第二話 予感と七つの罪
…俺は今何故か見知らぬオールバックにシルバーの眼鏡、黒いスーツをビシッと決め、腰には容姿とは全く不釣り合いと言っていい日本刀を携えた背が高く、左目の下にある泣きぼくろが印象的な男性に正座をさせられて説教を受けている。周りには年齢や性別、服装の系統や髪や目の色の全く違う六人が俺たちを囲うように立っており、彼らは助けてくれる様子など微塵もなく、俺に『また怒られてる』とでも言いたげな呆れたような顔をして見下ろしている。視線がかなり痛い。正直かなりここから逃げ出したい。
それにしてもなぜこのような逃げ出したい状況になったかというと遡ること数十分前……
目が覚めるとそこは見慣れた自宅のリビングではなく、どこかの森のようだった。ここは森の奥の方なのだろうか、辺りは木々に囲まれ、どこかで小鳥の囀りの様なものが聞こえる。木々の間から差し込んでくる温かな木漏れ日が今は昼時だと教えてくれる。
「またか…」
それにしてもここは一体どこなのだろうか。温かさを感じているということはどうやらまたも夢に『入り込んでしまった』ようだ。日が落ちれば、この森のように深い森で行動するのには危険性が増す。『夢』で起きた事が必ずしも『夢』のままで終わるとは限らない。できれば考えたくはないことだが、『夢』の中で命を落としてしまった時、現実の自分がどうなるのかはわからないのだ。今までの経験上、『見た夢』では自分に危害が及んでも当然ながら“見ただけ”なので現実世界の自分に特に変化はなかった。しかし、『入った夢』ではそのような経験はない。だからこそ、毎回『入った夢』では細心の注意を払っているのだ。
しばらくあたりを散策していると急に開けた場所に出た。
……なんだろうこの既視感は。物凄く嫌な予感がする。
俺がそう思った刹那、けたたましい音と共に“何か”が近づいてきた。
ですよねー、この流れは絶っっっ対こうなりますよね~。
「ってドラゴン!?デカっ!?!?」
昨日の夢から予想外なものが出てくるのかなとか思っていた自分が甘かった。想像以上の『予想外』が出てきてしまった。
いやある程度は想像できたけど!?ドラゴンを見るのも一度や二度じゃないけど!?!?でもまさか『会う』とは思わないじゃんか!
黄緑色をしたそれが吠えるとそれなりに距離があるはずなのに、肌がびりびりと痺れるように痛い。
うわやべぇ、これはまずい。どうかこのまま見つからずに済みますように!
「あ」
そんな俺の願いも空しく、ばっちりとそいつと目が合ってしまった。
いやぁ、俺のフラグ建築技術と回収能力はやっぱり天才的だな!!まさか2秒で回収するとは思わなかったよ!世界記録更新じゃないか?ギネス級だぞ!
「って感心してる場合じゃないだろ俺!!」
あれ?もしかして今の声に出てた??それやばくない?詰んだ?
慌てて口をふさいだ時にはすでにもう遅く、俺の人生はそこであっけなく終わってしまった。
……というわけでもなく、そのドラゴンは俺を一瞥するとどこか違う場所を振り向いた。
「…セーフ」
胸をなでおろしながら、ドラゴンが向いた方に目をやると小さな黒い影がそこにあった。
「あれは……女の子!?」
俺と同い年かそれより下ぐらいだろうか、その子はドラゴンと共に吹っ飛んできたからか地面に倒れこんでいた。ドラゴンは影をとらえると、そこに一直線に飛び込んでいった。
「危ない!!」
俺は考えるより先に飛び出していた。この距離なら俺の方が少女に近い。しかし、ドラゴンの速さは想像以上のものだった。
間に合うはずない。
そう思いながらも必死に手を伸ばした。無我夢中であまり良く覚えていない。だが確かなのは、俺がその少女に触れることができたということだ。
そう間に合ったのだ。
しかし間に合ったのは少女に触れるということだけ。ものすごい勢いで襲い掛かってくるドラゴンになす術などなかった。
やられる…!
