二十話 お墓参り
恋人たちのクリスマスも終わり、あと二日で年が明けようとしている。
某県の船着場から船に乗り、美輪家所有の無人島へと向かっている。
本土からはおよそ三十分前後の距離にある。もちろん詳しいことは秘密だ。
六つ所有している内の、最初に購入した島。
日本に二島、そして海外に四島。
海外の島は、近くに大きな街や各施設もあり、おまけに島自体、すでに建物もありプールまである状態。それでいて数十億円という格安な物件であった。
一方、日本のものは、まず何もない。整備もしていない。不動産の価格は数百万でもおかしくないほど、しかしそれが数千万から億はするものがある。
価値はないが、持ち主であり売主は、それでしか手放せない訳があるのだろう。交渉時に平然と半額まで値が下がることもあった。
和頼にとってどうしても必要なモノがあった。それは水源。
いわゆる井戸的なもの。
他にも条件はいくつかあった。
とんでもなく好条件で、おまけに安い島が二つあったが、ある理由から、和頼はそれを諦め別の島にした。そうするしかなかった。
理由は、とある国のミサイルが、飛んできそうな位置に存在していたこと。
万が一でもあると困るので、当然却下となった。
もう一つも、場所はまったく違うが、違法な漁や海上治安の悪さで却下した。
つまり和頼の意図するものの対局する状況だったからだ。
船に揺られながら海を眺める。子供達も酔うことなくはしゃぐ。
船には美輪家、恵と茜と透子もいる。そしてクラッカーも。
警備会社からは、星丘と銀錠と友居の三人が付いてきている。垣根と砂沼も来たいと言っていたが、恒例の新人合宿の講師として、警備のいろはを教え込まなければいけない。年に二度ある地獄の教習だ。
最初は四月の頭に新入社員の研修会。そして、ぐるりと一年回った年明けの五日にある。一年の反省と新たな年に向けて気を引き締める実習会。
ここで、昇格や新たな任務などの是非が決まる。これは主に新人や昇格テストを受ける者のみ。
船内で和頼は、今年一年の慌ただしい日々を思い出していた。
年々、子供達の成長と共に、和頼の手に余る出来事が増えていく。
今年最後の事件といえば、やはりお見合いパーティーでの出来事だろう。
美輪家の子供達が首謀者だが、子供達は元々あった爆弾の導火線に、火をつけただけとも言える。
ここでいう爆弾はもちろん本物ではなく比喩。
学備学園を巻き込んだイベントの打ち上げの時に、美輪家の子供達がとあるいざこざに、木をくべて油を注いで扇いだのだ。
打ち上げのあの日、本郷君弥や女優達、一般の参加者など色々な者達がデザートなどを食べる中、学備学園の派閥が争い出したのだ。
ちなみに大手メーカーの者達は、井辺の判断で排除した。元から、そういう大手会社とは水と油なのだ。
普段は逆に向側がこちらのような成り上がりを相手にしない。……そういうモノなのだ。
ことの発端は、シングルマザー会がイベント時に、父親達の戦いを無視し、決着がつく前にぶっ潰した横暴さにあった。
美輪家に約束を取り付ける目的も確かにあったが、列車での因縁や兼ねてからのわだかまりもあり、その決着の為に一千万円も支払ったわけだが。
参加費が無駄になったということよりは、勝敗があやふやなことと、当初の「お互い邪魔はしない」という口約束を『そっちの船は所詮沈むわ』的な暴言と共にメッチャクチャに攻撃したことへの怒り。
その苦情から始まった。
初めは父親たちの軽い抗議だけだった。だがそこに、学備学園最強派閥、学園ピーティーエーと第二勢力、五年、婦人会が怒鳴り込んできた。
更に遅れてお料理研究会とワーキングママ会も参戦してきた。
