第一章 第一話 夕紅と始まりの夢
キーンコーンカーコーン
「やっっっと、今日も終わったな!!」
バンッ
チャイムがなったとほぼ同時に、考え事をしていた俺の背中に強い衝撃が走った。
「ん?おい、夢?どうした?ぼーっとして」
俺が顔を上げると、太陽の光を浴びてキラキラ輝くオレンジ色の髪に染めたそいつが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「廉……」
「ん??」
「…おはよう」
「おいおい、おはようって……。もう放課後だぞ?本当にどうしちまったんだ?」
「んーー…」
「ふふ、また悪い夢でも見た?夢」
陶磁器のような白い肌に艶やかな黒髪が映えるよく知った顔が、向こうからやってきた。右目の下にある泣きぼくろのせいもあってか中性的な顔立ちをしていて、一見すると女子と見間違えてしまいそうである。
「叶…」
「おっ、叶!なんだか夢が変なんだよ~、授業中もずぅっとぼーっとしてたしよう」
「確かに夢は今日一日中、上の空って感じだったね」
「んー、見たっていうよりかは…」
「ああ、入った感じ?」
伸びをしながら答える俺に、窓に腰掛ける勘のいい幼馴染がゆったりした口調で俺の言葉を繋ぐ。
「さっすが幼馴染、なんでも知ってるって感じ?」
「何でもって訳では無いけど、これでも一応付き合い長いからね。それより今回はどんな『夢』だったの?」
「気味の悪い、妙にリアルな夢だった。王が暗殺される夢」
「暗殺ってまた物騒な夢だな…」
「ふうん、そっか、それはまたなんというか…。うん、でもあんまり考え込んじゃだめだよ、夢。夢は夢に強く影響されるからね」
「わっ、やめろって!なんだよそれ、もう子供じゃないんだぞ!」
昔より大分大きくなったその手が、昔と何も変わらない方法で慰めてくれる。深くは聞かない。幼い頃、話そうとしたら思い出して泣いてしまってからいつも叶はこうやって慰めてくれる。嫌がってはみるが、その実とても安心しているのだ。勘のいいこいつはそれすらも知っているんだろう。昔、『怖い夢を見た』と友人に言ったらからかわれてから、人にこの話をしない俺が唯一話せる相手でもある。『見た』んじゃなくて『入った』といった時も馬鹿にせず、気味がるわけでもなくただ俺を信じてくれた。
そう、俺は夢に『入る』ことができる。見るのではなく、実際に体感できるのだ。いつもがそうだというわけではなく、たまに、だが。
だが、昨日の夢が『たまたま』そうだった。
「昨日のは一体何だったんだろう」
しかし、昨日のそれは今までのどの夢とも“違う”感じだった。
「ほら~、また考え込んでる。今考えるなって叶に言われたばっかだろ!」
「わっ、廉まで…」
「おっし!じゃあ気晴らしにでもコンビニでも行くか!!」
「なんで気晴らしにコンビニ…。それって廉が行きたいだけでしょ」
「あっ、ばれた?まあいいじゃんか細かいことなんて!」
「まあいいけどさ、叶はどうする?」
「よっしゃ!お前はいけそうか?」
「俺は…」
「水野くーん!安部先生が呼んでるよー」
叶がそう言いかけると、クラスの前の方から叶を呼ぶ女子の声がした。すぐ行く、と答えた叶は申し訳なさそうにこちらに振り返った。
「ごめん、行けそうにないや。俺のことは気にせず、ふたりで行っておいで」
「そっか、残念。やっぱり生徒会役員は大変そうだね」
「まあ学祭前だしね、部活停止期間とはいえ相変わらず忙殺されてるよ」
わざとらしく肩をすくめて見せる叶はこう見えて、と言っては何だが見た目に反して剣道部主将も務めている。日頃から生徒会に部活にと忙殺されている叶だが学祭前はその比ではないようだ。
「学祭かぁ~、もう学祭だなんて早いな!」
「現を抜かしていられるのなんて今しかないしね、目一杯楽しまなくちゃ。その為にもちゃんと土台を作らないといけないから。そう思うとじっとしてなんかいられないよ」
「相変わらずだね、叶は。でもそっか、俺らも来年はもう受験生だしね」
「あああああそういうこというなよ!せっかく忘れてたんだから!!もういい!そんな話はやめて早くコンビニ行こうぜ」
「廉はもっと緊張感を持とうね」
「わーわー聞こえない。ほら、夢行くぞ」
「はいはい、じゃあ叶、頑張って」
「うん、ありがとう。あまり話聞いてあげられなくてごめんね、夢」
叶と別れを告げ外に出ると冷たい風が吹き付けてきた。
「さっぶ、もうこんな季節か。学祭といい、なんだか本当に早いな。よし!俺肉まん食べよ!」
「そんな格好してるからだろ、廉…。もう11月だしな、パーカーだけじゃ寒いだろ。でもそうだな、確かにこんな日は中華まんでも食べたいかも」
「だよな!早く買いに行こうぜ!!夢、お前今日バイトは?」
「ない」
「よしきた!…それにしてもお前が花屋でバイトとはな!」
笑いを堪えきれない、というように廉がこちらを見て笑ってくる。
「仕方ないだろ~…、叔母さん家の手伝いなんだから」
「お前ん家、今は親御さんいないんだっけ?」
「そう、父さんの仕事で海外にいるよ。叔母さんのところの手伝いをしてる代わりに色々面倒見てもらってる」
「ふーん、なんか大変そうだな。おっ、着いたぞ」
自分から聞いてきた割にこの興味ないといった感じ…、なんというか流石廉といった感じだな……。まぁこういうところが気張らずに一緒にいれるというか、心地いいんだよな。
そうこう駄弁っているうちに目的地に到着した。寒いから、と言わんばかりに駆けて店内に入る廉を追いかけると紅い光が目に入った。ちょうど、坂の途中にあるコンビニから見える紅い夕日に昨日のことをどうしても思い出せずにはいられなかった。
●
「ただいまー」
誰も居るはずがない家に声を掛けたところで返ってくるのはただただ空しい静寂だけだ。『行ってきます』と誰も居ない空間に声を掛け、自分で鍵を閉める。そして、学校が終われば『ただいま』と自分で閉めた鍵を開ける。そんな生活にももう慣れたはずだったが、昨日のことがあってか見慣れた虚空もなんだか気味が悪く思える。
「バイト入れてもらうべきだったかな…」
テレビをつけると、お天気アナウンサーがこれからの予報を告げていた。夕飯までにもまだ時間がある。それに先程食べた中華まんでまだそんなにお腹も空いていない。
「ひと眠りするか…」
あんな夢を見たばかりであまり寝る気にはなれなかったが、強い眠気に襲われ俺は寝ることにした。ソファに横たわり、テレビの音を聞いているうちに俺は誘われるように深い闇に落ちていった。




