3-18 レイモンド・ゴレアス
地面を踏み砕くような勢いで接近した二人は、その直線上で互いの武器を以て衝突する。
レイは銀色の長剣、レイモンドは鉄製の大槍。おそるべき勢いで放たれたそれが激しい金属音を鳴らすと同時、
「おらァ!!」
丸太のように大きい脚が、レイの腹を横なぎに蹴り飛ばした。
(――速い……っ!?)
辛うじて魔力強化を強めた右腕によるガードが間に合ったもののレイは容赦なく吹き飛ばされ、何とか足を踏ん張って体勢を立て直そうとする。が、そんな暇は与えないとばかりにレイモンドは猛追してきた。
その手に握られた大槍が、高速で突きを連続で放つ。初撃を首を振ることでかわし、二撃目は剣で軌道を逸らした。
「やるじゃねえか!」
喜々としたレイモンドの声。対するレイは、淡々と周囲に視線を走らせる。
今の攻防の間に、マリーとセーラが詠唱を完了させていた。魔術が起動する。マリーが飛ばした火の鳥を、セーラの風が加速させた。
レイモンドがそれに気を取られる。その隙にレイはいったん後ろに下がった。そして、眉をひそめる。――なぜ回避しようとしないのか。それとも対抗魔術でも扱えるのか。
しかし、今から詠唱したところで間に合うはずもない。レイがそう思っていると、彼は――嘲るように笑った。
「そいつは通じねえ」
レイモンドが手をかざす。マリーとセーラの複合魔法はその手に触れた瞬間、光の塵のように消えていった。
「なっ……」
マリーが絶句する。レイモンドはふんと息を吐くと、隙を晒したマリーへと一気に肉薄した。
そこでノエルがマリーの前に出る。
「雑魚がわらわらと!」
レイモンドは嘲るように言いつつ、ノエルに向かって槍を突き込む。
ノエルは獣人の動体視力でそれを見切ると、双剣で横に受け流そうとする。だが膂力だけで吹き飛ばされた。
レイモンドはそのままマリーに踏み込もうとするが、その間に冷静さを取り戻していたマリーはすでに後退している。
そして吹き飛んだノエルはライドが受け止め、抱えたまま着地した。
誰に対しても、レイモンドからは一定の距離がある。どこに攻め込むか迷った彼の背に、レイの“銃弾”が次々と炸裂した。
だが。
「……なるほどな」
「理解したか?」
無傷。銃弾の魔術はレイモンドの背に届いた瞬間、弾けるように消え去った。その背に何のダメージも受けていないレイモンドは、レイを振り向いて笑う。
「オレに魔術は通用しない。生まれつきそういう体質でな」
「特異体質か」
「分類上は固有魔術らしいがな。おかげでオレも魔術師を名乗れるらしいぜ」
怪訝そうなリリナが、レイに視線を向ける。
「レイ様」
「魔術ってのは要するに事象の改変だ。生まれつきだろうが何だろうが、結果的に世界に影響をもたらせるならそれは魔術なんだ」
ひどく少ない確率で、そういった生来の異能を持つ人間が生まれてくることがある。
レイモンドはそのうちの一人なのだろう。それに――ここまで戦闘に役立つタイプの異能となると、本当に数は限られてくる。
――魔術が通じない。
レイモンドの言うことに嘘がなければ、それはおそろしく強力なアドバンテージだ。
「さあ、続きをやろうぜ。まさかこの程度で打つ手がなくなったわけでもねえだろ」
レイモンドは余裕綽々といった様子で言う。
マリーが息を呑む音がレイの耳に届いた。セーラはいつもの無表情だが、冷や汗がその頬を伝っている。
魔術が通じないということは、この二人はほとんど封じられたに等しい。そしてレイの手札も半分は使えないということだ。
レイは少し押し黙ると、後方のフリーダたちに視線を向けた。くい、と顎で広間の奥を指し示す。
それが意味するところは、
「こいつは俺が引き受ける。聖剣を魔族に奪われるわけにはいかない。先に進んでくれ」
「しかし……こんな化物を一人で……!?」
「フリーダ」
レイは背中越しに、フリーダの目をしっかりと見据える。
「聖剣を頼む」
彼女は僅かに息を呑むと、直後にしっかりと頷き返した。
「……分かった」
リリナが心配そうに、レイの方を見やる。
「……レイ様」
「お前も先に進んでくれ」
「でも」
「俺を信じろ」
剣を強く握りしめる。
「――俺を誰だと思ってる?」
その言葉に、リリナは僅かに泣きそうになりつつも頷く。そして彼女がセーラやマリーに指示を飛ばす。これ以上の説得は必要なさそうだった。
ライドは何も言わなかった。ただ僅かに視線を交わすのみだった。
「頼みます」
そしてエルヴィスはそんな一言と共に、フリーダを連れて奥へと進もうとする。
対して、
「言うじゃァねえかよ、人族風情が」
レイモンドはそんなレイたちのやり取りを、笑い飛ばした。
「覚悟は良い。だが、オレがそいつらを奥に進ませると思ってんのか?」
「お前こそ」
レイは肉体の魔力強化の度合いを高める。
同時に、異世界式魔術を起動する。レイモンドには通用しないはずのそれ。だがレイは、相手の異能の特性をすでに把握していた。
