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転生勇者の成り上がり  作者: 雨宮和希
Episode3:再臨の剣
94/121

3-30 道化と雷光

 ――大要塞ガングレイン南部。

 建物が瓦礫と化し、煌々と炎が燃え盛る中、二人の男が向かい合っていた。

 エルヴィス・ジークハルトとマスクド・ピエロ。

 腕を広げて待ち構えるピエロに向かい、仕掛けたのはエルヴィスだった。

 

「――ふっ」


 鋭い呼気と共に放たれるのは神速の一撃。居合のような形で振り抜かれた剣が、ピエロの喉を抉り取らんとばかりに迫る。

 だが――ぐにゃ、という異様な音を鳴らしてピエロは背中を逸らした。そのまま地面に手をつき、反転をするような形でかわしていく。 

 ひどく体が柔らかく、動きに予測がつきにくい。

 だが、エルヴィスはその程度の予想外を気にしてはいない。続けざまに足を踏み込み、剣撃を連続していく。

 ピエロはくるくると回転するような奇怪な立ち回りですべてを回避していく。リズムを刻むようなステップでエルヴィスから距離を取った。

 エルヴィスはさらに踏み込もうとして――眼前に迫る切っ先に気づき、首を横に振った。

 ピエロの突きがエルヴィスの頬を掠める。頬肉を少し抉り、血飛沫が飛んだ。エルヴィスはその傷に構わず、剣を大きく振り回す。

 すると、ピエロは大袈裟な動きで後退した。

 エルヴィスはゆらりと剣を構え直し、ピエロの動きを観察する。

 ――相変わらず、巧い。

 特筆すべきは「間」の取り方だ。相手を舐め腐ったような動きをしつつ、その仮面越しの眼光は油断なくエルヴィスを分析している。

 ゆえに相手をおちょくるような動きで挑発し、怒りや油断で作った隙に、的確な一撃を放ってくる。

 エルヴィスに油断はないつもりだったが、あそこでさらに踏み込めると判断したこと自体、ピエロの誘導に引っかかった結果なのだろう。

 たとえば剣を今にも振り下ろさんとしている敵に特攻するのは馬鹿がすることだが、ピエロの場合は独特の動きをするので行動が読みにくい。

 つまりピエロにとっては待ち構えている状態だったとしても、エルヴィスにはそうと判断できないという話。それどころか、隙があるようにすら見える。


「――どうしました? こんなものではないでしょう、復讐鬼よ。貴方の復讐に懸ける願いは、この程度だったと言うのか!?」


 芝居がかった仕草で告げる道化師。鬱陶しいが、しかしこれもピエロの戦術だ。相手の動揺を誘っているだけ。構うほどの価値はない。

 エルヴィスは手にしている長剣を手の中でくるりと回し、地面に突き刺した。


「……姿を隠すもの、あるいは人ならざるものよ」


 目を瞑り、詠唱を開始していく。

 ピエロは一瞬、その隙に攻撃を仕掛けようとばかりに膝に力を入れたが――動かない。

 エルヴィスから、圧倒的な殺気を感じたからだ。

 普段はその程度で動揺するピエロではないが、エルヴィスの場合、落差が激しい。

 凪いだ水面のように落ち着いていた雰囲気が、がらりと変化した。剥き出しの殺気がピエロを圧し潰すかのように向けられる。


「我が願いに力を。闘争に勝利を。我が血脈の源流へ。――我が体に憑依し、戦いに狂わせたまえ。これより我こそが復讐の鬼。仇を呪う怨霊である……!!」


 ゴッッ!! という凄まじい音と共に、エルヴィスを中心に突風が吹いた。

 いつの間にかエルヴィスの姿が変わっている。額には一本の角を生やし、口元には牙が見え隠れしていた。よく見ると爪も鋭く、長くなっている。

 その変化を前に、ピエロは僅かに押し黙った。

 エルヴィスの空恐ろしいまでの殺気が無造作に垂れ流されていく。その視線が、立ち尽くすピエロを捉えた。

