3-20 戦いを求め
――レイモンド・ゴレアスは歓喜していた。
今まさに矛を交えているレイ・グリフィスという少年。彼は強い。ここまで血沸き肉躍る戦闘は久方ぶりだ。
レイモンドはその大柄な体格に反して、実年齢はいまだ十七歳。成長が遅い魔族にしては珍しく、すでに大人と言っても違和感のない恵まれた体を手にしていた。
加えて、生来の戦闘センスと――魔術が通じない体質。これが組み合わされば、レイモンドと渡り合える者など周囲に存在しなかった。
近づけば、恵まれた体格から放たれる嵐のような槍撃がすべてを粉砕し、離れれば、魔術をすべて吹き散らす。
ゆえに無敵無双。レイモンドは幼い頃から怖れられ、彼もまた戦いの道から離れようとしていた。誰も自分に勝てないのなら、戦うことに意味などない、と。
だから彼はいまだに、自分と互角あるいはそれ以上の実力の相手と戦闘したことはほとんどない。
例外は、ローグ・ドラクリアに叩き潰され、この『六合会派』なる不可解な組織に勧誘されたときだ。
このとき――レイモンドは世界の広さを知った。
真の最強を目の当たりにしたのだ。同時に、胸のうちに沸き立つものを感じた。
まだ世界には、自分を超越する者がたくさんいるのだと。
『俺と一緒に、この世界を変えようじゃないか』
その言葉に興味はなかった。だが彼そのものには興味があった。この男についていけば、きっと燃え上がるような戦いに導いてくれる。そんな確信があった。
そして今。
ゆえに、レイモンドは楽しくて仕方がなかった。この死線を潜り抜けるかのような戦い。ヒリヒリする感覚。危機感が警鐘を鳴らしている。
愉し気に、頬を歪める。できる限り長引かせていきたい。だが、レイモンドは決してレイを舐めているわけではなかった。むしろその逆。レイモンド優勢で戦闘が進んでいるというのに、最大の脅威として認識している。
「テメェ……いきなり速くなりやがったな? いったい何だよ、その技はよォ!!」
レイモンドは尋ねながらも、大槍を暴風のような勢いで振り回していく。ゴォ!! という凄まじい音が鳴り響くが、レイは体を逸らして紙一重でかわしている。
その顔色に恐怖はない。淡々と、眼前の事象を観察し、現状において最適な手段を出力している。
「別に俺は速くなってるわけじゃない」
レイは言う。剣を振るいながら、努めて冷静な口調で。
「速くなっているように――お前が感じているだけだ」
「……チッ!?」
咄嗟にレイモンドは体を右に逸らした――が、左肩をレイの剣が切り裂いていく。血飛沫が上がった。だが、致命傷にはほど遠い。レイモンドは退かない。そのまま傷を無視して大槍を突き出した。
レイは最小限の体の動きで、レイモンドの怒涛のようなさみだれ突きをさばいていく。
レイモンドは攻撃しつつも思考を回していた。
――まただ、と。
基本的にはレイモンド優勢で戦闘が進んでいるのに、あるときレイが突然速くなり、戦況を覆される。危うく殺される寸前まで届かせてしまう。
これはいったい何だ。こんな不可解な感覚は初めてだった。
レイの方にも、これ以上説明する気はないらしい。当然といえば当然だ。レイモンドの魔術が効かない体質のようにあからさまなものはともかくとして、自分の技の種をわざわざ明かす意味はない。
おそらくは魔術の一環だろうか。先ほども見たことない術式を扱っていた。レイモンドの知らない魔術があっても不思議ではない。そしてレイモンドの体質は、レイモンドの体に触れない限りは影響を及ぼさない。
そういう風に構築された生まれつきの魔術。異能。あるいは体質。呼び方など何でもいい。ただ事実として、レイモンドの体は他者の魔力を跳ね除け、吹き散らす。
それゆえに、レイモンドは魔術に疎い部分があった。
敵が何をしているのか分からない。それは先手を譲ることに他ならない。
(このままだと、いずれやられる)
そんな危機感を抱いていた。ゆえに、レイモンドは心からの笑みを浮かべる。そうして考える。
敵を倒す方法を。眼前の好敵手を打倒する手段を。一歩間違えば首を飛ばされる緊張感の中で、獰猛な攻めと冷静な思考を両立させる。
「く、は……」
それが、何よりも楽しかった。
自分が望んでいた瞬間はこれなのだと確信した。
「は――はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははァ!!」
ゆえに。
集中力は極限まで研ぎ澄まされ、レイモンドのパフォーマンスはおそるべき勢いで向上していく。
◇
これは“解析”だ。
