3-16 束の間の休息
ザッ、という足音が廃墟に響く。
周囲を探索していたレイは、一息ついて顔を上げた。
じりじりとした陽射しに顔をしかめ、頬を伝う汗を手で拭き取る。
フリーダ達がオアシスへ水浴びに行った後、レイは暇潰しがてら周辺を調べていた。
だが近くには地下神殿への入り口らしきものは見当たらず、ただ崩壊し風化した街並みと、オアシス周辺の木々があるのみである。
「レイ」
「ノエルか」
そうやって視線をあちこちに彷徨わせながら歩いていると、後方から狐獣人の少女の声が届いた。
ノエルが濡れた髪を布で拭きながら、こちらを見ている。水浴びした後だからか、何だか色っぽく見えた。
「わたしたちは済んだから、次どうぞ」
「助かる。いい加減、体に纏わりついた砂を落としたいところだからな……」
レイが肩をすくめると、ノエルは悪戯っぽく笑った。
機嫌良さそうに日陰でくるくるとステップを踏んでいる。
「そうだよね。だから……早くした方がいいよ。もしかしたら見られるかもしれないし」
「?」
「いや、レイは気にしなくていいよ……そもそも悪いのはあの子だしね」
レイは首を傾げる。
最後の方は声が小さくて聞こえなかったが、気にしなくていいと言うのなら大したことではないのだろう。
「よく分からんが、とりあえず了解。その間、フリーダの警護は頼んだ」
「分かったよ。それじゃ、行ってきてねー」
ノエルは笑って手を振ると、たたたっと子供のような走りで馬車を置いた拠点へと戻っていく。
フリーダ達はそこにいるのだろう。
(さて……ライドはまた寝てるんだったか。まあ一人で行こう)
レイはふと息を吐く。ひとまず目的地には着いたわけだし、休息は必要だ。水浴びぐらいはのんびりやらせてもらおう。
そんなことを思いながらも木々の間を潜り抜け、レイは泉に辿り着く。木々に囲まれた涼しい日陰の中、透き通った水が草葉の向こうに見えた。
チャプ、という水音が鳴っている。砂漠の茶色を見続けていたレイにとって、綺麗な青色を見るのは随分と新鮮な感覚だった。
そんなわけで気分良くそちらに向かっていくと、
「~♪」
すぐ近くに人の気配を察知した。レイは即座に意識を切り替え、流石に気を抜きすぎたかと反省しながら視線を向ける――と、そこにはマリーがいた。
「な……」
レイは硬直する。
そこでは髪を下ろしたマリーが泉の水で体を洗い流していた。
すべすべの肌。スレンダーな手足。滑らかな曲線を描く体。着やせするタイプなのか、思っていたよりも胸があると分かる。
横を向いている彼女がレイの気配に気づいたのか、首を傾げてこちらに振り向く。
そしてマリーは目を見開いて凍り付いた。濡れた金色の長い髪が、辛うじて彼女の胸の大事な箇所を覆い隠す。しかし下は丸見えだった。
レイは顔を赤くして目を逸らす。
「ど――どうして……!?」
ようやく再起動したマリーが慌てて泉に体を沈めて隠しながら尋ねてくる。後ろを向いたレイも動揺しながら、
「い、いや……ノエルに水浴びしてもいいって言われたから……!」
「わ、わたくしが今やっているのにですの……!?」
「そんな話は聞いてない!」
「……本当ですの?」
マリーはジトっとした目でレイを見る。
「俺の目を見ろ。嘘をついているように見えるか?」
「こ、こっち向かないでくださいまし!!」
「冷たい!?」
水を投げてレイの顔の向きを変えさせたマリーは、ぶくぶくと泉に沈んで泡を出しながら上目遣いでレイを見る。
「ま、まったく……もう。仕方ありませんわね」
マリーは動揺を隠すようにそんな呟きをすると、
「元々わたくしが寝過ごしてノエルたちより遅れたのが悪いわけですし、許すことにするんですの」
「お、おう……そいつは良かった」
「……あの」
マリーにしては珍しく、しおらしい声で尋ねてくる。
「み、見ましたよね?」
「……え、まあ、うん」
「…………どうでしたか?」
「どうって何が!?」
「言わないと分かりませんの!?」
「分かるか!」
「わ――わたくしは女性として魅力があったかどうかを聞いているんですの!」
レイが思わず振り向くと、頬を朱色に染めたマリーは、
「だからこっち向かないでくださいまし!」
「それは理不尽では!?」
「もう一度見るのは違うんですの! 記憶で判断してください!」
そんなこんなでギャーギャーと騒いでいると、遠くからライドの声が聞こえてきた。
「おーい、レイ? 何やってんだー?」
その声を聞き、わたわたとしたマリーが慌てて服を着るために泉から上がる。
レイは息を吐いて落ち着きを取り戻しつつ、
「水浴びしてるだけだ! すぐ戻る!」
と大きな声で返した。ライドの声が聞こえてこないことを考えると、納得したのだろう。
そこでコホン、という咳払いが聞こえた。
そちらに目をやると、おそろしい早さで体を拭いて服を着たらしいマリーが、濡れて肩に張り付く髪を梳きながら立っていた。
「……さっきのはなかったことにしてくださいですの」
彼女は俯いて目を逸らしながら小声で言うと、レイの前を通り過ぎて立ち去っていく。
「わたくしは先に戻ります。ノエルにも文句を言わないといけませんし」
そんな風に告げる彼女に、レイは疲れたように嘆息した。
そうして今度こそリラックスしながら泉で体を洗うと、さっぱりした感覚に気分良くフリーダ達のもとへ戻ることにする。
束の間の休息も終わり。
聖剣が眠るとされる地下神殿の探索に、レイたち一行は本腰を入れることになるのだった。
――その奥に、何が待っているのかも知らずに。