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御姉妹  作者: セキド ワク
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十八話  バトルロワイヤル



 昼食のお弁当も食べ終わり、和頼は自分の乗るマシンをチェックしている。


「和頼さん、私も参戦しましょうか?」星丘がいう。

「いや、大丈夫。警備の方が心配だから。今日は参加者同士も、相当いがみ合って殺気立ってるし、それに、子供達が自動掃除機をゲットしたから、既に目的の九割は達成できてるんだ」

 それを聞いた子供達は嬉しそうにしている。


 とはいうものの、実際には厄介なことが数多く降りかかっていた。


 可愛い衣装に着替えた子供達が、和頼の前でポーズをとる。

「見て、見て。やっぱ恥ずかしいからこっち見ないで」甘える子供達。



 準備を終え、時計をみる和頼。

「それじゃ、そろそろ会場へ行こうか」

 和頼の台詞に子供達が頷く。星丘は少し心配そうにしている。星丘だけではなく、会場に居る観客達も、影脇がどんな存在かをネットで調べて目を回していた。


 スタントをこなす者の能力の高さ、更にこの影脇は日本で三本の指に入る逸材。いわゆる天才だ。

 さすがの和頼でも子供達を守り切れないのではと、不穏な雰囲気が漂う。


 女優達のあの余裕さがハッタリではなかったと改めて分かる。しかしそんなことは、ここに参加している時点でそうだ。

 一般の参加ではなく、学備学園経由の飛び入りは、何せ、参加費一千万円なのだから。金持ちでない限りは、捨て金気分で払える額ではない。


 それぞれが目的を持って、今日のイベントに望んでいる。そのおかげで、当初、自動掃除機だけが目当てなどと甘い考えをしていた和頼の鼻はへし折られそうだ。

 今じゃ、限界を超えた条件が幾つも並んで、和頼も一歩も引けない。

 最悪は、ワルツ和頼として芸能界に復帰する約束が取り付けられたこと、本当にシャレにならない。


 今、絶対に負けられない敵がいる。影脇助貴を倒さねばならない。

 味方は本郷君弥と九条貞丸、それと銀錠剛。それ以外は美輪家の敵。



 廊下を歩き会場内へと入る。そこには既に参加者達が集まっていた。しかも美輪家同様に、目立つ衣装に着替え着飾っている。相当目立ちたがりやのようだ。


 一般からの参加者は約二十五人。その内、美輪家がマシンを提供したのが十台で、残りの十五台は自ら購入してきたようだ。


 セレブ達は、当然、全員がマシンを購入、そして、それぞれが自分色に塗装し、会社などのロゴシールなどを貼っている。


 美輪家の子供達は自分でデザインした絵や模様の可愛いマシンだ。

 和頼はメタリックシルバーに鱗のような型押しがしてある。未来の乗り物の様。

 他の参加者の中にも、メタリック系や高級そうな塗装カラーがいる。つや消しされたマッドブラックのマシンもあり、各自、個性が際立っていた。


 レース参加者は全部で百三十五人。


 コースは全長二百メートル。

 カーブはもちろん、緩やかな坂や障害物などもある。

 そのコースを十周するか、敵を殲滅(せんめつ)し生き残るかが勝敗だ。


 十周で約二キロ、時速六キロのマシンだからすんなり行けば約二十分ちょっと。

 一分間で百メートル進む感じだ。ただしこれは、バトルが発生しない状況下でのことだ。


 バトルの内容は、柔らかいフライングディスクを敵にぶつけるだけ。それを防ぐ方法は避けるか、傘を使って防御するかのいずれかとなる。


 一度に持てるディスクの枚数は三枚まで。投げて無くなったら、一周回るごとに補充エリアに入りリロードする。


 傘は危なくないように、折りたたみ傘や子供用の傘の様に、先端を丸く加工してある。(とが)った部分や長く突出(とっしゅつ)した柄先はない。安全対策。



 至る所で、電動一輪車のモーター音がする。


 スタート位置は中央に設けられたフリーバトルエリアからだ。

 この場所は、コースで背後を取られた時にエスケープする為や、レースではなくバトルに集中する為にワザと入る空間だ。

 走りながらのバトルが苦手な者は、ここで敵を倒しポイントを稼ぐ。出入り口は四ヵ所あり、コースに戻る時は入ってきた場所と同じ所から出ないと、ショートカットしたことになり周回距離をプラスされる。


 もちろん周回距離が増えるのでショートカットは反則ではない。それを戦略として使うことも可能だ。ただ、グルグルと連続でショートカットすることは禁止。

 つまり審判がややこしくなるようなショートカットは反則となる。


 基本逆走は禁止だが、数メートルの()()程度は問題ない。あくまで、コースを逆に周回することが反則となる。

 コースの流れは反時計回り。



 一回戦同様、一台につき賞金があり、今回は全て百万円の設定だ。


 大勢の者達が、中央の四角いスペースでマシンに(またが)り、今か今かと周りをみる。


「それではこれより、シューティングレースを開始します。合図が鳴りましたら、各自、一度コースへと出てスタートを切って下さい」

 和頼は子供達を守るように振る舞う。そして視線は影脇を見ている。

 影脇も丁度反対側辺りで美輪家を見ていた。


「五、四、三、二、一、……スタート」

 クラクションの様な音がレースの始まりを告げた。


 皆が一斉に四方からコースへと出る。それぞれが仲間らしき者と進む。

 まずは様子を見ながらゆっくりと進む。


 短い期間だったが、練習の成果かなのか、皆それなりに運転が上手い。

「うわ、思ったより速いよコレ」

 至る所でマシンの速度にビビっている。

 広い場所を一台で走るのと違い、敵のいるコースを進むのは、体感速度がまるで違く感じるのだ。


 早速、柔らかなディスクがコースで飛び交い始めた。

 かといって、一周に三発しか放てないから、無駄な球を出している訳でもない。ディスクを投げる者と傘で避ける者、かわしながらコースを逃げ回る者。


 美輪家はまだ戦闘に巻き込まれていない。様子を見ながらコースを進む。



 マシンの形は、海外旅行へ行く時に使う、ハードケースバッグのような感じで、タイヤ自体はカバーの内部に隠れてまったく見えない。

 上、中央部にサドルが付いていて、ハンドルもアクセルもなく、体重移動で進む仕組みだ。

 人が乗りやすいフォルムで、足を置くステップもしっかりとしている。

 ちなみに、子供達には少し大きなマシンかも知れない。



 美輪家はコース上で唯一マックスの六キロで走行している。

 敵になりうる者達を見極めながら、流れを縫うようにして、あっという間に一周を回り終える。

 美輪家の狙いは、影脇や女優達の真後ろへつくこと。


 戦闘機のドッグファイト同様に、バックを取ることこそ圧倒的な有利となる。


 徐々に周りも速度を上げ始めるが、至る所で起こるバトルに、なかなかマックスでは進めないようだ。和頼達も、さすがに一周が限度で、先が詰まり始めてからはなかなか進めない。

