視線の先に
二時間ほどたった頃、店の扉が開き、一組の親子がやってきた。
「いらしゃいませ」
「やあ、予約したシキだが」
「お待ちしてました。今カガリを呼んできます」
そう言ってサバニが二階へ続く階段へ足を運ぶと、丁度カガリが降りてくるところだった。
「いらしゃいませ。シキさま。いつもありがとうございます。今日はお嬢さまもご一緒ですか?」
「前々から灯り屋に行きたいとぐずられていてね。連れてきたのだよ。ほらご挨拶は?」
「こんにちはリリです」
「今日は屋敷の玄関に飾る灯りを頼みに来たんだ」
「さようでございますか。それでは詳細を伺いますのでこちらへどうぞ」
そう言って二人が店内脇の机に移動する。
「リリは店の中を見てきなさい。だがくれぐれも落として壊さないようにな」
「わかってるわ。子供扱いしないでパパ」
サバニは奥でコーヒーとジュースを用意して打ち合わせ中の机に置くと番台へと戻った。
また板を手に取り、蛍火を練習していると何か視線を感じた。顔を上げるとリリがこちらをじっと見ていることに気づく。
「見せて」
「え?」
「それ、見せて」
「いや、これは……」
「いいから、ほら貸して」
そう言うとリリはサバニから板を奪っていった。そうしてしばらくじっと見たあと、ふーんとこぼし
「華やかじゃないわね」と言った。
「僕はまだ見習いみたいなものだから……」
「別に悪いって言ってる訳じゃないわ。私の家にあるのはどれも華やかなものばかりだったから、こんなのも出来るんだってただ思っただけ。それに、私こっちも好きよ。目に優しいわ」
「はあ」
「ねえ。これは何てかいてあるの?」
「……朝の柔らかな光のように優しく輝いてあなたを導きますように。ってかいた」
「素敵!意味を知るとこの控えめな感じが益々好きになったわ!」そしてまたしばらく板を見つめたあと
「ねえこれ私に頂戴!」と顔を上げるとサバニに詰め寄った。
「え!でもこれ練習用だし…」
「あら!じゃあいいじゃない私がもらっても。ね!お願い!いいでしょ?」
「……うん」
「ほんと?うふふ嬉しい!」
リリは大事そうに板を抱えた。
「そんなに嬉しいの?」
「ええとっても!」
「……ありがとう」
「どうしてあげたあなたがお礼を言うの?」
「……言いたかったから」
「ふーん変なの」
そんな会話をしていると、打ち合わせを終えたカガリとシキがこちらに寄ってきた。
「なんの話をしてるんだい?」
「見てパパ!もらったの!」
「リリ。また我が儘を言ったんじゃないだろうな」
「言ってないわ。あげるって言われたからもらっただけだもん。」ね?とリリがサバニに同意を求める。間違ってはいないのでサバニは小さく頷く。間違ってはいない。ただいろいろ言葉が足りないだけ。
「ならいいが……ほぉなかなかに上手く描けている。君は娘と同い年くらいに見えるが、12才くらいだろう?その年でこれだけ描ければ大したもんだ。将来が楽しみだな」
サバニは12才かというシキの問い掛けに頷き、少し照れつつお礼を返した。