3-14 そして『砂漠』へ
王国、北方。
レイたち一行はほんの数か月前に訪れた不死者の温床――かつての戦争の激戦区を通り抜け、国境となる関所に辿り着いていた。
あらかじめ通行許可を取っていたフリーダが門番の兵と何らかの話をしている。
やがて彼女は馬車の周辺で待機していたレイたちのもとにゆったりとした歩調で戻ってきた。
「よし、通れるぞ」
「随分と時間がかかったみたいだな」
「何、少し前までなら手続きも容易だったのかもしれないがね、今は魔国とは緊張状態にある。だから警備が厳重になっているのさ」
その言葉を聞いて、クロエラードの街で起きた事件を思い返しながらレイは表情を険しくする。
「……まあ、当然か。むしろよく商人が通行許可を取れたな。俺たちみたいな冒険者ならともかく」
「私ぐらいになると、いろいろとコネがあるんだよ」
フリーダは微笑を浮かべながらウインクした。
そうしてフリーダは再び馬車内に乗り込んでいく。それを確認したエルヴィスが手綱を引き、再び馬車を進め始めた。
「お気をつけて。今は何かと物騒ですからな」
そんな衛兵の声を背に、レイたちは国境線の向こうへと踏み出していく。
(……懐かしい光景だ)
レイたちの眼前に広がるのは――見渡す限りの岩石砂漠だった。これまでの道は単なる荒れ地といった感じだったので、その光景は鮮烈に映る。
砂漠である以上、当然ではあるが昼は暑く夜は寒い。
だがレイたちのように魔力を扱い、肉体を強化できる者にとっては耐え難いというほどのものではなかった。体に魔力を巡らせておけば、環境への耐性も高まる。
ただ、そうは言っても暑いものは暑いし寒いものは寒いので精神的には辛いし、少量とはいえ常に魔力を使い続けるのは慣れていなければ疲労も激しい。総じて冒険者にとっても厳しい環境ではあった。
レイたちは日焼けを避けるためにフードを被り、外套で肌を守りながら先へと進んでいく。
割と平然とした様子のライドたちを見て、レイは話しかける。
「大丈夫みたいだな?」
「砂漠だとか密林だとか雪山だとか、いろんな場所で実地訓練みたいなのはやったからな。心配はいらねえよ」
「環境に適応するのは冒険者の基本――って講師がいつも言っていましたわ」
ライドの声に呼応するように、マリーがふふんと得意げに語る。
「そういうお前はどうなんだ……いや、どうせ心配はいらないんだろうが」
「この『砂漠』には来たことがある。俺は問題ないが……リリナはどうだ?」
「んー……確かに厳しい環境での経験は少ないですが、今のところ大丈夫そうです」
「そうか。気分が悪くなったりしたらすぐに報告してくれ」
「分かりました」
リリナはそう言って微笑する。流石のリリナもメイド服の上から外套とフードを被っていた。
「……中にいるフリーダたちは大丈夫ですかね?」
レイがエルヴィスに尋ねると、
「馬車の中は日陰になっていますし、我々のように体力を消耗するわけでもない。そこは心配しなくても問題ございません。フリーダ様は旅にも慣れていますから」
彼は気楽そうな調子でそんな風に答えた。
確かに、いくら『砂漠』が厳しい環境とはいえ常人が通れないわけではない。フリーダは戦闘能力のない商売人なので心配にはなったが、彼女に付き従うエルヴィスがそう言うのなら問題ないだろう。
レイが周辺を警戒しながら、そんなことを考えていると。
「……ん?」
それまで黙っていたノエルが、ふと足を止めた。その狐耳をぴくぴくと動かす。
「どうしたノエル?」
「魔物か?」
レイたちも感覚を研ぎ澄ませながら、彼女に尋ねる。
ノエルは狐獣人だ。種族の関係もあり、五感はこの場の誰よりも鋭い。レイたちでは感じ取れないほど僅かな気配も、ノエルなら感じ取れる可能性が高いのだ。
レイは周囲を見回すが、どこにも妙な気配は感じない。
とはいえ前世の経験上、『砂漠』に棲息する魔物は王国の魔物よりも強い。油断はせずに、気を引き締めた。
しかし、
「いや……これは」
ノエルは歯切れ悪い反応だった。眉をひそめながら狐耳を動かしている。それが数秒続いた後、不思議そうに首を捻った。
「ごめん。やっぱり、気のせいだった……みたい?」
「何が聞こえたんだ?」
「えっと……聞こえたわけじゃないの。何だか嫌な感覚を覚えたから、何か聞こえないか耳を澄ませただけで」
「嫌な感覚?」
「そう。視線が絡みつくような……」
ノエルはそんな風に言うが、レイはいまいち分からずに首を傾げた。
ライドは苦笑し、肩をすくめた。
「要するに勘ってことだろ」
「うん」
頷くノエル。
それを聞いたライドはレイの方に目をやった。
「だが、獣人は野生の勘には優れているし、おれはこいつの勘はそれなりに信用している。少し警戒しながら進むことにしようぜ」
「了解した」
◇
「――へぇ」
レイたち一行のはるか前方。『砂漠』に点々と存在する岩山の上に、とある男が座っていた。
異様に細長い体と手足。おそらく二メートルを超えていると思われる体格に、それを覆う特殊な形状の服。近くにいたら思わず凝視してしまうぐらいに特異な青年だ。
さらさらで美しい金の長髪が左目を覆い、右目には紅の灯がついている――すなわち魔族の証明だった。
「この距離で俺様の気配を感じ取るか。いくら狐の獣人とはいえ妙だ。何かあるな」
男は異様に長い脚で片膝をつきながら、その瞳ではるか先を見据える。だが地平線まで見回しても、何の変哲もない『砂漠』が続くだけだ。
しかし――男の視界にだけは、別の景色が見えているようだった。その瞳には何やら幾何学的な紋章が映し出され、歯車のように回転している。
「この方角……まさか神殿か? となると俺様たちがわざわざ介入しなくとも面白いことにはなりそうだが……さて」
金髪の男は蛇のように長い舌を出すと、唇をずるりと舐め回す。
「革新派の連中はどう動くかな?」
そんな不穏な呟きと共に、男は岩山から飛び降りた。同時に、瞳に映し出された紋様がふっと消える。
「保守派としては、あの新たな魔王には下手な動きをしてほしくないんだけどねぇ……ま、なるようになるでしょ」
こんな噂がある。
魔国軍保守派の『双璧』と謳われた二人の怪物、その片割れは魔眼を操る奇妙な体格の男であり、“天眼”という異名で呼ばれていた。
そして――彼は、次代の魔王に最も近い男だった、と。
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