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転生勇者の成り上がり  作者: 雨宮和希
Episode3:再臨の剣
82/121

3-18 レイモンド・ゴレアス

 地面を踏み砕くような勢いで接近した二人は、その直線上で互いの武器を以て衝突する。

 レイは銀色の長剣、レイモンドは鉄製の大槍。おそるべき勢いで放たれたそれが激しい金属音を鳴らすと同時、


「おらァ!!」


 丸太のように大きい脚が、レイの腹を横なぎに蹴り飛ばした。


(――速い……っ!?)


 辛うじて魔力強化を強めた右腕によるガードが間に合ったもののレイは容赦なく吹き飛ばされ、何とか足を踏ん張って体勢を立て直そうとする。が、そんな暇は与えないとばかりにレイモンドは猛追してきた。

 その手に握られた大槍が、高速で突きを連続で放つ。初撃を首を振ることでかわし、二撃目は剣で軌道を逸らした。


「やるじゃねえか!」


 喜々としたレイモンドの声。対するレイは、淡々と周囲に視線を走らせる。

 今の攻防の間に、マリーとセーラが詠唱を完了させていた。魔術が起動する。マリーが飛ばした火の鳥を、セーラの風が加速させた。

 レイモンドがそれに気を取られる。その隙にレイはいったん後ろに下がった。そして、眉をひそめる。――なぜ回避しようとしないのか。それとも対抗魔術でも扱えるのか。

 しかし、今から詠唱したところで間に合うはずもない。レイがそう思っていると、彼は――嘲るように笑った。


「そいつは通じねえ」


 レイモンドが手をかざす。マリーとセーラの複合魔法はその手に触れた瞬間、光の塵のように消えていった。


「なっ……」


 マリーが絶句する。レイモンドはふんと息を吐くと、隙を晒したマリーへと一気に肉薄した。

 そこでノエルがマリーの前に出る。


「雑魚がわらわらと!」


 レイモンドは嘲るように言いつつ、ノエルに向かって槍を突き込む。

 ノエルは獣人の動体視力でそれを見切ると、双剣で横に受け流そうとする。だが膂力だけで吹き飛ばされた。

 レイモンドはそのままマリーに踏み込もうとするが、その間に冷静さを取り戻していたマリーはすでに後退している。

 そして吹き飛んだノエルはライドが受け止め、抱えたまま着地した。

 誰に対しても、レイモンドからは一定の距離がある。どこに攻め込むか迷った彼の背に、レイの“銃弾”が次々と炸裂した。

 だが。


「……なるほどな」

「理解したか?」


 無傷。銃弾の魔術はレイモンドの背に届いた瞬間、弾けるように消え去った。その背に何のダメージも受けていないレイモンドは、レイを振り向いて笑う。


「オレに魔術は通用しない。生まれつきそういう体質でな」

「特異体質か」

「分類上は固有魔術らしいがな。おかげでオレも魔術師を名乗れるらしいぜ」


 怪訝そうなリリナが、レイに視線を向ける。


「レイ様」

「魔術ってのは要するに事象の改変だ。生まれつきだろうが何だろうが、結果的に世界に影響をもたらせるならそれは魔術なんだ」


 ひどく少ない確率で、そういった生来の異能を持つ人間が生まれてくることがある。

 レイモンドはそのうちの一人なのだろう。それに――ここまで戦闘に役立つタイプの異能となると、本当に数は限られてくる。

 ――魔術が通じない。

 レイモンドの言うことに嘘がなければ、それはおそろしく強力なアドバンテージだ。


「さあ、続きをやろうぜ。まさかこの程度で打つ手がなくなったわけでもねえだろ」


 レイモンドは余裕綽々といった様子で言う。

 マリーが息を呑む音がレイの耳に届いた。セーラはいつもの無表情だが、冷や汗がその頬を伝っている。

 魔術が通じないということは、この二人はほとんど封じられたに等しい。そしてレイの手札も半分は使えないということだ。

 レイは少し押し黙ると、後方のフリーダたちに視線を向けた。くい、と顎で広間の奥を指し示す。

 それが意味するところは、

 

「こいつは俺が引き受ける。聖剣を魔族に奪われるわけにはいかない。先に進んでくれ」

「しかし……こんな化物を一人で……!?」

「フリーダ」


 レイは背中越しに、フリーダの目をしっかりと見据える。


「聖剣を頼む」


 彼女は僅かに息を呑むと、直後にしっかりと頷き返した。


「……分かった」


 リリナが心配そうに、レイの方を見やる。


「……レイ様」

「お前も先に進んでくれ」

「でも」

「俺を信じろ」


 剣を強く握りしめる。


「――俺を誰だと思ってる?」


 その言葉に、リリナは僅かに泣きそうになりつつも頷く。そして彼女がセーラやマリーに指示を飛ばす。これ以上の説得は必要なさそうだった。

 ライドは何も言わなかった。ただ僅かに視線を交わすのみだった。


「頼みます」


 そしてエルヴィスはそんな一言と共に、フリーダを連れて奥へと進もうとする。

 対して、


「言うじゃァねえかよ、人族風情が」


 レイモンドはそんなレイたちのやり取りを、笑い飛ばした。


「覚悟は良い。だが、オレがそいつらを奥に進ませると思ってんのか?」

「お前こそ」


 レイは肉体の魔力強化の度合いを高める。

 同時に、異世界式魔術を起動する。レイモンドには通用しないはずのそれ。だがレイは、相手の異能の特性をすでに把握していた。

 確かにレイモンドには魔術は通用しないが、それはおそらくレイモンドに直接作用するものに限られる。間接的な場合はそうではない。魔力強化をしたまま戦えている時点で、その可能性が高い。

