3-7 依頼の話
レイたちがフリーダと邂逅した二日後のことだった。
「さて、今日はフリーダの依頼を受けた冒険者が集まってるらしいな」
「他にも何グループかいるんですね」
「みたいだな。この前の言い分を考えると、熟練はいないだろうが……」
再び招集を受けたレイは、クレール商会の屋敷へ訪れた。
「相変わらずデカい屋敷だな。これで平民なんだから驚きだ」
「大商人ともなれば、下級貴族より実質的な権力を握っている場合も多いですからねえ」
「……マリアスも、そうだった」
「確かにな。実績を積んだ冒険者でも、そのぐらいの立ち位置を得られるわけだ」
「冒険者養成学園の学園長でしたからね……もっとも、今は牢獄に幽閉されているはずですけど」
「……ふん。自業自得」
セーラは可愛らしく顔を背けて言う。
レイは苦笑した。
「ここだ」
「ありがとう」
門番に案内され、フリーダの部屋に入っていく。
「やあ、久しぶりだね」
部屋の奥に座っていたフリーダから声をかけられる。
「たかが二日だろ」
「そうだったかな? もしかすると、君のことが恋しかったのかもしれない」
フリーダはそう言って優雅な笑みを浮かべる。
「からかうのはやめてくれよ……」
レイは肩をすくめた。
頬杖をつくフリーダは僅かに首を傾げる。
「からかっているつもりはないんだけどね……まあ、君の連れに睨まれるのも嫌だし、そろそろやめておこうか」
「え?」
レイは両隣の二人を見回す。
「……ぐるるるるる」
「お前は狼か」
「あいたっ!」
両手を引っかくような形で威嚇していたセーラは、レイにはたかれて頭を抱える。
「……何ですか。私は何もしてませんが」
リリナは無表情を装いながらも、何だかじっとりとした視線でレイを見つめていた。
「レイたちだったのか」
そこで、部屋の左方から聞いたことのある声が聞こえてきた。
レイがそちらを見やると、
「……お前」
「二週間ぶりぐらいだな」
壁際には、気だるげに手を挙げる黒髪の少年。
その近くには狐耳の少女と、金髪ツインテールの少女の姿もあった。
「ライド? それに、ノエルとマリーも」
「お久しぶりですの」
「セーラ、いい子にしてたかなー」
ノエルがぱたぱたとセーラに駆け寄り、彼女の頭をよしよしと撫でる。
「……ノエル、髪が崩れる」
「んー? そっかそっか、セーラも髪とか気にするようになってきたんだね」
ノエルはセーラの反応を見て、ニマニマと楽しそうに笑っている。
セーラは僅かに顔を赤くした。
「ふむ。やはり知り合いだったか。君たちは先日の事件を解決した功績で合格したわけだし、おそらく面識があるだろうとは思っていたが」
フリーダはそんな風に言う。
「新人を使いたい以上、考えてみりゃ当然か」
「まあ、つい最近合格したばっかりの俺たちを集めるのが一番手っ取り早いよな」
ライドの言葉に、レイは同意する。
「ご歓談もよろしいですが、そろそろ席にどうぞ」
フリーダの傍に控えていたエルヴィスの一言により、レイ、リリナ、セーラは部屋の入り口から見て右側に用意された三脚の椅子に座った。
ライドたち三人は反対側で席に座っている。彼らは冒険者養成学園の制服ではなく、それぞれ適当な私服を着ていた。ライドの下のズボンだけは、そのままのようだったが。
防御性能が良いとはいえ、流石に卒業してまで制服を着る気は起きないらしい。
「さて、依頼の話を始めようか」
フリーダは場の空気を切り替えるように、一言。
「今回の目的地はここだ」
そして大きな地図を広げるとエルヴィスに持たせ、ある場所を指差した。
「ここは、王国北方……いや」
「『砂漠』――魔国の実質支配地域じゃないですか!?」
リリナが驚いたように叫ぶ。
レイも同様だった。
フリーダが指差したその位置は、明らかに王国と魔国の間に広がる不毛の大地――『砂漠』のド真ん中だったのだから。
「だが、『砂漠』は名目上、いまだに王国の領土だ。踏み入れても問題はない」
フリーダは淡々とした口調で言う。
「でも……実質的には、魔国の支配地になっているとの話では?」
リリナが尋ねた。
「もし魔国の民がもう住んでいるとか、要塞が築かれているとかなら話は別だが、そんなことはない。あの大地には魔物が多く彷徨っている。だから人族は足を踏み入れず、資源の少ない地を開拓する余裕が魔族にはない。だから本当は、あそこは空白地帯になっているんだよ。国交上の問題はない。後は、『砂漠』の屈強な魔物に対抗できるのであれば、踏み入れることに問題はない」
「……」
フリーダの言葉は正論だった。
だが。
