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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

桜の花が願うこと

作者: 玄月

 ――遥か昔のお話です。

 人里離れた奥の奥。四方を山に囲まれた盆地に、鬼の住む里がありました。


 巨大な力を持つ強きモノ。生きることに精一杯な弱きモノ。

 様々な理由で人間の住まう世界では生きられない鬼たちが肩を寄せ合い、共に助け合って生活しておりました。


 鬼たちを束ね里を治めるのは、かの有名な酒呑童子。

 人間から恐れられ、男気と力のある鬼は里の鬼たちからも厚い信頼と忠誠を得た男でした。


 そんな男には、大切なモノがありました。

 自分に似た白銀の髪に金紫の瞳。肌は処女雪のように白く、大福のように柔らかい身体。頬は紅梅色に、唇は桜の花弁のように淡い桃色に色付く幼い子。「とと様」と呼ぶ声は夏に奏でる風鈴のように澄んでいて、なんと心地好いことか。


 幼くも秘めたる美しさが浮き立つ幼女の名は桜花(おうか)

 桜の咲き誇る季節。その名の通り桜の木から生まれた酒呑童子の力を別つ、男が最も愛する正真正銘の愛娘でした。


 娘は父や家臣、里に暮らす鬼たちの愛情を一身に受け、時に厳しく躾けられながらそれはもう真っ直ぐで心根の優しい女子(おなご)に育っていきました。



「桜花ももう15歳か…」

「なんですか? 唐突に…」

「お前も嫁に行ける歳になったのかと思ってよぉ」

「いやだわとと様。わっちはお嫁になんて行きんせん」

「桜花…」

「まだまだとと様のそばにいんす」

「っ…桜花ー!!」



 広い家屋の縁側で寄り添う親子の会話は他愛ない。

 2人の背中を眺める家臣の目もまた暖かく、そして2人の傍にいられることが幸せでした。


 けれど、そんな幸せも突如として終わりを迎えたのです…。



「火を放てー!!」

「鬼をのさばらせるな!」

「殺せぇぇぇぇぇえ!」



 穏やかな里に響く、不似合いな怒号。

 怒涛の勢いでなだれ込んできた人間たちに弱い鬼たちは真っ先に殺され、力のあるモノは抗いました。もちろん里の長であった桜花の父も例外ではなく、むしろ先頭に立って戦っていました。


 鬼たちは己の幸せを守るため。突然押し寄せてきた人間の真意も分からず、戦うしかなかったのです。


 戦いは三日三晩続き、そしてついに終わりを迎えます。



「酒呑童子 討取(うちと)ったり!!」



 鬼たちの長である酒吞童子の死が、幕引きの知らせでした。

 汚れた身体で抱き合う者。両手で顔を覆いながら天を仰ぐ者。大声を上げる者。生き残った人間たちが各々喜びを全身で表現する中に響く女の声が1つ。人間たちの注目を集めました。



「どいて…どいて下さい…!」



 人垣を掻き分けるように現れた女―桜花―は、首のない酒吞童子を前にその美しい顔をくしゃりと歪めました。そしてふらりと覚束ない足で躯に近づくと――。



「とと様…!!」



 ガクリと膝を折り酒吞童子の胸に顔を埋め、肩を震わせました。

「ととさま…とと様…っ」と譫言(うわごと)のように繰り返す声は、桜花が泣いているのだと教えています。


 父親を亡くした娘。その痛ましい光景を前に、人間たちは傾きそうになる心を持ち直すように首を振りました。

 この娘は酒吞童子を「父」と呼んだ。それは(すなわ)ち鬼の子であり、自分たちの敵である。


 武士の1人がガチャリと鎧を揺らし、桜花に近づくと血に濡れた刀を振り上げました。

 共に逝かせるのがせめてもの情け。そんな気持ちがあったのかもしれません。



「姫さまぁーっ!!」



 人間に押さえ付けかれた家臣の鬼たちが叫ぶ声を合図に下ろされる太刀。

 もう駄目だ、と誰もが目を背けた時――。



「早まるのはだ~めだよ」



 その鋭い刃を止めたのは、なんとも気の抜ける声でした。



「彼女、無抵抗じゃん。そんな女に背後から攻撃するって男としてどうなのー?」

「し、しかし…!」

「え、なにキミ、僕に意見するつもり?キミに発言する許可なんか与えてないけど」

「っ…申し訳、ありません」

「謝罪はいーから、さっさと刀下げてくんない? 目障り」



 身に纏う戦場に不似合いな白い狩衣(かりぎぬ)は一点の汚れもないまま。武士の刀を微笑みながら蝙蝠扇(かわほり)で受け止めるその様は異様としかいいようがありません。しかし誰かが呟いた「晴明様…」という男の名を耳に止めた瞬間、鬼たちの目には炎が宿りました。