そう思い、少女を抱きかかえながら強く目を瞑ったとき聞きなれない音がすぐ傍で聞こえた。何かを斬る音とそれが燃えているのだろうか、熱い風が頬を撫であげる。そして、悶え苦しむような咆哮が耳を劈く。
「うるさ…って、生きてる……?」
恐る恐る目を開けてみると、そこには先程のドラゴンだったものの欠片が紫の焔を纏いながら塵へと姿を変えていた。
「げ、元帥様……?」
呆気にとられていると腕の中から声が聞こえた。その声のする方を見ると、少女がひどく驚き戸惑ったような顔をしてそこにいた。
「うわぁぁぁ!!ごめん!」
「え?あ、いえ…。あの、元帥様?」
「ちが!別に下心とかは一切なくてですね!?いやほんと不可抗力と言いますか無我夢中だったと言いますか!!見知らぬ男に急に抱きしめられるとか本当に気持ち悪いですよね、本当にごめんなさい!でもせめて命だけは!?」
あんなドラゴンが出てきたんだ。この『夢』の人がどんな力を持っているかもわからない。もしかしたらこの女の子もとんでもない人なんじゃ…?とりあえず謝るに越したことはない!プライドなんかより命の方が大切だからな、うん!!……情けなくて泣けてくるな。
「あの!元帥様!!うちは大丈夫どすから」
「そ、そっか。ならよかった…。って、え?元帥様??」
「ユウグレア!!貴方って人はまた…!」
「うおっ!なんだ?」
俺が少女の言葉に首をかしげていると後方から怒鳴り声が聞こえてきた。スーツに日本刀という何とも不思議な格好をした男性が靴をカツカツと音を鳴らすようにしてこちらに歩いてきた。
「!…クリス」
「こより、ご無事でしたか」
「はい、お蔭で助かりました。おおきに」
「いえ、仲間として当然のことをしたまでです。無事でよかった。まあ、貴方に限ってやられるだなんてことはないとは思いますが。そんなことより…」
どうやら俺が庇おうとした少女はこよりというらしい。巫女を思わせるような袴のような短めのスカートをした着物のような装いのその子にとてもぴったりな名前だ。などと納得しているとクリスと呼ばれた男性がこちらを睨むようにして振り向いた。
「ひっ!?」
「ユウグレア!貴方は全く、一人で先走るなとあれほど…!いいからそこに座る!」
「へ?俺??」
「貴方以外に他に誰がいるというのですか、ほらちゃんと正座する!」
「痛っ!ちょ、いくら鞘だからってそれで足叩くなよ!…ください!!」
日本刀の鞘で容赦なく足をたたきつけるそいつに文句の一つでも言ってやろうかと思ったが鋭い目に睨みつけられ押し黙るほかなかった。
言われた通り正座をすると、とてつもなく長そうなお説教が始まり…
そして今に至る。
謎の説教が始まって数分すると、後から追ってきたのだろう。彼らの仲間らしき人たちが合流した。なぜだ。なぜ俺は見知らぬ人たちに囲まれながら、見知らぬ人から説教を受けなければならないんだ。非常に度し難い。
「……レア、…グレア。ちょっと、ちゃんと聞いているんですかユウグレア!!大体、貴方は皆をまとめる軍の長、元帥であるという自覚が足りないのです」
「ちょっと待って!」
「なんです?」
俺が反論すると、クリスと呼ばれていた男は怪訝そうにこちらを睨む。しかしここで臆している場合ではない。知らない誰かと勘違いされたまま、面倒ごとにでも巻き込まれたらたまったもんじゃない。