 強引にすり抜けようと思えばできるが、バラバラになる訳にもいかない。


 流れに合わせながら様子を見る和頼。

 すると影脇と女優達が、中央のエリアへとエスケープした。和頼達を警戒してのことだろう。

 と、その後を追って、君弥と九条と銀錠がバトルを仕掛けに入っていく。

 約束通りだ。


 中央の様子を見ながら、コースの敵達にも意識を配る和頼。一台百万円。

 一般参加者にとっては現金掴み放題。否が応でもバトルは熱を帯びていく。


 参加費を支払った者達は、一回戦同様、敵を倒しても賞金はない。

 あるのはポイントや景品だけ。

 それと優勝した時に限り、美輪家に約束を取り付けられる権利。


 学備学園の親達は、まるで喧嘩でもしているように投げ合い防ぎ合う。


 レースしながらの雪合戦とでも言うべきか、スピード感が半端ではない。

 もちろん、前をいく者は止まり、後方からの攻撃をいなすが、後方の者が距離を詰めながら攻撃できるので、前方の者は隙を計り、背を向けて逃げ出さなければならない。


 一度きりの命だが、傘がある分そう容易(たやす)くはやられない。一対一なら尚更勝負はつきにくく、したがって確実にいける間隔まで距離を縮めるしかなくなる。

 そういった意味でも、レース的なドライビングが重要になってくる。



 徐々に台数が減るが、それでもまだまだ残っている。この第二試合に相当賭けてきているようだ。マシンを乗りこなしている所を見ても間違いない。


 和頼の計算はとっくに破綻していた。

 予想と全く違う展開。子供達だけで参加させなかったことが唯一の救い。こんなことならば、星丘の申し出を断るべきではなかったと後悔が過る。

 ――と。突然観客達の歓声が会場にこだました。


 和頼はキョロキョロと見るが、それがなんなのか把握できない。


「くあぁ、大変です。本郷さんが取られました」

 銀錠がエスケープゾーンからいきなり飛び出して来た。


「本当に?」焦る和頼。

 中央に視線をやると、九条が一人で影脇と女優達と戦っている。

「ぎ、銀錠さん。行かないと。九条さんがやられるから」

 焦る和頼に銀錠は、一旦逃げて体制を立て直そうと九条にもちかけたが『主がやられたまま、しっぽを巻いて逃げれない』というから、とりあえず自分だけ逃げて来たという。


「だ、ダメでしょうソレ」

「いや、違うンです、恐怖値というか不安値が上がり切っちゃって、振り切っちゃってですね、どうしても冷静になりたくて。落ち着こうと思って。九条のヤツが先輩頼みますなんて言って俺にばっかり任せるもんで……そんでこんなことになって」


 相当パニック状態の銀錠だが、影脇には、それだけの実力があるということが、これではっきりと分かった。

 銀錠一人でも相当強いはず、そこへあの九条が加わり、更に、本郷君弥までいたのにこの結果だ。



 四分の一周ほど進むと、美輪家の元へ九条が飛び出して来た。

「ダメだ~。弾切れした。援護頼みます銀錠先輩」

「どアホ。だから、一旦逃げろっていったろ」少し冷静を取り戻した銀錠がいう。


「美輪さん。ヤバイですよアイツ。本当にマシンの扱いが上手くて……」

「待ちなよ、逃げるのか? まだ勝負ついてないよね」

 九条の台詞を遮るように、影脇がマックスで追いかけてくる。その少し後ろを遅れて、女優達が傘を開いたままついて来る。


「げっ、来た。あちゃあ、弾も補充してるぜ」銀錠が少し焦る。

「パパ、やっちゃおうよ。私達で仕留めるから」

「いや、ちょっと待って。少し様子をみよう。このままの速度で距離を保って」

「はいパパ」

 和頼はスピードを少し落とし、群れの一番後ろへとつく。すると突然、くるりと反転し後ろ向きで走行し出した。


「ええ? 和頼さんそれどうやっているの?」

 銀錠も九条も子供達も、和頼の走行法にビックリしている。それもそのはずで、このマシンにはバックする機能はない。重心を後ろへ逸らすのは基本ブレーキで、後ろへ傾いても進むことはまずありえない。

 しかし、和頼のマシンは後ろ向きに進んでいる。


 観客達もその光景にどよめき、和頼の奇怪な行動に、待ってましたと身震いしている。影脇も和頼と視線を合わせながら驚いていた。


 傘に手をかけスピードを落とす和頼。影脇との距離が縮む。影脇も戦闘態勢に入り、傘とディスクに手をかける。


「さすが美輪さんですね。それどうやってるんですかね?」

「分からないのか? 簡単なことだよ。後ろ向きに乗ってるだけだ」

 和頼は、走るマシンの上で自分のみ反転し後ろ向きに(またが)ったのだ。


 影脇は頷きながら和頼に感心する。それは普段スタントをこなす影脇だから分かることで、和頼が簡単そうにしているそれが、どれ程難しいのかを理解している。余程の練習をしないと、後ろ向きで乗り物に乗るなどできないのだ。


 和頼は傘を開くと同時に腰に装備していたディスクを投げ放った。バサッという音に紛れ、ディスクを縦にして真上に真っ直ぐ放り投げた。

 和頼はすぐさま傘を閉じる。


 影脇はその攻撃に気付くことができなかった。が、客のざわめきに傘を開く。ディスクの行方が掴めず、カメの様に傘へと身を潜めた。

 すると真上から影脇の傘へと衝撃が走る。その音と感触に、影脇の口が震えながら吊り上った。


 バスケットのループシュートのよう。また、ゴミ箱に空き缶でも放り投げているようだ。綺麗な山を描きドンピシャで吸い込まれていた。


 和頼からは、互いの距離間隔が変わらないので、止まって見える(まと)だが、外から見ている観客達からすれば、移動しながら放たれるショットで、まるで神技のように感じている。


 観客達の歓声が起こる。その歓声をウザイと思う影脇だが、そういった声やざわめきに助けられたのも事実であり、深呼吸して気持ちを抑える。


「ですよね? 美輪さんはそうでなくちゃ。僕も、そんな美輪さんを倒せると思うとワクワクしますよ。ホント、最高の演出ですよ」

 向き合う和頼と影脇。

 すると突然、子供達がエスケープゾーンへと侵入した。その事に驚く和頼の隙をつき、影脇がディスク攻撃を仕掛けてきた。

 なんてことのない攻撃で普通なら簡単に防げる弾道だが、子供達の行動に動揺し、更に攻撃への反応が遅れた和頼は、ギリギリそれを防ぐ。

 しかしそこで出来た第二の隙を縫って、影脇が距離を縮めた。


 非常にまずい距離だ。

 後ろ向きに逃げている和頼に対し、影脇は距離やタイミングを計りながら、前のめりで突っ込んで来る。ただでさえ後ろの者が有利なのに、最悪な状況。



 だが和頼は、左右の口元をニッコリと釣り上げた。

「それでいいのか影脇君? 失敗だったな」そう言って笑う和頼。

 すると、エスケープゾーンに逃げた子供達が同じ出入り口からもう一度コースへと戻って来た。

「挟み撃ち~だぉ」

 影脇と女優達は、和頼と子供達に完全に挟まれた。


 影脇は子供達を追ってエスケープゾーンへ入るべきであった。そうすれば、出入り口を通過した和頼は、侵入することはできない。

 だが、影脇はそうしなかった。それは子供達がワザとそこへと誘い、和頼を助ける罠だと思ったからだ。

 どうせ侵入しても、蜘蛛の子を散らすように逃げてしまうと。

 最高速が同じであり、美輪家の子供達ほどのドライビングならば、まず追いつけない。ただの追いかけ損になると踏んだのだ。がしかし、甘かった。

 完全に形勢逆転。


「いくよ皆。用意はいい?」

「オ~ケ~」

 そういうと美輪家の子供達が、マシンの足を置くステップに立ち、一斉にディスクを構える。そして「せ~のッ」という掛け声と共に、左右に持ったフライングディスクを一斉に投げ放った。


