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転生勇者の成り上がり  作者: 雨宮和希
Episode3:再臨の剣
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3-28 倒すべき敵

 一瞬、懐かしい香りが漂ったような気がした。

 けれど、どこかで知っているその香りの正体を突き止めている余裕はない。

 その広間に踏み込んだレイの前には、二人の少女が倒れていたからだ。

 リリナとセーラ。

 彼女ら二人は全身を痛めつけられ、ぐったりとした様子で倒れている。

 うめき声が漏れていた。ひどく苦しそうだった。

 同時に、レイはその存在に気づく。

 広間の奥には、かつて何度も目にした顔。十数年以上の日が経って少し老いたように見えるが、その容姿に大した変化はない。

 忘れるはずもなかった。

 自分を殺した男に――気づかないはずもなかった。

 かつての光景と今の光景が重なる。倒れ伏すリリナとセーラを見て、拳を握る。アリアの涙が脳裏を過った。

 

 ――こんな悍ましいバケモノを、生かしておくわけにはいかない。


 レイの怒りが爆発した。


 

 ◇



 状況は、正直なところ何も理解していない。

 なぜフリーダたちがいないのか。なぜリリナとセーラだけが倒れているのか。なぜローグが単独でここにやってきているのか。

 知りたいことはたくさんある。

 だが、やるべきことだけは理解していた。

 ――この男だけは、ここで殺さなければならない。

 それだけ分かっていれば十分だった。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 獣のような咆哮と共に、レイの剣撃が炸裂する。

