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御姉妹  作者: セキド ワク
16/24

十六話  開幕会議



 朝から和頼の携帯電話に連絡が入る。

「そう。で、梓さんはなんて? 二千か……。いや、充分だからそれ以上は無理させないように。足りない分はコンビニのパンでもおにぎりでもいいから用意して。ああそうね。それで。それじゃ後は宜しく」

 電話を切ると「どうかしましたか?」と透子が寄ってきた。

「今日のイベントはお弁当を用意して貰うことになっていたんだけど、お弁当屋の仕入れ先でトラブルがあったようでね」

 和頼の台詞にそうですかと親身に頷く。とそこに梓からの電話が入った。


「はい。あ、お久ぶりです梓さん。ええ、聞きました。それで充分ですよ。謝らないで下さい。こっちこそ無理言ってしまって。いやいや。少しでもお弁当屋のお役に立てたなら光栄です。うん。それじゃ、また何かあったら、はい。いつでも」

 急いではいるが、ニコニコとしている和頼。

 それを透子は不思議そうに見ている。

 電話の相手はそんなに親しい人なのかと凝視していた。


 和頼は久しぶりの梓との会話に懐かしさと嬉しさを味わっていた。



 透子が来て約一週間弱。クラッカーの脅威は去っていないが、どうにか駆除(くじょ)されない状態にまでは持ってこられた。

 子供達と和頼の連携で必死にクラッカーを制御し、透子が敵ではなく新たな住人だと教え込んでいる。


 どんなことでもあっという間に覚えるクラッカーだが、こればかりは、まったく覚えられない。今でもたまに透子がはしゃぐと唇をめくる。

 襲いはしないが嫌いなようだ。


 透子が余計なことをした時に、二度ほど死にかけた。一度目は、自分はロボットだと言い張り「ワタシハ、ロボットデス、ニンゲンデハゴザイマセン」と意味深なことを言い出し、クラッカーの逆鱗に触れたのだ。

 子供達がそんなの無理に決まっているジャンと、クラッカーを抱えて止めたが、その怒りは天を貫き大地を割る勢いで大変だった。

 透子は必死な子供達とは対照的にキョトンとしていた。目の前で、牙と牙を噛み合わせてカチカチしているのに、自分の死を想像できていないようだ。


 和頼は「あのね会津さん。クラッカーはたとえ相手がロボットでも壊すよ。つい最近、大事なお掃除ロボを粉々にしたくらいだから」と説明する。


 次のイベントでは、それをゲットする為に戦うのだからと。


 それを聞いた透子はなるほどと理解する。人じゃなくてもダメなのねと。

 しかし、同じくそれを聞いていたクラッカーは、掃除機の話を持ち出され静かになる。落ち込む。れせは、次のイベントでゲットする気だから落ち込まなかった。



 そして二度目は、梓が部屋に置いていった着物を着て「私は、生まれ変わった梓よ」と訳の分からないことを言い出し、クラッカーを騙す始末(しまつ)。その途端、数百万はした着物の袖に食らいつき、透子は床をツルツルと滑るように引きずられる。


 びっくりした顔のまま、透子はクラッカーに引きずり回された。


 犬がそんな攻撃をするとは思ってなかったらしく、恐怖で声も出ない。

 だが、和頼も子供達もクラッカーが手加減してか、着物に噛みついていることにひと安心する。普段、犬と遊び接している者は知っているが、犬は獲物をグイグイと引っ張り引きずるのだ。

