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ヘンタイ先輩と女子高生  作者: ちゃー!
ヘンタイ先輩と消えた上履き
1/9

出会い

 



 Q,なぜ“彼女”は恨みや憎しみの一切ない友人の上履きを隠したのでしょうか?





 =================================


「柚子葉ちゃん、俺と付き合ってください」


 無駄に長身で、眼鏡で、ワカメみたいな髪型の先輩が私の手を取り、記念すべき十回目の告白をしてきた。

 隣にいる私の友人も、呆れ顔でその光景を見ている。


「ごめんなさい、興味ありません」


 散り切った桜の木の下で、私は十回目の拒絶を彼に与えたのだった。


 ※


 先輩との出会いは、友達に誘われて化学部に入った時が最初だったと思う。


 帰宅部のつもりだったけれど、高校に入学し出来た唯一の友人が化学部に入るというので、それでは私もとついていった先に先輩がいたのだ。


「俺は化学部の部長で二年三組の、逸見太都(ヘンミタイト)だ。よろしく」


 逸見と名乗った先輩は、自己紹介しながら右手を差し出してきた。

 オタクで小心者の私は男の人と触れ合うことは苦手だったけれど、握手を無碍に断るわけにもいかないので、おずおずと右手を前に出した。


「あっ、一年六組の唐金柚子葉(カラカネユズハ)です。よろしくお願いします」


 彼はがっしりと私の手を握り、満面の笑顔を向けて私にとんでもないことを言ってきた。


「柚子葉ちゃんか、綺麗な名前だね。俺と付き合ってくれないか?」

「はい? え、どこへですか?」


 何だろう物でも運ばされるのだろうか、それとも何か雑用かな?


「そうじゃなくて、俺と恋人同士になってくれないかな?」

「はい?? な、なりませんよ」


 恋人? 出会ったばかりで? 冗談? そうだ冗談か……。

 この先輩、見た目オタクっぽいけど案外チャラいのかな?

 それとも高校生ならこの手の冗談も普通なのだろうか。

 男の人に恋愛方面での免疫が一切何もない私は、その場で硬直してしまった。


「そっか、残念だ。でも柚子葉ちゃんのことが好きなことは冗談ではなく真実だから、また告白するね」


 この先輩、サラっと下の名前呼び固定しやがった。

 しかも、冗談ではなく本気だなんて、出会ったばかりなのに絶対嘘。


 私は、この時から逸見太都のことが心底苦手になった。



 ※


「あっはははは、相変わらず太都君飛ばしてるなぁ」


 化学部の活動が終わり、学校から駅までの道中。友人は件の告白がツボに入ったのか、先程からけらけらと涙を浮かべ笑っていた。


 友人の名は、伊塚光里(イヅカヒカリ)

