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転生勇者の成り上がり  作者: 雨宮和希
Episode3:再臨の剣
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3-17 遭遇

 クレール商会。

 それはフリーダ・クレールが統率する大規模な商人の集まりであり、王国東部から北部にかけての一帯で大きな権力を持っていた。

 もともと、どこにでもいる行商人だったフリーダが、なぜそこまでの力を手にするに至ったのか。

 これは商人であるなら、誰でも一度は耳にする話。

 当時、フリーダ・クレールは激化する戦争の最中、武器の取り扱いを専門とする商人だった。

 次から次へと良い武器を造る鍛冶師を雇い、遺跡に眠る伝説の武器を見つけ出し、過去の戦場を荒らしてまだ戦える武器を掘り返す。

 すなわち彼女は、ひどく「目」に長けていた。良い武器の場所や、その在処、それを創る鍛冶師――それらを見つけ出す才覚が、異様に優れていたのだ。

 それこそ、何らかの特殊な能力を持っているとしか思えないほどに。

 やがて良い武器を売り捌き続けるフリーダは当然のように商売の規模を拡大し、国の軍需産業の一部を支えるほどに成長した。

 だが。

 そんな華々しい経歴を持つフリーダには、一つ不穏な噂があった。


 ――あの女は魔女だ。奴が取り扱う武器は呪われている。なぜなら性能が良いはずのフリーダ商会の武器を使った者たちは、誰も生きてはいないのだから。


 その噂が流れてから数年。フリーダはピタリと武器の取り扱いを停止した。

 戦争が休戦状態になったとはいえ、まだまだ需要は衰えないこのご時世に、フリーダは別方面の商いに手を広げ始めた。

 そちらの方面でも大成功を収め、彼女は東の権力者の一角となり、不穏な噂はほとんど流れなくなった。

 だが覚えている。当時の商人たちは皆、今でも覚えているのだ。

 彼女が当時“死の商人”と呼ばれていたことを。

 ――フリーダが取り扱う武器を手にした者の顔が、狂気に染まっていたことを。



 ◇



「こっちだ」


 先導するフリーダを護衛するような形で、レイたちは進んでいく。

 彼女の足取りには、そこまで迷いが見えない。多少きょろきょろと見回してはいるが、おおまかな方向は分かっているような感じだ。

 当然ではあるが、初めて来た場所であるならもう少し混乱してもおかしくない。地理把握能力に優れているのだろうか。

 それとも、


「……来たことあるのか?」

「いや、前にもないと言った気がするぞ?」

「何だか慣れてるような気がしてな」

「そんなことはない。場所を聞いていればこんなものだよ」


 レイの懸念に、フリーダは微笑して肩をすくめる。


「……ふむ。この辺りか」


 やがてフリーダはオアシスと街の狭間、多くの瓦礫に木々や蔓が巻き付くように生えている場所に足を踏み入れていく。

 そこにはかつて大きな建造物があったのか他よりも大きな瓦礫が多く、崩れ切っていない箇所があるのも含めて危険だった。

 フリーダはそんな場所の中心で少し傾斜のある部分へと進んでいく。


「大丈夫なんですか? 崩れたら埋もれそうですが……」


 少し心配そうなリリナを見て、マリーがセーラに言う。


「もしもの時はあなたの風魔術で吹き飛ばせばいいんですのよ」

「……マリーが燃やせばいい」

「埋もれそうになった時の話なんだから、燃やしたところでわたしたちが火傷するだけなんじゃ……?」


 ノエルが引きつった笑みを浮かべ、フリーダはそこで足を止めた。

 その理由は、フリーダの進行方向の安全を確かめる形で先頭を歩いていたレイが腕で止まるように指示したからだ。


「……扉だ」


 レイは言う。

 眼前には、大きな両開きの扉があった。この廃墟の中でも崩れることなく堂々と鎮座するそれは、すでに開かれている。

 その奥には地下へ続く階段があった。地下なので光はなく、奥の様子は窺えない。


「本当にあったな」


 レイの言葉を聞いて、フリーダが腰に手を当てつつ苦笑した。


「そこまで疑ってたのかい?」

「まあ信じがたい話ではあったな」

「わざわざこんなところまで来る時点で、本気だと察してほしいものだ」

「そりゃ分かるが」


 そんな風に軽く言い合いつつ、しかし足取りは慎重に奥へと進んでいく。