異世界式魔術。マリアスとの戦いを経て、さらなる力を欲したレイが生み出した新たなる魔術。
イメージはコンピュータ。その効果は単純。視界に納めている敵の動きをデータとして逐一記録し、パターン化していく。その繰り返し。当然、時間が経つごとに精度も上がっていく。
すでに、レイはレイモンドの槍術の基本を把握しつつあった。彼の動きは荒っぽいようでその実、きちんとした理に基づいている。
これはあくまでレイ本人に解析する力を与える魔術であり、レイモンドに影響があるわけではない。ゆえにレイモンドの体質は通じない。
敵の動きを解析し、掌握する。そうして精度の高い予測の域に繋げる。だから隙を突けるのだ。
レイモンドは速くなったと思っているようだが――そうではない。予測の信憑性が高いタイミングで、レイは懸けに出ているだけだ。つまり動き出しが速い。
だが、その予測が的中したときでも、レイは仕留め切れていなかった。敵の一歩先を読み切って、なお倒せないのだ。眼前にいるレイモンドは紛れもなく怪物だった。
同時に、レイモンドが思っているほど、レイに余裕はなかった。
なぜなら。
レイは戦いつつ、“解析”を続けている。つまり魔力強化を施し剣を振るいながら、常に魔術を使い続けているのだ。その魔力消費と精神的疲労は尋常ではない。魔術というのはただでさえ集中力を要する。それを敵と斬り合いながら続けるというのは、それだけで常識の埒外である。そもそも魔術師が遠距離を担当するのは、敵と近距離にいては魔術が使えないからだというのに。
ともあれ――そういった事情があるレイは、できるだけ早く決着をつけたかった。
「させねェよ」
レイの思考を見透かしたように、レイモンドが言う。
「さっさとケリ着けようだなんて考えてんだとしたら興ざめだ。できるだけ楽しんでいこうぜ!! なァ!?」
「ぐっ……!?」
レイモンドの猛攻が激しさを増していく。嵐と形容するのが相応しい。恐るべきはそのスタミナだ。その大柄な体躯で、重そうな大槍を存分に振り回しているというのに、息を乱しているようには見えない。
いくら“解析”が続いているとはいえ、敵の動きのレベルが上がっていくのなら予測が意味をなさない。一秒ごとに、その槍さばきが鋭さを増していく。
レイは苦渋に顔を歪めた。力量の差を見せつけられている。レイは防戦一方に押し込まれ、反撃する隙を見つけられない。
苦し紛れに、魔術を起動する。そう思わせる。
“銃弾”。バンバンバン!! と乾いた音を鳴らし、レイモンドに高速で炸裂する。
「万策つきたかァ!? 効かねェよ!!」
レイモンドが咆哮と共に、レイを大槍で突き飛ばした。咄嗟に最大まで魔力強化を強めたおかげで傷は浅い。数メートル吹き飛んだレイは壁に激突して地面に崩れ落ちた。
――だが。
「……悪いな」
レイは小さく息を吐いた。
「……な」
相対するレイモンドの肉体には、いくつもの弾痕が開いている。頭、胸、腹、それぞれ重要な部位に何発も。
「オレに、魔術が通用するはずが……っ!?」
「これは武器だからな」
レイの手には、拳銃が握られていた。
これまではイメージとして拳銃があり、実際には指先から弾丸を放つだけだった。
しかし――レイモンドの『魔術が効かない体質』はどこまで適用されるのかを“解析”していたレイは、まず魔術で実銃を構築し、それを通常の物理法則の基に撃ち放つという手を使ったのだ。
当然、これが魔術だと思っていて何発か似たような術式を無効化しているレイモンドはかわすことを考えない。
ゆえに、音速の弾丸がレイモンドの肉体を貫いたのだ。
魔術だと思い無警戒だったがゆえに、魔力による防護もない。ゆえに弾丸はそのまま強力な結果を生んだ。もし魔術ではないと分かっていれば、強化度合いを高めた腕で弾かれて終わりだっただろう。
――とはいえ結果論だ。現実として、レイモンドは致命傷を負っている。血が大量に溢れ出していた。
(ま……こいつを創り出すのはかなり苦労したけどな。アリアから実物を見せられ、中身の解説までされていたからこそだが)
そして“銃弾”とは異なり、実銃を創り出すこの魔術は集中力と魔力の消費が半端ではない。その上、どれだけイメージが強固でもやはり綻びは生じるものなのか、拳銃は今にも壊れそうだ。
その前に決着をつける。
「俺の勝ちだ。満足したか? 戦闘狂」
「ああ……そうだな」
レイモンドはがくりと膝をつく。
目と目が交錯する。
その顔に、後悔はないようだった。
「良い戦いだった。感謝する」
乾いた銃声が連続し、一人の影が崩れ落ちた。