 彼はザッ、と地面に突き刺した剣を引き抜く。獣のように低い姿勢で剣を構え、猛禽のように鋭い眼光でピエロを睨みつける。

 そして鋼のように固まっていた表情が、初めて笑みの形を浮かべる。三日月型に弧を描いた。

 それは歓喜を意味する笑み。今こそ、長年待ち望んでいた時だと示すもの。


「……ほう。ほうほう! その姿は、まさしく神話の時代に伝えられる『鬼』そのものではありませんか!!」

「――“鬼化”。貴様を殺すために、編み出した魔術だ」


 直後。

 エルヴィスが常識をはるかに超える速度でピエロに突貫した。蹴り抜いた地面が吹き飛ぶ。

 音が遅れて聞こえた。エルヴィスは力任せに剣を振り抜く。

 ピエロは咄嗟に剣で斜めに受け流したが、それでも後方に吹き飛ばされていく。圧倒的な膂力は受け流されてなお圧倒的だった。

 地面を削るように勢いを弱めるピエロに肉薄すると、エルヴィスは体を回転させた。技術もへったくれもない獣のような強引さで剣を振り回す。

 ドゴッッッ!! と凄まじい音を鳴らしてピエロがさらに吹き飛んでいく。冗談のように体がくるくると舞った。そのまま体勢を立て直すこともなく、地面に叩きつけられる。


「……こんなものか?」


 ピエロに言われた台詞をなぞるように、エルヴィスは言う。

 王都が燃えたあの日から、十数年の時間が流れた。家族を殺された日から十数年の時が流れた。

 その間、妻のアニスと娘のカーラ、その夫となったジーンの顔を忘れたことなどなかった。エルヴィスから大切な家族を奪っていった道化師の顔を忘れたことなどなかった。

 だから鍛錬を絶やさなかった。毎日、毎日、歳で衰えていく体に鞭を打つように剣を振り続けた。

 あの後すぐに王国と魔国は休戦状態となり、復讐の機会は訪れなかった。ここで魔国にまで探しに行けば、戦争を再開する切っ掛けになりかねない。

 エルヴィスは別に戦争を望んでいるわけではない。いくら過去の妄執に囚われていても、妻や娘の平和を望む願いを無碍にするほど落ちぶれてもいなかった。

 だから己を鍛え続けた。ただ、その時を待ち続けた。

 もし戦いになった時、必ず復讐を果たせるように――そのための力を求め続けた。

 万全を期した。その結果として、今この惨状が存在する。


「……私の遠い先祖には、どうやら『創世神話』に名高き鬼の一族がいたようでな」


 鬼。

 それは、今はもう滅んだ人間の一種族。

 魔物のオーガに似た特徴を持つが、鬼には魔物にはない知能があり、同時に異常なまでの身体能力が存在した。


「ならば、鬼の伝承は私と相性が良い。ゆえに私程度の魔術の腕でも、これだけの術式を成立させられる。――他の追随を許さない圧倒的な身体能力。副次効果として闘争本能やらがついてくるが……逆に言えばその程度だ」


 エルヴィスの“鬼化”は先祖たる鬼を想起し、自らに憑依させている。そうであると認識している。ゆえにそれが魔術として成立し、鬼の特徴を再現しているのだ。

 鬼の血脈を受け継いでいて魔術的に繋がりが深いからこそ可能な荒業。

 これこそが、ピエロへの復讐を盤石のものとするためにエルヴィスが編み出した魔術だった。


「……素晴らしい」


 エルヴィスは目を細める。その先で、燕尾服をボロボロにしたマスクド・ピエロがよろよろと立ち上がっていた。


「十数年の時を経て磨き抜かれ、純化された力! あの時よりもはるかに力強く、鍛え抜かれた剣撃! 素晴らしいではありませんか!」

「……御託は良い」


 エルヴィスが再び剣を構え、淡々と言う。さっさと決着をつけるために、膝に力を込めた。

 痛めつけてやりたい気持ちもなくはないが、“鬼化”は魔術であり魔力の少ないエルヴィスでは遊んでいられるほどの余力はない。それに使い続けていればいるほど闘争本能が暴走して鬼に「呑まれる」危険も高くなる。