 ならば――レイには、この怪物を倒す手段があった。


「本当に、俺以外に目を向けてる余裕があるのか?」

「あ?」

「――隙だらけだぞ」


 レイモンドの懐に。

 神速の勢いでレイが潜り込んでいた。


「なっ……!?」


 剣が振り回される。レイモンドは肉体を何とか強化した。

 ゴッッッ!! という爆音と共に、レイモンドが階段側の壁に叩きつけられる。強化が間に合ったせいで切り裂くことはできなかったが、それなりのダメージは与えたはずだ。


「テメェ……急に速くなりやがった……!?」

「行け!」


 レイモンドが動揺している隙に、フリーダたちが地下神殿の奥へ奥へと走っていく。立場は入れ替わり、今度はレイが門番のように君臨していた。


「……正直、舐めてたぜ。このレベルの人族が生きてるとはな。世界は広いってもんだ」


 膝をついていたレイモンドは立ち上がり、舌なめずりをしながらこちらを獰猛に睨みつける。


「だが――そう来なくっちゃ、倒す価値もねェ」


 獣の如く。

 圧倒的な戦意を顕わにした。


「好戦的なことだ」

「戦う以上は楽しまなきゃ損だ。テメェもそうだろ?」

「さあな。少なくとも、命のやり取りを好きだと思ったことはない」

「それだけの力を持ってる奴の言うことじゃねェな」

「戦いはあくまで手段だ。どちらかと言えば、それが目的化しているお前の方が異端だろ」

「ハハッ、ローグの野郎と同じことを言いやがる」


 ぴく、と。

 レイの視線の温度が明確に下がった。

 それを見て、レイモンドが片眉を上げる。


「へぇ、テメェみたいな子供があの野郎を知ってるのか?」

「あのクソ野郎と一緒ってのは、気に食わないな」

「違いない」

「お前とローグはどういう関係だ?」

「オレは『六合会派』の南を司る者――そう名乗ったはずだ」

「……」

「これは魔国軍革新派の中枢を担う組織、それを統括してんのがローグだよ。つまり気に食わないことに、オレは奴の部下ってわけだ」

「随分とべらべら喋るんだな」

「情報漏洩だの何だのってか? 興味ねェよ。オレは戦いを楽しめればそれでいい。だから連中に協力しているだけだ」

「……面倒な奴だ」

「その点、この仕事を回したローグには感謝してるぜ? 久々に骨のある奴と戦えてるんだからよ」


 レイはチキ、と剣を構え直し、十数メートル先のレイモンドを見据える。そうして、嘆息した。


「……思ったよりも、大事になっちまったな」

「ハッ、今更だろ」


 王国の冒険者と魔国の軍人が『砂漠』で衝突。これが明るみに出れば、また戦争に一歩近づく。

 だが――そもそもの問題、魔国の部隊が聖剣を回収しようとしている時点で、それは避けられない事態なのかもしれない。


「そもそもオレたちは、これから王国の要塞を襲撃する。すでに戦争の再開は決定事項なんだよ」


 それは。

 こんな『砂漠』まで魔国の軍人が侵攻している以上、予想していた言葉ではあった。

 だが、分かってはいてもレイの心に重くのしかかる。表情が僅かに歪んだ。


「……考え直せないのか?」

「ハハハハ!! テメェほどの力を持った者が、馬鹿なことを言うもんだ」

「戦争が再開されれば、また多くの人が死ぬ。……多くの人が悲しむ」


 だがローグのように、眼前のこの男のように、戦争を望む者がいる限り、世界に平和が訪れることはない。


「だから何だってんだ! 世界の摂理に憤ってどうする!? テメェはそれを変えられるとでも言うつもりか!?」

「そのために力をつけてきたんだ……!!」


 理想だというのは分かっている。どれだけ足掻いても手が届かないかもしれないと知っている。

 それでも、求め続けることに意味があるのだと。

 たとえ今のように場当たり的な対処を余儀なくされても。

 レイは剣を強く握り、駆け出した。疾風のように。


「笑わせる! 無駄だ! テメェは強い! 確かに強い! だが世界は――世界は、個の力で歪められるものじゃねェ! 残念だなァ! テメェは馬鹿なかつての勇者の二の舞になるだけらしい!」

「なら――証明してやるよ!!」


 二人の武器が交錯する。激しい金属音と共に、剣と大槍が鍔迫り合いになる。レイは咆哮と共に、レイモンドを後方に吹き飛ばした。

 そうして、さらに前へと足を踏み込んでいく。


(アリア……)


 ――約束をしたんだ。

 この世界を平和にするって、みんなが笑顔でいられる世界を作るって。

 アリアの前で誓ったんだ。



 ◇



「……?」


 黒髪の少女は、ふと後ろを振り向いた。

 誰かに――かつて隣にいてくれた人に、名前を呼ばれたような気がしたから。


「どうした?」

「……いや、何でもないの」

「なら、先を急ぐぞ。レイモンドの魔力を感じる。侵入者がいるのだろう」

「……分かってる」


 


 

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