 高校に入学し、席が隣になった縁で話しをするようになり、さらに会話の中でお互いオタクだと判明し、一気に親交を深めた。

 どうやらさっきの先輩とは幼馴染らしく、化学部にもそれが縁で入ったらしい。

 光里は少し茶髪でストレートの髪を揺らしながら、息を切らしていた。


「笑い過ぎだよ」

「柚子葉の反応も可愛すぎて和んじゃって」

「か、可愛くないし」


 その後、光里にからかわれながら帰路についた。

 それを影から見る人物がいたことにも気が付かずに。


 ※






 あなたは何故こちらを見ないのでしょうか


 あなたの隣には何故別の人がいるのでしょうか


 あなたは私を忘れてしまったのでしょうか






 ※


 男女混合で出席番号順で座っている教室。廊下から二列目の一番前の席以外は皆埋まっている。

 そこに座るはずの佐藤君は入学から一度も姿を見ていない。

 私の席はそんな教室の廊下側で後ろから二番目の場所にある。

 出入り口に近く、出入りしやすいため私は窓側より廊下に近い方が好きだ。出席番号順だと大抵このくらいの位置になるため慣れているのもあるかもしれない。

 現国が終わり次の数学が始まるまでの休憩中、隣の席の光里と話しながら次の授業の準備をしていた時、とても小さな声で「光里ちゃん」と、友人を呼ぶ声が聞こえた。


 廊下に面している出入り口から、小さな背丈に長い髪をツインテールにした少女が立っていた。前髪が長くこの位置からだと顔がよく見えない。

 少女は今後の成長を期待したような全体的に一回り大きいサイズを着ており、ブレザーの袖が手の半分くらいを覆っていた。それがまた彼女を小さく見せる効果を発揮している。

 光里を呼んだのは新中学生に混じっていても違和感がなさそうな幼さを感じる少女だった。


「艶子、どうしたの?」


 光里は彼女の名を呼びながら立ち上がった。

 この位置から嫌でも二人の会話が聞こえてくる。どうやら少女は教科書を忘れてしまったらしく光里に借りに来たようだ。


「いつもごめんね。教科書ありがとう、それじゃあ」


 立ち去ろうとする彼女を呼び止め、私の方へ連れてくる。


「紹介するね。同じ中学だった木立艶子(コダテツヤコ)。こっちは新しく友達になった唐金柚子葉(カラカネユズハ)


 私が「よろしく」と弱々しく笑うと、彼女はそれに無言で頷いただけだった。


「次の授業始まっちゃうから、教科書ありがとう」


 艶子は小さな声でそれだけぽつりと言い残し、去って行ってしまった。


「ごめんね、無愛想で。あの子極度の人見知りでさ」

「全然平気。オタクで生きてるとあんな子珍しくないし、私も人見知りだし」

「慣れれば柚子葉とも仲良くできると思うよ。あいつも一応オタクだし」

「そうなんだ。ジャンルは何?」


 “ジャンル”とはオタク界で言うどの作品に今ハマっているかとかどんな属性が好きかという意味である。

 ちなみに私は美少女大好きの百合オタクで、光里も男性向けの美少女キャラものを好むオタクだ。

 私も光里も女の子が沢山出て来る作品を好む傾向にあるため、好きな原作が被り息が合ったのだった。


「津夜子はゲーオタ。FPSとか大好きなんだよ。意外でしょ?」

「へー、見た目大人しそうなのに」


 FPS―ファーストパーソンシューティング―とは一人称視点のシューティングゲームのことだ、銃器を使って襲い来る敵を倒すものが多い。そして敵はゾンビの場合が多かったりする。

