一話 落がき
「産みの親より育ての親って言いますからね」
あ? 面倒臭い。
和頼は右の目尻を微かに細め、相手には伝わらない程度に鼻から冷息を吐く。顔見知りでなければ感情のまま喚き散らしたいと。
完膚なきまで論破し、苛立ちを晴らしたい衝動を仕方なしにぐっと堪え、頭の中だけで反論する。
なおも話し続ける相手を置き去りに、和頼は普通の顔を演じながらも、脳内では抑え込んだ悪魔を開放していた。
独りで歪んだ思考を巡らす。ただの偏見で毛嫌いともいえるが、大嫌いな施設や児童相談所、そして里親など胡散臭い全てを完全否定していく。
誰かに何かを分かって貰おうとは思わない。なぜなら、他人が思う道徳と和頼の中にある考え方が根本的に違うからだ。どうせ誰も共感などしない。
和頼は、世の中で苦しんでいる本当の被害者を知っている。世間からは悪い親だ、悪い子だと蔑まれるような、そんな事件や事故を起こしてしまわざるおえない悲劇を。その原因が社会や周りの人にあることも分かっている。
そして、本当の加害者も知っている。
かといって、どうしようもない親や子もいる。そんな者達を庇う気はない。
残酷な人生にも何択かある。どうしようもない運命のモノか、人の悪意によってのものか。自業自得か。
他にも様々な事柄が沢山ある。それこそ言い尽くせないほどに。
元々、不平等な量りの中で、いくら相手に自分の不幸を伝えても、いくら何かを分かって貰おうと思っても、他人に分かる訳はない。
誰かの作った間違えた常識。民意と言う名の非常識。そんなものどうだっていいのに。本当は他人なんてどうだっていいのに。
社会のシステムや人の悪意によって物差しが歪められ、理不尽な虐めや蔑みが行われるのが世の中。
心許せる相手なんていない。全てが自分を傷つける敵。それが真実。
友達が欲しくても、仕事がしたくても、夢さえ見られない世界で、いつか幸せにと神に祈るが、家族にさえ裏切られる。
何が真実なのかが元からねじ曲がっているのだから、いつしかキレてしまう。
飽きた戯れ言さ。
世の中には色んな名言があるが、本質を捉えた言葉は一つもない。腹の足しにもタメにもならない。なぜなら、役に立たない戯れ言だからだ。
せめて笑わせて欲しいものだ。
和頼は頭の中で怒りを消化していく。妄想と仮想の敵を酷い暴言で倒す。
実際の世界では一言も文句は言わず、大人として、人として受け流す。若気の至りはない。四十歳にして平穏なことのありがたみは解かれている。
一般的な常識でいえば、完全に間違えた意見を巡らす和頼。そして、周りで好き放題言う者達に、心の中で「黙れ」と連呼しつつ、その場所を後にした。
和頼自身、自分が狂っているのはとっくに分かっている。しかし、その間違えた考えを止めるつもりはない。自分が信じた幸せが崩れた時から。
世の中の方がバグっているのだと知り、和頼は、残された自分の命が尽きるその時まで、履き違えた自由を求めた。