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御姉妹  作者: セキド ワク
19/24

十九話  閉幕会議



「パパぁ。お見合いして結婚するの?」

「そんなのヤダよぅ」

 子供達が先に切りだした。


「皆よく聞いて。ルールだから、お見合いはすることになる。でも絶対に、結婚はしない。約束する」

 そういった瞬間、子供達に笑顔が戻り、さっきまでの表情が嘘のように晴れた。和頼の言葉を一ミリも疑う気がないのだ。

 自分達に嘘は言わないと信じている。


 余計な説明や話も一切なく、こんなにもあっけなく(にご)りが消える。

 和頼もにっこりと微笑み頷く。

 そして「皆よく頑張ったね」と頭を撫でていく。


 一瞬で分かり合う和頼と子供達。

 と、頭を撫でる和頼の手が子供の汗でびっしょりとなった。

 顔もピンクで、まだ火照っている。


 和頼は汗びっしょりのその顔が大好きで、いつも目を奪われている。一生懸命という言葉や、必死に生きているのが伝わってくるから。


 今日もいつも通りに一人一人を見ていく。

 濡れて張り付く髪、普段見えないおでこ、遊び疲れた目尻。

 そのすべてが愛おしい。

 子供達の生命を感じかながら、和頼はやさしく顔や頭をタオルで拭いてあげる。


「こりゃ、シャワーを浴びた方がいいな。風邪引くと困るし。あっ、星丘さん、学園の他の子達も風邪引くと困るから、井辺さんに言ってシャワールームを開放してと伝えてくれる」


 星丘は、控え室の出入り口付近にいる友居を呼び寄せ、持ち場を任せると、直接自分で井辺の元へと向かった。



 和頼はシャワールームで子供達を洗ってあげる。ついでに自分も疲れを流す。

 しっかりと温まり、体を拭くと新たな服へと着替えた。


 飲み物を飲みながら一息だけ体を休める。


 子供達全員の髪を乾かしセットし終える頃、星丘が戻って来た。

 すると和頼を部屋の端へと呼び何やら報告する。


「井辺にはきちんと伝えました。学園の子供達も、それぞれシャワーを浴び始めたようです。ただ、それとは関係ないコトなのですが……」

 星丘の言葉が濁る。どうやら厄介事のようだ。


「なんか、学備学園の元理事と別の学校の元理事が大喧嘩を始めてしまって。別に暴力沙汰ではないのですが、とても収まるようには思えないというか、お互い引っ込む気がないというか……」


 和頼は詳しい状況を聞く。

 そして、このイベントを裏で仕切る身として、自分が行かざるおえない状況だと理解した。


「それで、何処に居るの?」

「ビップの方が観覧する部屋が空いていたので、そちらへ移って頂いています」


 争いが起こっている場所に、子供達を連れて行くのはよくない気がした和頼が、友居に任せようとしたが、子供達が離れたくないとゴネ、結局、友居を護衛として増やす形で、美輪家全員で現場へと向かった。