「安倍晴明…っ!!」



 一気に闘争心が再熱した鬼たちを前にしても安倍晴明はどこ吹く風。まるで雑魚には興味がないと言いたげに、晴明の視線は蹲る桜花に向けられていました。



「キミが噂の鬼姫?」

「………」

「ねぇ、なんて名前なの?鬼姫なんて本名じゃないだろうし…。あ、僕の名前は安倍晴明。晴明って呼んでいいよ」



「キミは特別!」と笑う晴明は実に無邪気でした。

 今の今まで鬼を殺していたとは思えないほど、その笑顔はまるで新しい玩具を手に入れた子供のよう。

 晴明の声に桜花がゆっくりと顔を上げたのを好機と捉え、意気揚々と彼女の顔を覗き見た晴明は目を丸く見開いて息を飲みました。



「どうして…」



 囁いたのは桜花。



「どうして、わっち等が襲われなければならないの…?」



 それは、彼女の純粋な疑問。 鬼たちがずっと分からなかった疑問でした。



「この里で肩寄せ合って生きてきただけなのに…」

「でも、君たちは人間を襲ったでしょ? 女や子供を狙って」

「鬼だって生きるために食事を摂る。米も、野菜も、魚も肉も食べなきゃ生きられはせん。人間だって牛や鹿の肉を食うでしょう。鬼はそれが人間の肉だっただけのこと。それのどこが悪い?」

「それは…」

「女や子供を狙ったのは弱いから。弱い者を狙って狩るのは当たり前でありんしょう」



 晴明は頷くしか出来ません。桜花の訴えは尤もな話であり、それが神の定めた摂理だと知っていたからです。



「わっち等は米も野菜も魚も自分たちで育て、調達していんした。人間の肉だって必要最低限しか取ってせん。均衡を崩すことはしてない」

「………」

「なのに…、なのにどうしてこんな仕打ちを受けなければなりんせんの!」



 金紫の瞳から零れ落ちる大粒の涙は音もなく頬を伝い、彼女の膝を濡らしました。

 はらはらと、はらはらと、零れて落ちる涙のなんと美しいことか。


 胸の奥に感じる重い痛みに戸惑いながら、その涙を拭うために伸ばした晴明の振るえる手は届くことはありません。パシリと弾かれ宙に舞う手。振り払われた手の痛みよりも驚いたのは、自分を睨み付けた彼女の瞳でした。



「鬼大将の首は取れんした。もう目的は果たしたでありんしょう。さっさとお帰りくんなまし。そしてもう二度と、この里には来ないでくんなまし」

「あ…」

「っ…帰って!!」



 その瞳は怒りも恨みもない、ただただ悲しみしか映していませんでした。

 そして知るのです。鬼たちは、自分たち人間と同じであったのだと。小さな里の中で人間と同じように畑を耕し、稲を育て、友や家族の在る生活をしていたのだと彼女の涙をもって知ることになったのです。


