


 子供達がお願いしているのは、数年前から無人島の一つを使ってしている大人の遊びだ。

 本郷壮源やそれクラスの大物達を頭に、将棋やチェス、または陣取りである囲碁の様な戦いを実際の人を使い戦い合っているのだ。


 いわゆる――(いくさ)


 武器を持ち防具を着け、敵陣や敵大将の首を取る。そんな遊びをしていた。


 本郷壮源は、和頼から譲り受けた九条貞丸と床並(とこなみ)調介(ちょうすけ)という、とんでもなく強いそれを部下に、老いた体で戦場を駆け抜けている。

 それぞれが自分の所有する、警備会社や自社などの社員を引き連れて挑む。

 国取り合戦。



 子供達はその遊びのことを言っているのだ。

「う~ん。いいけど、でも、そうなると、ルールやシステムをいじらないとな」

 独り言をいう和頼に、子供達が「ホントに? 本当にいいの?」と抱きつく。

「え? あ、うん。いいよ。お前達が遊びたいなら」そう言って笑った。


 ただしルールとシステムは大幅に変わることとなる。なにせ、幼い子供が加わるのだから。とはいえ、戦としての根本的な物は変わらない。そこが難しい。


 子供達は、一番やってみたかったそれへ加われることが嬉しくて堪らない様だ。

 何よりパパである和頼と一緒に、本気で遊べることが嬉しい。

 先程和頼が話してくれた世界の様な危険な場所で、かつての戦、の様なバトルが繰り広げられている。


 六姉妹はそれを何度も目の当たりにして、いつか自分もとずっと思っていた。

 だからこそ小さな頃から、色々な武器を使う練習を星丘や銀錠などともこなしていたのだ。


「いつから、いつからいいの?」

「そうだなぁ、今年の、春かな?」

「ホントに」


 ベッドの上を飛び跳ねて喜ぶ。クラッカーも訳も分からないまま釣られていた。

「ほら、それはいいとして、そろそろ寝ないと明日遊べないぞ」

「だって~」

 子供達は和頼にくっ付いて甘えながら「眠れないよ~」とふざけている。

 しかし、和頼が黙って頭や体を擦ってあげていると、五分もしない内に一人二人と寝息をたて始めた。


「おやすみ」

 和頼の独り言のような挨拶だけが部屋にぽつんと零れた。

 ベッドに寝転びクラッカーを見ると、ひっくり返って、ベロを飛び出させながら気持ちよさそうに寝ていた。後は和頼が目を瞑るだけ……。


 そして和頼はゆっくりと目を閉じた。






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