 そして首を左右にブルブルと振り、引き千切る動作をする。

 引っ張りっこをすると必ずそうする。


 れせの「待て」の命令でピタリと止んだが、(とう)の透子は「死ぬの?」と質問してきた。それが可笑しくて、和頼は腹を抱えて笑っていた。

 けれど、梓が大切にしていた着物をビリビリにしてしまったことに、ゆりなが焦り出すと、なぜかクラッカーもビビリ始めた。ゆりなの声と表情が伝染したのだ。

 そして透子から千切れ離れた布から、(まぎ)れのない梓だけの匂いがしたのだろう。クラッカーの焦りが見て取れる。


 そこで和頼も――。

「あ~あ。これ、梓さんの着物だぞぅ。高いぞコレ。ヤバイぞお前」とクラッカーを責めたてた。普段の遊びなら褒められるが、嫌な雰囲気が漂う。

 クラッカーの耳としっぽが、勘弁して下さいと反省し、畑、掃除機に次いでまたもやってしまったと悲しそうに反省する。



 そんなことが、この一週間の間にあった。細かなことは他にもあったが、透子とクラッカーはギリギリの関係をどうにか保っていた。


 犬の専門家に言わせれば、まず、後から家に入ってきた透子が、いくら人間とはいえ、いきなりクラッカーの上に立つのはありえない。

 順位は美輪家で一番下でないといけない。かといって犬の下では、いつ怪我させられるかも分からない。そこが難しいところだ。


「パパ、今日って何か特別に必要なのあるの?」

「えっと~、分からない」

「パパぁ。衣装とかどうするの? 今日って恵ばぁ来ないンでしょ?」

「そうだね。衣装かぁ~、分かンないな」

「パパ~。分かんない」

「何が?」

 慌ただしく動く美輪家。何度か携帯電話で連絡を取り合う和頼。そして、時計を気にしながら美輪家が玄関を出た。

 駐車場にはいつもの車と、もう一台別の車が用意されていた。


「お早う御座います和頼さん。荷物の方は全部積み終わりました。宜しければ確認して貰えますか」銀錠が挨拶する。

「おはよう。確認? 大丈夫。もう出ないと。予選が終わるまでに着かないと」

 警備の者や運転手と挨拶を交わし、早速車へと乗り込む。


「え、透子さんこっちの車に乗るの? 後ろの車に乗ってよ」みよがいう。

「だって、向こうって、男の人しかいないし……あまり面識ないし」

 理由を付けて同じ車に乗り込もうとする透子だったが、さすがに子供達の許しが下りず、あえなく警備の者達の車に乗り込んだ。



 車が出発して約一時間。目的の場所へと着いた。

 いつも利用する総合体育館ではなく、少しサイズの大きな場所を用意した。


 広い駐車場には車やバイク、最寄り駅からの送迎バスなどが沢山駐車している。

 美輪家の車はその場所ではなく、地下駐車場へと入っていく。


「おはようございます」深く頭を下げる制服の者達。

 美輪家が車から下りると、星丘の警備会社の社員が数人集まってきた。その誰もが支店を任せている幹部達。今回のイベントには、警備会社、総勢八百人から選び抜いた百五十人を各ポイントに配備している。

 広さもそうだが、美輪家だけでなく、多くのセレブ達がゲストとして来るので、星丘が気を利かせたのだ。


「事件や事故は? そうか。引き続き頼むな」銀錠が現状確認をする。

 垣根と友居も、トランシーバーを使い指揮系統の確認をしていく。

 ――異常なし。


「和頼さん。荷物の方は急いで運びますので、先に向かって下さい。安全の方は、確認取れていますので」銀錠がお辞儀をする。

 和頼は子供達と共に星丘の後ろにつく。美輪家の後ろには透子と友居が歩く。

 タブレットに出した地図案内をなぞり、まずは控室へと向かう。そこで着替えを済ませ、今度は会場へと向かった。

 通路には警備会社の者が角々に立っていて、星丘や美輪家に深くお辞儀する。


「異常はなしです。はい」任務を遂行する警備員。


 会場前のロビーへ着くと、人で溢れ返っていた。それぞれ無料のドリンクバーを飲んでいたり、予選の結果がどうと大声で話している。

 そこへ美輪家の子供達が現れ、まるで映画スターでも見るように眺めてくる。


 サササと道が開き、その花道を抜け会場へ入ると、大勢の係の者達が予選試合を終えた後片付けをし、次の本戦の為の準備にかかっている。

 参加者や観客達が美輪家に気付くと、所々でさざなみが起こっていく。



「美輪さん、ごきげんよう。御嬢さん達もごきげんよう」

 学備学園の親達が群がってきた。

「ごきげんよう」美輪家の子供達も挨拶する。

 順々に挨拶を交わす。子供達同士も挨拶を交わした。


「どうですか皆さん。対決するにあたっての作戦などは立てられましたか?」

 和頼の台詞に「ええ」と頷く者と「は?」と戸惑う者とに分かれた。

 どうやら、策も練っていない者がいるようだ。このイベントが、どれほどの重要さか、この先のバトルの結果に何が待っているのか、その影響を、この期に及んで分かっていない者がいるらしい。


 ただの遊びではなかったはず。……美輪家以外は。

 今回、美輪家でさえ自動掃除機を取りに行くというささやかな目的はある。

 作戦がないのは頂けない。


 和頼も敵の作戦を探るべく、何気に質問する。

 そこから推測し予防線を張るつもりだ。


「美輪さん。今回は、悪いですけども、やはり美輪家を標的(ターゲット)にさせてもらいます。いくつか映像も見ましたが、圧倒的に強いですし、それに美輪家を倒して――」

 それぞれが似たような対策をいう。

 まったく策のない者達が、必死に聞き耳を立てていた。


「はははっ。そいつは面白いですね。残念ですが、今回、ウチを狙う者は即敗退しますよ。従来のイベントならそれもイイですが、皆さん、お忘れですか? 今回のバトル、それぞれのプライドや威信を賭けていたのでは? 誰かの裏切り一発で、即敗退ですよ。いいんですか? 皆さんの真の目的は、ライバルの排除、ではなかったのですか?」

