解決:前編
「ヘンタイ先輩……?」
「太都君……」
「はい、二人共こっちへ来て」
私達はヘンタイ先輩に言われ、うちのクラスの下駄箱が見える位置にある柱の陰へと誘導された。
先輩に抗議するようにこれは一体何なのかと聴くが、彼は後で詳しく話すからと何も教えてくれない。艶子も黙ったままだ。
私と光里の間には少し気まずい空気が流れているが、その空気はそのままで四人で柱の陰から下駄箱の方を監視した。
数分経った頃だろうか、うちのクラスの下駄箱にあり得ない人物が現れた。
サイドテールの髪をぴょこぴょこと揺らし、辺りを警戒するように首を左右に振りながら、その人物は忍び足で私の靴箱の前に立った。
「蜜子ちゃん……?」
先程一緒に帰り別れたはずだが、また戻ってきたのだと言うのだろうか。
蜜子は鞄から手紙をだし、それをそっと私の靴箱へ忍ばせた。
まさか……ラブレター? 蜜子は実はレズビアンで私の事が……
私がアホな事を考えていると、先程まで大人しかった艶子が飛び出し、蜜子の元へと走っていった。
そして、艶子は手紙を入れようとしていた蜜子の手を掴み上げた。
「……!?」
蜜子は突然現れた姉妹に驚き、目を丸くして口をパクパクと開閉していた。
艶子は強く蜜子の事を睨んでいる。表情の少ない艶子のあんな顔をみるのは初めてだ。
「蜜子、その手に持っている物を渡しなさい」
「離して!」
蜜子は抵抗するように、身を捩り、掴まれている手を上下左右へと振り回した。
細腕の艶子が、それに負けそうになった時、ヘンタイ先輩が蜜子の手から手紙をひょいっといとも簡単に取り上げた。
「返してよ!」
蜜子は先輩の手から手紙を取り返そうと、ぴょんぴょん飛び跳ねるが、身長差推定30センチ以上あるため、蜜子の手は虚しく宙を掴むばかりだった。
「かーえーしーてーよー!!」
「ダーメ」
先輩が蜜子の手を躱しながら、私へと手紙を渡す。
「柚子葉ちゃん、読んでごらん」
「え……?」
私の靴箱へ入れようとしていたのだから、私宛ってことだよね?
蜜子に対して申し訳なく思いながらもその手紙を開いた。
その手紙にはこう書かれていた――
―伊塚光里とこれ以上親しくしたら恐ろしい事が起こるだろう―
「これは……」
私が以前、艶子に貸した教科書に挟まっていた手紙と同じものだった。
蜜子の方を見ると、下唇を噛みながら恨みがましい目でこちらをじっと睨んでいる。
「それじゃあ、説明していこう。柚子葉ちゃんの周りで起きた不可解な現状全てを……」
光里は俯き加減で悲しそうな顔をし、艶子は蜜子が逃げないようにするためか、蜜子の袖を掴んでいた。
「まずこの事件の発端は柚子葉ちゃんが上履きを紛失したことに始まる。朝、登校した彼女は自分の上履きがないことに気が付いた。柚子葉ちゃんは周囲を探し、職員室にも申し出たがそれでも見つからなかった。この時点ではまだ誰かに隠されたのか、単純になくしてしまったのかは半信半疑だった。そうだよね?」
「は、はい」
「しかし、その翌々日、登校すると柚子葉ちゃんの上履きはまたなくなってしまった。そこで柚子葉ちゃんは誰かに隠されたのだと言う事を確信する。それから毎日のように柚子葉ちゃんの上履きはなくなった」
「間違いありません」
確認するように話す先輩へ相槌を打つように、私は短く返事をした。
余計な事を言って、彼の喋りを邪魔してはいけないような空気がその場にはあったのだ。
「しかし、最初と二回目以降の事件では決定的に違う事がある」
「二回目以降は柚子葉ちゃんの上履きは必ず見つかっているということだ」