その凄まじさは、シングルマザー会など一瞬で子猫のようにする。雌ライオンの群れと雌狼の群れ、そして女狐達の煽り。
自分の旦那が多くの観客の前で恥をかかされれば、それは頭にもくる。
普段は無敵な夫であり最高の父親達、それをああも容易く、そして無残に。
ましてそれが、裏切りによるものだと知れば、居ても立ってもいられない。それだけでも許せないのに、あれだけの客前で、美輪家に求婚をし、女としての自分をアピールして、……許せないと。
「仮にも母親でしょ!」
「あなた達、随分とどえらいことしてくれたわね。私の顔に泥を塗ってただで済むと思わないでね」
「あなた達が最後まで残れた理由は? まさか実力とでも思ってるの? 女の汚さが丸見えよ、御宅ら」
等々の言葉が永遠と並べられた。
妻としても母親としても、そして同じ女としても、相当な怒りがあるようだ。
そんな中、美輪家の子供達が動いた。嬉しそうにせっせと牧をくべて、大団扇で祭りだと扇ぐ。
お見合いを潰せと盛り上げる。
「お見合い? うまくいくといいわね。おほほほほっ」
この時和頼は、別の場所で話し込んでいて、こんな大参事が起きているなどまったく知らなかった。
それを知ったのは、シングルマザー会が開いたお見合いパーティー当日。
それも色々な事件が起こり続けて、ようやく相手からその経緯を打ちあけられたのだ。
最初は何が起きているのかさえ分からない。
世の中には不思議なこともあるのだな、程度だった。
そして何かのドッキリ企画かと疑う。その真相は、学備学園の他派閥からの地獄サプライズ攻撃の数々……と知る。
和頼は思い出すだけでも身震いする。何度も夢で見て跳び起きるほどだ。
美輪家の子供達が関わっていなければ、和頼の怒りは、空を真っ赤に染めるほど噴火して、全てを焼き尽くしていたに違いない。それほど悲惨な地獄絵図。
美輪家の子供達と女性達の悪意が合体したのだから、その恐ろしさは地上で最も意地悪な悪戯だった。
船がゆっくりと島の船着場へと着く。
「着いたぁ」子供達が喜びはしゃぐ。
大分離れた所から、島を指さし「アレ?」と何度も尋ね。近づく度に「どんなかなぁ」と楽しみにしていた子供達。ついに到着した。
和頼の手を引きピョンピョンと船を下りると、そこに良治が電動バイクに乗ってお出向かいにきた。
「お~、いらっしゃい。待ってたよ」笑顔で子供達の頭を撫でていく。
そして和頼に一礼すると、早くきてねとウィリーしたまま立ち去って行った。
この島の船着場は全部で四ヵ所あり、船の大きさと潮や天候で使い分けている。
島の建設に必要な物を搬入の際、その方が都合良かったからだ。
この島の全てを、ゼロからアーマーワークスが作った。まだ瞳が生きている頃からだから、かれこれ四年弱といったところ。
美輪家の皆が辺りを見渡しながら歩いて行く。去年来た時とはまるで違う景色。
「やっぱり、空気がしょっぱいね」みよが笑う。
和頼も星丘も、確かにと潮風の匂いを感じていた。
子供達はキョロキョロと辺りを見る。急におそるおそる固まって歩く。
「む~し~、いないよね? ヤダからね」
そう、前回来た時には、虫の洗礼を受けて何度も泣かされた。
美輪家は、ゴキブリも出ない家。しかしここでは、電燈に見知らぬ虫が集り、網戸にびっしり虫が張り付いて、子供達を恐怖へ落した。
子供達はその時「虫島」と命名し逃げ惑っていた。
今回が冬なのもそれが理由の一つであり、瞳とお正月を迎えるのが、もう一つの理由だ。
「大丈夫、大丈夫。前と全然違う感じだし」
和頼が指さす景色は、無人島というより整備された施設内のようだった。土などほとんどなく全てが舗装された道路。
