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しゃっくりは止まらない



 私は次の日学校を休んだ。お腹が痛いことにした。本当はこれっぽっちも痛くはなかった。布団に包まって、親が仕事へ行くのを待つ。家の中に誰もいなくなると、私は自分の部屋から出てリビングに降りた。


 朝ご飯が用意されていた。仮病だって、バレていたのかもしれない。私は目玉焼きとトーストを食べて紅茶を飲んだ。テレビをつけても楽しそうな番組しかやっていなかったので、電源を消した。平日の午前は慣れていなかったので、なんだか一人だけ異世界に来てしまったような気がした。


 今日もハルはあの先輩と帰るのだろうか。告白されたりするのだろうか。付き合えばキスをしたりするのだろうか。するよね。私たちはもう高校生だから。自分のタイミングで歳をとれたらいいのに。私たちは勝手に大人になっていく。もう子供ではいられないのだ。今までのままではいられないのだ。



 自分の部屋に戻って漫画を読んだ。何も頭に入ってこなかった。だからまた布団に包まって眠ることにした。二度寝は気持ちよかった。



 私は次の日も学校を休んだ。こうして不登校児が出来上がっていくんだな、なんて他人事のような感想をつぶやいた。スマホを見てみると、昨日の夜寝ている間に誰かから着信があったみたいだった。でも今はそれを確認する気にもなれない。私はスマホの電源を切ってベッドの隅に放り投げた。


 雨が地面を叩く音が聞こえる。窓から地面を覗くと、カラフルな花柄の傘をさしている年配の女性の姿があった。私は彼女の姿が曲がり角を曲がるまで、ぼんやりと眺めていた。

 することがない。こんなことなら学校へ行けばよかった。明日は学校へ行こう。行けるか分からないけど。いざ行こうと思ったら、全てが面倒くさくなる。今の私の世界の大半はあの学校の中にしかないのだと、一歩遠ざかることで初めて認識することが出来た。



 結局次の日も学校を休んでしまった。親は月曜日からはちゃんと行きなさいと言っただけだった。

 部屋着姿の私は、ベッドに寝転がる。すると手にスマホが当たった。なんとなく電源を入れてみる。着信のマークの数字が増えていた。誰だよと思って調べてみると、ハルからだった。


 なんの用だろう。もしかして、あの先輩と付き合うことになったという報告の連絡なのだろうか。アイツはいつも何かあったら私に報告するからな。高校に受かったときも、私の好きな漫画の新刊が発売されたときもそうだった。だから、告白の報告だったら私はきっとスマホを叩き割るだろう。いや、もったいないから実際はベッドに投げるだけになるだろうけど。



 太陽が落ちて夜を迎えた頃にスマホが鳴った。ハルからだった。正直出たくなかったが、無視したままで会うのもなんだか嫌だった。悶々と罪悪感をハルのために溜めるのも癪だなと思い、私は電話に出る。



「……もしもし」

「あぁ、ユキ?」

「なに?」

「元気か?」

「まぁ、うん」

「どうせ仮病だろ? お腹痛いとか言ってさ」

「仮病じゃないし。風邪だし」

「どうだか」

「で、なによ。用がないなら切るけど」

「あー、うん。先輩から告白され」



 反射的に通話を切ってしまった。スマホを振り上げて、でもスマホにはなんの罪もないし、これは私が働いて稼いだお金で買ったものでもないから、壊れない程度にベッドに叩きつけた。スマホに着信が入る。


『古川春』


 奴の名前を見ると、またしゃっくりが始まってしまった。パブロフの犬みたいだ。条件反射でしゃっくりが出てしまう。絶対に電波を飛ばされている。


 着信音が部屋いっぱいに拡がる。早く事実を受け入れろと言われているようで、私は部屋から逃げ出してしまった。部屋着のまま、表に出て、行く宛もなく走り出した。この世界から逃げるように。違う世界に行けるように。




 必死に走っているとき、頭に浮かんできたのは、ハルのことだった。

 幼稚園のときから歪んだ笑顔を浮かべているハル。愛想のないハル。クラスになかなか馴染めなくて、いつも二人組を組むときに最後まで余っているハル。でもいつの間にかみんなと仲良くなっているハル。

 黒板が見えるように黙って体をズラして、座りにくそうにしているハル。

 困ったときにいつも助けてくれるハル。



 自分のことよりも先に私の体調を心配してくれるハル。



 でも、もういないんだ。もう今までのように一緒にいることは出来なくなるんだ。恋人が出来るってそういうことなんだ。何かを選ぶというのは、何かを選ばないってことなんだ。私はその現実だけは、どうしても受け入れたくなかった。


 汗まみれになって走ってみても、結局私はまだこの世界から抜け出せていない。数時間後には家に戻り、何事もなかったかのように家族とご飯を食べて、風呂に入って温かい布団で眠るのだろう。月曜日には学校に行って、ハルに彼女が出来たことを知るんだ。そんなのは知りたくない。いくら耳を塞いでも、目を閉じても、消えることのない事実だ。だって、あんな美人でおっぱいの大きい年上の先輩から告白されて、断れる高校男子がどこの世界にいようか。


 気付けば私は、公園に来ていた。誰もいない公園は頼りない街灯に照らされて、薄ぼんやりとした色で廃れていた。ここだけ世界から隔離された空間のようだった。



 しゃっくりはまだ止まらない。

  



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