3-19 地下神殿の奥へ
ライドは地下神殿の奥へ奥へと進み続けている一行を追走していた。
彼の前方には、レイを除く一行の面々が焦ったような表情で走っている。
(……なんでこんなことになってるんだか)
ライドはため息をつきたい気分だった。そんな余裕がない状況下だというのは分かっている。ライドは馬鹿ではない。しかし、ライドはまだ駆け出しの冒険者だ。だというのに、初依頼で国家間の戦争にも繋がりかねない事態に見舞われるのは勘弁して欲しかった。冒険者試験の際も巻き込まれたというのに。
当然、自業自得ではある。そもそも『聖剣』を手に入れるなどというきな臭い依頼だったのだから。このような事態も想定してしかるべきなのかもしれない。
だが、ノエルが目を輝かせていたのでライドも仕方なく受けることにした。どんなに面倒臭そうでも、ノエルを一人で危険な場所に向かわせる気にはなれない。
――そう、思っていた。
(……くそっ、なんでこいつら、逃げ帰ろうとしないんだ)
だが。
レイモンド・ゴレアス。そんな風に名乗った魔国軍の怪物を目の当たりにして、ライドの心は早々に折れた。
あんなものに敵うわけがない。しかも彼の口ぶりからして、彼と同格の魔族が複数いると考えられる。あのレベルの怪物が、魔国軍には平然と存在するのだ。
そんな連中とこれから戦うことになるというのに、どうして先に進もうとするのか。ライドには分からなかった。
ただでさえ無理のある依頼だったのだ。今はこの事態を知らせに王国へ舞い戻るのが正解ではないのだろうか。このまま不十分な戦力で聖剣を奪いにいったところで、勝算があるとは思えない。
それよりも、聖剣の在処を突き止めたという事実に信憑性が増したのだ。王国首脳部にこれを知らせ、一流の冒険者たちに国からの正式依頼を出した方が賢明なのではないだろうか。
似たような思考がライドの頭をぐるぐると回る。
「ライド……?」
気づけば、並走していたノエルが心配そうな表情でこちらを見ていた。
だからライドは、素直に尋ねる。
「本当に、このまま向かっていいと思うか?」
「ん……。あのレイモンドとかいう奴の仲間がいると思うし、厳しい戦いになると思うけど、でも、やらなきゃ。わたしたちは冒険者なんだから!」
自分を奮い立たせるようにノエルは言う。彼女はにへら、と笑った。
「冒険者の誇りだよ。駆け出しでも、わたしはその端くれだから。どんなに事態が大きくなっても、依頼を果たさなきゃ冒険者は名乗れないと思う」
「……」
「それに、レイにも託されたからね」
――それは命を懸ける理由になるのだろうか? そんな言葉をライドは呑み込んだ。
きっと、なるのだろう。彼女たちにとっては。
ノエルは高潔な人間だ。王国において彼女のような獣人族の数は少なく、近年あまり仲が良くない帝国では人口の四割を獣人族が占めている。ゆえに狐獣人のノエルが冒険者養成学園で浮いていたのは、不自然なことではないだろう。それがやがていじめのような光景になっていったのも、異物を嫌う子供の心理を考えればおかしくはない。残酷ではあっても、それは一種の真実だ。
だがノエルは揺らがなかった。自分が間違ったことをしていない以上、ただ堂々と在り続けた。間違いを間違いだと指摘し続けた。自らの正しさを負けず、ただ前だけを見て努力していた。
結果として彼女は冒険者学園の第三席まで成り上がり、皆に認められた。自らの正しさを、ただ実力を持って貫き通した。
『……どうしたの? こんなところで』
対して。
ライドは常に孤独だった。
成績はぶっちぎりの最下位。常に周りから馬鹿にされ続け、彼もまたそれを当然として受け入れていた。
単純に、魔術も剣術も才能がなかった。
別段、やる気がなかったわけでもない。鬼気迫るほど頑張っていたというわけではないが、それなりに努力はしていた。
だが、ライドには才能がまったくと言っていいほどなかった。だから諦観していた。この先、何がどうなろうと、どうでもよかったのだ。なるようになる。だからライドは流されるがまま生きていく。
『ちょっと、そうやって馬鹿にするの、よくないと思うんだけどなー』
しかしノエルはライドを庇った。こんな人間にわざわざ興味を持ち、話しかけてくれた。
ライドがいつもノエルと共にいるのは、そんな彼女に惹かれたからだ。
そんな彼女の背中に、憧れのようなものを抱いたからだった。
ライドのように、流されるがままに生きていくわけではなく、自ら望む流れを生み出していく、そんな人種。
マリーもそうだ。貴族のレールを飛び越え、冒険者の道を選んだ破天荒なお嬢様。ただの馬鹿のように見えるが、その実リーダーシップがあって、貴族の誇りを胸に抱いたその芯は強く、ゆるぎない。
セーラもそうだ。これまでは同類のように思っていたが、マリアスに縛られていた心を成長させ、強い人間になった。
――レイはおそらく、その人種の最たる存在だろう。
自分の、進む道が見えている。やるべきこと、やりたいことが分かっている。その夢のために、理想のために、戦いを続けていく。
だからエルフの里で起きた事件を解決し、クロエラードの街と冒険者試験で起きた事態を解決し、誰かの笑顔を取り戻すことができている。
きっと、あのような男が『英雄』と呼ばれる存在になるのだろう。
だからレイモンドのような怪物を前にしても、彼は顔色一つ変えない。
ライドとは、違うのだ。
他の面々に関しては詳しくは知らない。けれど、その目を見る限り、ライドのように『逃げ』ばかり考えている人種とは異なるように感じる。
「くそ……」
嫌気がさした。ノエルのような人間に憧れていた。だから彼女についていったのに、いざそういった人間たちに囲まれると、自らの器の小ささを自覚する。自らの矮小さを知り、この場から逃げ出したくなる。
「くそ……!!」
それでも。
ライドは逃げるわけにはいかない。ノエルの傍を離れるわけにはいかない。
なぜならライドは、ノエルが「強い」だけの人間ではないと知っているのだから。
――だから、才能がないなりにどうにか力になりたくて、“魔力嵐”という異端の魔術を作り上げたのだから。
「……前方の扉の先に、人の気配があります」
先頭を走るエルヴィスの硬質な声が聞こえた。
ノエルの狐耳がぴこぴこと反応し、
「これは……戦闘音?」
そんな風に呟いた。魔力強化した脚力で扉に近づいていくと、如実に戦闘音が聞こえ始めた。レイたちではない。彼らの戦闘音はずっと後方で今も聞こえている。
なら、この先ではいったい何と何が戦っているのか。
皆の緊張感が一気に高まっていく。
「フリーダ様」
エルヴィスの視線が、主を射抜く。
一行はいったん立ち止まり、ひと呼吸入れた。
緊張した様子のフリーダはそんな面々を見回すと、告げた。
「……突入するぞ!」
バン! と、扉が開かれる。
その先では。
「……な」
ライドの理解を超えた光景が展開されていた。