和頼は自分が描いた設計図の中を歩いて興奮する。
子供達も他の皆も、たった一年で凄い様変わりだと辺りを眺めていた。島が整備される度に作業効率が上がり、加速度を増した結果だった。
十五分ほど子供の歩幅で歩くと、ようやく美輪邸が見えてきた。
外見は二階建ての少し小さ目な旅館といった感じだが、美輪家の本宅同様、地下がある。更にこの地下は、上に乗った家など飾りと言わんばかりの広さと深さで、そちらがメインなのだ。地下四階。
美輪邸の隣には警備会社の者が泊まれる家があり、三階建ての地下二階。美輪邸とは地下と地下で繋がっている。
このシステムも美輪家本宅と同じだ。
美輪家は本宅もこの無人島も、登録上は地下一階という嘘の届け出をしている。当然、税金なども誤魔化していることになり罪になるが、地下二階以下の存在を漏らすことはそれ以上の問題であり、それこそいざという時に致命傷になる。
だからこそ例え罪であってもそうしている。お金だけ払って秘密が守られるならそれに越したことはないのだが。
細かなことはすべて専門家にやりくりして貰っている和頼。だが、考え方は全て和頼の自己流。
つまり罪は和頼にある。
この島は、至る所にソーラーパネルがあり、小規模だが風力と水力でも発電している。また、井戸は二ヵ所あり、それを電動でくみ上げ、浄水したのちに家や島のあちこちで使えるようにしてある。
更に、瞳の墓があるこの島で一番高い山の頂上に大きな湖を作り、そこで雨水を溜めている。湖から二本の川を作り、一本は海へと続く川を通し、もう一本は畑のある方へと川を流している。
湖が溢れたりしないように、一定の水位以上は川へと流れる仕組みだ。
湖自体も、底部分に、砂や砂利や石などで層を作り、土に染み込むまでのろ過状態を作ってある。川には小水力発電をいくつも使用し、島は電機製の物で溢れ返っていた。
島の三分の二は人工的な都会空間だが、残りは公園を思わせる大自然だ。
ほとんど元からある自然ではない。雑草一つにしても他所から持ってきたモノ。木々も岩も。もちろん元からあって利用できるものはそのまま活用するが、和頼の思い描く島はただの無人島ではなく、家族の安らげる美輪家だけの島。
本土から連れて来たヤギが三頭。鶏が四羽。今の所はそれだけだが、後々増やしていくつもりのようだ。
別に自給自足を目指している訳ではないようだが、それに近いことも将来的には色々と考えている。
今は、本土の船着場付近に土地を購入し、そこに十二畳のプレハブ小屋を建て、大きな冷蔵庫を数台置き、スーパーや市場などから配達してもらった食材を、一旦保管し、無人島の食料が減ってきたら三十分かけてそこまで取りに行くシステムを取っている。
もちろんそれを美輪家がやっているのではなく、お金は美輪家だが、現在利用しているのはアーマーワークスの作業員達。
美輪邸の前には電気式の乗り物が山のようにある。
バイクに車、他にも水上バイクや見たこともない機械がある。なんでも農作業で使う小型トラクターのエンジンや燃料タンクなどを外し、電気で動くように電池式に改良した物だという。そういった関係の物もいくつかあった。
「和頼さん、俺達で荷物など取りに行きますから、家でゆっくりしていて下さい」
銀錠と友居がいう。
「平気、平気、みよ達もいくよ。ねっパパ」
子供達はバイクに乗りたくてたまらないのだ。去年走った感覚がずっと忘れられないようで、今回もそれが楽しみの一つだった。
子供達は自分専用のバイクを撫でながら「寂しかったね~」と声をかける。本当は船着場に駐車場を作り、船から降りてすぐに乗り降りしたいのだが、少々、密封したくらいでは、潮風にヤラレて錆びたり故障してしまう。