「そうです。単純な隠し場所だったし光里が手伝ってくれたお陰で」
私は光里を見ながら先輩の問いに答えた。
先程光里は私の上履きをいじっていたが、きっと何か理由があったに違いない。
光里を疑っていないというメッセージを込めるようにそう答えたのだ。
「最初に見つからなかった上履きだけがなかった。それはここにある」
先輩はうちのクラスの下駄箱を指でなぞるように指しながら、私の二つ下にある靴箱の前でその指を止めた。
そこの蓋を空けると中に最初になくなった、私の上履きが入っていた。
「こんなところに」
その場にいた皆が驚きの表情を浮かべた。
確かに私は勝手に空けることを躊躇って、他の靴箱は探していなかった。それが、裏目に出たというのか。
「な、なんでわかったのですか?」
ヘンタイ先輩はニヤリと笑うとその靴箱の取っ手のところを指差した。私達は近付いてよくそこを見るが、何が他と違うのか全くわからない。
「埃だよ。ここだけ人の指の形に埃が残っている。ここは、この学校に入学からまだ一度も登校していない、君たちのクラスメイトの佐藤君の靴箱だ。毎日使う他の靴箱と違い埃が付着しやすくなっているんだ」
「あぁー」
言われて初めて気が付いた。ヘンタイ先輩よくこんな所見逃さなかったな。
「最初にここにこの上履きを入れたのは……」
「待って太都君、それはっ……」
「大丈夫だよ光里。すべてハッピーエンドだ」
光里は何か知っているのだろうか、縋るような目でヘンタイ先輩を見ている。
しかし、彼の言葉を信じたのか、不安そうにしながらもそれ以上口は挟むことはしなかった。
「ここに入れたのは君だ」
「私?」
艷子は驚いたように自分で自分を指を差した。
「そんな、私、そんな事……あっ」
艷子は何かを思い出したかのように目を丸くした。
心当たりがあるというのだろうか。
「あぁ……ごめんなさい」
艷子は申し訳なさそうに肩を下げ私に謝った。
彼女の反応から、故意の意思は感じられない。
「艷子ちゃんは委員会の集まりがあった放課後、偶々玄関に脱ぎ捨てられた柚子葉ちゃんの上履きを見つけたんだ。それを好意でここにしまった。そうだね?」
「はい……。その時、私、遠くから柚子葉ちゃんが上履きをしまい忘れるのを見たの。光里ちゃんの友達だし、上履きを出しっ放しにして職員室で反省させられるのも可哀想かなって思って、勝手に仕舞ったのだけれど、仕舞う場所を間違えてしまったのね……」
艷子は申し訳なさそうに、口元に手をあてオロオロとしていた。
「彼女は良くも悪くも確認が苦手な大雑把な性格だった。そのせいで忘れ物も多く、よく光里に物を借りに行く羽目になった」
当たっているのだろう。艷子は先輩の言葉を否定もせずに始終恐縮していた。
「当日彼女は出席番号順のか行の苗字がありそうなあたりの靴箱を適当に開けた。防犯上靴箱に名前は書いてないが、本来ならば靴か上履きどちらか入ってるはずの靴箱の中身が空なら、それが正解だと艷子ちゃんは思った。そして開けたのがこの靴箱だ。柚子葉ちゃんの場所の下の下。入学以来登校していないクラスメイトの佐藤君が入れるはずの場所だ。彼女は空の靴箱だしこれが柚子葉ちゃんの場所だろうと他の場所をよく確認もせずに、片付けられていない上履きを突っ込んだんだ」
「その通りです」
艷子は返す言葉もございませんと、脱力していた。
「そうだったんだ。ありがとう艷子ちゃん。その気持ちがすごく嬉しいよ」
「そ、そんな。本当にごめんね。言えば良かったんだけどしまった時点で私の中で終了していたというか、家に帰ったら忘れちゃって……あぁ、もう私ってなんでこんなにだらしないのだろう」