「さっきから言ってる、元帥って何です?大体俺は『ユウグレア』なんかじゃない。誰かと勘違いしてるんじゃないですか?」
俺がそういうと、辺りは静寂に包まれた。皆、茫然とこちらを見やる。そして、堪えきれないとでもいうようにみんなして腹を抱えて笑い始めた。
「ちょっと、ユウ。いくらなんでもそれは無理があるって」
「ソウネ。お腹が痛いヨ」
7~9歳ぐらいの肌も髪も雪のように真っ白で、紅い瞳をした男の子と俺と同い年ぐらいのチャイナ服のようなものを着た赤髪金眼で両サイドにお団子をした不思議な喋り方をする女の子が笑いを必死に堪えるようにして言う。女の子は現代の日本社会ではまず見ない、目尻などにも紅を塗っている化粧がとても印象的だ。
「ちが!本当に人違いなんだって!!俺はただの平凡な学生で元帥とかいうお偉いさんじゃないし、俺の名前は『ユウグレア』じゃなくて『夢』だ!」
「はぁ、全く。ふざけるのも大概になさい、『ユウ』」
先程まで口をぽかんと開けていたクリスがはっとしたようにこちらに圧を掛けるようにして睨みながら言う。『ユウ』と呼ばれ、つい反応してしまいそうになったが彼が呼んでいるのは俺ではなく別の『ユウ』なのだ。
「っ、本当に違うんですって!俺はあなたたちが言っている『ユウ』さんじゃない!」
そういうとクリスは盛大に溜息をついた。次の瞬間、背筋が凍りついた。クリスから尋常じゃない何かが溢れ出ていた。
___これは殺気だ。
俺は瞬間的にそれを察した。
「貴方は少々お仕置きが必要なようですね」
そう言うが早いか、彼は俺に向かって真剣を振り下ろした。紫の焔を纏ったそれが一直線に俺に向かってくる。
___死ぬ……!
それになす術もない俺は咄嗟に目を閉じた。
……て、あれ?痛く…ない??
恐る恐る目を開けてみると、灰色のマントを羽織ったクリスよりも背の高い大柄な男性が、俺を庇うようにして刃を交えていた。
「……グライス、何故邪魔をするのです」
「…一旦落ち着け、クリス。お前ももうわかってるだろう」
グライスという男に言われ、クリスは渋々といった様子で刃を鞘に収めた。
「た、たすかった…」
「はぁ、それにしても何故反撃してこなかったのですか?いや、出来るはずもなかった、の間違いか。…こより」
俺がビクビクしながら様子を伺っていると、クリスは呆れた顔でぶつぶつと独り言のように喋っているかのように質問をしてきた。いや、本当に独り言だったのかもしれない。俺がどう答えるべきか、いやそもそも本当に俺に向けての質問だったのかどうか図りかねていると、
「はいな」
と答えたこよりが何やら横笛のようなものを懐から取り出し、吹き始めた。とても暖かく心地の良い音色が辺り一面を包んだ。どこか切なく情熱的なその音色は、出会ったばかりで何も知らないはずなのになぜかこより自身を表しているように感じた。
「驚いた、本当に貴方は違うようですね。いや、忘れているだけなんでしょうが」
クリスが心底驚いたというように言った。
忘れているだけ、とは一体どういうことなんだろう?
「どういうこと?」
「意味が分からないダヨ。また、ユウの単なるおふざけネ?」
俺の心を代弁するかのように先程のふたりが不思議そうにクリスに聞く。
そうそう!どういうことなんだ?忘れただけっていうけど、俺本当に何も知らないんだけどなぁ。ただの勘違いのはずなのにこれはなんだか面倒ごとに巻き込まれそうな予感…?