電動スクーターバイクに跨り、子供達がモーターを吹かす。
「みよもまやかもれせもゆりなも、なずほももえかも、なにか忘れていないか?」
「あ、頭ね! あとゴーグルもか」
バイクに乗る時は髪が邪魔になるのでゴムで縛る約束になっていた。
「よ~しお嬢ちゃん達。船着場まで勝負しよう。もしお兄ちゃんに勝てたら……」
「良治君。前も言ったと思うけど、ウチの子達は小学生だからダメ。勝負したいのなら、星丘さんか銀錠さんか友居さんとしてくれますか」
イベントと違い、安全でない条件下では絶対に許可しない和頼。
良治が「しゃ~せんした」と会釈し、銀錠と友居に「勝負、する?」と尋ねる。
銀錠と友居が和頼を見る。和頼は「二人の実力を見してあげて」と笑う。しかし星丘は、恥かくから止めておけばいいのにと心で思う。
完全にやる気の三人。
銀錠に至ってはイベントでの借りがある。ここでリベンジできるなら本望。
そして、先にスタートしてもいいという良治の言葉に甘え、銀錠と友居が一気にスタートを切った。そのすぐ後を良治が追う。
「さ、こっちは安全運転でいこうね。皆も分かった?」
恵と茜はヘルメットを被り、何となく楽しそうに運転する。
和頼はクラッカーを足元に乗せ、子供達の運転を注意深く見ながら、船着場へと向かった。
五分するかしないかで、船着場へ着くと、荷物を下し終えた、いつもの運転手と船の運転を担当している者が待っていた。
その端の方で、銀錠と友居が酷く落ち込んでいる。
「それじゃ荷物はこちらに乗せて下さい」
星丘が、自分が乗ってきたリアカー付のバイクから指示を出す。荷物を積み終えると、運転手達は銀錠と友居の後ろへそれぞれ乗り、もう一度美輪邸へと戻った。
家の前まで来ると運転手達を残し、瞳の墓がある山の頂上へ向かうことにした。
花やお供え物を持ち、サイクリングでも楽しむように進む。
途中で良治が、銀錠と友居にもう一度レースしようと持ちかけるが、二度としないという顔で拒否された。
頂上へ着くと、島が一望できるほどの絶景で、思わず、うっとりとする。都会で生まれ育った者達には、それこそオアシスに感じる。
去年来た時はまだ、木々が多く残っていたが、今は何もかもが細かく整備されていた。
早速、花を添えお供えをし、手を合わせる。
目を瞑り色々なことを各自が話しかける。それが済むとお墓の掃除なのだが、アーマーワークスの作業員のおかげかは分からないが、まったく汚れていない。
それでも、墓石に水をかけて手拭いで磨く。
それが終わると、和頼が入る予定の墓石もチェック。すぐ近くには恵と茜の場所もある。更に、もう使わなくなったが、梓が入る予定だった墓石もあった。
のんびりと見て回りながら、人工の湖を覗く。
クラッカーも和頼の横で楽しげにしていた。
「いや、それにしても美輪家は、盆と正月を一緒にやっちゃうみたいな所が、他とは違うよね。なんて言うかオシャレ?」
訳の分からない良治の台詞に、恵と茜がクスクスと笑っている。
和頼は大地に寝転がりたい気分で、自然を満喫していた。
「ここで、お昼御飯にしましょうか?」透子が大きなカバンを地面に置いた。
透子と恵と茜があっという間に用意し、皆でお昼を食べ始めた。
クラッカーは子供達の間に混じって一緒に食べている。普段はドライフードだが、今日は犬用の缶詰。それをキャベツの葉をお皿にしてあげている。
瞳の好きだったおはぎもある。
だが、美輪家が大嫌いな薬膳カレーもある。恵が体調を崩してからは、よく出るメニューで、恵と茜と透子以外はあまり好きではない。
しかし、しょっちゅう出る。何かと言えば薬膳。