「ここです」

 和頼はドアを二度ノックし「失礼します」と入室した。

 中には、席に座ることなく立ち振る舞う数名がいた。

 部屋の空気と立ち姿で、その場の雰囲気が読み取れた。


「初めまして、美輪和頼と申します」

「初めましてって、つい先日の運動会の打ち上げの席で挨拶したではないですか」

 先々週だよという言葉に、ズッコケそうになる和頼。子供達は完全にズッコケている。


「す、すみません。ですよね。いや、お二人共……面識ありました、ですか?」

 和頼の問に頷く二人。……知らない。

 だが、覚えがない和頼が完全に悪い。社会人として、いや人として何かが欠落しているのだ。人の繋がりを軽んじてきたツケだ。


「ですよね。申し訳ない。……それで、どうなされたのですか?」

 一瞬の沈黙の後、それらはゆっくりと状況や理由を話し出した。



 今この部屋には、美輪家の関係者以外、七人の者がいる。

 当事者である老人が二人。一人は白髪に分厚いメガネ、それに高級な杖をついた着物姿。

 もう一人は、ハゲあがる髪を七三分けにビシッとキメ、どこか政治家の様な服装をしている。髪は黒く染めているのか真っ黒で、おまけにツヤ光りしている。


 老人の横には御付きの若い男性が一人ずつ、更に秘書らしき女性の者、そして、白髪に杖の老人側に、斎能美智と由舞がいた。


 色々と気になることがある和頼であったが、まずは必死に話を聞いて状況を把握することにした。


 話は三十秒毎に切り替わるような速さで展開し、和頼と当事者の老人達以外の者には、チンプンカンだった。どんどん話が広がっていく。

 初めは些細な言い合い。互いの学校の比較など。


 話を聞くと、今日だけのことではなさそうな因縁にも取れる。

 元々、この老人達は東大の先輩後輩らしい繋がり。とはいえ歳の差も七、八歳はあり、直接同じ時期に通ったという訳ではない。


 学備学園の小中高、大を取り仕切るのが、政治家の様な身なりの老人だ。そして白髪に杖をついた着物の老人は、(せん)()学院と(せん)()女学園、そして()星館(せいかん)日体という学校を取り仕切っていたようだ。