そこにいる皆が固唾を吞んでクリスの次の言葉を待っていると、俺も予想だにしなかった答えが返ってきた。
「恐らくユウグレアは記憶喪失なのでしょう。こよりの音色にも反応しなかったのが何よりの証拠です」
「音色?」
「こよりは音楽の天才です。『音』を創り出し、操ることができます。こよりには今、『貴方が最も反応し、強制的に力を出させる音色』を奏でていただきました」
「あーなるほど、いつものアレか。いつもと『音』が違うから気が付かなかった。そっか、普段のユウならいくらユウでも抵抗できず、力を出すはずなのにそれがなかった。そんなことがあり得るのって、ユウが力を失ってしまったか力のことを忘れてしまったかのどちらか。ユウの今までの様子からするに、僕たちのことは覚えていないようだし『忘れた』って可能性の方が高いってことだね」
「そういうことになりますね」
そんなことできるのか…。
「うふふ、ついにユウもお人形たち(な)のなかまいり……?」
「縁起でもないことを言わないでください、ヴィヴィ」
…今なんか金髪紫眼のくまだかロバだかわからない変なぬいぐるみを抱えた女の子に何か恐ろしいことを言われた気がしたぞ……?てか、さっきからずっと気になってるんだけどなんであの子ずっと浮いてるんだ?なんか改めて変なとこに『入っちゃった』かな…。いや、かなっていうより確実に『入った』よね、うん。非常に嫌な予感。
「ユウ。…いえ、貴方は何処まで覚えているのですか?」
クリスの真剣な眼差しに射抜かれ言葉に詰まる。
やばい。これは早速当たって欲しくない予感が当たりそうな上選択を間違えればさっきみたく速攻デットエンドに、なんてことにもなりかねない。ここは慎重に答えねば…。マジでほんと四面楚歌って感じだわ…、項羽もこんな気持ちだったのかな、帰りたい。
今日古典の授業でやった内容が頭をよぎり、そんなことを考えているとクリスから催促が入った。俺はこんなところで死んでなんかいられない。というか夢の中で死ぬなんてどんなだよ…。あの戦争が得意な項王にすらできなかったことを俺にできるわけがない、実際なんて答えるのが正解なのかなんてわからないし完全に詰んだかなこれ。
ええい!ここは一か八かだ!!
俺は半分自棄になりつつ正直に答えることにした。
「どこまで、って言われると…。なにも、覚えてないかな?」
「何も、ね。貴方の喋り口調が普段とあまりにも違うのも多重人格でも出てきたのかとも思いましたが、何も覚えていないのではある程度口調が変わるのにも納得ですね。では、質問を変えましょう。貴方はご自分がどのような職についていて、どのような人物だったか知っていますか?」
どうやらここにいる人たちは俺が、自分たちの良く知った人で一時的に記憶を失っているのだと思っているようだ。もし、本当のことを言えば邪魔者として消されるかもしれない。それはまずい。俺はとりあえず彼らに話を合わせることにした。
どうかこれが“正解”でありますように…!
「覚えてないです」
「覚えていないですか…、では私たちやこの世界のことも?」
「…すみません」
「そうですか」
クリスは息を吐き出すようにそういうと、一度皆と顔を見合わせ再びこちらに向き直った。流石に、よく知った人が自分たちを忘れてしまった、というのはなかなかに辛い。俺も叶や廉が、と考えると胸が辛い。罪悪感を抱えながら次の言葉を待っていると意外な答えが返ってきた。
「まぁ、いいでしょう。よくあることですし」
「へ?」
「これは一度目や二度目じゃありませんからね。よく貴方は無茶をして記憶を失くされているんですよ。だからあれほど無茶はやめろと…。まぁ、今のあなたに言っても無駄ですが」
何やってるんだよ俺……、いや俺じゃないけど。
「ほんと、そろそろ懲りて勘弁してほしいよね。いつもどれぐらい忘れてるとかもまばらだから戻すまでが面倒だし」
「本当ダヨ。全く、毎回毎回教えるこっちの身にもなってほしいネ」