 フリーダに拾われるまでのエルヴィスであれば――それでも構わないと言っただろう。生きる理由を、明日を望む理由を失ったのだから。

 だが今は、そうは思わない。

 生きていく理由を見つけたから。支えてあげたい存在を見つけたから。

 フリーダ・クレール――彼女は強いようで、脆い。けれど、いつだって矢面に立つ。自分をそういう存在だと思っているから。彼女は自分の「弱さ」を、自分で認められていない。

 だから、この老体がまだ必要だ。

 彼女の「弱さ」を肯定する存在として、エルヴィスはまだ未来を夢見るのだ。

 ゆえに。

 ――こんなくだらない男に、命をくれてやるほどの価値はない。


「……ここで、終わらせる」


 エルヴィスは弓を引き絞るかのように力を溜め切ると、一息に駆け出した。

 否。エルヴィスは文字通り、消えた。周囲からは、そういう風にしか見えなかった。


「嗚呼、これは、本当に、素晴らしい……」


 そうしてピエロが認識すらままならない速度で、剣でそのふざけた仮面を叩き割り、脳天をぶち抜く。

 エルヴィスの剣撃は紛れもなく、鍛え続けた彼の人生において最高の一撃だった。

 これを避けられる者など世界に十人といないと信じていた。長い人生における豊富な戦闘経験が、明確にそう告げていた。

 そしてエルヴィスの認識は間違いなく真実だった。

 だから。


「――惑え、この道化と共に」


 エルヴィスの誤算はたったひとつ。

 眼前に佇む仮面の道化師(マスクド・ピエロ)が、世界に十人といない最強格の怪物だったという事実のみである。

 直後。


 世界が変革した(・・・・・・・)



 ◇



 手も足も出なかった。

 ライドはただ、呆然とその光景を眺めていた。

『六合会派』の『東』を司ると言った少年――クラーク。

 戦うことに意味などあるのか、ライドには分からなかった。

 ノエルとマリーは、今でも必死に刃向かっている。もはや戦いを愉しむクラークを喜ばせているだけだというのに。


「――炎よ、最古たる文明の光よ! ゆえに人の僕となるが定め……!」


 マリーによる魔術の高速詠唱から放たれた炎の渦がクラークを囲むように肉薄する。 

 それは扱う魔術の選択、術式の構築速度、そして編まれた術式の完成度――どれを取っても一級品と呼べる魔術だったはずだ。

 しかし。


「天の怒りよ、地に落ちろ!」


 眼前の女装美少年はそれをいとも容易く吹き散らしていく。

 ――雷、である。

 彼が自在に操っているのは、音速を越えて暴れ回る紫電の光そのものだった。

 雷光がマリーの眼前で迸った。バチィ!! と凄まじい音を鳴らして電撃が通り抜けていく。

 魔力強化を強くかけることで辛うじて反応することはできている。だが、回避できている理由はほとんど奇跡のようなものだ。反応に体がついてくるとは限らない。


「……!!」


 マリーは得意とする炎の術式が雷撃に焼かれて霧散したのを見て、歯噛みしながら再び術式構築を開始する。

 クラークは獰猛な笑みを浮かべながら――後方から肉薄してきたノエルの攻撃を回避した。背中を曲げ、くるりと回転するように位置を反転させる。

 ノエルの双剣が空を切った。しかし身軽な彼女は無理やり地面を蹴って体を反転させる。振り返りざまに双剣を振るった。

 

「そいつは悪手だろ」


 だが――その時すでにクラークは雷撃を放つ準備を完了させている。右手を照準とするように、ノエルへと向けた。

 雷光が凄まじい音を鳴らしてノエルの体を貫こうとする。だが、ギリギリでノエルの真横を通り過ぎていく。ノエルは風圧だけで吹き飛ばされた。


「ありゃ?」


 クラークは頭をかく。

 どうやら、あの雷を操る魔術は命中精度は高くないらしい。大雑把な狙いしかつけられない感じだろうか。

 それに、雷がバチバチと暴れ狂うさまを見る限りでは、術式の制御が非常に難しく消費魔力効率もかなり悪そうだ。制御を誤れば自滅しかねない。

 雷の魔術を操る者など、ライドはこれまでの人生で見たことがない。

 昔は何人かいたようだが、時を経るにつれて廃れたと聞いている。雷という概念は非常に強力だが、人間の手には余るのだ。こんな暴れ馬をまともに操れるとするのなら、それこそ神ぐらいしか存在しない。