 大きく左右にカーブを描き、前をいく敵目がけて吸い込まれていく。

 女優達は防ぎたくても、どこに傘を向けていいのかさえ、分からない。影脇も迷っている。先程の様に亀になれば、間違いなく和頼に下半身を狙われる。


 ブーメランのようにカーブする十二発のディスク。

 普段からイベントやお家で、フライングディスクでの的を射るゲームをしている子供達にとっては、この程度の的なら大き過ぎるくらいなのだ。


 天空から無数の矢が降り注ぐようにそれらを襲う。しかも、後方からの総攻撃、初参戦の女優達に対処できる代物ではない。そして一気にそれらを殲滅した。

 ……したかに思えたが、影脇だけは生き延びた。サドルに体育座りし、傘の中に身を隠したのだ。


 その姿には和頼も唖然とする。さすがに和頼もそんな芸当はできない。

 スタントマンならではの空中戦。


 影脇は焦ったように、次の出入り口から、中央のエスケープゾーンへと逃げる。もう一度今と同じ攻撃を喰えば絶体絶命と分かったのだ。

 挟み撃ち程ヤバイ状況はないと。


 和頼と子供達が合流した。

 スピードを落とし、ディスク補充エリアでリロードする。

 銀錠と九条も復活した。


「まだ影脇が残っていますね。どうしましょう?」九条がいう。

「弾を補充される前に仕留めたいな」銀錠が腕を組んだ。

 すると和頼がゆっくりと首を横に振った。

「もうその必要はないよ。あいつはあのエスケープゾーンで終わるよ」

 和頼の台詞に皆が一斉に中央を見た。


 ゆっくりと走りながら影脇を探す。すると物凄い形相である者と戦っていた。

 それは――堀塚良治だった。


 美輪家関連の建築を請け負ってくれているアーマーワークス、の社員だ。

 和頼と良治は、最初の家を建てた時からの付き合いで、もうお互いを相当知っている。


 良治の趣味はフリーランニングという競技で、更にバイクや車の運転もそれこそ影脇に引けをとらない。だが、最も違うのは、良治という人間の根本にある性格。

 今でこそ真面目に働いているが、十代半ばまで警察や同類相手に逃げ回るような血統書つきの悪だった。

 深くは説明しないが、良治は険しい人生を転がってきた一人なのだ。



「クソッ。何なんだよテメェは? あ?」影脇が吠える。

「俺か? 未来から来た、お前の子孫だ。なんてな。大人しくここで散れ」

 良治が高笑い、手負いの影脇に襲いかかる。

 影脇のディスクは残すとこ一枚、良治は二枚。エスケープゾーン内をフィギュアスケートの様に動き回る。ピタリとつく良治。

 がら空きの影脇の背中をロックオンしたまま弄ぶ良治。


「美輪さんに遊んでもらった感想はどうだ? どうしたよ。俺とは遊ばないのか? 逃げてばかりじゃ始まらないだろ? ほら、ほら、ほら」

 怒った影脇が振り返りディスクを構える。だがそのままの形で固まっていた。

 影脇の目の前で、サドルに立ちサーフィンでもしているように追いかけてくる良治の姿があったからだ。観客もどよめくことさえできない。口を開けてその曲芸を見ているしかなかった。


 影脇もテクニック的には出来る。確かに出来るのだが……、今はできない。当然だ。敵と戦っているのにそんな余裕はない。なのに、良治は笑いながら追ってくる。そこには獲物と狩る者との差がはっきりとあった。


 苦し紛れに影脇がディスクを投げつけた。全力で投げたソレが、良治の足元へと高速で飛んでいく。それを傘も使わず、サドル上でジャンプしてかわした。

 無事に着地し「危ないでしょうが。これで事故っても労災おりないよ」と微笑(ほほえ)み、またバランスを取る。


 惨めに逃げることに疲れた影脇がスピードを緩めると、影脇の頭の上にディスクを置き「カッパ」といって立ち去って行った。


 そこでようやく観客達に息が戻り、驚きのような声で場内が沸いた。


 和頼の全身から悩みが消えていく。一番の難題であった【ワルツ和頼】から解放されて、お漏らししそうな安堵(あんど)感を味わう。


「銀錠さんと九条さんは、大手メーカーの殲滅(せんめつ)に向かって下さい。ポイントにしかならないけどイイ景品が沢山あるから」賞金はないけど頑張って、と送り出す。

 和頼の台詞に銀錠と九条が頷く。

 離れ際に、さっきのヤツが来たら逃げよう、という約束を二人が交わしているのが微かに耳へと届いた。




 ゆっくりと周回し、四週目に入った。

「パパ……、何か変だよ」

「……ん? どした?」

 和頼は周りを見渡す。だが何も分からない。

 子供達もはっきりと何がとは言えないようだが、何かを感じ取っている。

 周りをキョロキョロと見ながら指折り数える。


 和頼も子供達の感を信じて戦況を見てみた。しかし、これといって問題はない。それどころかいい流れに見える。


 コースに残っているのは、銭葉卓賭と紳作、金築(かねつき)泰成と賢造、仲込陽時と朋彦、甘値(あまね)涼と祥吾、貸積(かしづみ)(ゆき)()貢流(みつる)、富蔵光徳と謙司、成見直哉と義政、幸坂智輝と晃、吉形綾音と秀行、豊増奈緒と健輔、などの親子が居て、激しい争いをしているのが見て取れた。


 他にも、銀錠、九条、良治、そしてチラホラと学備学園の親子らしき者達が恐る恐る個別にいる感じだ。

 子供達が言うほどの強敵が居るとはとても思えない。

 それでも念を入れて、疑いの目で見る。


「何か強そうな敵でもいるの?」

 和頼は答えが分からず子供達に尋ねる。

「そうじゃないンだけど……。何か変。だって、見てよあの子とか」

 指さす先には見るからに普通そうな女の子と母親がいる。子供がいう程強そうではない。どちらかと言えば弱そうだ。

 和頼はまったく子供達の感じていることが分からない。


 今のこの状況なら、子供達だけでも充分切り抜けられる。たとえ良治が来ても、この状況下なら、散らばって五週すればギリギリ逃げ切れるはずと。



 五週目に入り更に人数が減った。

 銀錠と九条が大手メーカーらしき残党を一掃し終えると、ついにというか当然というか、良治に目を付けられ、全力で逃げはじめる。

 既に二人の目的は達成済みだが、一参加者として楽しんでいるようだ。


 学備学園の親達も大分減ってきた。



「パパ、パパ、やっぱり変だよコレ、何かマズイよ絶対」

 子供達の声に耳を傾ける和頼が、コース内の異変に気が付いた。先程まで散らばっていた者達が徐々に集まっていく。

 エスケープゾーンをショートカットし、少しずつ群れになっていく。


「なっ、何じゃこれ」和頼がぶったまげる。

 人数にして四十人くらいいるだろうか。

 大人二十人、子供二十人といった所だろうか。


 コース上には、学備学園でいがみ合い争う小さな群れと、追いかけっこしている銀錠と九条と良治、そして今出来上がったばかりの巨大な群れと美輪家が、間隔を開けてグルグルと回っている状況だ。

 観客達もこの流れに驚いている。


「ほらパパ、言ったでしょ、だっておかしいよ、残ってるメンバーが……」

 和頼も今更ながら気づいた。


 バラバラに居たから気付かなかったのだ。

 コース上に点々としていて、親子でか弱く走っていたから、そして、敵意や殺気がなかったから、敵として認識できなかった。

 それが今、大きな群れとなって殺気を放っている。


 それにしてもおかしい。この者達がどうやって生き残ったのかが。

 そして、一般の参加者が良治しかいないことに気づき推測する。この者達の殆どが取引や交渉に成功したのだと。そして応じなかった者達を、交渉成立した者達や自らで抹殺したのだと。

