3-5 フリーダ・クレール
「やぁ。よく来てくれたね、冒険者の諸君。まあとりあえず座ってくれ」
門番に案内された先で待っていたのは、妖艶な雰囲気を醸し出す大人の女性だった。
ゆるくウェーブした金髪が背中まで伸びていて、それがまた端麗な容姿を際立たせている。思わず見惚れてしまうほど美しい顔立ちには、見る者を魅了するかのような蠱惑的な笑みが浮かんでいて、その魔性にレイはどきりと心臓を高鳴らせてしまう。
だが、透き通った宝石のような緑色の瞳からは凛とした眼光が放たれていて、レイは品定めされているような感覚に襲われる。いや、事実そうなのだろう。なぜなら眼前の女性とレイの関係は「依頼者」と「請負人」なのだから。
豊満な肢体には黒く瀟洒な印象を受けるドレスを纏い、スラリとした綺麗な脚を見せつけるように組んで、彼女――フリーダ・クレールはソファに深く座っている。
肘掛けを利用して軽く右手で頬杖をつき、空いている左手でワイングラスを弄んでいたフリーダは、思わず動きを止めていたレイたちを不思議そうに見やる。
「――どうかしたか? もしや、私の顔に変なものでもついているかね?」
「あ……いや、そういうわけじゃない」
思わず敬語を使ってしまいそうになるが、冒険者として依頼を受けた以上、立場はあくまで対等だ。とはいえ、いくら何でも相手が貴族であればむしろ敬語を使うべきだろうが、この場合は影で権力を得ていようと相手が一商人であることに変わりはない。ゆえに、仮にも貴族の子息であるレイがへりくだるような言動をするのも家の評判に関わるかもしれない。
レイがそこまで思考を巡らせているとは露知らず、フリーダは淡々とした口調で言う。
「問題がないのなら座ってくれ」
「では失礼して……」
レイたちは挨拶をすると、テーブルを挟んでフリーダの対面のソファに座る。リリナはレイの右隣に座り、セーラは少し迷った末に、レイの膝の上に座った。
「いや何でだよ」
レイは真顔でセーラの後頭部にチョップを入れる。
「あいたっ!」
「普通に座れ。俺の左隣が空いてるだろ」
「……むう、仕方ない」
「何で俺が悪いみたいなオーラ出してるの?」
「はは、可愛いじゃないか」
レイたちのやりとりを見て軽快な笑みを浮かべたフリーダは、コトン、とグラスをテーブルに置く。その中身はいつの間にか空になっていた。
その独特の「間」の取り方はレイたちの気を自然と引き締めさせ、それと同時に、すでに彼女が場の空気を掌握していることをも示していた。彼女が商人として優秀な所以の一つだろう。何気ない態度や仕草、話し方――それこそが彼女の交渉術の根底にある。
「念のため、正規の冒険者かどうかを確認したいのだが、構わないかね?」
フリーダの後方に執事のように立っている白髪の老紳士が、ゆったりとした口調で告げた。レイたちは頷き、素直にギルドカードを提示する。彼はそれが冒険者ギルド正規の紋章が入っていることを確認すると、フリーダに視線を向けて頷いた。
彼女はちらりとギルドカードに目をやっただけで、「返してやれ」と執事に言う。
「レイ、リリナ、セーラ……三人とも実績はゼロ。それどころか今期の新人か。アイツらと同じだな。とはいえランドルフの推薦なら信用しよう。要は腕さえあれば、私としては問題ない。――そうだろう、エルヴィス?」
「……そうですな」
エルヴィスの視線がじろり、と値踏みするようにレイたちを捉える。
しかし同時に、レイもエルヴィスを観察していた。
二つの視線が交錯し、部屋の空気に僅かな緊張感が迸る。
(……強い、だろうな。いや、大物商人の側近ともなれば当然か)
もちろん目で見ただけで対象人物の実力を見通せるような能力は持っていない。
だが、ある程度の戦闘経験があれば対峙するだけで大まかな力量は察することができるものだ。伊達に前世の記憶を保持しているわけではない。
「……この者たちなら十分でしょう、私の眼が確かなら、ですが」
「ならいい。私はお前の言葉は信用しているからな」