『また薬膳』が口癖になった時もあった。
そのせいか反動でか、ゆりなが麻婆水餃子なるとんでもない料理を作るようになった。
「ねぇ茜ばぁ、今日の夜って薬膳?」
「ふふふっ、違うわよ。あなた達そんなに薬膳料理が嫌なの? 体にはいいのよ。今日は白味噌の生姜鍋よ。それとね――」
それを聞いた子供達が喜ぶ。和頼も心でガッツホーズをきめる。
寒い日には鍋で温まるのはいいと。他の者達も、子供達が喜んでいるのなら美味しいに違いないと、お昼ご飯を食べながら夜ご飯の話をしていた。どれだけ食事が好きなのかと思われそうな話だ。
食事を終えると、良治が和頼に、レースしようと誘ってくる。和頼はクラッカが居るからと理由をつけ断るが、どうしても遊びたいようでしつこく迫る。
「分かった。それじゃ、一周だけね」和頼が仕方なく承諾した。
良治は大喜びで自分のマシーンに乗り込む。
見た目はビックスクーターだが、電気式なので、マックスは百二十キロ程度しか出ない。
良治と和頼にとって、獣が咆哮する様なエンジンと比べれば、子供のおもちゃのように感じる。それでもこの島では、ガソリン補給に面倒なマシンより、燃料無料で乗り回せるマシンの方が重宝されるのだ。それにもう、世の中はとっくにEV。
「それじゃ、俺から先に行かせてもらうよ」和頼が笑う。
「だだだ、だ、ダメだよそんなの。同時、同時スタートにして」
良治が銀錠に合図を出してと頼む。
銀錠がカウントダウンを始めると、良治と和頼が、一気にアクセルを絞り、甲高いモーター音を鳴らす。
「三、二、一、ゴー!」
二人同時に並んでスタートした。
二人共に前輪が軽く浮いている。あっという間に遠ざかり、それを皆がのんびりと見ている。
「銀錠さん。あの良治君って人は何なんですかね?」友居が尋ねる。
「いや、実は俺も知らない。星丘さんは知ってます?」
「ああ。俺が和頼さんに出会うよりもずっと前からの知り合いだよ。今ある美輪邸とか、ウチの警備会社とか他の全ての建物も、全部アーマーワークスでお世話になっているから」
銀錠と友居が、そんなに古くからと頷く。
とはいえ子供達はあまり面識はなく、仕事として、和頼と瞳と茜と恵しか会っていない。
どこの家の場合でもそうだが、新居などを大工さんらに建てて貰うと、自ずと、仲良く深い関係になるのは必然で、まして、美輪家程多くの建物を頼み、長年付き合いがあれば、その間柄は相当濃いモノとなっている。
「良治君って、何歳くらいですかね? 随分と若く見えますけど。十七ってことはないですよね」
「それはないよ。立場とか、美輪家との仕事期間とか、現実的にみても、二十歳は越えているはず。まぁ相当若くは見えるけどね」
友居の疑問に星丘はそう答えた。
子供達は、湖の周りを回る二人を目で追っていた。今の所、差はない。
二人が乗る車体が地面に擦れるほど傾きながら限界で走っていると、そこにもう一台ビックスクーターが加わった。
「何あれ? ……あっ、あれ枕木さんだ」銀錠が驚く。
枕木連。いつも美輪家を乗せて走る運転手だ。
なぜか三人で、激しいデットヒートを繰り広げながら、ゴールである頂上へと向かってくる。
枕木が加わったことで、激しく順位が入れ替わる。
一番先頭が枕木、二番手が和頼、三番手が良治だ。
良治は強引に抜きに行くが、和頼のガードはキツくそう簡単には抜けない。
和頼も、良治のアタックをかわしながら、前をいく枕木に勝負を仕掛けるので……届かない。
三人ともその順位のまま、皆のいる場所へとゴールした。
「あ~負けた」良治が悔しそうにしている。
限界速度の遅いマシンだから詰んだ、と心で言い訳する。