 所詮、美輪家を倒した後で、振り出しに戻るような()(さく)では、意味ないと。


 和頼の台詞に皆がハッとする。そしてそうだったと周りのライバル達をみた。

 和頼はそれを見て、余裕な顔で更に続けた。

「ウチの目指す目的と、皆さんが望む物が同じなら潰し合いもイイですが、果たしてどうですかね。いざとなれば他者が横から足元をすくってきませんかね?」

 確かにと気が付く。あの列車でのいざこざ、そして株価など。

 この数日の安定で、つい気が緩んでいたと、互いの顔を見合う。


 話の成り行きで一番強いであろう美輪家と行き着いたが、果たして本当にそれでいいのかと迷い出す。

 それを和頼は見定める。


 和頼は内心焦っていた。これは紛れもなくハッタリだった。徒党を組まれて責められれば、美輪家はひとたまりもない。美輪家こそ無作戦の遊び気分だったのだ。

 自動掃除機が取れればいいや的な軽いノリで来たが、速攻で潰されるところであった。危ないと心の汗を拭う和頼。


「先ほどの質問に『は?』なんてとぼけていた方もいましたが、本当はもう、一般の参加者に話つけて、何かしらの契約結んでいるンじゃないのですか? 陰で」

 その台詞に皆が周りを疑う。

「そ、そんな裏取引きみたいなことしていいのですか?」

「もちろん。ただ、口約束じゃ皆、すぐ裏切りますよ。しっかりと好条件で契約書を交わさないと、その契約書は裏切りなしですから」


 それらが、予選を勝ち抜いた者達を探すように、キョロキョロと見だす。

 そして――。

「あの、ちょっと急用を思い出しまして……、また後で、挨拶にきますので」


 一人抜け、二人抜け、徐々にその場を離れる。残っている者達も焦る。

「私も、お腹が痛くなってきて」

「嘘つけ。喜多河さん、アンタも取引にいくのでしょう。我々の約束は、どうする気ですか? 一緒に美輪家を落としてパーティーを共同でって……」


「すまん仲込さん。それでは美輪さんが言うように、すぐ出し抜かれそうで」

 その場を走り去る喜多河。

 その後を追い「ずるいですよ、裏切るのですか?」と走る仲込。


 それを機に、残っていた者達が一斉に散っていく。


 和頼はひとまず、安心した。これでターゲットが子供から別の者へと向かうと。

 本当のライバル同士で潰し合ってもらわないと、美輪家の子供達が自動掃除機をゲットできない。まして集中攻撃などもってのほか。


 子供達も少し不安そうにしていた。

 それは思ったよりラジコンヘリの操作が難しくて、自信が持てないのだ。

 家で練習した時、墜落したり、壁に激突したり、おまけに、クラッカーにも飛びつかれたりと何台も壊した。


 その結果、第一バトルは捨てる結論に達した。

 そんな調子の中で、的にされたらシャレにもならない。



 皆が散ったそこに、見るからにド派手な女性が三人歩いてきた。

 どんどん近づいてくる。

「ワルツ君。久しぶりね。私のこと覚えているでしょ? 加納(かのう)(あき)()よ」

「加納さんはそんなに面識ないでしょ? ワルツ君、私のことは、分かるわよね。女優の立花(たちばな)(こう)よ。もちろん知っているわよね」

「アタシ、(もも)()、桃重小百合。分かるぅよね? 元先輩なンだから」


 知らない。誰だ。


 和頼はキツイ香水に鼻をやられ、厚化粧に目を圧迫される。身震いするようなオーラをねじ込んでくる。

 和頼は思う。なぜこんな得体の知れない(やから)がこのイベントに潜り込めたのかと。イベントを管理している井辺を視界に探す。


「ワルツ和頼君。私達に挨拶は?」

「あ、ど、どうも。美輪です」

 一方的に話すそれらの話から推測するに、三人は、和頼が、元世話になっていた所属事務所の女優達らしい。そしてドラマに映画に活躍する現役の大女優だった。


 話し続ける女優達の後ろから井辺が走ってきた。そして小声で耳打ちする。

「すみません。シャットアウトできませんでした。今回、セレブの方々が多数参加するにあたって、権力者達が強引にねじ込んできまして。それでもほとんどの方はいつも通り断れたのですが、一部の者達が――」