 同時に自分たちが正しいと思って起こした戦は、野盗と同じではないかと激しい憤りを覚えました。

 虚を突いたと思った行動はただの襲撃でしかなく、戦の道理に反した行いだったと深い後悔にも苛まれました。憤りや後悔を感じたって、もう何も変わらないというのに…。



「…撤退しよう」

「せ、晴明様!?」

「彼女の言う通り、酒吞童子の首は取れた。上も満足するでしょ」



 楽しそうな顔はどこへやら。後ろに控えていた武士たちに振り返った晴明の顔は、痛みに耐えているように歪んでいました。



「ごめんね」



 呟かれた謝罪は誰に向けて投げられたのか。それは呟いた晴明自身も分かりませんでした…。




 それから、心に大きな傷を負った鬼たちは必死に生きていました。

 報復を訴えるモノも当然いましたが、父の跡を継いだ桜花は決して首を縦に振りません。



「大切な(ひと)を殺された悲しみを味わったわっち等が、他人様に同じ気持ちを味あわせちゃなりんの」



 そう言って頼りなく笑う姿がなんと痛々しく、そしてなんと柔らかいことか。



「それに戦となりゃ必ず誰か死ぬ。わっちはもう、里のみんなを失いたくない。だから報復するなんて言わんで」



 桜花が願ったのは、以前と変わらない里の姿でした。

 大切な(ひと)がそばにある。時に怒って、時に泣いて、時に分かち合える存在がある当たり前になるべき幸せ。


 父親を失って尚、報復ではなく皆の幸せを願う桜花の気持ちが痛いほどよく分かった鬼たちは、その気持ちを汲んで里の復興に重きを置いたのです。


 それから数年。

 小さな里にもまた、桜の季節がやってきました…。



「やっぱりココの桜は綺麗だねぇ…」

「……おい」


「そうでありんしょう? この里の桜は、わっちの自慢でありんす」

「桜花の名前も“桜”の“花”だもんね」

「…おい、」


「わっちは桜の木から生まりんしたから」

「え、そうなの?」

「おい!!」

「もぉ~五月蠅いよ。なんなのさっきから、僕の台詞に被せてきてさぁ」

「なんなの、だと…?それはこちらの台詞だ!」



 桜花の住む屋敷の縁側。そこはかつて酒吞童子が桜花と肩を並べていた場所でした。

 しかし今、桜花の隣に腰掛けるのは白い狩衣を纏った男。里を襲い、酒吞童子の首を討つための先導を指揮していた安倍晴明に違いありません。



「なぜ貴様は今日(こんにち)に至るまで茶を飲みに来ているのだ!」



 晴明がこの里に顔を出すようになったのは襲撃のあった1年後でした。

 部下の1人も連れることなく菓子折り片手にやってきた晴明を当然受け入れなかった鬼たちでしたが、彼は諦めることなく里へ足を運びました。日照りの日も、冷たい雨の日も、何度も、何度も…。その執念とまで言える晴明の行動に折れたのは桜花の方だったのです。


 桜花が許したといえど、言ってしまえば(かたき)に他ならない男。

 加えて安倍晴明が反省した態度を見せていたのは最初だけで、今ではそこに居ることが当たり前という顔をして桜花の淹れた茶を啜っているのですから家臣は面白くありません。



「だって桜花の淹れるお茶は美味しいんだもん。それにココは京と違って空気がいいし」

「貴様の勝手など知らん。さっさと立ち去れ」

「えぇ~。さっき来たばっかりなのに」

「た・ち・さ・れ!!」

「…ちぇっ。今日は五月蠅い奴に見つかっちゃったよ」



 そしてこの日、晴明の姿を発見したのは家臣の筆頭である茨木童子でした。

 彼は家臣の中でも特に晴明に強く言うことの出来る鬼であり、晴明にとってまさに目の上のたんこぶ的存在。晴明も彼には勝てないと分かっているため、文句を言いつつ抗うことはしません。



「じゃぁ桜花、また遊びにくるね」



 去り際に、ふわりと揺れた影。



「!」「-なっ!」

「ふふっ、ご馳走様」

「貴様ぁぁぁあ! その首、即刻打ち落としてくれる!!」

「やれるもんならやってみろー!」



 桜花の白い頬に触れた、晴明の淡い温もり。

 遠のいていく2人の小気味よい掛け合いを耳にしながら、桜花はクスクス笑っていました。

 彼女の胸に広がるもの。それはえも言われぬ幸福感に違いありません。


 突然の出来事で大切なものを失い、袖を絞り泣き明かした桜散る夜。

 父の代わりと奮い立たせ、自分がまもっていくのだと誓った紫陽花の青。己の限界を知り、頼ることを教えてくれた虫の声。初雪に1人である寂しさを映し、胸に残る(わだかま)りを溶かした初蝶の訪れ。


 全てが巡り巡って“幸福(いま)”に繋がっていたのだと、漸く思うことが出来たのです。



『桜花』

「…とと様」



 そんな時、霞みに浮かんだ父の姿。

 柔らかく微笑む父の懐かしい顔に、桜花の瞳からホロリと涙が零れ落ちました。



『桜花、笑え』

「とと…さま…」

『お前の笑顔が、ととは大好きだ』

「…とと…っ」

『どんなことがあっても自分を信じて笑っていろ。それが、ととの桜花だろう?』



 身を包む大きな温もりを最期に、桜の香りに連れられて霞みの姿は流れて消えていきました。

 自分を生み、育み、まもり、愛してくれた父。姿なき今も共にあるという証に屋敷の庭に残された1本の桜の木に桜花は身を寄せ、両手いっぱいに抱き締めました。―「とと様」と囁く声は父に甘える幼い子供。



「わっちにもやっと、桜の花が咲きんした」



 桜花が思い浮かべる鬼の未来に、白い狩衣の面影がチラリ。

 そんな展望に頬を染め、いつかこの夢が現実になればいいなと願いながら鬼の姫は桜の木に向かって美しく微笑んだのでした…。





郭言葉を使った小説が書きたくて衝動的に書いた一作。

一応処女作になりますので、誤字とか言葉が変とかご容赦下さい。

桜花が生まれた時とか、里の生活とか、晴明側のストーリーとか、2人のその後とか、色々と書きたいけれど取り敢えず今回は短編という形で終結。

もし機会があって、私の脳みそが書く準備が出来たなら連載してみたいと思います。

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