 専智学院は共学の高校で、専舞女学園は女子だけの高校、そして、志星館日体は体育主体の男子高校。


 両者とも、今は学校関係から引退し、息子に任せている。そこも同じようだ。

 今回、両者がこのイベントに来た理由だが、白髪の老人は娘と孫が参加するから観戦に来たのだという。その娘と孫というのが、斎能美智、由舞だ。

 学備学園の方は、学校の関係者が、今回のイベントで大騒ぎになっていることを聞き付けて来たのだという。


 どちらもイベントを見に来る理由としては至極当然と言えた。


 問題は、束咲留寧が勝利してしまい、シングルマザー会が美輪家に条件を出せるというそこが混乱の大元となっていた。


 条件はお見合いとなっているが、実はこの白髪の老人は、美輪家の子供達が高校生になる時、自分の学校に進路変更して欲しいという条件を付けたいのだ。

 その話が持ち上がったことで、学備学園の関係者は大慌てとなった。

 お互いの息子にも連絡が行くほどの大事に。


 この件に関しては、和頼も、そして学備学園の関係者も、初めての事例ではなかった。

 美輪家の子供達が中学に上がる時を狙い、いくつもの誘いがある。


 学備学園が一気に大きくなったのは、美輪家だと誰しもが知っている。

 圧倒的な寄付金もその魅力。


 学備学園は、設備も知名度も格もあがり、今や人気もダントツ。



 和頼はいくつかの誘いを断り続けている。

 学備学園のエスカレーターを上らせるつもりで多額の寄付をし、より過ごしやすい状況と環境と設備を提供してきたのだから。当然。


 一方、専智学院と専舞女学園は名実と共に超エリート高校。設備も学びもありとあらゆるものが一流で、こちらも、魅力ある有名私立高校のようだ。


 学備学園側は、もし仮に美輪家が高校の進路を変更するなどということになれば、当然、すぐに寄付はほぼ無くなり、全てが他校へと流れると分かっている。

 なにせ中学までなのだからと。

 人気だっていつどうなるか分からない。最低でも美輪家が居なくなる三、四年後に崩れ始めると怯える。


 美輪家が無事に大学まで通ってくれて、OBやOGになってくれるのとそうでないのでは、天と地の差だ。中学卒業後に変更されては、クラス会さえ危うい。

 特に美輪家は。




 細かな話や成り行きの中から、和頼はそこがこの話の根っこだと悟った。本人達はもっと深い拘りがあるようだが、一番のネックは美輪家の子供達の進路だと。


「つまり、ウチの子達がどこの学校に行くかってことですよね?」

「いや、まぁ、それもそうですが、なんて言うかこの者の態度が――うんぬん」

 二人共にいがみ合ういくつもの理由が絡みあい、本質が見えていない。

 だが、いくつも聞いた理由の中で、結局はそれだと分かる。もちろん、色々と相手に、気に食わない所があってのいざこざというのも分かるのだが。


「でも、それではお二人は、この件をどう解決したいですか?」

 和頼の問いかけに二人はキョトンとする。口ごもる。

 互いを睨み合い沈黙が流れる。


 口を開いたのは白髪の老人。

「やはり、美輪家の御嬢さん方には我が校にぜひ来て欲しいですね。せっかく約束してもらえる権利を獲得できたわけだし」

「だからそれは、御宅の娘さんじゃなくて、どちらかと言えばウチの学園関係者の得た権利ですし」

 また言い合いが始まった。

 お互いにいがみ合う。言いたいことが山ほどあるようだ。


 話が屈折し、あっちこっちに会話が飛び跳ねる。

 和頼を仕留めたのは娘の美智だとか、シングルマザー会のリーダーも美智だと。

 条件を、お見合いから美輪家の子供達の進路変更に替えれば、無条件でそれらの娘達も入学を許可すると確約したなど……。


「それは裏口入学だろ」

「推薦枠だ。変な言いがかりはよせ」

 見た目だけならとんでもない貫禄の老人達だが、言い合うそれは、まるで子供のようだ。黙っていれば本郷壮源に近い凄みも少しはあるのにと和頼は呆れる。



「美輪さん。はっきり聞くが、どうせお見合いをしても全て断って終わりなのでしょう? はっきりと娘達にも言ってやって下さい。こいつもまだお見合いに未練があるようで、親のワシが言っても素直に信じやしない。美智は末っ子で甘やかし過ぎたせいか――うんぬん」話が何度も逸れていく。

 和頼は頭を掻きながら困る。

 星丘が言っていたように二人共引かないし引けない。


 結局は美輪家の子供達がどうするかになる。



「あの、あなたのおっしゃる通り、俺は見合いをしてもそれで結婚に結びつくことはないと思います。ただ、だからといって、今更、条件を変えるというのは美輪家としても、このイベントの趣旨としても承認しませんよ。勝手に言うのは自由ですが、いくつも願いを言って貰っては困る」

 和頼はきっぱりと断る。そして更に続けた。


 本当なら、優勝者である束咲留寧一人の交渉だけであって、その親でさえ本来ならダメだと。ただそこは家族だし、意思の統一を事前に済ませればそこまで細かくは言わないと。親だし。


「ただ、今回の見合い話の条件は、あまりにも酷過ぎる。これでは誰か一人が勝てば全員の条件が通ってしまうことになる。これでは数人と約束したのと同じこと。でも、それでもこのイベントの勝者が出した条件である以上、美輪家としては約束通りお見合いだけはきちんと致しますけど」


 一回戦は一人勝ちの優勝者が出ず、二回戦の勝者だけが取りざたされているが、ポイント的にはれせが総合一位に最も近い。でも、そういった全てを除外ししての配慮だ。

 イベントを裏で仕切るからこその誠意でありハンデ。


「なので、お見合いを開くにしても、人数は約束通りにしますが、個別に何日も行うようなことは当然しません。一日で行うお見合いパーティー形式にします」

 聞いている者達は確かにと納得して聞いている。斎能美智も仕方がないと頷いているが、これを束咲悦苗と留寧が聞いたらなんて言うかは分からない。

 しかし、自分の権利を振り分けるということは、当然こういうことになる。


「ということは、私の学校に進路を変更するという条件は出せないということですか?」

「二つも三つも条件は聞けませんから」きっぱりと意志を示す和頼。

 というより元から、優勝者以外が権利や約束を、裏工作によって操るなど無効。イベントで必死に戦う意味がない。

 だが、今の和頼はパニックで、そのことに気付けていない。


 和頼は、子供達の進路が条件となりとっさにお見合いを受け入れたのだ。本当はシャワーを浴びている間もずっと、何かいい断り方がないか、別の誤魔化しがないかと試行錯誤をしていた。