 もちろん憶測であり仮説だが。


 和頼は今更指折り数える。そしてゾッとする。

 今から球の補充が出来るのは、六、七、八、九週までの計四週分。

 美輪家が一周に放てるのは、二十一発。確率からいっても、とても四十人相手にやり合えるとは思えない。一周に、二十一発でどれだけ減らせるか。


 そして致命的な問題は、群れが仕掛けてくるタイミングだ。

 困るのは何通りかある。

 一つは一気に突っ込んできて、二十一人を犠牲に美輪家を全滅させること。

 もう一つは、周回が経って球の補充が出来なくなってからの塞き止め攻撃だ。


 他にも同じような意味のことはあるが、いずれにしろ趣旨は一斉攻撃。わざわざ群れたからには意味があるはず。


「どうするのパパ? マズイよねコレ」

 和頼は頷く。

 するとみよとまやかが「任せといて」といってばらけ始めた。と、他の子供達も「そうだね」と別行動を取る。

 何度もイベントをしているからか、美輪家の子供達の危機管理能力は、生き残りに一番近い方法を知っているようだ。


 ここから先は、美輪家が一つに固まって居ることは弱点でしかない。しかし和頼は散らばる子供達が不安で仕方がない。

 と――。



「美輪家が動いたわよ」

 群れの誰かがそういうと、見る見るうちに分かれ、親達はエスケープゾーンへと入り、子供達はコース上に残り走り続ける。いわゆる分裂だ。

 分裂して小さく感じるならいいが、逆に圧倒的な数の差を見せつけられて(ひる)む。


「パパ~、ダメっぽい」ゆりなが弱音を吐く。

「えへっ、観念しなさい、なずほ」古堂乃子がなずほを背後から追う。

 その光景を見た和頼が、遥か遠く離れたコース目がけて、フライングディスクを投げた。それが乃子の体を捉えた。すかさず、ゆりなを追う益来果鈴にも同じようにディスクを放つ。しかし、果鈴は傘を開いてそれを防いだ。


「果鈴ちゃん。凄いわ、さすが私の娘ね」エスケープゾーンから声がする。

「皆、遠くからも狙われるから気を付けてね」

「はいお母様」子供達の群れが親達に従う。


 和頼はとっさのことに二発もディスクを使ってしまった。補充するにはまだ大分距離がある。どの道、三発で群れは倒せない。最大のピンチだ。


 こんなことになる前にどうにか手を打つべきだった。ワルツ和頼から解放された安心感で、まったく気付けなかった。完全なる失態。


 和頼はくるりと反転し、後ろ向きで親達の追尾を警戒する。

 傘を広げいつ来るか分からない攻撃に備えた。


 子供達のことも気になるが、目の前の重圧があまりに恐ろしくてよそ見できないでいる。子供達も自分達のことで必死であろう。


 二十人が一斉に投げれば、美輪家の総合枚数が一瞬で飛んでくる計算。

 それが三回も。計六十発。シャレにならない。

 とてもじゃないけど、一人でどうにかできるレベルではない。



 と突然、エスケープゾーンから良治が飛び出して来た。それも相当近い距離で。


「美輪さん。随分お困りのようで。ただ、悪いけど~、仕留めさせて貰うよ。今日はそれが目的で遊びに来た。最初、出ないなんていうから半分すねてたけどね」

 そういうと上着をコース外に投げ捨て、更にティーシャツも脱ぎ捨てた。

 現場の職人以上に筋張った筋肉が人前に露わになった。女性達が溜息をつくほどセクシーな体。


 絶体絶命の上塗り状態。


 和頼はバックしながら思う。母親達に平気で背を向けている良治をみて、これは(あらかじ)め取引あってのことだと。両者の間には何かしらの取り決めがあると。

 だから良治も後ろの者達を狙わなかったのだと、そう結論付けた。


 金で動くようなタイプではないが、こと遊びに関しては貪欲だから、そういう類のモノかも知れない。


「分かったよ。この状況下じゃ、良治君から逃げらそうにないし、(いさぎよ)くこの勝負受けようか」

 和頼も上着を脱ぎ、中に着ていたワイシャツも脱ぎ捨てた。

 良治とは違うタイプの筋肉だ。力強さというより、体脂肪の少ない綺麗な筋肉。大人の体で体脂肪を削ると、色気と血管と筋の芸術にみえる。


 和頼の体は、クラッカーとのマラソンとロード自転車で作られたモノだ。他に特別なことはしていないが、両手首には例の鉄球とそこそこ重いチェーンが腕時計の様に巻かれていて、常に負荷がかかってはいる。

 あとは子供達と遊んでいる程度の運動。敢えてしているといえば、柔軟体操とジャンピングスクワットだけだ。それだけ。



「せりぁ」良治が思いっきりディスクを投げてきた。

 良治の弾は風に乗るのではなく、空を切り裂くように飛んでくる。まるで閃光。

 それを和頼が傘で防ぐが、その一撃で傘の枝が二本も折れ曲がった。柔らかいディスクなはずだが、この有様だ。


「ふぅ。手加減なしか。容赦ないな」

「何をおっしゃる。ちゃんと防いでおいて。さて、次もいくかな」


 コースを、マックスの六キロで走りながら戦う和頼と良治。何度もフェイントをかけながら、ディスクを投げるフリをする。

 その都度、傘でお互いに防ぎ合う。まるで見えないディスクを、何十発も投げ合っているかのよう。


 後ろ向きに走る和頼に相当な疲れが見え始め、追い詰められてか、中央エリアへとエスケープしていく。その後をぴったりと追う良治。


 母親達の群れは、そのままコース上に残り周回していく。


 子供達が気になる和頼だが、その暇を一ミリも貰えない。野球の盗塁に失敗し、塁間に挟まれたランナーの様に右往左往する。


 せめてディスクがあと一枚あれば、良治の隙を作れるのにと、ない物ねだりの中、和頼は一方的に逃げ続けている。

 良治もまた、道幅の狭いコースと違う、この広い場所に苦戦している。


 必死にコーナーへ追い詰めようとするが、どうしても隅へ行かない和頼。更に、フェイントとクイックが尋常ではない和頼に、どんどん良治のフラストレーションが溜まっていく。