 井辺の耳打ちに周りを確認する和頼。

 確かに、学備学園の親達を通せば、その繋がりから、芋ズル式にくっついてくるのも頷けると。


 和頼は自分の読みの甘さに少し反省する。

 危険はないようだが、イベントなどのコントロールが利かなくなる恐れも。


 一般の参加者に関しては普段より厳重で、身元のしっかりとした会員などが殆どだと告げてきた。

 しかし、電化製品を扱う大手メーカーが多数乗り込んで来ているという。

 やはり、自動掃除機がネックになっているようだ。



 偉そうに話続ける大女優達三人に、みよが食って掛かる。

「あの、誰かは知らないけど、なんでウチのパパに馴れ馴れしく話てるの?」

 子供達も皆、大女優の態度にはご立腹だ。

 自分の尊敬するパパが、さも下っ端のような扱いをされてムカついているのだ。これもまた、子供によくある感情だ。


「お嬢ちゃん達は知らないのね。お父さんはね、昔、ウチの事務所に所属してて、後輩なの。つまり、私達はパパの姉貴分なのよね。分かる?」

「関係ないジャン。辞めたンだったら」みよが拒絶する。


「それはないわ。いくら辞めたって縁は切れないのよ。知り合いだもの。ワルツ君だって私達のことそう思っているでしょ?」

 急に話しかけられた和頼が、井辺から女優達へと意識を向ける。

「え、ナンですか? ちょっと聞いてなくて、スミマセン」

 謝る和頼に三人が説明する。その横で子供達が何とも言えぬ表情で見守る。


「ああ、そういう話。それよりウチの娘達に……」

 和頼が眉をしかめ何かを言おうとした時、そこへ誰かが入ってきた。


「加納さん、立花さん、桃重さんもその辺で。謝られた方がいいですよ。美輪家のお嬢さんにそんな口利いては、ただで済みませんよ」

 ビシッとスーツを着込んだ、二十代くらいの男と、その横にスキンヘッドの男が立っていた。

「あら、確か~本郷さんところの……。参加なされたのね」女優がいう。

「ええ、ちょっと美輪さんと話がしたくて」



 本郷(ほんごう)(きみ)()。数々の大手企業グループをまとめ持つ本郷(ほんごう)壮源(そうげん)の孫。何代も続く由緒ある富豪家だ。

 年齢は三十八歳。和頼の二つ歳下で独身。


 和頼同様、君弥は若く見える。


「いやぁ、このイベントに潜り込むのには苦労しました。でも、こうして美輪さんに直にお会いできて光栄です。私は本郷壮源の孫で、君弥と申します」

 丁寧な自己紹介の後、横に居るスキンヘッドの男を紹介してきた。

「美輪さんは当然ご存知ですよね。今は私の警護をしてくれている九条です」


「お久しぶりです美輪様。お嬢様方。それと星丘さん」

「九条もどうしても挨拶がしたいと言っていましてね」君弥が微笑む。


 深々と頭を下げるその男。名は九条(くじょう)(さだ)(まる)

 九条は元々、星丘の警備会社にいた者。銀錠のすぐ下を担う優秀な人材であった。当時、色々な訳があって、本郷壮源と和頼との間で密約が交わされ、九条はヘッドハンティングという形で引き抜かれた。

 そして本郷の後援(バックアップ)の元、星丘よりも巨大な警備会社のトップとして君臨する。


 子供達も懐かしそうに九条を見る。九条も子供達一人一人に笑顔で微笑む。


「今日来たのは、何でもこのイベントで勝利すると、美輪家とお近づきになれるという条件が付いていると聞いたもので。美輪さんとうちのお爺様とは何度か面識があるみたいですが、ウチの父や私とは一切繋がりがないので……。今日はお近づきになれたらと思いまして。お爺様からは『美輪さんは本当に凄い方だ』と常々聞いております」

 そんなことはないですよと照れ笑う和頼。

 君弥はお世辞ではなく、と褒める。


 そして本題へと入っていく。



「実は、一つお聞きしたいことがありまして。その、美輪家で欲しがっている自動掃除機のことなのですが。それって何か深い拘りでもおありなのですか?」

「あ、それ。それ……」――特にない。しっかりと答えるほどの理由は……ない。

 あるとすれば、壊れた物と同じのが欲しいという理由、物自体の魅力ではない。


 和頼が説明に困っていると、君弥が続く。

「ウチの新製品で、まだ未発表の物がありまして、ぜひそれを使って頂きたくて、今日は五十台ほど、景品としてお持ちしました。いや、勝手にと思われるのは承知です。何でもお爺様は美輪さんに借りがあるとかで、少しでもお返しができたらと申していまして」