 だが話がこうなるとそうはいかない。

 お見合いを受け入れる方がよっぽど好条件と選択したのだ。



 和頼のもっともな論理に納得はするが、この喧嘩に引っ込みがついたわけでは、ない。いがみ合い、腹の虫が暴れだす。機嫌を害しストレスが吹きだす。


 頭の良い大学を出たような者達は、上手く行かないことや、他人が上手くいったことに酷く妬み苛立つようで、どんどん憤慨(ふんがい)していく。


 周りの者達も二人を止めたいが、指図できるような立場も口も持っていない。


 どちらの味方でもない和頼も、この喧嘩の止め方が分からない。このまま放っておいて、会場内へ戻ろうかと内心呆れてもいる。


 とそこへ、ノックと共に井辺が現れた。


 皆にお辞儀をしながら和頼へと近づき耳打ちする。

 ポイントの集計、賞金や賞品、順位などの計算が全て終了したというただの報告だった。


 和頼もいつものように頷き、書類に目を通しチェックする。

 だが、今回のイベントに関しては、とんでもない利益が出てしまっている。

 総額で約十三億円。それも、賞金総額一億円、賞品、設備費、開催費など全ての経費を差し引いての利益。


 和頼の計算では、最低でも後一億五千万円は、賞金として出すはずだった、が、ラジコンヘリでのトラップと、第二ゲームでの一般参加者の少なさや不振ぶりで、殆どが賞金ではなく、参加費を支払った者達のポイントに変換されてしまった。

 予定外。


 ただ、和頼の知らない裏で、一般参加者とセレブ達との間に、お金よりも遥かにおいしい取引が、数多くあったことは間違いない。

 賞金総額の高さなど個人にはさほど関係のないことで、それよりも、確実に夢に近づく取引がなされたのだろう。



 書類に色々と指示を書き込み、最後にサインすると、弁護士や税理士、会計士などのチェックを何重にもするようにと告げた。


 特に法に引っかからないようにと。

 お金を支払った者達が賞金を得たりすれば、いつ賭博罪や別の罪になるか分からない。そこまでお金に困っていないセレブ達も逆に迷惑だ。

 あくまでスポンサーや別の立場でなければならない。


 いつも通り、詳細は全てその道のプロがきちんと処理をする。問題はない。



 井辺を見送ろうとした和頼だが、なぜか井辺が子供達の方へと寄っていく。

 そして――。

「御嬢様、例のモノは用意しておきましたから」と小声と笑顔でいう。

 それに対して子供達も「ありがとう井辺さん」と笑顔で返していた。

 そのやり取りの後、室内の者達に頭を下げながら、井辺は退室していった。


 和頼は不思議顔で『例のモノ』とやらを考える。

 が、すぐまた老人達の口論が始まり、出口の見えない(よど)みにハマっていく。



「あの、お互いにそうまで自分の学校がどうというなら、どっちが凄いのか正々堂々と戦って決めたらどうでしょ?」焦れた和頼がついに割って入った。

 突然の和頼の台詞に老人達が黙る。そして腕組みする。


「ほう、学校同士の戦いか。ウチは構わないよ。勉強でもスポーツでも、おたくと違って実績があるからのぅ」白髪の老人がいう。

「くっ、なにをぬかす」悔しそうに睨む老人。


 和頼は星丘からタブレットを借り、専智学院と専舞女学園と志星館日体の情報を検索していく。すると、専智と専舞の両校は、とんでもなく偏差値の高い学校で、志星館はあらゆる部活動で好成績を収めていた。