「まぁまぁ、おふたりさん。元帥様もなんも悪気があってなられてるわけではおまへんのそやし」
自分のことじゃないのにこよりの言葉が身に染みる。
「悪気があってやられたらたまったもんじゃありませんからね。とりあえず、説明しますと私たちは貴方の仲間であり、貴方は私たちの長です」
「俺が長…?」
俺じゃないけど。ユウグレアって人凄いんだな、なんて感心しているとクリスがどんどん説明していく。
「この世界は『花と魔法の世界』であり、『花』が魔力の源となります。そして、私たちはその世界の最も栄えている都の王国軍に所属しています。王国軍の中でも独立した特殊軍隊、史上最凶の七人の罪悪人のみで構成された『七つの大罪』にね」
「罪悪人!?」
「ええ、しかし罪悪人といっても皆が特殊な事情を抱えていて不本意ながらも『罪悪人』としての烙印を押されてしまった者たちですけどね。ここにいる者は皆、神に選ばれ、そしてあなたにより集められた者たちなのですよ」
「俺が…」
「ええ、世の中の者たちは私たちのことを『七つ(ラゲ)の(ナ)大罪』と呼びます。貴方はその『ラゲナリア』の長、元帥なのです」
「ユウガオ…」
Lagenariaは、ラテン語のlagenos(フラスコ、瓶)からきた学名でひょうたんとユウガオを指す。そして、ユウガオの花言葉は…
「おや、それは覚えているのですか。そう、ユウガオの花言葉は『罪』です。私たちにピッタリでしょう?」
「『花』を背負う…」
そう考えるとなんだかゾッとした。先程クリスは、この世界は『花と魔法』の世界であり、『花』は魔力の源だと言っていた。そんな魔力を持った『花』を背負うということは一体どういうことなんだろうか。
にしてもめちゃくちゃファンタジーだな…、大丈夫かな俺。
「うふふ、とってもすてきなことでしょう…?わたしたちはとくべつ。みんなひとつずつもってる(、、、、)んだよ?」
ヴィヴィと呼ばれていた少女が器用に宙を泳ぎながら、恍惚とした表情で手に抱えているぬいぐるみを愛撫しながら言った。
「ひとつずつ…?」
「こら、ヴィヴィ。順を追って説明しないとダメでしょう。はぁ、まぁいい。貴方、自分のものは背中にありますから見えないでしょう。私のものを見なさい」
クリスはそういうと右腕のスーツを巻き上げ、それを俺に見せてきた。そこにはなんと、石が埋め込まれていた。石の中には本物の花と動物の彫刻のようなものが、よく見る琥珀に中にある葉や虫のようにそこにいた。まるで、その動物が花を大事そうに抱きかかえ守っているようだった。
「これは…狼と、芍薬?」
「ええ、私は『憤怒の罪』を背負っています。『七つの大罪』は各々自分の体の一部に花石という石が埋め込まれています。まぁ、魔法石…って言っても分かりませんか、これが私たちの魔力の根源そのもの…と言ったところでしょうか。そのお蔭で我々は人よりも強い力を持っているのです。いや、正確には自分たちの力を120%思う存分発揮できるための武器というところでしょうか。引き出してくれる、という方がより正確かもしれません。これは皆が平等に持っているものではないのですよ。一般人は花石を体に埋め込もうとすると力に耐えきれず体が破裂してしまいますからね」
へぇ、花石って随分と凄いものなんだな。……って今さらっと恐ろしいこと言わなかったか!?
「それで特別…」
「そういえば自己紹介もまだだし、ついでに言っちゃえば?」
「そうですね、ではウル。貴方からどうぞ」
「ええ、僕から~?」
「言い出しっぺの法則というものですよ。ほら早く」
「まぁ別にいいけど。僕はウル。花石は蛇と黄色のバラ。背負わされてるのは『嫉妬の罪』」
棘のある言い方でぶっきらぼうにそう言った雪のように真っ白な少年は右目を見せるように髪をかき上げ、その目を隠している眼帯を持ち上げた。
瞳が花石になっているのか…、義眼みたいなもんなのかな?