 小さくて可愛らしい雰囲気の艶子だが、案外攻撃的な面もあるのだろうか。

 そこで、予鈴がなった。

 教師が教室に入って授業を開始する。

 授業を聞きながら私は艶子についてぼーっと考えていた。心を開いてもらい、いつか彼女とも仲良くなれるといいなと思う。


 ※


 放課後、高校に入って初めての委員会の集まりがあり、私と光里は集合場所に指定された化学室へと向かった。

 化学室は化学部でも縁がある教室だ。私は一年間委員会でも部活でもこの教室を使用することになるようだ。

 閉まっている教室の扉に手を掛けると、何か背筋に悪寒が走った。

 何だろう、嫌な予感がする。

 恐る恐る扉を開けると、例の長身ワカメがこちらへ気が付き手を広げた。


「光里に柚子葉ちゃん。ようこそ俺の美化委員に!」

「俺の?」

「太都君が委員長なの」


 委員長だとしてもお前のではないだろうというツッコミは心に閉まっておく。通訳として光里がいないとこの先輩との会話を成立させるのは難しそうだ。

 そうか、この先輩と部活も委員会も同じになってしまうのか。私は滅入るように肩を落とした。


「じゃあ、私は席に行きますね」


 私が苦笑いを浮かべその場を逃げ去ろうとすると、先輩に腕で進行方向を塞がれた。

 私も165センチと女子の中では大きい方だが推定180センチ超えの先輩に覆われると、その身体がすっぽりと隠れてしまう。

 見上げると、先輩の顔が近い。ヘアスタイルのせいでオタク感丸出しだが、こうしてよく見ると案外整った顔立ちをしている事に気が付いた。

 少し熱くなった顔を誤魔化すように背ける。


「柚子葉ちゃん」

「な、何でしょう」


 この先の言葉はわかっている。どうせこう言うのだ……


「俺の彼女にならないかい?」

「な、なりません。こ、これ以上言ったら変態呼ばわりしますよ!」


 こんな公衆の面前でやめて欲しい。誤解されても嫌なため少し強めに拒絶を示した。


「ヘンタイ……、逸見太都でヘンタイか。いいじゃないかぜひ呼んでくれ」

「う……」


 この男には何を言っても無駄らしい。


「これから太都君はヘンタイ先輩だね。柚子葉」


 隣の友人は私の肩に両手を置いてからかうように言った。

 望むところじゃないか、これからこの男の事は“ヘンタイ”と呼んでやる。美化委員でも部活でも廊下ですれ違う時も呼んで全校生徒に晒してやる。


「ヘンタイ先輩」


 私は腰に手を当て少し偉そうに彼を呼ぶと、彼は満面の笑みでそれに答えた。一体何がそんなに楽しいというのだろうか。毒気が抜かれ、思わず私の表情も緩んでしまった。


「可愛い笑顔だね」


 ヘンタイ先輩は身を屈めて私の顔を覗き込んだ。彼と目が合い急に照れ臭くなってしまい、それを隠すように私はそっぽを向いて身を翻した。


「それじゃあ、私はこれで……」


 顔を見られないように、下を向きながら席について、ヘンタイ先輩の方をそこからそっと観察した。次々と教室に入ってくる生徒達を彼は歓迎し、一年生は突然距離を詰められ困惑し、二年生は愛想笑いで誤魔化し、三年生は呆れ顔で流した。

 どうやら彼は隣にいる友人の光里以外には手に余る存在のようだ。そう考えると光里の背後に後光が射しているような気がしてくる。あんな男と幼馴染として付き合い続けるだなんて光里はなんて良い奴なのだ。


 全員が教室に入ったことを確認すると、顧問の教師が出入り口の扉を閉めた。教師は軽く自己紹介すると、すぐにヘンタイ先輩にバトンを託した。

 ヘンタイ先輩は軽く咳払いをした後、教卓に両手を置き自己紹介を始めた。


「はじめまして、今年から委員長になった逸見太都です。家は小さい清掃会社を営んでいて、週末はそこの手伝いをしています。掃除について何か困ったことがあったらぜひ俺のところまで」


 彼は片手に拳を作り、それを胸にあてた。“エヘン”まるでそんな効果音が聞こえてきそうだ。

 光里に誘われてこの委員会に入ったが、委員長様のやる気に嫌な予感がしてならない。学生生活を緩く適当に過ごしたいと思っていたのに、トップがやる気だと色々と仕事が増えそうだ。

 溜め息をついた私に、隣の友人は小さく「ごめん」と言った。


「光里は何も悪くないから」


 悪いのはそう、目の前にいるあの男なのだ。私が睨むと彼と目が合い小さく手を振られた。

 そのせいで周囲の注目が私に集まり、すごく恥ずかしい思いをしてしまった。

 きっと私の顔はゆでだこのように赤かったのだろう。全身が恥ずかしさで熱くなる。許すまじヘンタイ先輩。


 委員会はその後みんなが自己紹介し、今年の活動予定を読み上げ滞りなく終了した。ヘンタイ先輩は最初の方こそぶっ飛んでいたもののそれ以外は普通で時間通りに委員会は終了した。

 終了の合図と共にそそくさと教室を後にする。光里はヘンタイ先輩に手を振って別れの挨拶をしていた。私は「さよなら」とだけ言い、そっぽを向いて出ていった。


「柚子葉、太都君はいいやつだよ~」


 委員会の後、校舎を背にして玄関から校門まで歩きながら、光里は私の顔を下から覗き込んだ。


「幼馴染なんだっけ? 悪いけど私は苦手だよ。ノリが軽いし」

「軽いか……確かにそうかもね」


 光里は苦笑いを浮かべた後、何かに気が付いたかのように校舎を凝視した。光里以外にもたまたま近くに居合わせた女子も同じ方向を伺っている。

 私も気になり外を見るが特に何も変わった様子がない。一体何が見えると言うのだろうか。


「光里、どうしたの?」

「ごめん、何でもない。気のせいだったみたい」

「そ、そう」


 目の前にいる小さな女子も校舎を見ていたが、気のせいという事は何か見間違いやすいものがあったということなのだろうか。

 私はもう一度同じ方向を見るが下校途中の生徒や、部活に勤しむ生徒しか見えない。本当に気のせいだったのだろう。

 私は深く気にしないことにし、光里と校門へと向かった。

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