 この自信はそこからかと頷く和頼。



「さっきまでの勢いはどうした? 負けを認めたのか? なあ? どうだ」

「……誰が。そんなものやってみなければ分かるまい。何をうぬぼれおって」

「そしたらやるのか。ん。どうなンだ。はっきりとさせようか」

「わ、分かった。やってやろうじゃないか。よーし、やってやろうじゃないか」

 和頼の一言からとんでもないコトへと発展してしまった。


 老人二人は口約束ではなく、今すぐ書類を作ると言い出し、御付きの者と秘書の女性に用意をさせ始めた。


「ところで美輪さん。勝負といっても普通の勝負では詰まらない。なにか美輪家が普段イベントでやるようなものはないかね?」

 あまりパワーなどの差が出ないような面白いものはと、学備学園側がいう。


 周りが慌ただしく書類などの用意をする中、老人二人が、和頼に対し色々な問いかけをする。

 和頼もそれに答えていく。


「それでは、その戦いは全てウチと同じイベント会社で()り行いましょうか?」

 どんどんと話が進んでいく。

 和頼が加わったことで、そのスピードは増し、事細かに現実味を帯びていく。


「それじゃ、年に一度、もしくは二年に一度にしたらどうですか? やはり子供達への負担からみても、大切な青春の時間をヘタに奪っても可哀そうですし」

 和頼なりの優しさを見せるが、実際、この後に巻き込まれるであろう子供達は、負担以外のなにものでもない。


「なるほど。つまり――うんぬん」

 周りは、盛り上がる三人を半ばあきれ顔で見ている。

 先程までは和頼もそっち側だったが、いつしか混じって……それどころか仕切っている。


 普通にしていれば和頼もそれなりの貫禄があるのに、老人達同様に子供の様だ。


 こうして老人二人がいがみ合うことで、学備学園高校と専智学院、専舞女学院、志星館日体を巻き込んだ、とんでもないバトルイベントが開催されることになってしまった。

 おまけに和頼までがっちりと絡み付いている。


 イベントにかかる資金も、今回のイベントで得た利益から、十億円寄付することとなった。この資金を使い、これからイベント会社が全てを取り仕切っていくのだという。


 十億円と言えば数十年分の開催費だ。

 どれだけの期間やり合うつもりだろうか? 美輪家の子供達が高校生になっても続いているのは、まず間違いない。



 一度立ち去った井辺を呼び戻し、作成した書類に、老人二人が署名(しょめい)捺印(なついん)した後、和頼と井辺のサインがなされた、のであった。



 数分後、なんでこんなことになったかさっぱり分からない和頼は、まるで夢でも見ていたのかと手の甲をつねるが、紛れもなく現実であることに反省した。

 ついさっき、良治に釣られて裸になったことを反省したばかりなのにと。


 老人達のケンカが収まり、会場へと戻ると、そこでは既に和頼が目を通した書類通りの表彰式が行われていた。

 遅れて入った美輪家も式を眺める。と――。


「パパ。私達、ちょっと用があるから、そこで待っててね」

 そういうと星丘を引き連れて井辺の元へと駆けて行く。


 そして、ポイント分の商品引換券などの授与も終わり、一息つく。

 すると、場内にアナウンスが流れた。



「ただいまより、美輪みよ、まやか、なずほ、ゆりな、れせ、もえみによる楽器の演奏を行います。お聴きになりたい方は、御席へ戻り、お静かにお聴き下さい」

 和頼は突然のことに驚き、何事だとそわそわしだした。

 するとそこに、井辺に連れられて、梓とその相手が来た。


 和頼の横へと席を設け、静かに座る。

 和頼はそれを何となく肌で感じる。


 明かりが消え、ゆっくりとスタッフが楽器を運び入れる。暗闇の中で六台の楽器が並んでいく。