 未知の場所の探索だ。気をつけるに越したことはない。

 そうして階段を下ると、広間に出る。


「……? この音」


 ノエルが何かに気づいたのか、狐耳を揺らした。

 その声に危機感を抱いたマリーが急いで火魔法を展開し、広間を照らす。

 すると、


「何だァ? テメェらは」


 十数メートル先の岩肌に、一人の男が座っていることに一行はようやく気付いた。

 刈り上げた金の短髪に、褐色の肌。筋骨隆々とした肉体を曝け出し、上半身はシャツを一枚羽織っているのみだ。

 そんな荒々しい雰囲気を醸し出す大男は、大きなあくびをして首を鳴らす。どうやら眠っていたらしい。

 こんなところで何をしているのか。

 いや、それ以前にこの男は、


「――魔族」


 氷のように冷たい声音でエルヴィスが呟いた。そう、この大男の瞳は紅の灯を宿している。間違いなく魔族の一人だった。レイの緊張感が一気に高まっていく。


「貴様らは、ここで何をしている」


 エルヴィスの淡々とした問いかけに、大男は面倒臭そうに肩を鳴らしつつ、


「そいつはオレのセリフだな。人族がこんなところまで何をしに来た」


 凄味を効かせて尋ねてくる。その仕草に隙はない。マリーたちがその覇気に気圧されたのか、一歩退きそうになる。

 彼はレイたちのそんな様子を悠然と眺め、ニヤニヤと笑みを浮かべながら返答を待っている。


「……フリーダ」


 レイがその返答をフリーダに委ねると、彼女は黙した。当然ではある。聖剣の在処を突き止めているという話を、わざわざ魔族に教える意味はない。

 すると、大男はつまらなさそうに鼻を鳴らした。


「まァ、目的なんざ推測はつく。どうやってそれを知ったかってのは気になるが……まァ、それはオレの仕事じゃねぇな」

「……ッ!?」


 レイは息を呑んだ。この大男の言い方を考えると、フリーダの話は真実であり、すでに聖剣は魔族の手に渡っている可能性が高い。

 それを証明するように、金の短髪の大男は悪辣に嗤った。


「悪いが、テメェらの目的のブツは、オレの仲間が今まさに取りに行ってる」

「――聖剣を……!」

「やっぱり知ってたか。まァここまでやってくる以上は当然だよな」


 カマをかけて情報を炙り出す狡猾さを見せつつ、大男は脇に立てかけてある長槍を手に取った。思わず口走ったマリーがはっとした口を抑える。


「分かってると思うが、ここは通せねえよ。テメェら人族に聖剣を渡すわけにはいかねえからな。万が一にも勇者が復活したらたまったもんじゃねえ」


 そう言って、大男は長槍を構えて腰を落とす。圧倒的な殺気がレイたちを襲った。

 圧し潰されるようなそれにあてられたのか、フリーダがふらっと体勢を崩した。レイですらビリビリとした感覚に戦慄を覚えているのだ。戦いに関しては素人であるフリーダでは無理もない。

 エルヴィスがそんな彼女を支えた。よろめいてはいるが、フリーダの目には気丈な意志が残っている。

 レイは目を合わせる。そして、頷いた。


「そういうわけだ」

「やる気だな」


 レイが好戦的に笑うと、大男の口元に、獰猛な獣のような笑みが浮かんだ。


「――魔国軍革新派『六合会派』が南、レイモンド・ゴレアス。まだ新入りだがな」


 名乗りと共に、殺気がさらに強まる。明らかに只者ではなかった。魔族の中でも、一流と称される部類に彼は達している。顔は知らない。強者でありながら前世の記憶にない以上、おそらく彼はまだ若いのだろう。確証はないが、雰囲気でも分かる。魔族は基本的に長寿であり、見た目よりも老成した雰囲気を持つことが多い。だが、レイモンドにはそれがない。

 つまるところ、相手は、若くしてこれほどの力を手にした怪物とも言える。

 だが、そんな怪物を前にして、レイは一歩踏み出し、剣を引き抜いた。


「レイ・グリフィス。冒険者だ」

「ほぉ。奇遇だな。レイ、か。似た名前同士、仲良くしようぜ」

「やなこった」


 二人は軽く言い合った。

 直後。


 ドンッッッッ!!!!! という凄まじい音が炸裂する。


 地下神殿の内部で、怪物との戦闘が始まった。


「……『六合会派』だと?」


 だから。

 一人の老人の硬質な声音は、戦闘の爆音にかき消された。

 誰も気づかないままに。

 


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