「そろそろ、決着といきますかね。これ以上焦らされると爆発しそうだ」

 良治が目を細め、蛇のように舌なめずりした。

 普段、人に対して恐れなどない和頼だが、全身が熱くなっている。体や心が良治に恐れを感じているのだ。

 影脇と向き合っても、怖い組織の者達に囲まれてもそんな恐怖はなかった和頼だが、良治の目に微かに怯えている。敗北が垣間見えるのだ。


「ヤバイな。体が震えてきたよ」和頼が笑う。

「美輪さん。こっちはとっくにそうっすよ。大人になると~、本気になれる場所が仕事場しかなくなるから、いいよね、たまにはこういう熱いのわ」良治も笑う。


 体がカタカタと震え、勝手に戦いの準備を整えていく。

 グルグルと回る大きさが少しずつ小さくなってくる。

「それじゃ行くぜ」良治が仕掛ける。

「来いよ」

 二人の距離がお互いに触れるほど近づく。


 そして、一瞬の野良猫のケンカ。あっという間に、二人共にディスクを失った。

 あまりの速さに何をどうしたのかが分からない。

 騎馬戦の掴み合いのような攻防の後、二人は武器を失い離れた。



 相手のディスクに素手で触れられないから、避けたということだけは分かる。

 お互いに傘は使っていない。

 良治は和頼の殴るような一撃をかわし、和頼は良治の左右の二連攻撃をかわしたのだ。


 ラッシュあとの静寂。



 攻撃手段をなくしホッとする二人に、突然、スコールのような攻撃が襲う。

 それに気づいたのは、ゆりなの「パパ危ない」の声だった。


 補充エリアの手前で止まった母親達の群れが、手に持つディスクを無駄なく消化しようと、コースから二人を狙って総攻撃を仕掛けた。


 気持ち悪いほどの円盤が宙を舞う。二人を目がけて押し寄せてくる。


 マシンの運転もそうだが、ディスクの投げ方もそれなりに練習してきたようだ。

 ただでさえ和頼の開くイベントは、美輪家の子供達が、大人と対等に遊べるよう工夫されている。つまり女、子供でも容易に大の男を倒せる、ということ。


 傘を広げ必死に防ぐ和頼と良治。だが、良治は不意打ちの雨にやられて沈んだ。

 和頼は良治の体に半部身を隠し、更に傘を使いしのぎ切った。


 一番のポイントは、良治はブレーキして避けたこと、和頼はバックしながら傘と良治の死角に逃げたこと。これが命運を分けた差だ。


 動き続ける和頼は、そのままコースへと海老のように逃げ出し、すぐに反転して通常運転へ戻した。



 和頼は状況を認識して焦る。良治に付き合って、全てのディスクを使い果たしてしまった……ことではない。

 良治に釣られて上着を脱ぎ捨ててしまったことへの焦りだ。


 戦いを逃れた状況下で、この姿は恥ずかし過ぎるのだ。

 後先考えない自分に後悔する。

 男とはたまにこういうポカをする生き物だ。和頼もまた、未熟である。


 自分で脱いでおいて恥ずかしそうに走る和頼に、もえみが合流した。

「パパ? なんで裸なの?」

「いや、その、ちょっとな」おっぱいを隠したい。

 もう秋も終わりを告げ始めているのに、寒くないのと心配するもえみに、身も心も寒いはずの和頼は平気だとうそぶく。渾身のハッタリだ。


 次にれせが合流してきた。

 みよ、まやか、ゆりな、なずほは、まだバトルをしている。遠くから見ていても分かるヤンチャぶり。


 補充エリア前で壁の様に待ち構える母親達の群れ。全て作戦通りなのか、恐ろしいまでの貫禄。手にはディスクを一枚ずつ持っている。全部で二十発。


「ぬっ、参ったな……」

「パパ。ここはディスクを諦めて、ショートカットしちゃおうよぅ」

 れせの案に乗るしか道はない。選択肢は……ない。


「大丈夫だよ。逃げ切れるよ」もえみがはしゃぐ。

「分かった。でも、もえみもれせもついて来たらダメだ。俺が(おとり)になるから、二人はきちんと球を補充してくれ」

「はいパパ」


 和頼は、ギリギリまで群れに接近すると、中央へと入りショートカットした。

 出た先には、子供達の群れとみよ、まやか、ゆりな、なずほが混戦中だ。


 ディスクのない和頼。


 子供達の群れは大分減っている。美輪家の子供は、持ち球十八発で十二人を仕留め、残り八人にしていた。そして今、みよとまやかとゆりなとなずほは、補充した新たなディスク三発で戦っている。


 多勢に無勢の中、必死に戦う子供達をみながら、和頼は、約六発もの球を無駄にしてしまった自分の不甲斐なさを反省する。


 後方からは、球を補充した母親達の群れが挟み撃ちを狙い迫ってくる。焦る和頼は意を決し、子供達のバトル内へと突っ込む。

 すると早速、和頼を目がけ攻撃を仕掛けてきた。


 冷静を装い傘で防ぐが、大人も子供も関係ない凄みに、半泣き状態の和頼。

 屋根に降り積もった雪が固まりで落ちてくるように、折れた傘の枝に衝撃を与えてくる。良治とは違う、デタラメな攻撃が逆に(まばた)きもできない。




 どうにかこうにか切り抜けた。

 しかしその前方にも学備学園の別の群れが居る。それらもすでに戦いの真っ最中だが、近づけば必ず仕掛けてくる。

 見た所、ディスクは二枚ずつ持っている。


 選択肢はやはり中央へ回避するしかない。


 完全に逃げ腰の和頼。するとそこに、別の場所かられせともえみが入ってきた。

「やったよ。三発とも命中させたよ」

「アタシも全弾キメちゃたぁ~」

 れせともえみが母親達の群れの六人を仕留めてきたという。


 人数を減らした母親達が、少なくなった子供達に合流を促す。徐々に、みよとまやかとゆりなとなずほが戦う場所へと近づいていく。危ない。


「みよ、まやか、ゆりな、なずほ、その辺で離脱しなさい」和頼が叫ぶ。

 その声を聞いた四人は大きく頷くと、なぜか持っていたディスクを、全弾敵へと撃ち込んで逃走を始めた。

 和頼は何で投げちゃったの? 離脱って言葉、五年生には難しかったかな? と思いながらエスケープゾーン内でショートカットする出口を探す。


 すぐに四人が合流してきたが、後を追うように、敵である子供達と、少し遅れて母親達の群れが突っ込んで来た。

 美輪家のディスクはゼロだ。


「パパこっちから出ようよ。すぐに補充できるし」

「そりゃそうしたいけど、たぶん反則になっちゃうぞ。形だけでも一周しないと。よし、仕方ないこっちから」


「でもパパそっちって、銭葉君とか幸坂君達がいるよ」

 和頼は分かっていると頷き「行こう」と手で合図する。

 子供達も覚悟を決める。


 子供達の方が、体重が軽いからなのか、なぜか和頼よりほんの少しだけ速い。

 そして追いかけてくる子供達も、やはり少し速い。


 富蔵家や金築家に突っ込む形でコースへと出た。びっくりするそれらを横目に、美輪家は紛れながらコースを走り抜ける。

 子供達を先頭に、和頼はまたも反転して傘で防御態勢を取る。

 マックススピードで逃げていく。戦う気などない。というより弾がない。


 後ろ向きで走る和頼の元に、ディスクが一枚だけ飛んできた。それを簡単に傘で弾き落とすと、和頼の目に、小さな群れに突っ込む子供達の姿が飛び込んできた。そのすぐ後に母親達が雪崩れ込む。


 驚く銭葉家、甘値家、貸積家、吉形家、豊増家。



「なんだいきなり、話が違うじゃないか」

「どの道そっちの船は沈没するのよ。ここで大人しく消えてちょうだい」

 そういうと母親達が一斉に攻撃を始めた。


「卓賭。お前は逃げろ」

「泰成。先に行け」

 父親達が必死に子供達を庇いながら戦う。その一部始終を、バックで進みながら見ている和頼。

 まさにバトルロワイヤルだと目を見開く。


 普通の競技ならば男が圧倒的に強いが、マシンスピードも子供用に制限され、ディスクのキャッチ的な技術もナシで、傘で防ぐのみのシンプルシステム。

 他にもいくつものリミッターがあり、誰もが対等にやり合えるこのゲーム。

 それどころか、数に物を言わせた母親達が圧倒していく。


 独自の戦いをしていた小さな群れを、容赦なく呑み込んでいく。


 やられゆく父親達は、影脇や良治の様な運転テクニックや、美輪家の子供達の様なディスクコントロールなど、余程の何かがないと差は埋まらない。

 怒涛の勢いと母の迫力。数の暴力に勝てるはずもない。


 まるでバーゲンセールの(いくさ)に、数人のお父さんが紛れ込んでしまったかのよう。もみくちゃにされて終わりだ。

 目的のモノに辿り着けるはずもなく、ましてワゴンセール品のゲットなんて出来るはずがない。

 そう思わざるおえないほどの勢い。


 とはいえ、ここで戦う母親達の中で、現実(リアル)でバーゲンセールの争いを経験した者などは当然いない。なので、本場の主婦達なら今あるこの光景よりももっと荒々しいことになっていたかも知れない。

