第八話 芽吹きと煽動
そこには異様な光景が広がっていた。辺りは一面白い濃い霧に覆われ、森は白以外の色は無い。そのはずなのにそこには一面の紅海が広がっていた。
「これは一体…」
「霧…やろか、ここにこないなもん起こりますやろか?」
「え?」
「白夜の森はその名の通り夜がないことからそう呼ばれていますが、北の寒い地域に見られる自然現象のものとは違い、この森に棲まうニュンフェー達が護っている精霊樹の中枢部にある巨大な花石によって作り出されたものなのです。なのでニュンフェーたちの作り出した幻覚の霧以外の霧が発生するだなんてあり得るはずがない…!」
あぁ、確かに風は冷たかったが白夜が見られる地域ほど寒いわけではない。十分秋服ほどの軽装でも十分なぐらいだ。
「これは幻覚の霧じゃないの?ほら、今そのニンフたちが暴走してるなら普段よりも強いものが出来てたり…」
「それは可能性としてはあるかもだけどこれは幻覚じゃない」
「なんで?」
「ニュンフェーの幻覚は作り出したニュンフェーよりも強い人には意味がないんだよ」
「あぁそれで。でもそんなことより今はこの炎をなんとかしないと!燃え広がったらもっと被害が拡大するぞ!!」
「え?」
「はい?」
「なにをいうてはりますのん、元帥様」
「え?ほら、これお前らには見えねぇのかよ!!」
「炎ってどれのことだ…?」
「何ってこれ……って、なんだこれ、ガラス…?いや、違う、これは鏡!?なんでこんなところに鏡が!?でもあの炎は…?くそ!一体どうなってるんだ!!」
「さっきから何言ってるのユウ、鏡なんてどこにもないよ」
「いや、あるぞ。ここに」
本当に見えてないのか…?じゃあなんで……
「じゃあなんでみんなはこの森を見てそんなに動揺したんだ?」
「なにって…、え?う、うわあああああ」
「ウル!?」
「うう」
「くっ」
「おい、みんな!?どうしちまったんだよ!」
俺がそう尋ねると団員は皆顔を見合わせ、直後一斉に頭を抱えうずくまってしまった。
「あ、あたまが…いたい……われる…いたい、いたいよ」
「ウル!!他のみんなも」
な、これなんだよ、どうすればいいんだよ。俺に何ができるっていうんだ。
____…れ……がみを割れ……鏡を割れ………
どこからともなく声が聞こえた。どこか聞いたことのある安心する声だ。
この声は一体…。
「かがみ…」
俺は吸い寄せられるようにして鏡に近づく。なぜだか今は謎の声の通りに、一刻も早くこの鏡を割らないといけない気がしてたまらない。
「ユウ…グレア……?」
でも割るといっても一体何で?
近くにこれを割れそうなものは見当たらない。
くっ、一体どうしろっていうんだよ!やっぱただの凡人である俺にできることなんてないんだ…!
____イメージしろ
今度は先程よりも強く、そしてはっきりと聞こえた。
イメージってこれを壊す?鏡を壊すならでっかいハンマーとかか?よくゲームとかに出てきそうなやつ。
声に従うままによくゲームなどで見かける大槌を想像する。
そう言えばこないだやってたゲームにでかくてかっけえハンマーが出てきてたなぁ~……ってそんなこと考えてる場合か俺!!
非常時にも関わらずそんな呑気なことを考えてしまっていると左手が急に光りだした。正確には左手の中から光が溢れ出てきた、というべきあろうか。するとその光は見る見るうちに形を変えていき……
「これは……さっきイメージしたハンマー!?なんで急に!?」
そこには先程想像していた大槌そのものがあった。
…でも、これなら!!
「オラァッッッ!!!」
そこに大きく立ちふさがる鏡に向かって両手で構えたその大槌を大きく薙ぎ払った。
すると、大槌で叩いたところから大きくヒビが入り、けたたましい音と共に鏡の壁が崩れ落ちていく。
これでいいのか…?