 和頼は懐かしそうにそれを見て頷いた。


 そして、出入り口にスポットライトが当たると、可愛い衣装を着た美輪家の子供達が、手を振りながら入場してきた。

 観客達は初めてのことに目を見張る。

 これからどんなお遊戯が披露されるのかと、ワクワクしている。



 六つのスポットライトから大きな光に代わり、美輪家の子供達と楽器を照らす。

 楽器は、木琴四台に鉄琴二台。他にはピアノも何もない。


 楽器の前方に立つ六人が、和頼と梓の方を見てお辞儀してきた。

 そしてゆっくりと楽器を演奏する位置へと戻り、静かに奏で始めた。


 小学生の可愛らしい演奏会と皆が耳を澄まし、温かな目で見守る。

 木琴の四重奏。

 それぞれが別々のパートを叩く。この曲は和頼の誕生日に一度奏でた曲だ。


 歌声でいうビブラートのように、最後の音を連打で震わす。

 子供のお遊戯と思って見ていた者達を、いきなり(うな)らす上手さだった。


 二分半ほどの演奏が終わると、今度は鉄琴の二人が演奏を始めた。

 優しいメロディーが追いかけっこするように流れる。ハープのようなアルペジオと響きがキラキラと(きら)めく。

 二分ほどの演奏でこちらも終わる。


 すると今度は、鉄琴と木琴の同時演奏が始まった。

 曲は、瞳が死んだ時に、和頼がピアノで弾いていた別れの曲。



 和頼の作る曲はどれも、メロディーが二重螺旋の様にねじれていて、十本の指でさえ奏でるのが難しい。子供達は一人二本しかマレットを持っていない。

 確かに皆合わせれば、十二本で指より多いが、その分意思の疎通とタイミングが重要になってくる。



 子供達は、一糸乱れぬ演奏で曲を叩き続ける。

 見ている者達も、息継ぎが出来ないほど。


 徐々にメロディアスになり、叩き方も激しさを増す。

 まるでロボットアームが、精密な物を作り上げているかのよう。


 木琴達がリズムを奏で、鉄琴二人がメロディーを叫ぶ。

 時に囁き、何度も愛を繰り返す。


 鉄琴と木琴がこういう楽器だとは、この場の誰も知らない。

 この世でもっとも素敵な奏をと、美輪家の子供達は全身でアピールする。


 ピアノでもない。ギターでもない。ベースやドラムでもない。でもそのすべてがきちんとその曲の中にはある。

 あらゆる音階とリズムで何かを伝えてくる。


 すると、曲の中盤で、突然、パートを分けていた鉄琴のみよが一人で叩き始めた。二人分を一人で奏でるみよの手は、十六ビートで連打している。

 ただ叩いているのではなく、(メロディー)鼓動(リズム)を刻んでいるのだ。

 その正確なビートとメロディーは気高い。


 次に、みよと入れ替わるように、ゆりなも鉄琴で語り始めた。

 いわゆるソロパートのよう。

 次に木琴のまやかがいく。

 木琴は明るさや楽しさが滲み出るほどの音色だが、まやかの叩くそれは、鼓笛隊のドラムの様に、細かな連打やトリッキーなリズムで、音を大切に紡いでいく。


 首から顎のラインを、他人の指でなぞられるかのような刺激が走る、それほどのテクニックが伝わってくる。思わず「うあぁ」と見惚れる技の数々。


 次にれせへと続き、更になずほともえみへと繋がった。すると今度は一斉に皆が奏でる。それも、それぞれがソロパートでもするように激しく。


 重なりうねる音達は、リズムの勇ましさとメロディーの切なさを膨張させる。

 場内は打楽器の迫力と、染み入る響きに狂い、壊れそうに高まる。

 尾てい骨がムズムズして座っていられないほど。


 凛々しくそして優しく、溢れ出す感情を解き放つ子供達。


 和頼は子供達の演奏を見ながら、これが梓への別れの挨拶であり「ありがとう」という意味なのだと感じた。胸が熱くなる。

