3-23 彼の探し人
フリーダ・クレール。“死の商人”。
それはあくまで戦争中に流布された根拠のない噂に過ぎず、十数年が経過した今では忘れ去っている人も多い
その世代ではないリリナやライドたちが何も知らないのも当然だった。
表情を歪めるフリーダに、悪辣に嗤うローグ。無言のまま視線の温度を下げていくエルヴィス。話についていっているのは、この三人のみだ。
「……まあ、いい。聖剣の在処を知られていた理由は分かったからな」
だが別に、わざわざ説明してやるほど親切な者もここにはいない。
ローグが先ほど饒舌だったのは、あくまでフリーダ一行を騙すために過ぎない。
だが――そうなると、むざむざ取り逃がすのも惜しいように思えてきた。
人族とエルフ族の友好の証であるハーフエルフに、マリアスが創り出した人造魔族――そして、武器を「匂い」で嗅ぎ分ける異能を持つ“死の商人”。
捕縛しておけば、利用価値はいくらでもある。
だが、具体的に何か手があるのか。真っ向から捕らえようとすれば土精霊ノームと戦うことになり、そうなると流石に時間がかかり取り逃がしてしまうだろう。
高位精霊は腐っても神の眷属。いくらローグと言えど、舐めてかかれるわけではない。彼らと土精霊に共闘されたら少し面倒だ。マリアスの事件の際にもいた新米冒険者共はともかく――あの老紳士は強い。となると万が一が起こる可能性もある。
そこまで思考を回したローグは、後方から駆けてくる足音が耳に届いた瞬間。
何かを思いついたように――低く肩を揺らす。
「……ローグ」
リリナたちがやってきた方とは反対側の、ここよりさらに下る階段から現れたのは、一人の少女。
その人物はローグに邂逅するなり、憎々しげに視線を向けてきた。
「そんなに慌てて、どうかしたか? ――アリア」
◇
――不思議な人だ、とリリナは思った。
まず、綺麗だった。目鼻立ちが整った顔立ちは可愛らしく、清廉な花のようだった。
次に、見たこともない服装をしていた。白と赤を基調にしたその衣服は少なくとも王国周辺の文化には存在せず、独特の雰囲気を放っていた。
ここにレイがいたならば、いわゆる巫女服と呼ばれているらしい衣服だと知っていたが――リリナには知る由もない。
背は少し小さい。長くさらりとした黒髪が、腰のあたりまで届いていた。
美しい少女。可愛らしい少女。確かに、皆が言葉をなくして魅了されてしまったとしても不思議ではない。
だが。
リリナたちが言葉を失っていたのは、アリアと呼ばれたその少女の外見的特徴とはまったく別の理由だった。
(こ、れは……!?)
その感覚を言葉にするなら、「威圧感」が最も正確だろう。
だが、それだけならローグからもずっと感じている。その圧力に恐怖している。ゆえに、リリナたちがアリアから感じたのは、ローグの殺気にも似たそれとはまた種類の異なるものだった。
――魔力。
そう、魔力だ。今、リリナたちが悟っているのは紛れもなく魔力である。ハーフエルフゆえに魔力感知に敏感なリリナが、最も正確に理解しているだろうが。
すなわち、ローグの後方から姿を現した少女が内包する途方もない魔力量。それが「圧」となってリリナたちに押し寄せたのだ。
ゆえに、リリナの身は凍りつく。
これはおかしい、と。
明らかに、魔国軍最強と名高いローグをはるかに上回っている。
こんなもの、人間という矮小な存在が抱えきれるような魔力量ではない――
「――アリア、だと?」
そして、エルヴィスが目を細めた。
「貴様……その黒髪、その奇妙な衣服、知っている。知っているぞ。遠くから見たことがあるだけだが……独奏曲を名乗るのなら、間違いはあるまい」
そこで、リリナも気づいた。
アリア。
それは、勇者アキラほど有名な名前ではない。
消息不明になっている上、彼女自身はたった一つを除いて大した実績を残しているわけではないから。
だが――そのたった一つが、当時の王国を救った一手だった。
そう。
彼女の正体は、勇者の選定人――つまり、勇者アキラを見出した張本人にして、
「王国の、宮廷魔術師……!」
驚愕の視線を向けられたアリアは。
痛ましげに顔を歪め、その紅の瞳を僅かに伏せた。
それは紛れもなく、アリアが魔族であることを示す証だった。
少なくとも、レイがいない以上は。
「どういう、ことだ……?」
意味不明。理解不能。フリーダがぽつりと呟きを漏らす。
(……あの人が)
リリナは次から次へと推移する事態に、振り回されるだけの脇役だと自覚した上で。
(かつてのレイ様の、最も近くにいた人……)
それでも。
必死についていこうと足掻いていた。
主である少年は、いつだって諦めることなどなかったから。
◇
アリアは僅かに息を切らしていた。
ここから地下の『回廊』に繋がる階段を走ってきたからだ。
人族の冒険者たちがレイモンドを突破してここまでやってきていたことは予想外だったけれど、今はそれよりも大事なことがある。
そうして――目の前に佇む、銀色に紅い瞳の怪物を睨みつけた。
「……あたし、聞いてない」
悔しげに、呟きを漏らした。
ローグはおどけるように、大げさに肩をすくめる。
「さて、何の話だ?」
「これは、在処が分かっている聖剣を回収する作戦じゃなかったの!?」
「そのつもりだが?」
「じゃあ、何で……!?」
「単に、これだけが作戦ではなかったというだけの話だよ、アリア。貴女の仕事はこちらであり、別の作戦について知らせる必要はないはずだが? それに……」
ローグは。
悪辣に、嗤う。
「もし知っていたとしても――貴女には何もできないだろう」
ギリ、とアリアは唇を噛み締める。
「何で、王国の要塞に奇襲なんて……!」
「俺は魔国軍の者だ。敵国への攻撃を指示するのは当然だろう」
「……これは、戦争を再開する決定打だよ」
「そんなことは分かっている――貴女も、分かっていたはずだろう」
核心を突かれ、アリアは固く拳を握り締めた。
そう、遅かれ早かれこうなることは分かっていた。アリアは、それを後回しにして目を背けていただけ――
「要塞に、奇襲だと……?」
そこで。
人族の冒険者たちの声が聞こえてきた。
ローグが我が意を得たりとでも言いたげに笑い、そして語り始める。
「聞かれてしまったか」
わざとらしく、肩をすくめながら。
「となれば、勇敢なお前たちに、一つ意義ある情報を教えよう」
真ヒロイン(?)登場。