「恐縮です」
「さて、このパーティのリーダーは誰だ?」
「……俺だ」
レイは少し考えて返事をした。この三人でしばらく行動をする以上、レイたちは冒険者の「パーティ」として動くことになる。そのことを失念していたが、すでに決まっているようなものだ。リリナとセーラはレイを見ている。そもそも性格的に他の二人は指示を出すタイプではない。つまりリーダーには自分しかいないとレイは判断したのだ。
「そうか。そうだろうな」
フリーダはひとつ頷くと、
「では、レイ。依頼の話を始めようか。前金は――これだけ払う」
指をパチンと弾く。すると、どこから持ち出したのか、すでにエルヴィスが三つの布袋を持っていた。彼はレイたちの前のテーブルにそれらをドスンと音を鳴らして、置く。
「開けてみろ」
フリーダが頬杖をつきながら告げる。レイはその言葉に従い、袋の紐を緩めた。
その中には――最初に聞いた報酬を上回る量の金貨が入っている。
「これが、前金だと?」
「ああ、そうだ。この依頼を完遂すれば、さらにその倍は払うことを約束しよう」
「……本気か?」
「このフリーダ・クレールに偽りはない。これは商人としての信念だ」
彼女は掌を見せるように両腕を開き、不敵な笑みを浮かべて、告げる。
「これだけの報酬を支払うということは、本当にあの聖剣を見つけたというのか?」
「残念ながら、確証はない」
フリーダを目を伏せて首を振る。
だが直後に、目を見開いて力強い声音で言った。
「だが私の勘が、今回の情報は真実だと告げている。だから、ちょっと大きめの賭けに出てみることにしたんだ」
「……場所は?」
「それ以上は、依頼を受けるという確約がなければ話せないな。いや、冒険者が何よりも信用を大事にする生き物だというのはもちろん知っている。別に話したところで話す者はよほどの馬鹿か冒険者を続ける気がない者だけだろう。だが、それを知った上でなお、この情報が他に流れる可能性を考慮して、依頼を受けるまでは話せないと言っている」
「……だが、詳細が分からなければ依頼の危険度が判断できない。受けるかどうかの判断をするだけの情報が足りていない」
「だからこそ前金をこれだけ用意したんだよ、レイ。情報が足りない状態でも受けてくれる冒険者を確保するために――当初ギルドに伝えた報酬を超えるほどの額を」
「……、」
「さあ、どうする?」
フリーダの説明は理路整然としている。レイに反論の余地はなかった。
レイの脳裏に、かつての記憶が過る。右手に握っていた白銀の剣の感覚が蘇る。
(聖剣は確かに気になる。だが、ここまで情報のない依頼を受けて大丈夫なのか……?)
もし自分の興味でリリナとセーラを危機に巻き込んでしまったら――と、レイは瞑目して思考を回していく。今のレイには覚悟はあれど力が足りていない。彼女たちはこんなレイの仲間でいてくれる。だがそれは彼女たちを命の危機に晒していい理由にはならない。
そんな風に考えるレイの手に、そっとリリナが手を重ねた。
「……大丈夫ですよ。私は、レイ様のメイドさんなんですから」
思わず目を開けると、銀髪を可憐に揺らす彼女は、ふふ、と微笑みを浮かべる。
そして、
「……うん。セーラも、メイド? さん」
「それは違うだろ」
「いたい」
的外れな呟きをするセーラに、レイは真顔でチョップを入れてしまう。
レイはシリアスな思考を台無しにされたことにため息を吐きつつ、改めて二人の顔を眺めた。そうして、眼前のフリーダを見据えて覚悟を決める。
「分かった、フリーダ。――その依頼、受けよう」
「転生勇者の成り上がり」第一巻、オーバーラップ文庫さまより発売です。
文庫サイズなのでお求めやすい価格になっているかと思います。
公式発売日はまだ先ですが、すでに全国の書店に出回っているようです。
むつみまさと先生によるイラストが素晴らしく、また改稿もしてありますので、web版読者の方々もお楽しみいただけるかと思います。ぜひお買い求めください。