彼女は自分を責めるように両手で顔を覆った。
私は嗜めるように、気にしてないと彼女の背中をぽんぽんと軽く叩いた。
その様子を光里と蜜子は目を丸くして、唖然とした様子で見ていた。
「あれ、でもそれじゃあ、私の上履きがその後何回も隠されたのは……」
「二回目以降は別の子がやったんだ。それは……」
「……私です」
光里が小さく手を上げた。
「光里が?」
何故? 私と一緒に上履きを探して見つけてくれた光里がやったなんてとてもじゃないけれど信じられない。けれど、本人がやったというならそういうことなのだろう。
ならばやっぱりさっきのは私の上履きを隠そうとしていたのか……。
まだ、理由は聞いていない、落ち込むのはまだ早い。私は真っ直ぐと光里を見つめた。
ヘンタイ先輩が肩を落とす光里の隣へ立ち、彼女の頭を軽く二回叩く。
光里は先輩と視線を合わせゆっくりと頷いた。覚悟を決めたかのように、光里その時の気持ちを語ってくれた。
「本当に二人ともごめんなさい。私ね、その時、艷子がうちのクラスの下駄箱をいじっているところを目撃したの。それで次の日、柚子葉の上履きがなくなったって聞いて頭の中で勝手に艷子が犯人だって決めつけちゃって……よくわからないけど、柚子葉の事何か気に入らないことがあったのかなって……勝手にそんな風に思って、本当にごめん」
「こ、こちらこそ、何か紛らわしいことしてごめんなさい」
光里と艷子が二人して、互いに恐縮し合っているビジネスマンのように頭を下げ合っていた。
「艷子と話さなきゃって思ってたのだけど、中々言い出せなくて、ずるずると長引いちゃって……」
光里の目の下が赤く染まり、雫が彼女のきめ細かな肌を伝って一つ二つと落ちていく。
ヘンタイ先輩はそんな彼女の肩を恋人同士のように自然と優しく抱き、泣き出してしまった光里に代わって話を引き継いだ。
「犯人が艷子ちゃんだと勘違いした光里は柚子葉ちゃんの上履きが二度となくならないように、艷子ちゃんに隠させないように、そして、艶子ちゃんが犯人だと知られないように、自分が柚子葉ちゃんの上履きを先に隠して、そしてそれを偶然を装って見つけ出すことによりそのどちらも防いでいたんだ」
「ごめんなさい、犯人をあやふやにしたくて……私、ほとぼりが冷めるまで暫く続けようって……」
泣いて声が出せない光里は、うんうんと頷いて先輩の言葉を肯定した。
とても回りくどいやり方だが、それが光里なりの私と艷子への優しさだったのだろう。
もし、艷子が故意に私の上履きを隠したとして、それを友人である光里に見られたと知ったらすごく悲しいはずだ。そう思えば光里が艷子に何も言えなかった気持ちがよくわかる。
私は光里の元へ行って俯く彼女の顔を下から覗き込んだ。
「柚子葉ぁ、本当ごめんね。余計なことしちゃって」
私は静かに首を横に振った。
「光里、ありがとう。いつもギリギリに学校に来てたのに早起きまでしてくれて一緒にいてくれたんだもの。すごく嬉しいよ」
「わ、私も。光里は私のこと真剣に考えてくれてたってことだもん。その気持ちがすっごく有り難い」
私と艷子で光里を囲む。
「二人共ありがとう」
まだ涙は流しているが、彼女は光里の名に相応しい明るい笑顔を浮かべ、私達は三人で笑い合った。
三人の世界に入ってしまっていると、その輪から外れた男が軽く咳払いをした。
「では最後にこの手紙を蜜子ちゃんが何故、そしてどうやって柚子葉ちゃんに送ったかということ」
「あぁ……」