「みんなは…!?」
頭を抱え苦しんでいたみんなの方を振り返る。
「く……」
「うう」
「う~」
まだ頭を押さえてはいるものの先程まで痛みはどうやら少しは和らいだようだ。
「大丈夫か!?」
「ええ。…しかしこれはまた……」
頭を押さえながらクリスが言う。俺の後ろに広がる炎の海に気が付いたのだろうか、それとも鏡の存在に気が付いたのだろうか。あるいはその二つか、彼は綺麗に整った顔を苦虫を噛み潰したように歪ませた。
「なんであんなに霧なんかに取り乱したんだろう……、そんなのより火事の方が大変なのに……」
「アイツの仕業ネ」
「え?」
「こんなことが出来るのはアイツだけダヨ!!」
肩をわなわなと震わせながら震えた声で燐明が叫ぶ。まだ六日しか共に過ごしていないがこんな燐明を見るのは初めてだった。
食と戦闘以外基本無表情な彼女がここまで感情をあらわにするなんて……
「ええ、こんな所に『鏡』があるだなんてユウにも聞いてませんし…」
「『鏡』?俺?」
「ええ、この世界にはいくつかの鏡がある地点にそれぞれ存在しているのですが、その鏡は『何かしらの強い思い』を持った人にしか見ることが出来ないとユウグレアやその他の学者たちは言っていました」
「それは何か見えるのか?」
「ユウグレアが言うにはもう一つの、こことは全く別の世界がある、と」
「別の世界…」
「元帥様は、そちらの世界のことをそのまま『鏡の世界』てゆうてはりましたよ」
「鏡…」
「ですがこれは『それ』ではない。明らかに誰かが意図的に創り上げたものです。そしてそれが出来るのは…」
「そうやね…、こないなことをできるんはあの人しかおらへんよ、あのお方なら……」
「本当に、なんで急にまた……」
「む~……」
「あの人って……」
きっとそれはたぶん、
「“I”ですよ」
やっぱり。
分かってはいた、だがここに来る前にも話題が上がってはいたがみんな半信半疑だった。本当にアイツがいるはずなんてないと、そういう意味を込めて喋っていたのかもしれない。しかしそれがここにきて確かなものとなってしまった。信じたくはないが、認めざるを得なかった。
俺とウル以外、昔の『八つの大罪』を知っている団員たちは皆顔をしかめたり悔しそうに唇を噛んでいる。
「でもなんで」
「なんで『我々が何故霧なんかにあそこまで狼狽えたのか?』ですか?それとも『何故ここにきて急に“I”が出てきたのか?』ですか?……まぁきっとその両方ですかね」
クリスはそう言いながらゆっくりと立ち上がる。
「平気か?」
「ええ、すみません。ご心配おかけしました」
「いや、よかった」
本当に良かった、一時はどうなるかと思った…。これが出てきて助かった。
「って重!?なに、こ…れ……ぐ、ぐぐぅ」
意識しだしたからか、急に今まで感じていなかった重みを感じた。
よく俺これ振れたな……。
見た目通り大槌はとても重くとても一人じゃ持ち上げられないほどだった。
「え、なんだ。記憶が戻ったんじゃないの?」
「え?」
ウルからの突然の考えもしていなかった質問に面食らう。
「どうやら違うみたいだな……」
「てっきり戻ったんかと思ってはりましたが違ったんやね」
「…それは貴方の能力で生み出されたものなのですよ」
「俺の、能力で?」
聞こえてきた声に従っただけなんだが、これは本当に俺の能力なのだろか?
「ええ、元帥様の能力は夢を創ることなんよ」
「夢を創る?」
「うん、他にも夢世界を創ったり、夢で見たものや夢を実体化出来たりしたよね」
「そんなことが…」
チートかよ…、そんな凄いことが『ユウグレア』さんには出来たのか。この体は『彼』のものだから俺にも出来たのか?じゃああの声は一体…?
「戻っていなくても体は覚えていたんでしょうね。それより先程の質問ですが『前者』は“I”の能力でしょうね」
「“I”の?」
「ええ、彼の能力は我々も詳しくは知りませんが“虚”」
「“虚”…」
「恐らくこの鏡が我々が炎に気が付かなかった原因でしょうね。何度か見たことがありますがこれは様々な効果があるようで一つはある一定のものを見えないようにすること。どちらか一方から覗き込んでも何も見えないようになることなどその効果は本当に様々でしたね」
鏡なのにどちらか一方…?マジックミラーみたいなもんか?