 あくまで仮説だが。



 あっという間に小さな群れは消滅した。

 無事に逃げ延びたのは、卓賭と泰成の二人のみ。


 出遅れた他の子供達は逃げることに失敗した。元から逃げる気なく、親元で戦い続けた子供もいたが、あえなく撃沈。

 しかし、母親達もたったの八人まで減っている。子供達を含めて十六人。


 そこまで減らしたのは小さな群れの者達の意地……ではなく、紛れもなく母親達そのものの自滅。

 荒れ狂う大波と化した攻撃が、同士討ちとなったのだ。どれだけ大暴れしているのだと言いたいが、仲間を上手に避けて、敵だけを攻撃する、などという芸当は、さすがに持ち合わせていなかったようだ。

 それほどの荒波。



 和頼は、裸の寒さと女性の残酷さに身震いしながら、補給エリアへと着いた。

「パパ寒くないの? なんで裸なの?」みよが尋ねる。

「寒い。何か着たい」二の腕を擦る和頼。

 それを見ていた星丘が、コース外から和頼が脱ぎ捨てたシャツを持ってきた。

「これ、着ますか?」

 星丘の台詞に何度も頷き、受け取ると急いで袖を通す。

 そして「上着は?」と星丘に尋ねる。すると「さっきまで会津さんが持っていましたけど」という。つまり今はない。


 一方透子は、補充エリアから離れた最前列で、和頼の脱ぎ捨てた上着を、大切に抱え、時に匂いなどを嗅ぎながらゲームの行方を観戦していた。


 ディスクを補充し急いでコースに戻る美輪家。走りながらワイシャツのボタンを留めにかかる。

 少し遅れて卓賭と泰成もディスクの補充に入った。


 少しはやり合える可能性も出て来たが、さすがに十六対七では怖い。卓賭と泰成が味方になれば話は変わるが、最終的に二人も仕留めなければならないことを考えれば、ここは手を組まず、美輪家だけでどうにかする方が、気が楽だと踏んだ。


 生き残っている群れの者達。

 外村(そとむら)(さく)()と母の(のぞみ)(あり)()無妓(むぎ)と母の(じゅ)()(いな)(いずみ)()()と母の雪乃。()(しお)環歩(かほ)と母の静佳(しずか)(その)(ひら)心音(ここね)と母の絆奈(はんな)(さい)(のう)()()と母の美智。益来果鈴と母の妙。束咲留寧と母の悦苗。計十六人。


 綺麗に親子で残っている。


 逆に親子で協力できず、カバーしきれなかった者達が、ディスクに当たってしまったのかも知れない。

 更に言えば、いくら同士討ちがあったといっても、母親が()を潰すことはない。

 たぶん他人の子にも色々なしがらみから気を使ったに違いない。つまり母親さえ残っていれば、(つい)になりやすい。


 お互いに様子を見ながら周回する。


 残りは……何周? 和頼は分かっている限りで計算する。

 ここは無理に戦わずに先に、ゴールを目指す方が得策かもしれない。しかし、はっきりとせず、周回数がぼやける。


「パパ、戦わないの?」

「ん~。レースだし、先にゴール目指そうかと思ってさ」

「なら、私とみよとまやかとなずほが行かないとダメだね」

 ゆりなの台詞に首を傾げた。が、何となくその意味に気付き出した。


 良治との戦いの最中にも子供達は一周回っている。母親達でさえ、補充エリア前まで先回りしていた。つまり、周回差がなかった状態だったなら、和頼が一番後方ということになる。


 悩む和頼。

 あれ? 待ってよ。もしかしてみよ達と自分とは何周差だ? 確か自分は七周目のはずと。

 一周差なら、子供達は八だけど……。


 必死に考えを巡らす和頼。

「まずいな。よく分からないぞ」

「どうしたのパパ。何が分からないの」

 和頼は周回数が分からないと告げた。すると。

「私達はあと二周半だよ。パパ達は相当遅れてるよ。ほら、何度もショートカットしてたでしょ。だからその分もプラスされて」

 なずほの台詞で、レースでの勝負は危ういと分かった。

 ショートカットした分の距離をプラス計算してまで、レースの勝算を導けない。



「それじゃ、ここは二手に分かれよう。みよとまやかとゆりなとなずほはレースで一着ゴールを目指して。れせともえみは俺と一緒に、敵を足止めして、四人の援護をしよう」

 和頼の作戦に頷く子供達。そして早速二手に分かれた。


 スピードを落とす和頼。またも反転して後ろを向く。

 れせともえみも真似して反転しようとするが、まったく上手く行かず、ブレーキがかかったりよろめいたりしていた。


「ムリ~。お家で練習しないと、出来ない」

 諦めて普通に走る。

 体をひねり、傘を開いて風向きで構える。後ろからは来る卓賭と泰成が見えた。


 卓賭と泰成はスピードを落とし、何度も後ろを振り返る。前には美輪家、後ろからは母親達の群れ。

 怖いのは、当然後ろの母達。自分達の父親を潰した者達だ。


 ようやく逃げ出した二人だったが、結果的に挟まれていて絶体絶命。

「どうする泰成?」

「やるなら後ろだな。お父様の仇をとらないとよ」

「だな」

 そういうと二人はブレーキをかけ、傘を開きディスクを構える。

 和頼はその姿を見て、まだ小さな子供なのに、やはり男の子は男の子なのだなと、自分勝手な論理を思う。が……。

 それでは今、迫りくる女の子達は何? とすぐに答えがひっくり返る。


 和頼は、反転して前を向くと、れせともえみに「うちもいくよ」と告げた。


「了解パパ」もえみが傘を固定し和頼に続く。

「全滅させちゃうよ」れせも続く。

 少しの距離を逆走する美輪家。


 和頼達の持ち球は九発。卓賭と泰成の六発を考えればそこそこいける。


 高波に挑むサーファーの様に、沖へとパドリングする。

「美輪家が来たわよ。皆、いい?」

 斎能美智の指示で、前列の母親達が一斉に傘を開き隙間なく壁を作る。

 突き出すように向けられた傘に怯える卓賭と泰成。


 高過ぎる波に怯える。この高波には乗れないと泣きそうな顔で振り返る二人。

 その顔が伝染して和頼も心が折れかかった。

 ターンして逃げ出したい。


「何してンのよ卓賭君。ビビッてるの? 怖いなら帰りな」れせが喝を入れる。

「ここで逃げたら終わりよ。大丈夫、私が援護してあげるよ。卓賭君と泰成君なら絶対出来るよ。もっと自分を信じて。二人なら必ず出来るから」

 もえみが優しく微笑む。


 怯えていた二人の顔が一瞬で変わる。男の子とはそういうトコがちょっとある。だから時に、女の子に簡単に乗せられて操られてしまう。


 どう見てもヤバイ壁に二人が挑む。

 和頼は責任を感じて、二人よりも早くディスクを二枚ほど放った。卓賭と泰成の間をすり抜け、一撃目が物凄い速度で傘へと突き刺さる。更にもう一撃は真上へと放った山なりの攻撃。