 価格は未定だが、一台が七万としても三百五十万円。新車一台分はある。


 和頼がなおも困っていると子供達が聞く。

「前のお掃除君とどっちが凄いの?」と。

「それは、断然ウチのだよ。性能がね、超凄いの。それに動きが可愛いよ」

 魅力ある言葉に子供達の心が一気に動く。


 とそこへ大女優達が割り込んできた。

「本郷さん? あなたねぇ、人が話している所を横から割り込んで、そのまま話し続けるっていうのはないんじゃない。私を誰だと思っているの? 女優よ」

「そぅね。アタシ的にはないのよ、そぉゆオトコ。わかるぅ?」


 美輪家との会話を邪魔するその台詞に、君弥の目が鋭く睨む。

 和頼に負けず劣らず鋭い目だ。

 しかし、女優達も、映画で培った貫禄を一気に放出する。そのあまりのオーラに和頼まで少しビックリした。


「なにその目? お坊ちゃんなら横入りしてよろしいの?」ドスの利いた声。

「横入り? そいつは違うだろ。私はあなた達が、美輪家の御嬢さんにひどい口をきいたから、やめときなさいと注意して、逆に助けてあげたのでしょうが。正直、あのままならおたくらただじゃ済まなかったよ」少しドギマギする君弥。

 まるで女王とでも対峙している気になる。当然、女王でなく女優なのだが。


「ワルツ君はね、ウチの事務所に所属していたのよ。つまり私達は、れっきとした先輩でしょう、違う? それともそういう礼儀は関係ないワケ? それに今、あの事務所の社長は私なの。それでね、よくよくワルツ君のこと調べたらちゃんと辞めた訳ではないようなの。つまりね、まだウチのタレントということにもなるのよ」

 和頼は焦って首を振る。自分はしっかりと辞めたと。


 辞表も提出したし、きちんと話し合いもして受理されたと。

 それに、契約期間は二年ずつで、とっくに切れているはずだと、そう説明する。


「それは表向きな話でしょ? 裏は? 大体、前の社長との話は関係ないの。今は私が取り仕切っているワケね。だから、私と話してくれないと」

 筋が通っていない。狂っている。論理がない。自己中にも程がある。


 しかし和頼は、そういう強引な理屈を聞いて思い出す。そう言えばよく白が黒に変わったり、先輩ごとに言ってることが違って、どっちの言うことを聞いても転んでも駄目、という蟻地獄を味わったと。

 そんな世界だったと。



「はっきりしときますが、きちんと手続きして辞めていますよ」

「タレントってね、売り出す為にお金がいっぱいかかるの。だからね、そう簡単に辞めてもらっては困るのよ。そこでなんだけど、私達と一緒に旅番組に出ない? あと――」


「ネッ、おばさん。ちょっと有名だからっていい加減にしてよね。今の完全に恐喝でしょ? あなた捕まるわよ。この会話、ネットに流れてるわよ」透子が吠えた。

 女優達は辺りをキョロキョロし、この場所を映しているカメラを見つけた。


「ちょっと、何勝手に撮影しているの。そこ、事務所通しなさいよ」

 パニックを起こす大女優。元からデタラメな態度と言動だが、更に慌てる。

 しかし、すぐに落ち着く。そしてまた怒り出す。精神が不安定な者の様。


「それより、あなた。誰? アタシらに向かっておばさん? アタシねぇ、禁煙とか禁酒とかするオトコと、ガキのくせに一人前ぶる女? みたいな、そういう態度のガキが一番気に入らないの。そぅゆぅのに限って台詞も覚えられないし、棒読みの大根なの」

