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ヘンタイ先輩と女子高生  作者: ちゃー!
ヘンタイ先輩と消えた上履き
6/9

接着剤リムーバ

 私達が先輩に付いて行った先は手芸部の部室だった。

 教室の扉を開けると、眼鏡を掛けた中年の手芸部の顧問の先生が私達を迎い入れてくれた。


「逸見君いつも悪いわね」

「いえいえ、新しい洗剤を試させてもらえて助かってます」

「じゃあお願いね。終わったら呼んで」


 先生はそれだけ言い残すと、隣の家庭科教員室へと入っていった。


「ヘンタイ先輩、これは何なのですか?」

「これからこの教室を掃除するんだよ。化学部の特別活動。この学校で日常清掃では賄えない掃除を化学部請け負ってるんだよ」

「それで、今日はこの家庭科室を?」

「今日の昼休憩まで体育祭の準備で応援団の衣装やら何やら作っていて、机に大量の接着剤のあとが残ってしまったようなんだ、この場所は調理実習でも使うから綺麗に戻して置きたいというからね」

「太都君本当掃除好きだよねー」


 理解が追い付かない私を他所に、光里はあっさりと適応していた。

 さすが幼馴染のなせる技ということだろうか。

 わけがわからないという私に光は補足をしてくれる。


「太都君は化学部でブレンドした洗剤の実験も兼ねて色々掃除して回っているんだよ。これもその活動の一環。まあ、普段は他の化学部の部員は連れて行かないんだけどね」

「光里が来るなら柚子葉ちゃんも来るだろう?」


 ヘンタイ先輩は、道具を弄りながら私の事を知ったように言った。


「まあ、確かに光里が行くなら私も行きますけど……」


 タダ働きという言葉が脳裏を過り、少し複雑な心境になってしまうのも正直なところである。

 来てしまったからにはウダウダ言っても仕方がない。


「で、先輩。私達は何をしたらいいのですか?」

「じゃあこれに水を入れてもらえるかな」


 私と光里は青バケツを渡された。指示通り家庭科室の水道でそこに水を入れる。


「ありがとう、今日は机についた接着剤を取る作業をするんだ」

「接着剤……」


 家庭科室の机を見ると確かに、接着剤が乾いた後が沢山付いていた。

 もう乾いて固くなっているし、接着剤なんて取れるのだろうか。


「じゃあこれどーぞ」


 先輩にプラスチック容器に入った透明な液体を渡される。

 蓋を開けるとふわりと柑橘系の香りが勢いよく広がり、思わず咳き込んでしまった。


「あぁ、柚子葉ちゃん。臭いが強いから気をつけてね」

「げふっ、ごほっごほっ」


 もう遅いわ。

 抗議したいけれど、咽ているせいで言葉が出て来ない。

 水バケツとは別に空のバケツを渡されて、そこには雑巾二枚と紙やすりとゴム手袋が入っていた。


「手順は接着剤をこの液に垂らして、暫く放置してから雑巾で拭きとるだけ。それで、基本的には取れるから。厚みがある接着剤はまずこの紙やすりで削ってから塗布すること。で、最後に水拭きして完了」


