昼食
※
次の日も上履きはなく。それを光里が見つけ、無事教室へと着いた。
そして、昼休み。
「柚子葉、たまには廊下で食事しよう」
「ん? いいけど、どうしたの?」
「何か昨日太都君に廊下で食べろとかいきなり言われてさ。あと、艶子もいるから」
「わ、わかった」
この学校の廊下には椅子とテーブルが置いてあるランチスペースのような場所が各階にある。広々とはしているがエアコン完備の教室と違って外の気温に左右されやすいのがこの場所の難点だ。
私と光里はその場所にお弁当を持ち、艶子の到着を待った。
「光里。ヘンタイ先輩が何で突然こんなことしろとか言ったのかな」
「さぁね、でも、太都君の言ったことだから間違ってはいないだろうし、黙って聞くよ私は」
「信頼してるのね」
「そりゃあ長い付き合いだからね。太都君おすすめだよ」
光里が悪戯な笑みで私を下から覗き込んだ。
「私は百合の美少女を見ていればそれで幸せなの」
「じゃあ、男と付き合うとしたらどんな人と付き合いたいの?」
女の子同士のカップリングはよく脳内で作っていたけど、異性と付き合うとか考えたことなかったな。
「なんだろう……武士っぽい人かな」
「武士? 何故武士」
「んー、何か時代劇とか見てるとかっこいいし」
戦う男の人は純粋に魅力的に感じるためそう答えたが、よくよく考えると現代にいるわけがなく馬鹿な答えを言ってしまったと後悔した。
光里と下らないやり取りをしながらじゃれ合っていると、「お待たせ」と、霞のような今にも消えそうな声を右耳が捕らえた。
声のする方を見ると艶子が俯き気味に立っている。
「どうぞどうぞ」
光里が空いている席を艶子へと勧める。艶子は私と光里へ無言で会釈をし席へと着いた。
私は彼女となんて話したらいいのかわからず、思わず黙ってしまう。少し気まずい空気の中、三人揃ったということで、それぞれがお弁当を広げた。
私は予てからよく食べる方で、男物の大きいサイズのお弁当箱をいつも持っている。昼休憩の時に光里が持っている女子サイズの小さいお弁当をさして、「よくそれでお腹たまるね〜」等言っていたものだが、艶子のはさらに小さい。むしろお弁当ですらなかった。
食パンを四等分にしたサンドイッチ一つ。
何か他に出てくるのかと思ったが、後に続く物は何も出てくる気配がない。
「木立さん、それだけなの?」
私が驚いて彼女に昼食をまじまじと見ると、艶子はゆっくりと首を立てに降ろした。
「私、あまり沢山食べられないから……、これで充分なの」
同じ人類女子なのにこんなに差があるものなのか。艶子は私よりひと回りは小さい上、手足も折れてしまいそうに細い。彼女の美貌と合わせるとまるで球体関節人形を想像させた。
おそらく彼女の体重は四十キロ以下なのではないだろうか。最近、体重を計って49キロで、大台に乗る前に急いでダイエットした私と悩みは共有できそうにない。
「……でいい……」
聞こえるか聞こえないかの小さな声を発しながら、艶子はこちらを見て何か言った。
「えっと、ごめん。もう一回言って」
「艶子でいい。双子の妹もいるから間違えるし」
「うん。私も柚子葉でいいよ、艶子ちゃん。妹って蜜子ちゃんだよね?」
彼女は黙って頷いた。
光里は艶子を抱き寄せ、頭を撫でる。美少女二人の絡みに一瞬ドキっとしたのは内緒だ。
「これで、艶子と柚子葉も友達だねぇ」
「そうだね、よろしくね」
私が艶子に笑いかけると艶子はこちらを真剣な表情で凝視してきた。見定められているようで緊張する。
「……うん」
彼女ははにかんだ笑顔で少し視線を逸らしながらそれだけ呟いた。
私がふと視線を上げると、廊下で誰かがこちらを見ていることに気が付いた。
ピンクのリボンで縛られたサイドテールが跳ねるように揺れている。
「蜜子ちゃん?」
蜜子はこちらへ笑顔で手を振り、忙しそうに特別教室のある方へと走って行った。
「行っちゃった」
「蜜子は、手芸部に入ってるから、体育祭の小道具とか衣装とか作ってるらしいの」
艶子は小さな声で妹の事を話した。
「手芸部とかすごいねー。私そういう細かいの超ー苦手」
光里は顔の前で手を横に振りながら、気怠そうにしている。艶子も同意するようにうんうんと頷いていた。
「蜜子は手芸とか料理とか女の子っぽい事がすごく得意なの。昔、習字に通っていたのだけれど服が汚れるから嫌って、あの子だけすぐやめてしまったくらいお洒落に気を使う子なのよ」
「艶子ちゃんは蜜子ちゃんと家で結構話すんだね」
「うん、蜜子はよく喋る子。ゲームしてる横でずっと喋ってるの。あの子は交友関係が広いから聞いてるとすごく楽しいの」
艶子はいつもより饒舌に妹の事を語った。とても楽しそうで妹の事が大好きなのだと伝わってくる。
それから三人でオタ話に花を咲かせながら始終楽しく休憩時間は終わった。
この三人で毎回集まってもいいかもしれない。
新しい他クラスの友達が出来たことに浮かれながら、私は午後の授業に挑んだ。
※
化学室の扉を開けると、薄緑の作業着を着た男の人がバケツをいくつも用意していた。
業者さんの作業中に入ってしまったのだろうか、邪魔したらいけないと扉を急いで閉じようとしたところ、その男がよく知ってる人物だと気が付く。
「ヘンタイ先輩?」
「あぁ、柚子葉ちゃん。光里は?」
「他クラスに寄ってから来るそうです」
「そっか」
ヘンタイ先輩は、バケツを並べ、その後雑巾の枚数を数え始めた。
この男はこの奇妙な状況を自ら説明する気はないようだ。
「先輩は何で作業着を……?」
「ん? ああこれか」
ヘンタイ先輩はそこで初めて自分の姿が変わっていることに気が付いたようだった。
「今日は化学部の特別活動をしようと思ってね。柚子葉ちゃんもジャージに着替えておいで」
「あの……、昨日話した光里のことなのですけど」
「大丈夫。ちゃんとどうにかするから」
「そうですか……」
嫌な予感しかないが仕方がない。
化学部がどんな部活なのかわからないから今は黙って従う以外の選択肢はないのだ。
私は腑に落ちないまま、廊下へ出て体育館の横にある更衣室を借りて、ジャージに着替えた。
ジャージに着替え終わり再び教室へ行くと、すでにジャージを身に付けた光里がいた。
「光里も来てたんだ」
「うん、いきなり今日はジャージで来いとか、太都君からメッセが来て急いで着替えたよー」
更衣室に光里はいなかったけど調度すれ違ってしまったようだ。更衣室まで一本道なはずなんだけどもしかして急いでいて存在に気が付かなかったかな。
「ヘンタイ先輩、これから何始めるのですか?」
「え、あ、あああ、そ、それはだね」
いきなり声をかけられたことに驚いたのか、ヘンタイ先輩は焦り手に持っていた液体の入ったボトルを床に落としてしまった。
先輩は照れ隠しをするかのように咳払いをし、調子を整えた。焦ってる彼を見るのは出会って以来初めてかもしれない。
彼は道具の並んだ机にに手をかけこういった。
「これから掃除へ行こうじゃないか」