 何が? と疑問符が浮かぶ和頼と君弥。しかし、透子と子供達は怒る。


「誰が大根なの。私は出汁巻き卵よ。いや、ミルフィーユなンだから」

 ゆりなが吠えた。

 普段黙っているゆりなが吠えたことにビックリする和頼だが、それにも増して、またも和頼と君弥に疑問符が浮かぶ。

 出汁巻き卵とミルフィーユの意味が分からない。


「いやねぇ。お嬢ちゃん達に言ってないわよ。そこの小粒まんじゅうに言ったの」

「小粒。酷い。人を見た目でそうやって。このシワシワの劣化トマト。オバサンが調子に乗って女優気取りで……、もう、女優が偉いワケ?」透子が噛みつく。

「あなたが先に『おばさん』って言ったのよ。随分とふざけた子ね。もう一度言うわ、あなたみたいな小娘に、生意気な口を利かれる由縁はないわ」

 立花紅が凛とする。


 まるでドラマのワンシーンの様だが、こんなドラマはない。筋書きもない。

 そう見えるのは、目の前に居るのが紛れもない大女優だからだ。


「由縁も何も、私は美輪家の新たな住人ですから、家族が悪く言われているのに、それをほっておくなんてできないのよ」

 満面の笑みで、言ってやったと誇らしげな透子。

 しかし、和頼も子供達も『家族』という言葉に巨大な疑問符が付く。

 トイレが流れず逆流してきた時ほどのインパクトだ。


 と同時に、この様子を直に見ている者や、ネット画面で確認している者達が透子の発言にどよめく。新たな住人? と。

 和頼も子供達も会場を見回す。今更違うとも言えない。実際に、住んでいるのはそうだし、細かく釈明をする時間など今はない。


 女優達もあまりのことに「ヘェ~、で?」と返すのみ。一気に対話が止まった。


 その一瞬の合間をぬって――。

「ちょっと。もう、充分でしょ? こっちは美輪さんと大事な話があるので、これ以上邪魔するのであれば、私もそれなりに考えがありますよ」

 君弥が狂気を覗かせる。

「別に、それで構いませんけど本郷さん? 私はあなたに恐れなどないわ。あなたこそあまり私達をなめていると後悔しますわよ」

 一歩も引かぬ女優達。

 だが、本郷家が束ねる企業グループは膨大(ぼうだい)だ。本気で怒らせればシャレで済む話ではなくなる。それこそペッタンコに潰され消えるであろう。


「後悔? 俺が? ふざけろよ。誰に口利いてんだ? いい加減にしときな」

 君弥の目が本気だ。と、それを和頼が止めるように、首をゆっくりと横に振る。

「あらあら怒っちゃって、みっともない。横入りしたのを棚に上げて。これだからお坊ちゃんは嫌いよ。世間を知らないから。一つ言っておくわね。女は怖いわよ。女優の世界がどれほど卑劣で汚いか分かる? そんな世界で、何年トップで来たと思ってるの。少しは考えてみなさい」