先程は隠れていて見えなかった右目の花石の蒼と左目の紅が白いその少年の肌によく映えている。綺麗だ。自然とそう零れてしまいそうなほど。
男が男に言ったら気持ち悪いだけだしそんなこと絶対言わないけど。
「うちはこよりいいはります。花石は蠍と白のジャスミンのものを頂いてはります。右の脇腹に埋まってはりますんよ。罪は『色欲の罪』どす~」
先程助けようとした少女がはにかみながら言う。
た、確かに着物?の帯なのかあれ?それの間からキラキラするものが見えなくも…って変態かよ俺!!
あぁ~、にしても美少女の京都弁はいいなぁ~、可愛すぎる。服装からして和な感じがしてたからまさかとは思ったけどやっぱりそうなのかな?あ、いやでもそもそもこの世界に日本なんてあるのか…?詳しくは知らないからあれだけど言葉遣いにも少し違和感がなくもないし…?
まぁ、いっか。可愛いし。
「燐明」
「……?」
「……………………」
…ってそれだけ!?他の人より随分とあっさりしてるな……。というかなんかさっきからずっと食べてる?
「こら、燐明。ちゃんと自己紹介なさい」
…モグモグモグモグ
不思議な喋り方をした中国系の女の子は食べるのに夢中になっているようでクリスの言葉などまるで聞いていない。
「はぁ、全く…。彼女は燐明。『暴食の罪』の持ち主で、花石は豚とルピナス、左の太腿にあります。彼女は物凄い健啖家なので食事中の返事は求めない方がいいですね」
それってほぼいつもなんじゃ…。
「見た目は幼いですがこれでも貴方よりは全然年上なのでそこら辺はちゃんと弁えてくださいね。あぁそれと、彼女はプロの殺し屋なので下手な真似をして消されないでくださいね、貴方には消えてもらっては困るので」
え!?俺より年上!?嘘だろ!?てっきり同い年かと思ってた…。
…ん?ちょっと待て、今クリスの奴なんて言った?プロの殺し屋なんてマジもんじゃんか!そんな大事なことさらっと言わないでよ!え、それって大丈夫なのか!?
……モグモグモグモグモグモグモグ。
と、とりあえずは大丈夫そう…?か?…燐明さんって呼ぶべきか。
「…グライスだ。花石は針鼠とグロキシニア。見づらいとは思うが一応ちゃんとここにある。『強欲の罪』を背負っている」
あっ、さっきの…。
先程クリスの攻撃から守ってくれた40~50代ぐらいの男性が深くかぶったマントのフードの奥に隠れている花石を見やすいように、フードをずらしながら教えてくれた。灰色のマントに身を包み、亡霊のようなものが髑髏を守っているかのように巻き付いた大鎌を携えたその人はまさに『死神』そのもののような印象を与えた。日が落ち始めたからか、薄暗くなった深い森の中で見ると余計に雰囲気が増す。思わず背筋が凍るような冷たさはあるが不思議と怖くはなかった。
命の恩人だからかな、こんなに怖い見た目をしてるのに全然怖くないや。…目の傷とかが余計に雰囲気を作ちゃってるけど。
「うふふ、わたしはね~ヴィヴィっていうの。このこはミシェル…、よろしくね……?」
「えっ、あ、うん。よろしく…?」
「はぁ、全くあなたもちゃんと説明してください。『ユウ』は貴方のことを“覚えてない”のですよ」
「う~、もう、わかってるよ…。まったく、クリスはせっかちさんねぇ、ねぇミシェル?」
___コク
「え?動いた…?」
『…でもちゃんと自己紹介、しないと』
「そうだね、ミシェル」
「ちょ、クリス。あのくま?ロバ?動いたりしてどういうことなの?お喋りはセルフサービスみたいだけど」
「“あれ”はヴィヴィの能力の一つです。彼女の能力は物に残った思念を具現化することができる、というものです。彼女は主に“人形師”として人形を使ったりして攻撃したりするんです。それとミシェルのことについて、彼女には禁句ですよ。激昂してご自分も人形にされたくなければね」
おいおい冗談だろ…。