 ローグも剣で防御したが、幾重にも、幾重にも、攻撃を重ね続ける。疲労など知ったことではない。限界など知ったことではない。

 レイはただ、これまでの自分を上回る速度で剣を振るい続けた。一瞬前の自分よりも速く剣を振るい続けた。

 金属音が凄まじい勢いで連続していく。

 ローグは流麗な剣さばきですべてを払いのけていく。だが、それだけだ。レイの攻撃を止めることはできていない。

 研ぎ澄まされたレイの集中力は、敵の予想外の強さに動揺したローグの隙を見逃さなかった。

 レイの袈裟斬りがローグの肉体に炸裂する。ローグの精密な魔力強化によって刃が通ったのは僅かだったが、凄まじい勢いで彼が吹き飛んでいく。

 そして烈火の如く怒るレイが、その程度で終わらせるはずもなかった。

 ――“大砲”。一言。異世界式魔術が宙で身動き取れないローグに炸裂し、爆発した。


「……」


 まともな直撃を見ても、レイの表情は晴れない。

 ローグ・ドラクリアという魔国軍最悪最凶の怪物が、この程度で終わるはずもなかった。

 レイは体中に魔力を循環させ、これまでより繊細に制御し、肉体強化の度合いを高めていく。

 先ほどは不意打ちだったから成功したが、本来のローグはあんなものではない。

 今のレイでは、動きにすらついていけないだろう。ゆえに、無理をしてでも身体能力を引き上げていく。

 そして当然のように、レイの魔術の中で最大威力を誇る“大砲”を受けたローグがゆったりと立ち上がった。


「戦う相手のレベルに引き上げられ、強くなっていく性質……それにしてもおそろしい成長速度だ」

相変わらず(・・・・・)気味の悪い喋り方だな。十数年も経てば少しは変わってるかもしれないと思ったが……クソ野郎はクソ野郎のままで何よりだ」

「……?」


 レイの言い回しを不可解に思ったのか、ローグは眉をひそめる。

 だが、わざわざ説明してやる義理もない。ゆうゆうと自己紹介をするほどレイの心に余裕はなかった。


「俺の十五年をお前で試そう」


 淡々とした口調で一言。

 レイは剣を上段に構えると、地面を蹴ってローグの懐へと飛び込んでいく。

 繰り出すのはシンプルな振り下ろし。だがそれゆえに、レイが毎朝振り続けた軌道に沿って霞むような勢いで振り抜かれる。

 その鋭い一撃に、流石のローグも反応が遅れた。

 彼は腕でガードしたが、その肌が薄く切り裂かれ、血飛沫が舞う。

 先ほどまでは動揺していたローグだが、すでに冷静さは取り戻しているらしい。

 よく見ると口元では魔術の詠唱を始めている。


「――対となる者、あるいは裏に潜む者よ、彼の者に膝をつかせる助けとなれ」


 それは“追影”。ローグがよく使っていた魔術の一つ。

 ローグの影が蠢き、レイの方へと伸びてきた。

 それは大した速度ではないが、影の動きなど普通は気づくものではない。ましてや戦っている最中だ。この影にレイの影が捕まると、途端に動きにくくなる。

 体が重くなるといった表現が適切か。

 いずれにせよ、これまで通りには動けなくなる。

 突然訪れたその感覚に動揺した敵の首を刈り取る――それがローグの常套手段だった。

 初見殺しもいいところだが生憎、レイは十数年前までのローグの戦術は知り尽くしている。ついぞ決着はつかなかったが、十数回は交戦していた。

 レイが“追影”を跳躍して下がるようにかわすと、ローグは影を引っ込める。

 戦闘中ずっと機会を狙うだけの利点はある魔術だと思うが、おそらくは消費魔力の効率が悪いのだろう。

 敵にバレたと悟れば、すぐにその術式を使わなくなる。


「――魔剣よ、闇を纏え」


 続けてローグが呟いたのは、魔術の詠唱ではなかった。 

 それは肩にかけている黒ずんだ魔剣の能力を起動させるための文言。

 ――同時に、それは勇者アキラが最後まで倒しきることのできなかった最も厄介な力だった。

 ズズ……!! と音を立てて、ローグの魔剣から「闇」が顕現していく。

 それは、これまで表情を変えなかったレイの額に、初めて冷や汗をかかせた。


「……お前は」


 そしてローグの口から、ぽつりと言葉が放たれる。


「もしや俺と戦ったことがあるのか?」

「……さあな。自分で考えろ」


 強気に言い放つが、レイに先ほどまでの余裕はない。

 今、目の前に立つ銀髪に紅い瞳の男は、間違いなくレイが今まで戦ってきた中で最強の怪物だ。

 勝算など一切ない。

 だが、リリナとセーラを抱えた状態でローグから逃げ去ることの方が難しいだろう。

 リリナとセーラを見捨てるなどという選択肢は、レイの中には当然――ない。

 ならば倒すしかない。そもそも仲間をここまでやられて、みすみす逃げ帰るなどレイの誇りが許さなかった。

 どのみち、いずれは倒さなければならない敵だ。

 たとえ過去、何度煮え湯を飲まされた相手であろうとも。

 勇者アキラが勝てなかった相手であろうとも――レイ・グリフィスに勝てないとは限らない。


 ――これは、「挑戦だ」。


 レイは覚悟を決める。

 ――レイ(じぶん)は、アキラ(じぶん)を越えられたのか。

 かつて手にした偽物の力を、これまで培ってきた本物の力で越える。そして眼前の敵を打ち破る。

 ローグの背後に堂々と君臨する聖剣の存在に気づきながら、それでもレイは、手元の剣を強く握り締めた。



 ◇



 ――手遅れなのかもしれないと、マリーは一瞬だけ思ってしまった。

 なぜなら。


「あ……」


 予想以上に短かった『空間回廊』を脱し、大要塞ガングレインに顔を出したその瞬間。

 燃え盛る街並みと、叫び声を上げて逃げ惑う人々を目の当たりにしたからだ。

 まさに阿鼻叫喚の絵図。この光景を一言で表すなら、「地獄」という形容が最も相応しかった。


「行こう、マリー」


 その光景を見ても動じず、毅然とした様子でノエルが言う。

 マリーはそんな彼女を見て、ぶんぶんと首を振った。ぱちんと頬を叩き、気合を入れ直す。

 まだ終わってなどいない。皆、生きているではないか。ならば、後は彼らを苦しめている元凶を排除するのみ。

 マリーの視界に入る範囲でも、数人の魔族が民衆を相手に猛威を振るっていた。

 裏から攻められることを想定していなかったため、兵士たちが間に合っていないだろう。

 

「もう、好きにはさせませんの……!」


 そう思い、駆け出そうとしたマリーのもとに、一人の少年が現れる。

 否。それは少年と呼べる容姿ではなかった。肩まで伸びた金色の髪は、その一部を三つ編みにしている。洒落たスカートも合わさり、戦場には似合わない美少女のように見える。

 ――だが、その身に纏う荒々しい雰囲気は紛れもなく男性のもの。

 彼は地獄絵図の最中、気軽な調子で声を上げる。その体に纏わりついた血の赤など、まったく気にならないといった様子で。


「よぉ。まずは自己紹介をしようか。オレは『六合会派』の『東』を司る者、クラークだ」

「貴方……!?」

「名乗れよ三下、テメエらはそのへんの雑魚と違って、多少は歯ごたえがありそうだ」

「……わたくしはマリー、冒険者ですわ」

「ノエル、右に同じ」


 ライドは何も語らない。ただ舌打ちをしただけだった。

 それを見て、クラークは愉し気に笑う。


「戦いの流儀も知らねえ奴が混じってやがるな。だが、まあいい。どのみち同じことだ。……テメエらには何の恨みもないが――命令に従い叩き潰す!!」

「上等ですわ……!!」


 この地獄を創った怪物が、獣のような咆哮を上げた。



 ◇



 同時刻。

 マリーたちが戦い始めた、その数十メートル先の瓦礫群の中で。


「まさか貴様の方から現れるとはな」


 老紳士――エルヴィスは冷たい声音で呟く。

 彼の視線の先から芝居がかった歩き方と共に現れたのは――仮面の道化師。

 シルクハットをかぶり、燕尾服を纏う彼は、エルヴィスの姿を視認して背中を折り曲げるように哄笑を上げた。


「ああ! こんな奇跡があるものか! 上からの命令で排除にかかった敵が――かつてワタシに傷を負わせた因縁の相手など!! ああ、これは素晴らしい! 美しい物語だ! この道化師(ピエロ)ですらも、所詮は盤上で踊る駒に過ぎないというのか! ならば、それもまた良し! 役者としても一流であることを証明してみせようではありませんか!」

「……囀るのが上手いな、愚図め」


 エルヴィスが殺気を込めて睨みつけても、ピエロは狂ったように嗤い続けるのみ。


「よろしい。では、今よりここがワタシとアナタが作る舞台。脚本は運命だ! ――さあ、『復讐劇』を始めよう! アナタにその美しい物語の主役たる器があるのか、このワタシが確かめる!!」


 エルヴィスはそれ以上、言葉を発しなかった。

 仇は見つけた。今、この男が砦を襲う元凶であることは間違いない。

 なら後は殺すだけだ。


 

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