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子供



「ヒック……ヒック……」

「アンタまたしゃっくりしてんの? ほらお茶飲みなよ」

「ヒック……ありが……ッと」


 教室でお弁当を食べていると、しゃっくりが出始めた。ここ最近毎日しゃっくりが出ている。どうやら癖になってしまっているようだ。友達のナルミが水筒のコップを渡してくれる。

「あー、違う違う。昨日しゃっくりの止め方教えたでしょ。コップの手前を飲むんじゃなくて、奥に口をつけて体を丸めて飲むんだってば」

「そうヒック。だったね、……ック」


 私は言われたとおり、コップの奥の淵に口をつけて体を丸めて飲んだ。変なところに入りそうになったのをぐっと堪えて飲み干すと、魔法がかかったようにしゃっくりは止まった。



「これすごいね。100発100中じゃん」

「絶対に止まるってわけでもないんだけどさ、ほら、ユキって信じやすいし思い込み激しいタイプじゃん。そういう人ほど止まりやすいんだよ」

「ん……? それって私がバ」「さぁ、ご飯を食べようかー」


 被せ気味に言葉を乗っけられてしまった。まぁ確かに私は頭が良い訳ではないし、赤点もたまにとっちゃうけれど、そんなにバカってほどでもないと思うんだ。

 ナルミは高校で出来た友達。最初の席が近くだった。私が落とした消しゴムを拾ってくれたのがきっかけで話すようになった、というなんともベタな出逢いから始まった。でもナルミとは、どんな出逢いだったとしても、きっと仲良くなっていた。



「西田ぁ、お前に客ぅ」

 廊下側の席に座っている男子に名前を呼ばれた。何事かと思って廊下に出てみると、そこには違うクラスの女子が三人立っていた。地味でも派手でもない。普通の三人の女の子だ。名前も知らない人たちが、私に一体何の用だというのだろう。



「あの、ちょっと西田さんに訊きたいことがあって……」

「あ、うん。なに?」

「西田さんって、古川君と付き合ってるの?」

「は……?」


 この名前も知らない女の子は、一体なにを言っているのだろうか。私とハルが、恋人同士だって? そんなことは宝くじ一等が当たるより有り得ないことだというのに。この世界で一番起こりえない事象。絶対にない。気持ち悪い。私はうっかり舌打ちしそうになるのを堪えて言う。


「違うよ。あいつと私はただの幼馴染なだけ。心配も遠慮もしなくていいよ」

 それだけ聞くと安心したのか、満面の笑みで「ありがとう」と言われた。何に対しての「ありがとう」なのかはよく分からない。



 それにしてもハルがねぇ。あいつもようやく名前負けしないようになってきたってことか。

 高校生にもなると、みんな男女の色恋沙汰で浮き足立っていた。私はなんだかそれがどうにも受け付けられなくて、そういう空間に自分がいて、呼吸をして自分の肺にこの空気を入れているのだと考えると、それだけでもう吐きそうだった。


 誰かに『恋人がいる人間は幸せだよ』と教えられたように、みんな揃って恋人を作ろうとする。それって本当に好きで付き合っているのか、たまに訊きたくなる。恋人がいるということが一種のステータスになっている以上、恋愛はただのファッションでしかない。


 私はそういう恋愛をしたいとは思えなかった。昔からそういうところはあった。みんなが楽しいものを楽しいと思えない。みんなが欲しいものを欲しいと思えない。だから、みんなと価値観がズレて苦労するんだ。



 好きな人とだけ恋愛をしたい、と思うことは子供なのだろうか。



「……子供」

「誰のことよ」

 昇降口で、偶然ハルと出くわした。帰るところらしい。靴箱から外履を取り出して地面に放り投げた。


「あ、てか今日あんたのせいで昼休み知らない人に呼び出されたんだからね」

「……ふぅん、誰に?」

 誰にって訊いているわりに、興味のなさそうな顔しやがって。


「知らない」

「は……?」

「違った。名前の知らない人」

「そんな名前も知らない人にどんな因縁をつけられたんだ」

「因縁じゃないよ。アンタと私が付き合ってんのかって訊かれた」

「……それで、なんて」

「付き合ってないよって言った」

「……うん」



 うんって、アンタ、反応薄いね。

 きっと、あの名前の知らない女の子はアンタのことが好きなんだよ。なんでアンタのことを好きになれたのかは分からないけれど。鈍感だから、気づかないの? そりゃちょっと、酷いよ。



「ユキももう帰る?」

「あ……うん」

「じゃあ一緒に帰ろうか」

「……うん」



 やっぱり脳みそに行く分の栄養が身長に回ってしまったんだ。身長が153センチの私は、見上げて話さないといけない。ハルの後ろに蒼い空が見えた。気付けば桜のピンク色はもうどこにもなくて、夏のために世界が色を深めている。


 遠くで男子生徒の笑い声が響いた。喧騒としていた世界は、校門のレールを跨ぐと、それを境に急に静かになった気がした。並木道の葉が擦れ合う音がすると、ハルの前髪がふわりと浮いた。その顔は私がよく知っている顔だった。なにも変わっていなかった。


 

 


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