確かにレイモンドには魔術は通用しないが、それはおそらくレイモンドに直接作用するものに限られる。間接的な場合はそうではない。魔力強化をしたまま戦えている時点で、その可能性が高い。
ならば――レイには、この怪物を倒す手段があった。
「本当に、俺以外に目を向けてる余裕があるのか?」
「あ?」
「――隙だらけだぞ」
レイモンドの懐に。
神速の勢いでレイが潜り込んでいた。
「なっ……!?」
剣が振り回される。レイモンドは肉体を何とか強化した。
ゴッッッ!! という爆音と共に、レイモンドが階段側の壁に叩きつけられる。強化が間に合ったせいで切り裂くことはできなかったが、それなりのダメージは与えたはずだ。
「テメェ……急に速くなりやがった……!?」
「行け!」
レイモンドが動揺している隙に、フリーダたちが地下神殿の奥へ奥へと走っていく。立場は入れ替わり、今度はレイが門番のように君臨していた。
「……正直、舐めてたぜ。このレベルの人族が生きてるとはな。世界は広いってもんだ」
膝をついていたレイモンドは立ち上がり、舌なめずりをしながらこちらを獰猛に睨みつける。
「だが――そう来なくっちゃ、倒す価値もねェ」
獣の如く。
圧倒的な戦意を顕わにした。
「好戦的なことだ」
「戦う以上は楽しまなきゃ損だ。テメェもそうだろ?」
「さあな。少なくとも、命のやり取りを好きだと思ったことはない」
「それだけの力を持ってる奴の言うことじゃねェな」
「戦いはあくまで手段だ。どちらかと言えば、それが目的化しているお前の方が異端だろ」
「ハハッ、ローグの野郎と同じことを言いやがる」
ぴく、と。
レイの視線の温度が明確に下がった。
それを見て、レイモンドが片眉を上げる。
「へぇ、テメェみたいな子供があの野郎を知ってるのか?」
「あのクソ野郎と一緒ってのは、気に食わないな」
「違いない」
「お前とローグはどういう関係だ?」
「オレは『六合会派』の南を司る者――そう名乗ったはずだ」
「……」
「これは魔国軍革新派の中枢を担う組織、それを統括してんのがローグだよ。つまり気に食わないことに、オレは奴の部下ってわけだ」
「随分とべらべら喋るんだな」
「情報漏洩だの何だのってか? 興味ねェよ。オレは戦いを楽しめればそれでいい。だから連中に協力しているだけだ」
「……面倒な奴だ」
「その点、この仕事を回したローグには感謝してるぜ? 久々に骨のある奴と戦えてるんだからよ」
レイはチキ、と剣を構え直し、十数メートル先のレイモンドを見据える。そうして、嘆息した。
「……思ったよりも、大事になっちまったな」
「ハッ、今更だろ」
王国の冒険者と魔国の軍人が『砂漠』で衝突。これが明るみに出れば、また戦争に一歩近づく。
だが――そもそもの問題、魔国の部隊が聖剣を回収しようとしている時点で、それは避けられない事態なのかもしれない。
「そもそもオレたちは、これから王国の要塞を襲撃する。すでに戦争の再開は決定事項なんだよ」
それは。
こんな『砂漠』まで魔国の軍人が侵攻している以上、予想していた言葉ではあった。
だが、分かってはいてもレイの心に重くのしかかる。表情が僅かに歪んだ。
「……考え直せないのか?」
「ハハハハ!! テメェほどの力を持った者が、馬鹿なことを言うもんだ」
「戦争が再開されれば、また多くの人が死ぬ。……多くの人が悲しむ」
だがローグのように、眼前のこの男のように、戦争を望む者がいる限り、世界に平和が訪れることはない。
「だから何だってんだ! 世界の摂理に憤ってどうする!? テメェはそれを変えられるとでも言うつもりか!?」
「そのために力をつけてきたんだ……!!」
理想だというのは分かっている。どれだけ足掻いても手が届かないかもしれないと知っている。
それでも、求め続けることに意味があるのだと。
たとえ今のように場当たり的な対処を余儀なくされても。
レイは剣を強く握り、駆け出した。疾風のように。
「笑わせる! 無駄だ! テメェは強い! 確かに強い! だが世界は――世界は、個の力で歪められるものじゃねェ! 残念だなァ! テメェは馬鹿なかつての勇者の二の舞になるだけらしい!」
「なら――証明してやるよ!!」
二人の武器が交錯する。激しい金属音と共に、剣と大槍が鍔迫り合いになる。レイは咆哮と共に、レイモンドを後方に吹き飛ばした。
そうして、さらに前へと足を踏み込んでいく。
(アリア……)
――約束をしたんだ。
この世界を平和にするって、みんなが笑顔でいられる世界を作るって。
アリアの前で誓ったんだ。
◇
「……?」
黒髪の少女は、ふと後ろを振り向いた。
誰かに――かつて隣にいてくれた人に、名前を呼ばれたような気がしたから。
「どうした?」
「……いや、何でもないの」
「なら、先を急ぐぞ。レイモンドの魔力を感じる。侵入者がいるのだろう」
「……分かってる」