 影脇と向き合った時に放ったそれと同じだ。


 一撃目の衝撃に、傘を更に前傾に固めたそこへ、真上から飛来するワシが、外村望の頭部を鷲掴みした。

「あああ、うそっ」

「お母様、大丈夫?」

 中央に隙間が出来た。そこへ卓賭と泰成が突っ込んでいく。


 手に持つディスクを、トランプ遊びで配る当番の様に、サッサッと投げていく。凄く上手い攻撃だ。

 しかし完全防御態勢の母親達は、ギリギリの所でそれを防いだ。

 二人は囲まれた。そこへ母をやられた朔実が怒りを露に突っ込んでいく。



 渦のように、二人の周りがグルグルと回る。

 恐怖に呑み込まれ、沈んでいく泰成を、朔実のディスクが襲う。そこへ、もえみとれせが流れに乗って、回りながら入り込んだ。


 もえみの郵便配達投げが、朔実の体をヒットした。

 朔美は攻撃態勢のまま唖然とする。


「止まるな卓賭!」れせが呼び捨てする。

「お、オウ」目が覚めた様にもがき出す。

 れせの攻撃が苑平絆奈の足を捉えた。

「ママ~。むぅ~、もお。れせ。許さないよ」苑平心音が睨む。


 グルグルと回る渦でとんでもないバトルが始まってしまった。

 和頼は入りたくても入れない。

 れせともえみがどうやって侵入したのかさえ分からない。


 久々に飛ぶ大縄跳びのようで、タイミングが掴めないのだ。

 おまけに速度も合わない。子供達は、大人よりほんの少し速いことで、どうにか潜り込めたのかも知れない。


 和頼のディスクはラスト一枚。

 かと言って、ここで指を咥えている訳にもいかない。

 中ではれせともえみが戦っている。


 和頼は意を決し飛び込んだ。



 傘を使い乱れ飛ぶディスクを防ぐ。卓賭や泰成らの親がなぜ敗れたのか、そしてなぜ同士討ちが起きたのか、はっきりと分かった。

 先程バック運転で見ていたのと違い、今和頼は肌で感じている。

 ――ゴッチャゴチャのバッチバチだと。


 和頼を見つけた母親達は、半笑う能面の形相で猛攻撃を仕掛けてくる。

 夢でうなされそうな表情だ。

 隙を見せれば即死する。必死に戦う和頼の目が渦の流れに慣れてきた。

 ……なのに、たったの数周で、今度は目が回り世界が揺らぎ始めた。


 徐々に揺れ出す眼球に、もえみの危険が微かに映る。

 和頼は最後の一枚を放った。


 ディスクは間汐静佳の背中を切り裂くように弾けた。

 ギリギリでもえみを守れた和頼。しかしもう、視界が(にじ)む。ぼやける。

 限界だった。

 次の瞬間……。


「やったわ。美輪さんをゲットしたわよ」斎能美智が高笑う。

「パパ? パパ」

 もえみとれせが渦から飛び出し和頼を探す。渦潮がゆっくりと静まると、和頼と卓賭と泰成は頭をクラクラさせ、酔っぱらった様に、気持ち悪そうに胸を擦る。


 目の揺らぎは治まったようだが、ダウン寸前の青白い顔。

 もえみとれせの「大丈夫?」という問いに、必死に「平気」と頷くのが精一杯。


「れせともえみは、も、もう逃げなさい。あとは援護で、ね」和頼の最後の指示。

「はい」すぐさま逃げ出す、れせともえみ。

 その後を追う群れ。

 とはいえ外村望、朔実、苑平絆奈、間汐静佳、稲泉雪乃、莉緒の六人が減って、残すは十人。



 ついに和頼は落ちた。美輪家は子供達だけになったしまった。しかし。

 美輪家は本来、すべてのイベントを子供達だけでこなす。大人、それもその道の凄腕相手に、幾度も戦い抜いてきている。

 もちろん、策略で美輪家の子供をひいきすることもあるだろう、が、いざバトルの勝負どころとなれば、誰も手は抜かない。

 手を抜けば、遊び相手としても手を抜いたことになるからだ。


 そういう本気のバトルを、美輪家の子供達はこなしている。



「このまま行けば私達の勝ちね」ゆりなが周りを見渡す。

 みよとなずほも戦況を見る。まやかは敵の群れをじっと観察していた。


「ねぇ、由舞と留寧が変じゃない?」まやかがいう。

 環歩と果鈴に護衛されるようにして、由舞と留寧が、レースに切り替えている。その後方を残りの六人で横一列に広がり壁を作っていた。


 美輪家と交戦する気なら、もっとスピードを落として様子を見るなり、違う陣形で周回するはず。もっと言えばエスケープゾーンを使ってでも攻めてくるはず。


「ちょっと待って、これじゃ追い抜けないよ。こっちが勝ってるんだよね?」

 不安から、みよが確認を取る。


 分からない。

 和頼でさえ周回数のあやふやさに困っていた。しかし、子供達の危機管理能力やバトル中の感は抜群だ。

「れせ、もえみ、今すぐに由舞と留寧を潰して」まやかが叫ぶ。

「私らも向かうから。この先はみよとまやかだけで進んで」なずほがいう。


 ゆりなとなずほがエスケープゾーンへと入り、レースから完全に離脱した。

 すると――。


「残すところあと半周で、斎能由舞ちゃんと束咲留寧ちゃんはゴールとなります」

 会場にとんでもないアナウンスが流れた。


 美輪家の子供達はそのアナウンスにわが耳を疑い、互いの顔を見合す。

「うそでしょ。私らあと一周半もあるよ」みよがまやかを見る。

 由舞と留寧は距離にして百メートル。普通に行けば一分。みよとまやかは、残り三百メートル、約三分だ。もちろんバトルがなければだが。


 今は行くしかないと頷く二人。少し先には壁を作る六人がいる。

 有雅珠理と夢妓、苑平心音、益来妙、斎能美智、束咲悦苗。


 みよとまやかはエスケープゾーンには入らず、直接、待ち構える壁へと突っ込んでいく。子供は、無妓と心音だけ。


 マシンのステップに立ち上がり、傘とディスクを構えるまやかとみよ。

 先に仕掛けたのはまやかだ。ついでみよ。

 どうにかこの壁を突破する気なのだ。



 一方、由舞と留寧と、護衛の環歩と果鈴を、攻撃しに向かったもえみとゆりなとれせとなずほは、既に二枚のディスクを失って、なお交戦中だった。

 隙のない美輪家の子供に、学備学園の同級生として、まともにぶつかり合う。


 攻撃よりも圧倒的に防御が有利なこのゲームは、距離と人数が物を言う。そして後方からの攻撃や挟み撃ちなどの戦況が、勝敗を左右する。

 しかし、こういう状況下ではなかなか決着が着かない。

 ドッチボールで盾を持っているようなものだ。


 どうしても相手を仕留めるのなら、和頼と良治がそうしたように、くっ付くほどに接近して攻撃するしかない。


 人数的にも四対四のイーブン。


 すばしっこく動き回る子供達。それぞれがディスク一枚といった枚数だ。投げたくてもなかなか投げられない。必死に攻め続け仕留めようとする美輪家。その攻撃を耐え続ける子供達。