それぞれに得意不得意はあるが、良治の最も得意なバイクは、オフロードバイクで、スピードオンリーよりも、アクロバッティックなものが売り。
「ど、ど、どうかなされたのですか? 随分と飛ばしていましたけど」
息を切らす枕木。何かを心配して子供達を見る。
「いや、これ、レースしてて、それで」和頼が普通に説明した。
すると、良かったとひと安心したあと「それじゃあレースの邪魔してしまいましたね、申し訳ありません」と丁寧に謝ってきた。
和頼も良治も、別にいいよと笑顔で流したが、良治は「もう一度、もう一回だけレースしたい、お願い」と駄々をこねてきた。
和頼は「それじゃ、枕木さんと」と矢先を代えると、枕木が「勝負の邪魔をしてしまったし、自分で良ければお相手します」と笑顔で引き受けた。
不気味なほどのオーラが漂う。良治もそれを感じ取っているが、もちろん勝負はそうでなければ面白くないと武者震いする。
枕木連は、和頼のイベントで最初にスカウトされた元走り屋。
車やバイクが大好きで、いわゆるオタク。
両親は地元の商店街で小さな飲食店をしているが病気がちで、そのせいで大学や専門学校へは進まず、高校を出てすぐアルバイトで生計を立てていたような人生を歩んでいた。
唯一の趣味もお金がなくては話にならない。
ささやかな楽しみも削られ、パソコンでマシンの画像を集めるだけの趣味と、レースなどを見るだけの日々。そんな中で、和頼のイベントと出会った。
全てが無料で、それどころか賞金や賞品が貰える。まるでセミプロのよう。夢のようなイベントを命がけで楽しんでいた所、和頼にスカウトされたのだ。
当時、自分で運転していた和頼にとっては、最高のタイミングと人材で、話は、とんとん拍子に進み、枕木は、美輪家に仕えながら、運転手代行派遣会社の社長となった。
世間には同じような会社が多数あり、枕木の会社の規模も大きくはないのだが、和頼と恵のデザイン会社の社員や、茜の託児所の社員、そして今では、警備会社、イベント会社、旅行会社、弁護士、税理士、会計事務所等々、そのすべてが美輪家の援助などとプラスして利用し、更にそれらの伝手から波及した一般の企業なども数多く利用していて、規模と違って、同じような業種の中ではトップクラスの業績である。
星丘も枕木も美輪家の専属だが、基本は会社の社長で、多くの社員やその家族を守る立場にあり、大きな責任を背負っている。
だからこそ、仕事や物事に真面目で優しい。当然途中で投げ出したりもしない。
今回枕木が連れて来た船の操縦士は、枕木の会社の正社員で、美輪家専属の幹部の一人。
「パパ、二人共凄く速いけど、どっちが勝つ?」
「う~ん、ちょっと分からないな~。やっぱ良治君かなぁ、どうだろう」
遠くで競り合う二台。どちらが上か下かは正直な所分からない。巧いという意味では枕木かも知れないが、凄いという意味では良治かも知れない。
もちろんどちらも上手いしヤバイのだが、際立っているのがそう感じるのだ。
あっと言う間に二台が戻ってくる。タイヤ一つ分出ているのは良治であった。
「いよっシャー」良治が高らかに手を挙げてゴールする。
枕木は手放し走行しながら、拍手していた。お互いに納得する走りだったのか、満足な顔でバイクを下りた。
「ところで、この後どうするの? 釣りとかするの?」恵がいう。
「パパ。釣りが終わったらインラインローラーでお散歩しようよ」
皆が楽しそうに計画を話す。
色々な遊び道具は持ってきたが、今日から五日ほどの間に、全て遊びつくせるか分からない。
凧揚げや羽子板は元旦にするとして……。
とりあえず遊び道具を取りに美輪邸に戻ることにした。




