お昼の風景
あれからうだうだと見えない答えを探し続けていると、いつの間にか時刻は12時を過ぎていた。
取り敢えず二人分のお昼を買ってこようと、サバニはカガリから貰ったお金を持ってお店を出た。道沿いにしばらく歩いていると開けた場所にたどり着く。ここは街の中心に位置し多くのお店や人で賑わう広場だ。中心部には大きな木が植えられており、枝には様々な輝きを放つ灯りが飾られている。その回りでは屋台や大道芸、それに子供達が遊びまわっており、いつもと変わらぬ賑わいを見せていた。そんな光景をぼんやり眺めながら歩いていると、頭上を淡く輝きながら無数の風船がが飛んでいることに気づく、風船はしばらく空を泳いだ後、跡形もなく消えていった。いくつもの風船が飛んでは消えてを繰り返し、子供達はそれを追いかけ楽しんでいる。歩いている人も足を止めその光景にみとれていた。
風船は広場の中央にいる一人の老人が飛ばしていた。サバニはそちらに足を向けた。
老人に近づき風船に描かれている蛍火を読む。
雨のように
雪のように
吐息のように
命のように
消え行くことは嬉しいことか
消え行くことは悲しいことか
尽きる姿は美しい
儚く消えて
なにも残さず
旅立て
旅立て
「お若いかた、どうだね私の灯りは」
風船に蛍火を描いていた老人がサバニが蛍火を読んでいることに気づき、目線は手元に向けたまま問い掛けた。
「とても素敵だと思います」
「そうかいそいつは愉快だ。いや実に愉快よの。私は素敵という言葉が大好物でね。……してお若いかた、蛍火を読んでおったが、同業の方と思うてよろしいかな」
「はい……まだ見習いですが」
「そうかいそいつはいい。見習いはいいぞ何でもできる。責任は全部上に押し付けて好き放題やることだ。だがな追い出されないように上手くやるんだぞ。ほっほっ」
老人は本気とも冗談ともつかぬことをつらつらと溢した。
「あの……蛍火を描くことで、ものに光を与えるとは習いました。蛍火の表現次第で輝きが変わると……あなたの作った灯りは光だけでなくそのもの自体に影響を与え、風船が跡形もなく消えた。こんな方法があるなんて僕知りませんでした。何か特別なことを?」
「いや何もしてはおらんよ。ただ強く想い描いた。それだけだ。言葉の一つ一つに強く呼びかける。灯りに思いが通じれば、ちゃんと応えてくれる。そういうもんよ」
「強く……想う」
「ほっほお若いかたは真面目なようだ。老人の戯言は聞き流すに限るというのに。いや実に愉快な日だ」
老人は手元に視線を落としているため表情は伺えないが、声色はとても楽しそうだ。
「今日ここに来て良かったです。お爺さんの灯り、とても面白かった。」
「ほっほっいや実に愉快愉快。今日はいい風が吹いておる」
そう言って老人はまた一つ灯りとなった風船を空へと離した。
「あの……またここに来たら会えますか?」
「さあて、会えるかもしれんし会えぬかもしれんな」
「……そうですか……」
「ほっほっ会えるかどうかはまず来てみることよ」
「はい!」
ありがとうございましたと軽くお辞儀をしながら、本来の目的であったお昼を買いに行く。サバニは連なっているお店の一つである"サンセール"というカフェに向かった。中に入って持ち帰りように、野菜スープとバジルの入ったチキンサンドを注文した。
お店を出て広場を抜ける。そこでサバニは立ち止まり、広場を振り返った。先程いた場所に老人はおらず、空に浮かぶ灯りだけがゆらゆら風と踊っていた。しかし、しばらくすると全ての灯りが跡形もなく消え去っていった。
しばらくサバニは空を眺め、そしてまた歩き出した。