 私は自分に手渡された道具を見ながら手順を確認する。


「俺は奥からやるから、二人は廊下側からお願い。ゆっくりでいいからね」


 そして、私は光里と二人で最初の机に取り掛かった。

 光里に教えてもらいながらゆっくりと接着剤を落としていく。

 紙やすりで削るのが案外神経を使い、机を傷つけないかとビクビクとしながら手を動かした。

 リムーバーを垂らして暫く放置した後に雑巾で拭き取ると、見違えるくらいに綺麗に落ちた。


「すごーい」


 部屋の掃除くらいでこんな細かい掃除なんてしないけれど、やってみると案外達成感があるものだ。


「柚子葉、綺麗にできたね」

「うん……って光里もう終わったの?」


 私が一箇所終わらせる間に光里は残りの四箇所を終わらせていた。


「光里早っ!」

「太都君の方が早いよ」


 ヘンタイ先輩の方を見るともう一列終わらせて次の列に行っていた。

 慣れた手つきで無駄なく汚れを落としている。

 どこか楽しそうな顔で掃除をする彼の横顔が玩具で遊ぶ子供のようで、ほんの少し可愛いと思ってしまった。


「柚子葉?」

「いや……、違うの。あんなに早くてちゃんと出来てるのか心配になって」

「大丈夫だよ、だって太都君だもん」


 光里は絶対的な信頼の笑みを先輩へと向けた。

 二人が幼馴染で仲が良いのは知っているけれど……。


「光里は先輩の事好きだったりしないよね?」

「え?」


 光里は苦笑いを浮かべ、困ったように頬を掻いた。


「そりゃあ好きか嫌いかで言ったら好きだけど、昔から一緒にいるから親友とか兄弟とかそんな感覚で、異性としては興味ないかな」

「そうだよね。ごめん、変な事聞いて。光里にはもっとイケメンが似合うよ」


 光里は美人で、胸も大きくスタイルも良い。

 ダサくてもっさりしてるヘンタイ先輩が相手では釣り合わないだろう。

 先輩も背は高いし、顔も思っているよりかは整ってはいるけれど、セクハラ紛いの事を言う時点でマイナスだ。

 その後も作業を続け、私達が一列終わったところで、ヘンタイ先輩は残り三列を片付け終了した。


「殆どヘンタイ先輩がやっちゃいましたね」

「そんな事ない。二人がいたお陰で助かったよ。準備も片付けも一人だとすごく時間が掛かってしまうし」


 先輩は私に目線を合わせ、太陽のように笑った。

 少し、恥ずかしくなり、私は目をそらしてしまう。


「柚子葉ちゃんが俺の家にお嫁に来てくれたらいいのだけれど」

「いきません!」


 光里は肩を上下させこのやり取りを笑っている。

 先輩の中身空っぽの愛の告白は、私達三人でいる時の定番の茶番になっていた。


「よし、片付けして、帰るか」

「はーい」


 三人で洗い物をし、その時散った水しぶきを乾いた雑巾で拭き取って、家庭科教師へと報告した。


「ありがとう、みんなのお陰で綺麗になったわ」


 殆どまともに仕事をしていない私が二人と同じように感謝されて恐縮してしまう。


「そうだ、逸見君。これまたもらっていい?すごく使いやすいの」

「いいですよ、今未使用の持っているのでこれを」


 先輩は家庭科の先生に先程の接着剤リムーバーを渡していた。

 家庭科室を去り、まだ用事があるという先輩と光里を残し私は先に玄関へと向かった。慣れない動きをしたせいで腕が痛む。

 夕焼けに照らされた玄関で靴を履き替えていると「柚子葉ちゃん」と小鳥が鳴くような愛らしい声で呼び止められた。


「蜜子ちゃん」


 蜜子が両サイドに跳ねるように結んだ髪を揺らしながら、私に手を振っていた。


「柚子葉ちゃん、今から帰り? 一緒に帰ろう」

「う、うん」


 どうしても蜜子に対して少し苦手意識を持ってしまう。今日艶子と仲良くしているところを見られてしまったし、それについて責められるのではと、心臓がばくばくと鳴って、胸がぎゅーっと締め付けられるように痛くなった。

 しかし、それは取り越し苦労で、蜜子とは終始日常の会話だけし、何の問題もなく二人での時間を過ごすことができた。


「今日、うちらが汚した家庭科室の掃除、柚子葉ちゃん達がやってくれたんだよね」

「化学部でね、でも私はほとんど役に立たなかったよ」

「でも、そのメンバーだったわけだよね。ありがとう、柚子葉ちゃん」


 面と向かってお礼を言われると気恥ずかしくなってしまう。私は照れ臭い空気を変えたくて話題を逸らした。


「蜜子ちゃんも体育祭の準備お疲れ様。入学早々大変だったでしょう」

「うん、まぁね。でも物作りは好きだし、先輩達とも仲良くなれたから楽しかったよ」

「良かったね~」


 そのまま途切れることなく雑談をしながら蜜子とは何の問題もなく過ごし、それぞれの家への別れ道で手を振りながらさよならした。

 一人になった後、スマホを確認しようとすると、鞄の中をいくら探しても入っていなかった。


「やばい……」


 学校へ忘れて来てしまったのだろうか、私は急いで学校へと走った。

 あるとしたら可能性が高いのは教室の机の中だ。学校の玄関へと向かうと光里が調度帰るところなのか、靴箱の前に立っていた。

 声を掛けようとしたところで、光里が私の靴箱から調度上履きを持ち出しているところだった。


「光里……?」

「柚子葉……」


 光里は驚いて、手に持っていた私の上履きを落としてしまう。


 光里が私の上履きを隠そうとしていた……?


 否定したいのに、そんな疑念が頭を埋め尽くしてしまう。

 縋るように私は光里見つめ、「違うよね……?」という言葉をやっと絞り出した。

 光里は何も答えない。

 思いつめたように、下を向いて黙っているだけだ。


「……ごめんなさい」


 光里は顔を覆うようにしながら、その場へしゃがみ込んでしまった。

 これは何かの間違いに決まってる。私が光里へ近付きその肩に触れようとした時、予期せぬ方向から手を叩く音と同時に聴き慣れた声が聞こえた。


「はいそこまでー」


 声がした方を向くと、そこには隣に艶子を連れたヘンタイ先輩が立っていた。

 

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