 坊やになめられるような存在じゃないわと、圧倒的なオーラでいう。その貫禄は、出る(くい)をポシェットで百叩きするかのようだ。


 女同士の()(れつ)な争いや駆け引きがどれ程凄いかは、男には到底想像もつかない。更に女優界となればシャレにならないだろう。そこでの勝者はそれこそ女帝。

 女優界に君臨する三人から、半端ではない怖さを感じる。


 ただ、ここがもし個室だったなら、三人もここまで絡んではないかも知れない。もちろん推測だが。

 この大勢の観客の前では、女優として一歩も引かない気もする。



「一度しか言わないからよく聞けよ。美輪家との会話をこれ以上邪魔するなら覚悟しろよ」

 君弥が完全にキレている。この女優達が次に反論すればもう終わりだ。

 和頼はそこに居る誰よりもそれが分かっている。

 君弥のことは知らなくとも、祖父である壮源のことは嫌というほど知っている。これ以上エスカレートすれば……間違いなくチェックメイトだ。



 和頼がどうしようかと思いを巡らすその刹那に、子供達が九条へと声をかけた。

「ねぇ。アレやって。クラゲダンス。ねぇ、久しぶりに見たい」

 まやかのいきなりの頼みに九条が困惑している。

「ここで? ですか。ちょっとそれは……その」

「お願い。あっ、そうだ。それじゃ、九条さんがソレ見せてくれたら、自動掃除機をパパに頼んで取り換えてもいいよぉ」


「ちょっとぉ~まやか。なんでそんなこと勝手に決めてんのよぅ」もえみがいう。

「だってぇ、久しぶりに見たいでしょアレ。もえみは見たくないの? それに取り換えた方が性能良いンでしょ? 一石二鳥だよ。知らないの?」

「知ってるよ」

 子供達がどうするか相談する。そして、悩んでいる和頼にいう。


「ねぇパパ。掃除機君さ、別に新作のやつでもいいよ。ただね、九条さんのクラゲダンスと交換条件でだけど。パパもそれが良いと思うでしょ?」

 クラゲダンス? 和頼は色々なことが同時に起きて、頭の整理が追いつかない。それにクラゲダンスを知らない。


 と――。

「今の話ホント? お嬢ちゃん達、九条がクラゲのダンスっていうのを踊ったら、自動掃除機をウチの使ってくれるの? 本当ぉ」

 君弥がびっくりして喜ぶ。そして、九条に「やってぇ。ソレ、お願い。やってえぇ」と懇願し甘える。

 九条は恥ずかしそうに悩む。


 ただ、これを断ることはできそうにない。雇い主の君弥の期待も裏切り、美輪家の子供達の願いも断るなどありえない。

 だが、この場所で踊る勇気もなかなかでない。かといって、場所を移した所で、人が付いて来たりカメラで撮れていれば結果同じこと。

 逆に場所を移動した方が男らしくない。

 ――悩む九条。


「分かりました。お嬢様と君弥さんの頼みじゃ……断れませんね。美輪様、踊っても宜しいですか?」

「いいけど、いいの?」和頼は、娘がわがままを言って申し訳なく思っている。


 九条は意を決し踊り始めた。子供達がクラゲと呼ぶそのダンスを。

 子供達がキャッキャとはしゃぎ真似て踊る。

 その踊りは、いわゆるベリーダンスだ。


 黒いスーツにスキンヘッド、日の光などの下でも警護に支障がでないようにと、イエローのサングラスをかけている。そんな強面の男がセクシーに揺れる。

 男性的なアレンジはあるが、クラゲというより海藻ダンスのよう。



 とそこにまたも何者かが現れた。紳士服を着込み駆け込んでくる。

 その勢いに反応して、星丘と九条が飛び出し式の警棒を抜いた。

 一瞬で二人を押さえ込み、更に群がる者達に警戒する。二人では対応できない。和頼はその様子を見ている。


 警棒は叩くのではなく、腕を絡め取る為に使っていた。警備のプロになると打撃だけでなく様々な用途に使えるのだ。



「痛い。ちょっと何ですかいきなり。痛いですよ。止めて下さい」

 星丘と九条に押さえつけられた者達が、内ポケットから何かを取り出そうとしている。それを固め止める二人。


「ちょっ、……と。名刺、出させて下さい」

 苦痛に歪むそれら。星丘は和頼の指示を待つ。九条も君弥の顔を見る。

 和頼も君弥も様子を見て頷いた。


 ようやく解放されたそれらが、胸元から名刺を取り出した。

 その後に続き、周りに群がる者達も次々に名刺を取り出す。


「初めまして、私はこういう者です」

 名刺には大手メーカーの名と課の主任的な地位が書かれている。

 ただ、名刺というのは大抵が高い地位の肩書きになっているものだ。色々な名刺を貰う和頼は何となくだがそう思っている。

 なので名刺で重要になるのは、社名と社長や専務クラスかどうかだ。


 一通り目を通した和頼は、肩書とは別に、それらが全て下っ端だと判断する。

 隣にいる本郷君弥に比べれば話にならない。



 用件は全て自動掃除機の件のようだ。和頼は、このイベントに営業で紛れ込んだそれらに不快を感じつつ、イベントを仕切る井辺を見る。

 その目に焦る井辺も必死に言い訳をする。

「すみません。どうしても学備学園からの流れで。今回、学備学園の色々な方が、相当に参加をされていまして」井辺が(かしこ)まる。


 何度も何度も同じ言い訳になる。だがそれが原因で要因なのだ。


 すると和頼は、顎に指を置き何やら考え深げにしている。そして問う。

「井辺さん? 大量に参加って言いましたが、もしかしてですけど、参加費の総額に大きな変動があったのでは? いくらぐらいになってますか?」

 和頼が心配そうに問うと、井辺が耳打ちした。その瞬間、和頼の表情が変わる。


 十億? 冗談だろと無言で井辺を見る。井辺はすまなそうに頷く。


「私も今朝方知りまして。申し訳ございません。まだ、はっきりとした状況は……分かっていなくて。増える参加者達の対応に追われてまして」