 チラリと横を見ると、梓がハンカチで涙を拭っている姿が見えた。梓もまた何かを感じ取っているのだろう。


 他の観客とは全く違うものが、和頼と梓には伝わっていた。もちろん星丘や普段から身近にいる者達にもその旨は伝わるが、和頼と梓程ではない。



 幼稚園の頃から同じ家で生活していた。少し前までは瞳もいて。瞳の作る食事が食べられなくなった後は、梓が腕をふるってくれた。

 そう、色々な思い出がある。


 鍵盤の上を妖精が跳ね回るように見える。

 その一音一音が透き通る波紋となって場内に広がる。

 鉄琴や木琴とはそういう楽器なのだ。



 必死に何かを伝える子供達の演奏が終わると、会場からは惜しみない拍手と声援が送られた。

 明るくなった場内で、子供達はもう一度、和頼と梓に一礼する。

 そして小さく、声なき声で目を合わせ、退場していった。



 とんでもない演奏を見せられた観客達が、その凄さと珍しさに呆然としている。

 これがバンドなどの演奏なら、皆も耳が肥えている分差ほどでもない。何せ毎日歌や曲には慣れ親しんでいるのだから。

 しかし、普段聞きなれない楽器での演奏は、直接、脳へと影響し、それこそ目が回るほどの衝撃だったに違いない。

 人は珍しい物や想像を上回る物などに、心揺さぶられる生き物だ。

 ここに居る者達は、間違いなく鉄琴や木琴という楽器を、これから違う目で見るし、素晴らしいモノだと言うに違いない。





 イベント会社の者達が観客達に閉幕を告げ、帰宅へと誘導を始める。


 一般の者達が帰る中、参加費を支払った者達がなかなか帰らずに場内に残る。

 周りでは、イベント会社の者達が早速片付けに入り、忙しく動いていた。

 すると、本郷君弥と九条貞丸が和頼へと近づいてきた。


「凄い演奏でしたね。一体、どんな教育をなされているンですか?」

 前にもどこかで似たようなことを言われたが、教育はしていない。

 特に、この鉄琴と木琴に関しては、子供達が自ら、吹奏楽部の先輩に頼み込んで教わってきたものだ。

 しいて言えば、和頼を真似てか、子供達も複雑な(ゆび)(さば)きや手捌(てさば)きを必要とする物に興味があるようで、そういうモノを趣味として好んで遊ぶところはある。


 軽く話を流していると、君弥が不安そうに、例の共同プロジェクトの件を尋ねてきた。自分は役に立てなかったけどどうなるのかと。

 それが本当の用件のようだ。


「もちろん進めて行きますよ。そういう約束でしたし」

 和頼の台詞に君弥がホッと胸を撫で下ろす。

 と、そこに子供達が着替えて戻って来た。


「パパ~どうだった?」

「ああ、凄く良かったよ」

 ちゃんと想いは伝わったよと、子供達の頭を撫で、そして一人一人を強く抱きしめた。人付き合いの苦手な和頼は、子供達の不器用な想いが、痛いほど分かった。自分に似ていると。

 実際、子供達は和頼以外に甘えない。いや、甘えれない。

 警備会社の者達には少しわがままをいうが、それでも、普通の小学生と比べたら何かが違う。


 和頼は子供達の小さな心に潜む闇を知っている。

 深く(えぐ)れた傷跡。


 大人になれば誰しもそういう傷は一つ二つ持っている。当然、瞳も梓も茜も恵も持っている。

 だが、小さな子供には重過ぎる。

 せめて高校生、いや中学生でもいい。美輪家の子供達の闇は、和頼と出会う少し前に植えついたものだ。傷つくには時期が……幼すぎる。


 大人になって孤独を味わった者なら分かるであろう、寂しさがどれほどの苦痛で悲しいかを……。その辛さをしている者なら、まだ幼い子供の傷がどれくらい酷いのか……感じれてしまう。