 ――それが定説だった。


「運が良いなあ、テメェらはよ!!」


 眼前の怪物は、繰り返す歴史が決めた常識など軽々と飛び越えていく。

 雷光が同時に数度迸った。

 ドガガガガッッッ!! と、まるで爆撃のようにマリーの足元が吹き飛ばされていく。


「マリー!」


 それに気を取られていたライドは爆心地を中心に吹き飛んできた瓦礫群に気づくのが遅れた。

 大質量の塊が叩きつけられる。冗談抜きで呼吸が一瞬止まった。

 メキメキ、と嫌な音が体の内部で響き渡る。


「ごっ……ほ……!?」


 ライドは地面をごろごろと転がり、喀血した。直接攻撃を受けたわけでもないのに、余波だけでこのダメージだ。

 チリチリとした音が聞こえる。顔を上げると、クラークが体に電気を纏いつつ、こちらへ向かって歩いてきていた。

 周囲を見やると、ノエルとマリーも同じように倒れ伏している。

 絶望的な状況だった。

 そこへ、


「――大丈夫か!? 我々も加勢する!!」


 声が聞こえた。希望の声だった。そちらを見れば、瓦礫をかき分けるようにしながら数十人の兵士がこちらに向かっている。


「あん? ……ったく、兵士連中はサラたちの担当だったろ。サボりやがって」


 ガングレインは要塞だ。当然、兵士も大量に詰めている。今回は裏側から攻められたために対応が遅れていたが、ようやく間に合ったということだろうか。

 何にせよ、ライドは少しだけ安堵した。王国の要所であるガングレインの兵士たちは精鋭と名高い。

 倒れたノエルが手を伸ばす。縋るように。


「待っ……」


 ならば倒すまではできずとも、撤退ぐらいまでは追い込める可能性は十分に――


「――雑魚は失せろ」

 

 曇天の空から裁きが下った。紫電の光が咆哮を上げる。稲妻が地面に炸裂し、凄まじい爆発を叩き出す。

 後には、焼き焦げた死体だけが残った。


「あ……」


 ライドは絶句する。

 これがクラークのやり方。ライドたちは遊ぶだけの価値があると思われたから、まだ生きている。

 しかし――それすらもないと思われれば、一瞬で殺される。その事実を理解してしまった。

 ここまで隔絶した実力差の相手に、何をすればいいのか。

 

「つまんねえ邪魔入れてんじゃねえよ。もう少しマシな獲物になりやがれ」


 怠そうな表情で言うクラークを見て、マリーが近くの瓦礫に拳を叩きつけた。額から流れる血にも構わず、彼女はクラークを睨みつけている。


「良い目じゃねえか。オレは好きだぜ、お前みたいな女は」

「……貴方のような変態は、お断りですわ」

「そりゃ残念だ」


 彼らの言い合いを、ライドは膝をついて聞いていた。

 そもそもが場違いなのだ。ライドは普通の人間だ。周囲の状況に流されているだけの、どこにでもいる凡人だ。

 そんな人間がなぜ、王国の趨勢を決める戦いに巻き込まれているというのか。敵国の主戦力と思われる怪物と相対しているのだろうか。

 もっと普通の冒険者になるはずだった。

 ――ライドは、レイのような英雄の器ではない。

 矮小な人間だ。器が小さく、先ほどの兵士たちの亡骸を見ても、哀しいとしか思えない。助けられると思ってなかったからだ。彼らは死ぬと薄々察していたからだ。

 けれど、ライドは何もしなかった。きっとレイなら、マリーなら、ノエルなら、見ず知らずの他人であろうと、全力で助け出そうとしただろう。

 ライドはそんな人間とは違う。今も自分のことしか考えられず、恐怖に怯えて縮こまるだけだ。

 冒険者養成学園でも最下位の成績を取り続けた落ちこぼれ。 剣術も魔術も才能がなく、また努力する気も大してなかった。だから、今このザマだ。学園の歴史の中でも突出した天才だったノエルとマリーの足手まといでしかない。