 だが、しっかりと行く手を塞いでいる意味では、美輪家が一枚上手だ。


 と――。

「お待たせ」

 みよとまやかが壁をぶち破って来た。あのどこにも隙なんてなさそう壁を、二人揃って突破してきたのだ。


「遅いよ。急いで」ゆりながヘトヘトになりながらいう。

 みよとまやかは魚の様にすり抜けていく。その途中、美輪家の子供同士が手と手をパチンと合わせて挨拶した。

 まるで「任せたよ!」と「任せといて!」と言い合うように。


 みよとまやかが通過してすぐ、壁になっていた者達の内、生き残った無妓と妙と美智と悦苗の四人が合流してきた。

 一気に流れが変わる。その隙をつき留寧が飛び出した。


 それ以上は抜かせないと踏んばるが、由舞は、エスケープゾーンへと飛び込み、少し距離が伸びても構わないと、突破を試みる。


「あっ、逃げられた。マズイよ」

 傘で防御しながらすかさず後を追う美輪家の子供達。しかし追いつけない。

 出来ることと言えば、逃げ行く留寧と由舞の背中に、残り一枚のディスクを命中させるほかない。


 必死に逃走する留寧。

 由舞は何処の出入り口からコースへ戻ろうか模索している。



 ゆりなとなずほがエスケープゾーンへと追いかけ、そこで攻撃を仕掛ける。

 焦る由舞を、どんどんと追い詰めていく。が、問題は由舞ではなく留寧の方だ。このままゴールラインを切れば美輪家は負ける。

 逆にヒットできれば、勝敗はひっくり返るであろう。


 最後の勝負は、れせともえみに託された。


「いくよもえみ」

「うん。同時? それとも時間差?」

 アイコンタクトで確認するれせともえみ。少し前をいく留寧の背中を、集中して見つめる。そして頷くと、二人はディスクを投げた。

 と同時に、留寧の母親、悦苗が叫んだ「来るわよ留寧」と。


 傘を背中にかざし、速度を一気に落とす留寧。

 その傘にあえなくディスクが弾かれてしまった。がっくりと肩を落とす美輪家の子供達。その反対に大喜びの母親達。


 速度を落とし、傘を背中に構えるなどあり得ない防御。普通なら、傘が風に持って行かれ、マシンや小さな体が、後ろへと引っ張られて、ヘタすればバランスを崩して反転する。

 とっさの行動としては、最高のパフォーマンスと言えた。


 止まって受ければ、その間に距離を縮められる恐れもある。放たれたのが二発ではなく一発で、更に接近されたのなら、逃げ切れなかったかも知れない。


 留寧がもし、母親の声に反応した後に振り返り、ディスクを目で確認しながら傘を構えたのであれば、二つの軌道でカーブするディスクを見つけられず、確実にヒットしていただろう。

 しかし、飛んでくるディスクも見ず、背中と決めて防御した発想は、なかなか本番では勇気がいることだ。目を瞑っているのと同じ。



 絶望感が流れる。

「まだよ」

 エスケープゾーンからショートカットしてゆりなが飛び出す。

 留寧の後方ではなく、前方に先回り。見た感じ、反則に近いショートカット。

 だがとりあえず、試合は止まらず流れている。


 ゴールラインまであと数十メートルといった所。


 みよとまやかは必死に回り続けている。なずほは由舞を仕留め最後のディスクを失った。


 物凄い気迫のゆりなに、傘を前方にかざしながら突っ込んでいく留寧。


 ちなみに傘を前方にかざしても、傘の角度や固定具合でブレーキがかかることはない。あくまで背中に回しての走行が、状況からいって不可能に近いというだけ。つまり傘の構えは、進行方向に対して正面、上、横の三通りで、風を流さなければならない。


 和頼と良治とのバトルの時、良治より和頼が疲労していたのは、後ろ向きで運転する気遣いもそうだが、傘を正面に構えることが一瞬しかできないハンデからだ。そういったあらゆる面でも、後方ろからのアタックは有利という訳だ。


 つまり、ここでの有利不利は……。


 どんどん距離が縮まる。ルール上、ぶつかる行為は当然、禁止となっている。

 お互いに避けて攻防しなければならない。


 先に壁などを作り相手を塞き止められるのは、そういうルールのおかげである。安全対策の隙間ということだ。


 だが今、ゆりなと留寧はお互いに止まる気はないようだ。そうなると、ゆりなは走りくる闘牛をかわして、ディスクを体に突き刺すことになる。

 留寧もまた、ディフェンダーのタックルをかわし、タッチダウンを狙うことに。

 お互いぶつかることは反則だ。


 適当に避けるのではなく、和頼と良治の様に、しっかりとフェイントやクイックで敵をやり過ごさなければならない。


 お互い、マシンをコントロールできる速度で挑む。


 レース展開からいって、相討ちならゆりなの勝ちだ。

 ここで止めさえすれば、みよとまやかが勝つ。



 ゆりなと留寧の距離およそ三メートル。二メートル。一メートル半。……。


「きゃぁ」

 一瞬の攻防だった。


 傘を放り投げた留寧のがら空きな体に、手首を巻き込み攻撃体勢に入ったゆりな目がけ、留寧が、隠し持っていたディスクを当てた。

 ――完敗だ。


 自分でも信じられないと驚く留寧。観客達もこの光景に静まっている。そして徐々に興奮が溢れてきて、歓声へと変わった。


 和頼は仕方ないと思っていた。

 何度も繰り返せるテレビゲームと違って、こういう生のライブで、とっさに繰り出す、一回きりの煌めきは、後々「もっとこうしておけば」とか「こうできた」とか「この方が良かった」などの意見とは別に、単純なことや選択ミスなどで勝敗が大きく変わるのだと。


 そして、また思う。子供同士の戦いは、お互いが本気になり過ぎるから、あまりさせたくないと。

 前にも何度か思ったが、今日また改めてそう感じていた。


 男の子ならつゆ知らず、なにも女の子同士でと。

 ちなみに男の子もいたけど……。




 ゴールし喜ぶ留寧がいきなり和頼の元へと走ってきた。そして誇らしげに何かを言いたそうにしている。だが、なぜか黙っている。

 和頼からの言葉を待っているようだ。


「凄かったね留寧ちゃん」

 そう声をかけると、満面の笑みで頷く留寧。

 ニコニコしながら和頼の前をうろうろとしている。


 そこへ美輪家の子供達が来て、更に留寧の母親が来た。

 更に群れの母親達も。



 和頼は「先にポイントの用紙を提出した方が……」と促すが、チェックしてくれている者がいるので平気だと流されてしまった。


「美輪さん、今日は楽しかったですわ。私達の勝ちで宜しいですわよね」

 和頼は少し首を傾げて「私達……ですか? 留寧ちゃんでは?」という。


 すると。


「あ、申していませんでしたけど、私達は、学備学園シングルマザー会の者です」

 シングルマザー会? そんな組織があるとは聞いていたが、と耳を傾ける和頼。

「今回、私達の要求は既に決まっていますのよ。ほほほっ」



 ワルツ和頼、程の酷い条件はないと思うが、それでも全身がピリピリと怯える。

「な、なんでしょう?」

 と、目の前にいた留寧がいう「私のパパになって下さい」と。

 和頼がビックリしている後ろで、美輪家の子供達も声を上げて驚いている。

 少し遅れて星丘やイベント会社の者達、そして会場へと波及していった。


「えっ、ちょっと、いきなりそんな……」しどろもどろの和頼。

 すると、シングルマザー会の母親達が留寧にいう。


「留寧ちゃん、それは違うでしょ。ほら、初めに『お』が付くのでしょ」と笑う。

「でもぅ。留寧は勝ったから」


 母親達が、皆のおかげで勝てたから、勝利権限は皆のものなのという。


 小学五年の子にこれ以上言っても仕方がないと、母親である束咲悦苗へと矛先が向いた。

 悦苗も留寧の活躍の大きさからいって、今更分け合うのは嫌だなという欲と裏切りの気持ちが九割だが、仕方なく欲張るのをやめた。



「美輪さん、親の私から言いますね。今回の勝利者としての約束ですが、美輪さんとシングルマザー会の何人かと、真剣なお見合いをしていただきたいの」

 とんでもない条件だと心臓がひっくり返る。


 お見合いなど絶対に嫌だと思う和頼。


 しかし、このイベントの開催に関しては、多額の参加費も支払わせている。

 どんな条件を出してもいいと、ワルツ和頼に戻ることさえ承諾していた身、いざ負けたら嫌だと駄々をこねる訳にはいかない。

 そんなことをすれば、美輪家の信用はゼロになるに違いない。これは、参加費という契約金が発生している。


「と、と、とりあえず分かりましたけど、ちょっと待って下さい」

 和頼の台詞に、約束は守る人なのねとホッとする母親達。

 しかし美輪家の子供達は納得いかないことこの上ない。大好きなパパが取られかねないワケだ。ありえない。


 和頼のとりあえず待ってという台詞通り、母親達はとりあえず待つと引き返していく。そしてこのイベントのポイント用紙などの確認や提出をしに行く。


 美輪家も撃破した人数などをチェックし提出する。そして、子供達を連れて一度控え室へと戻った。

 カメラのない所で子供達と話をしなければならない。






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