 和頼に抱かれながらニッコリと笑う子供達。

 そこへ梓がゆっくりと近づいてきた。目には泣いた後が微かにあるが、子供達や周りの者達には分からない。

 シワと、分厚い瞼と、浅黒い肌と、シミとで、ピンクに変色したそれが分からないのだ。


 梓の小さな目が微かに潤む、そして、子供達に向かい「ありがとうね」と呟く。

 子供達は照れるように「梓ばぁ、元気でね」といつもの雰囲気でいう。

 口調はいつも通りだが、そんな会話はしたことがない。


 頷く梓は、相手の老人に寄り添われて去っていく。

 梓もまた不器用な人だった。

 結局、交わした一言に、想いを密かに込めるしか術を知らない。

 ここで大げさに、感動をアピールできるタイプではない。世の中には、そういう切ない生き方しかできない人もいるのだ。


 和頼の為でなく、梓の為の演奏。その為の演出。

 和頼が瞳を見送る為に奏でたピアノを、そういう行為を同じように、子供としてその背中を真似たのだ。

 それでしか不器用な想いを、感謝を伝えられなかったから。


 今までありがとう梓ばぁ……と。



 美輪家に感動的な別れは、似合わないし、要らない、とはしゃぐ子供達が和頼に甘える。

 寂しい気持ちを打ち消すようにくっ付く。和頼も笑顔だけでいいと微笑む。



 そこへ、今日参加した者達が寄ってきた。

 やはり、このままでは帰りづらいのだ。


 皆、最初は、子供達の演奏のことから入り、そして駄々をこねる。

 それが繰り返された。


 和頼は上の空で聞きながらも、参加者が支払った参加費が、少しでも良い立場や景品として取り戻せていればいいなと思うが、所詮は焼け石に水。

 和頼のイベントは、全てが社会の仕組みと逆で、一般人が儲けて、主催側がそれを支払うシステム。それが分かっているからこそ、今回に限り、会社の宣伝などをマシンに施すことを許可したのだ。せめてもの誠意。


 世の中では、一般人が客として大金を落とす。更に企業は宣伝もする。あげればキリないほどの商売システムが潜んでいる。

 その真逆がこのイベントなのだ。


 今回、一千万円の仕事をしくじったメーカーの者達が大勢いる。

 それらがどういう責任を負うのかは分からないが、本人なりその上司なりが痛手を負うのは確かだった。一方、君弥はたったの一千万円の出費で、数千億円の仕事に漕ぎつけてしまった。自動お風呂掃除機という名のロボット産業だ。

 更に美輪家との伝手も結んだ。


 ちなみに美輪家は、子供達が楽しむ以外の利益など、はなから求めていない。


 新たな事業計画や今ある自社ブランド価値もあがると、ウキウキしている君弥の横で、九条が銀錠へと問いかけている。


「あの、ずっと引っかかってたことがあるンですけど……。あの会津透子って人、美輪家に住んでるンですよね? あの美輪家内に? もしかしてクラッカーは亡くなったんでしょうか?」

「いや、それが居るンだよクラッカー。健在。ピンピンコロリンだよ」

「コロリンって、死んでますよねそれ」九条が笑う。

「ちげぇよ。すげぇ元気ってこと。転げまわってるよって。それよか、俺も、会社の皆もそこが不思議でさ。まったく分からないンだよ。ありえないだろあの狂暴なクラッカーが美輪家以外の人に心許すなんて」

 大きく頷く九条。


 銀錠と九条はそんな疑問を話しながら、お互いの近況報告などをし、久しぶりの再会を楽しんでいた。

「えっ、今、そんな烏が居るんですか? ヤバイっすね」

「だろ。バチバチよ。毎日来っから」

 仕事柄、というより上の立場上、まったく休みのない九条と銀錠は、こんな時にしか本当に心休める時はない。

 お医者さんと同じく、いつ呼び出されるかも分からないのだ。



 学備学園の親達、そして女優達、影脇などが和頼に話しかける。

 女優達は、今度は自分達に有利な演技などの勝負をして欲しいと言うが、和頼はきっぱりと断る。二度とワルツ和頼になどなりたくないと。


「誰がわさび入りのお寿司を食べてるか当てたら、ワルツ君の勝ちで――」

「だ、か、ら、しませんよそんな勝負」

 子供達が面白そうと笑っている。

 他の親達も、自分が損した額を忘れ笑っていた。


 人付き合いのヘタな美輪家の周りに多くの者達が集まり、賑やかに笑っていた。






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