「……ライ、ド」

 

 ノエルが膝に手をつき、立ち上がりながら言う。

 彼女はことここに至って、まったく諦めてなどいなかった。


「まだ、手はある。奴の雷は、制御しきれていない。さっきは通じなかったけど、あなたの“魔力嵐”を上手く活用すれば……まともに、操れなくなるかもしれない」


 ライドは彼女の言葉を聞いても、顔を伏せていた。


「さっきから疑問だったんだがよ、何でテメェら二人は、そこの黒髪の雑魚を気にかけている? 言っちゃなんだが、レベルが違うじゃねえか」


 ――無理だ。“魔力嵐”ごときで、クラークの制御は乱せない。そもそも最初に試したのだ。だが現状を見れば結果など明らかだろう。

 クラークの言う通り、ライドは何の役にも立っていない。


「見てりゃ、オレに怯えて縮こまってるだけ。何しに来たんだテメェは。やる気あんのか?」


 クラークという魔術師は大雑把なようで、その実、ひどく繊細だ。細心の注意を払って術式を取り扱っている。そうでなければ雷など制御できない。

 最高最巧クラスの魔力制御技術があるからこそ自在に雷という暴虐を振るえるし――同時に、それだけの腕があってなお、雷という暴れ馬は「大雑把」に操っているように見えてしまう。

 だが――その本質は、また違う。

 クラークは、雷制御魔術に意図的な「あそび」を設けているだけだ。

 つまり、あえて制御しきっていない。

 術式に余裕を持たせることで、イレギュラーにも対処できるようにしている。


「……ライドは」


 だからライドの“魔力嵐”で術式の制御を乱しても対応できてしまうのだ。


「ライドは、あなたみたいに小さい人間じゃない」

「ああ?」

「……ね、ライド」


 ノエルは言う。

 その手にある双剣を交差させ、構えながら。


「……あなたが自分を信じられないのは知ってる。だから、あたしを信じて」


 当たり前のように。

 ライドに「戦え」と彼女は言う。


 ――だから、憧れてしまったのだ。


 ライドは凡人だ。だから凡人なりに、ひどく当たり前に羨んだ。一緒にいれば、自分も同じようになれるだろうかと少しだけ思った。

 そんなはずがないと知っていて。自分の無能さをよく知っていて。

 それでも、そんな自分にはもう嫌気が差していた。何かを変えたかった。変わりたいと思っていた。

 彼女と一緒にいたいと思ってしまった。だから必死に自分にできることを模索して、“魔力嵐”という一つの固有魔術を生み出した。

 ライドにできるのはそれだけだった。

 魔術の才能がないのに魔力量は無意味に多かった彼は、それを嵐のように雑な魔術を展開することで周囲の術式に悪影響を与える効果を作り出した。

 まともに効果を発揮しないライドの魔術が、乱雑に「場」を荒らす。

 魔術の才能がないことを逆手に取った新しい発想を下敷きにした固有魔術――それが“魔力嵐”。

 ライドはそれを編み出してから、成績は変わらずとも一目置かれるようになった。ノエルやマリーたちとより関わるようになっていった。

 自分を「同じ存在」のように扱ってくれる彼女らに甘えていたのだ。

 ならば、とライドは思う。

 

「……」


 ポケットから取り出した煙草に、火をつける。

 フラフラと立ち上がりながら、吸った煙をゆっくりと吐き出した。


「仕方、ねえな……」


 ここで変わりたいと思った。

 憧れのままでは終わらせたくなかった。

 自分の矮小さを知っていて、知っているからこそ、ライドは前へと足を踏み出していく。

 ――ノエルとマリーの隣に、並び立つ。


「……吹き荒れろ」


 そして、恐怖を覆す勇気を――掌に握り締める。

 英雄のように。


「――“魔力嵐”」


 凡人が英雄になれないと誰が決めた。

 彼はどこまでも普通で、けれどそれを大切にできる心優しく強い人間だ。

 大切な意志を貫けるのなら、きっと誰にでも英雄の資格はある。

 

 



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