「本当にその額なの?」和頼が腕組みする。


 すぐにルール内の金額設定を変更するから、書類を持ってくるようにと、井辺に指示を出す。井辺は携帯電話で社員達に至急書類を持って来いと通達した。


 この会場に入って、たったの八分ほどでこの慌ただしさ。


 一億円のばら撒きのはずが、いきなり十倍。一般参加者でなく、学備学園関係者や企業などの参加者が百を上回った証拠。一千万円支払っての参加だ。


 井辺はいう。今朝の状態と、今現在の集計金額が、果たして十億で収まっているのか分からないので至急調べますと。


 とんでもない規模になってしまった。

 その額をすべてばら撒くわけにはいかない。法律が許さない。

 和頼は自分の弁護士や経理や税理士などに連絡を入れ対応を頼む。


 そして、イベント会社は何をしていたんだと苛立つが、学備学園経由で侵入したという言葉に抑える。


 ただ、この苛立ちはお金関係ではなく、子供達の安全がいとも簡単に(おびや)かされたことへの、(いきどお)り。




 この慌ただしさは何故と苦しみながら、頭の中で計算を始めた。金額を低く設定し直し、集め過ぎた参加費の扱い方を専門家に任せる。

 和頼は、とりあえず出来ることだけは決めていく。


「パパ。どうかしたの?」

「ん? 何でもないよ。ちょっと予定の変更があってね」

 子供達の質問に答えながら、頭の中でそろばんを弾く。


 しつこく話かけてくる、名刺を渡してきた者達をあしらいながら更に計算する。


 と、そこに、イベント会社の社員が走ってきた。

「はい。書類の方をお持ちしました」

 和頼はそれを受け取ると、早速、修正していく。何度も頷きながら、計算や桁の間違いがないか確認する。念の為に漢字でも記入していく。


「よし、とりあえずはこれでいくか」納得のいく処理が出来たようだ。

「あの~美輪さん。私、あの、私のこと覚えていますか?」

 書類を持ってきた女性が突然話しかけてきた。和頼は記入した書類を手渡すと、その顔を覗き込む。


「あ、あ~。あの時の」

 品川の駅前で井辺の名刺を渡した娘だった。


「その節はお世話になりました。今、凄く楽しくて。本当に、どんな感謝をしたらいいか」

「いや、こらちこそ。おかげで子供達も、ヨーグルト美味しく頂いたから。お互い様かな」


 前にあった時とは少し雰囲気が違う。コンビニのアルバイト店員時とは違い、スーツ姿に明るい髪とお化粧。

 仕事によって女性は、こんなにも変わるのかと驚く和頼。



「あの、それで、ですけど。恩返しができたらと思いまして、これ、企画書なんですけど、見てもらえますか?」

 それはそういうと、脇に抱えた封筒から別の書類を手渡してきた。

 そこにはファッションショーと書かれていた。

「ファッションショー? あぁ、ウチのデザイン会社のね。う~ん」

 考え込む和頼。


 そう言えば何度か恵に、発表会的なものはしないのかと言われていたが、結局、会社を設立後、一度も開いたことがなかった。

 和頼は受け取った書類を眺めながら、この企画書が良い物であったら一度くらいはいいかなと思った。


「それじゃ、この書類は貰っておくね。近いうちに、井辺さんを通して連絡入れるから、ウチの会社まで訪ねて来てくれるかな?」

「はい。宜しくお願いします」深々と頭を下げる女性。

 初めて企画を通した的な笑顔で喜んでいる。目には感情が溢れてか涙が浮かぶ。その光景を井辺がびっくりして見ていた。




「井辺さん。詳しいことは書類に書き込んだので、それを見て、イベントを進めて下さい。数字の間違えなどないように、何重にもチェックして下さいね。注意事項に絶対に越えてはいけない額も記入したので、桁ズレは命取りですよ」

 了解しましたと足早に去っていく。


 それを見計らって君弥がもう一度話しかけてきた。しかし、周りの者達も邪魔に入る。更に女優達も紛れ込む。


 星丘と九条は美輪家の子供達の完全ガードをする。


「皆さん。もし言いたいことがあるのであれば、今日のイベントで、一番になって下さい。ここでのルールはそれだけですから。それ以外はなしです」

 和頼は女優達にも同じように告げる。それ以外は一切認めないと。


「それじゃ、私たちが勝ち残ったらウチの事務所に所属してくれるの?」

「考えましょう。それがルールですから」和頼は笑う。

「もし、ウチが勝ち残ったら、ウチとも仕事の商談などして貰えるのですか?」

「しましょう。それがルールですから」

 そこに居る皆があまりの答えに燃え上がる。和頼もまた全身が熱くなっていた。悪夢から目覚めた朝の様にジワンジワンと体が(うず)く。


 ――怖い。とんでもないことになってしまったと焦っている。


 自動掃除機を一台手に入れるかどうかの話が、いつの間にか変な方へと転がる。

 学備学園の親達なら、仕事の商談というよりは、パーティーなどの招待であり、末永く仲良くしましょうというニュアンスだが。

 女優達などは、和頼にもう一度ワルツ和頼に戻れと難題を突き付けている。

 ありえない。



 皆がその場を散っていく。

 全身に炎を宿し、自社へと再確認の電話をしている。

 企業はどこも、この様子をすでにネットで知っているだろうから、ここに居る、メーカーの代表者も今更逃げられないし、このことを隠すこともできない。


 ただひたすら、このチャンスをものにすべく、命がけで来るに違いない。

 それぞれが負けられない理由を持っている。


 勝てば即幾らと計算できる利益が降る。

 つまり、この先のゲームでは、皆、全身全霊を懸けてくる。






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