隣にいるクリスに耳打ちで聞くととんでもない返事に背筋がゾッとした。なんか浮いてるし最初からやばい奴だとは思っていたが、もしかしたら想像以上にやばいのかもしれない。いや絶対そうだ。俺の本能がそう告げている。
「わたしの花石はロバとマツバギク。しんぞうのうえにあるの~。ふわぁふ…、つみはね~、『怠惰の罪』だよ」
…うん、何となくそんな気はした。
ふわふわの金髪をハーフアップサイドテール?っていうんだっけ、あれ…。それを纏める紫色のリボンについた鈴が彼女が動く度にチリンチリンとなっている。整った顔立ちと小さな身体を包む純白のフリルのドレスはまるで天使を連想させる。……とても天使とは思えないが。
「これで全員ですかね」
これで全員か…。憤怒のクリスは右腕。嫉妬のウルは右目に。色欲のこよりは右脇腹に。暴食の燐明は左の太腿に。強欲のグライスは首筋に。怠惰のヴィヴィは心臓の上にそれぞれの花石を持っている。
…なんというか六人ともキャラが濃いな。
「あれ?六人??」
「何か言いましたか」
『七つの大罪』は七人のはずだ。あと一人足りない。あと一人は一体誰なんだろう。
「あっ…、『ユウグレア』、俺は一体?」
そうだ、残る一人は『ユウグレア』、俺だと勘違いされている人だったのだ。自分が『ユウグレア』と勘違いされているなんて自覚が全くなかったのですっかり忘れていた。
「あぁ、そうか。貴方、ご自身の事、覚えていないのでしたね。失念しておりました」
俺が聞くと、クリスは今思い出したようだった。というより、俺が言い出すまで本当に忘れていた、という感じだ。
いやせめてあんたは覚えておいてやってくれよ…。俺が言えた義理じゃないけど。
「先程も言いましたが貴方のものは背中にありますからね、今は見えないでしょうが花石は獅子とデルフィニウム。軍の長らしく皆の中で一番大きな花石を持っていらっしゃるのですよ。『ラゲナリア』元帥、『傲慢の罪』ユウグレア」
ユウグレアの花石は背中にあるのか…。助かった……、見える場所にあれば俺が偽物であることがばれて速攻消されていたかもしれない。不幸中の幸いというやつだろうか。
「なぁ、みなはん?そろそろ日も落ちてきそうやし、一遍王都に戻りまへんか…?ここからだと結構距離がありますし、進めるときに進んだ方がええんとちゃいます?」
「そうですね、話は歩きながらでもできますし。それにこよりの言う通り明るいうちに進めれるだけ進みたいですしね」
「ババッと帰ろうよ、ババッと。空でも飛んで」
空でも飛んで!?
「そう言うわけにもいかないでしょう、帰り道も調査対象区域に含まれていますからね。ちゃんと調査しないと」
「ちぇー、めんどくさいなぁ」
い、今さらっと凄いこと言わなかったか?俺の気のせいか??
「お腹空いたネ」
「燐明、さっき食べてたじゃん…」
「あんなんじゃ足りナイ」
「燐明、夕飯が食べれなくなるから程々にしておけ」
「意味ないよ、グライス」
「そうか…」
「ふわぁふ…♪ねむくなってきちゃったね、ミシェル」
……自由すぎか!!!
まだ出会って数時間しか経っていないというのに、尋常でないほどどっと疲れた。
これで本当にやっていけるのか…。
そう思うのとは裏腹になぜか、どこか懐かしさを感じたことにこの時俺はまだ気づいてはいなかった。
お読みいただきありがとうございます^^*月乃です。
今回のお話は少し長くなってしまいましたが、書きたいところがかけたので良かったなと思っています。ですがルビが上手く振れていない部分もあったので補足させて頂きます。
七つの大罪 読み:ラゲナリア
お人形たち 読み:みんな
もっている 上に点を振っている形
になります。読みづらくなってしまい申し訳ございません。引き続き楽しんで頂けたら嬉しいです!
ありがとうございました^^*