「……普段なら確かにそうだろうが、今や王国と魔国は一触即発の緊張状態だ。そんな時期に足を踏み入れていい場所じゃない気はするが」
「そんな時期だからこそ、早く聖剣を確保しておきたいと思わないか?」
「聖剣を扱える勇者が現れるとは限らないのに?」
「だとしても、聖剣そのものがなければ可能性すら生まれない」
「そのためにリスクを侵すべきだと?」
「リスクよりもリターンの方が大きい。私はそう判断した」
「……なるほど」
「わたくしもその通りだと思いますわ」
マリーは清冽な口調で同意する。
「ただ、最初から国の協力を得るべき案件だとも思いますけれど」
「はは、手厳しいな。もちろん私たちでは無理そうだと判断した場合、国やギルドに伝える準備はあるよ。情報だけでも十分恩は売れるからね」
「なら……」
「ただ、私は商売人だ。儲けられるところでは、存分に儲けないと気がすまないのさ」
フリーダは凄絶に笑った。
「話を進めるけど、いいかな?」
彼女は周囲を見回す。誰からも文句は出なかった。
もとより、そういう条件のもと、高額の報酬が出る依頼なのだから。よほどの理不尽を要求されない限り、不満など出せるはずもない。
「私が指差した、『砂漠』のこの地点。ここの小さなオアシスには、地下神殿がある」
フリーダの人差し指の位置は、どちらかと言うと王国寄りだった。
王国から魔国までの距離を一とすると、王国から三分の一ぐらいの距離だろうか。
そこにはいくつか確認されているオアシスのうち一つが存在する。
「地下神殿?」
「もはや遺跡になっているようだけどね」
「そんな話は聞いたことありませんが……」
「当然だね。私も独自のルートで辿り、この前初めて知った」
「そこに聖剣があるっていうのか?」
「そのようだ。断言はしかねるが、先日も言った通り、可能性は高いと見ている」
「……にしても、遺跡か」
ライドが嫌そうな表情を作って呟く。
「侵入者対策の罠や何らかの仕掛けも多そうだが……おれたちで探索できるのか?」
「一応わたしたちは、学園でそのあたりの対策の講義なんかも受けてきたじゃない」
「その程度の知識と技術が通用する場ならいいんだけどな……」
「――まあ、未発見の遺跡ともなれば油断するべきじゃないな。手柄に拘らず、熟練の冒険者を雇ってもいいんじゃないか?」
レイがそう言うと、フリーダは肩をすくめて後ろに視線を飛ばした。
「そのあたりは、おそらく心配ない。だろう?」
「はい。私――エルヴィスが貴方がたに協力いたします。元冒険者ですので」
「……分かった」
フリーダの執事の彼は、常に強者の雰囲気を放っていたが、それならば心強い。
「……くぅ」
「ん? どうした、セーラ」
「……」
「また寝てやがる! お前、話ぐらい聞いておけよー!!」
レイの隣で眠っているセーラをゆさゆさと揺さぶり起こす。
「……むう、何なの。レイ、うるさい」
「この圧倒的理不尽感」
「まあまあ、後で私たちが伝えればいいじゃないですか」
リリナがレイを宥めてくる。
「ははは、可愛らしくていいじゃないか? まさかとは思うが、君は女の我が侭を許容できないような、小さな男ではないだろう?」
「ぐっ……」
「おれも寝るか」
「ちょっとライドさん! 貴方まで眠ってどうするんですの!?」
「あはは、ライドだから仕方ないよねー」
「俺は知らないからな?」
レイがすねると、フリーダは軽く手を振った。
「構わないよ。話すべきことはおおむね話したからね」
「それじゃ帰っていいのか」
「次は出発の日ですか?」
「そうだね。まあ、出発日までこの屋敷に泊まってもらっても構わないが、どうする?」
「……もしや、タダでございますか?」
「もちろんだ」
「何て太っ腹な……!」
「私のナイスバディに向かって何てことを言うんだ」
「あ、いや、そういう意味では……」
「ふーん……」
「あの、リリナさん? 他意はないよ?」
「何も言ってませんけど? ……確かに、私の方が小さいけど、でも……」
「リリナさん?」
「気にすることはない。君の方が形は良いように見えるぞ?」
「く……っ!?」
「……フリーダ様、あまりそういった発言は……」
「はいはい、分かっているよ、エルヴィス」
フリーダは苦笑した後、レイに尋ねてきた。
「それで、どうするんだ? ここに泊まるか? 泊まるなら、部屋をいくつか用意させるぞ? どうせ余ってるから遠慮はいらない」
セーラの大食いや入院費などのせいで、フリーダからの前金を含めても実はそこまで余裕がないレイは、二つ返事で頷いた。
「よろしくお願いします」
「あたしたちも!」
ノエルたちもそんな風に言った。




