二人のお兄さん
そこで階段の方から物音がし、二階から男が降りてきた。
「……おはよーさん……」
そう言ってポリポリ頭をかきながら眠そうな目をこちらに寄越す。
「おはようカガリさん」
サバニは奥の部屋へ行き、沸かしておいたポットの湯でコーヒーを淹れた。カガリのところへ戻りコーヒーを渡すと、「どもども」と小さな声でカガリは応え一口啜った。
「また徹夜してたの?」
「まーな」
「終わりそう?」
「……まーな」
「リタさんも徹夜?」
「あぁ。アイツも徹夜。上でまだやってる」
「……僕も今日手伝う」
「ありがとよ。でもおまえはまだだーめ。も少ししたらいくらでもこき使ってやっから。今日も店番頼むな」
「……うん」
「さてと、顔でも洗ってくるかな」
サバニはカガリの背中を見送って、再び奥へと向かうとコーヒーを淹れた。それを持って二階へと上がって行く。上がりきると辺りを見回し部屋の隅でこちらに背を向け、何か作業中の男を見付ける。近づくとその男は顔を上げ
「ん~いい香りがする」
と言ってこちらを振り返った。
「おはようリタさん。コーヒー持ってきた」
「ありがとうサバニ。もうそんな時間なのか」
リタはコーヒーを受け取り、一口飲むとふーっと息を吐き、掛けていた眼鏡を机に置いた。
「はぁ頭がすっきりする。もう少し頑張れそうだよ」
「でも、少し寝た方がいいよ。体壊すよ」
「大丈夫。本当に危なくなったら、勝手に眠るようにできてるから」
そう言ってふふふとリタは笑った。
「それに、集中出来てるときにやりきりたいからね。これはあと少しで完成だし」
リタは手元にある手のひらに乗るほどの球体に視線を移す。その球体には無数の模様が描かれており、淡い光を纏っていた。
「綺麗だね。それ。雪の結晶みたいだ」
「ふふふありがとう。今回はいつもより装飾を多くしてみたんだ。」
"蛍火"と呼ばれるその模様は古くからまじないに使用されたものだ。この国では古くより灯りに蛍火を描くことで、魔除けとしての効果をを加え、日常生活に取り入れていた。蛍火がより美しくより多く描かれているものは輝きも長持ちし、模様が少なくなればそれに伴い輝きも短いものとなる。この"灯り屋カガリ"でも様々な種類の灯りを扱っている。大きさも客の要望で自由に変えることができる。リタが描いていたのは、女性が鞄などに付ける装飾品としての用途が高いものだ。
しばらく二人で灯りを眺めているとリタが灯りを朝の光にかざした。ふとサバニがリタの横顔をうかがうと、灯りを見つめるリタの目はとても優しい色をしていた。