「見えなく?なんだか僕たちが写ってるわけじゃないし鏡っていうよりガラスみたいだね」
「そうですね、“虚”を映し出すようなのでガラスのように感じるかもしれませんね」
なるほど、それでか。
「ふ~ん…、でも霧は?」
「それも彼の能力です、ニュンフェーたちのものと似たようなものですが明らかに彼らのものと違う点があります」
「違う点?」
「“過剰に反応させる”ということと“一度霧に呑まれたら自力では幻覚から抜け出せない”ということだ…」
「だからみんなはあんなに霧に対して反応していたんだな」
「ええ、情けないところを見せてしもうたなぁ…」
「それに加えてこの鏡で“虚”も見せられていた可能性もありますしね」
「でもなんで僕たちに効いたの?そんなにその“I”は強いの?」
確かにウルの話じゃ幻覚は自分より強い相手には効かないはずだ。そうなると団員達俺以外効いていたということは“I”は彼らより強いことになる。その可能性に思わず身震いする。
「悔しいガ、今まで一度もアイツには勝てたことがないネ…!」
その言葉にクリス、こより、グライス、ヴィヴィの四人は静かに、そしてとても悔しそうに頷く。
「そんな…」
「……私たちが知る彼の実力はユウグレア、貴方に次ぐものでした」
「今度こそ会ったら絶対ブッ殺ス!!」
り、燐明さん…怖いです。
燐明の言葉に思わずすくんでしまったがそれよりもクリスの言葉に驚きが隠せないでいた。
今の俺はそんな力なんてないのに大丈夫か…?
「大丈夫です。我々もこの七年間で散々貴方にしごかれていたんです、忘れてしまってはいると思いますが実力は元帥様が保証しているんですから大丈夫ですよ」
俺の考えを見透かしたのかクリスが言う。その言葉に心がすっと軽くなったような気がする。
そうだよな、今の俺にはこんな凄い人たちがついてるんだ。きっと大丈夫だよな。
「ああ」
「それにしても『後者』だが…、嫌な予感がするな」
「ええ、はようここを片付けまひょう」
「ええ、そうですね。何事もなければいいのですが。ウル、まずはこの炎をお願いできますか?」
「え、ああ、うん」
そう言うとウルは背中に背負っていた大きなペンを取り出す。それは王冠を被った海蛇が巻き付いたウルよりも大きな万年筆だった。ウルが何やら呪文のようなものを唱え始めるとウルの足元から彼を中心として渦巻くように水が溢れ出してきた。
「え!?わ!水!?」
ウルはその水をペン先で掬い上げると先程とは違う呪文を唱えながら見たことのない文字を宙に書き始めた。すると水色の淡い光を放っているその文字が一層強く光り、それは見る見るうちに文字の先から水でできた巨大な龍に変わっていった。
「龍…!?」
「これはウルの能力の一つです。彼は水を操ることが出来、またあの万年筆を使うことで能力をより強固なものにしているのです。あのように文字から具現化することだって可能なのですよ」
「へぇ、なんだかめっちゃ強そうだな」
「なんですその感想は」
「いや、ちょっと驚きすぎて言葉が」
なんなんだ一体。この人たちはチート過ぎないか?これが世界トップの実力ってやつなのか?
「まぁいいでしょう、見ていなさい」
「あいつの術は凄いぞ」
皆に促されウルを見やると、そこには七匹の水龍を従え静かに宙に浮く彼がいた。とても俺の半分も生きていない幼い子供には見えない。
「行け」
静かに放ったウルのその一言を合図に一斉に七匹の巨大な水龍が森に向かって駆けだした。水龍が紅く染まった森を駆け抜けると、炎は見る見るうちに消えていった。
「す、ごい…」
あんなに燃え盛っていた炎が一瞬によって消え去ってしまった。
「ニュンフェーはんたちもまだいはるかも知れへんからなぁ?手荒な真似は出来まへんもの。流石やね、ウルはん」
そうか、そうだ。まだ森の中には逃げ遅れた生き物たちがいるかもしれないんだ。ウルなら森に直接水をぶっかけることもできたのに、それをしなかったのは極力森を傷付けないようにする為だったんだな。
優しいな、俺は素直にそう思った。それと同時にこんな幼い子がそのようなことをサラッと行ってしまうことに鳥肌が立った。
世界トップの実力は伊達じゃないってことか。
「ほら、炎も無事鎮火できたし急がなきゃなんじゃないの?」
「そうでした、早く先を急ぎましょう」
「絶対にアイツをひっ捕らえて息の根を止めてやるネ!!」
……だから怖いって燐明さん。
「ああ、行こう!!」
そうだ、今こんなところで考え事にふけっている場合じゃない。あいつが、Iがいるとしたならば早くしなければ。
俺はそんな焦燥に駆られていた。




