3-4 クレール商会
レイは冒険者ギルドの前で、アルスと向かい合っていた。
「しかし、唐突だな」
「仕方ねえだろ。意外と受けた依頼の日にちが早かったんだから」
「王都まで向かう商隊の護衛依頼だったか。ま、二人旅よりは遥かにマシだろうな」
旅支度を整えたアルスとエレンを前に、レイは肩をすくめる。
アルスは僅かにバツが悪そうにしながら、安堵したように告げた。
「だろ? だから丁度いいと思って引き受けたんだが……出発の日が近づいてもレイが起きねえからさ。もしや何も言わずに消えることになるかと思ったぜ」
「何だよ。悪かったな、傷が治っても眠りこけてて」
「別にお前が謝ることじゃねえけど……ま、ちょいと寝すぎだったのは確かだな」
「うるせえ」
レイが顔をしかめながら言うと、アルスはくつくつと笑った。
そうして背負っている大きめのザックを抱え直しながら、ひょいと手を挙げる。
「――じゃ、またな」
「軽いな。もうちょっと何かこう雰囲気とかないのかよ」
「どうせまた会うだろうに。それに、そのくだりは以前やっただろ」
「まあ、そうだな」
「じゃあ気にすんな。レイは話題に事欠かねえからな。会いに行こうと思えば、すぐに居場所は分かるだろうし」
「む。何だその、まるで俺がトラブルメーカーみたいな言い草は」
「間違いではないよね」
「まあ否定はできないですよね」
「俺だいたい巻き込まれてるだけなのに!?」
エレンとリリナがポツリと呟いた本音に、レイは驚きの勢いのまま突っ込む。
するとリリナは呆れたように肩をすくめた。
「きっかけはそうかもしれないですけど、たとえ逃げられる場面になっても無理やり首を突っ込んでいくのがレイ様ですし……」
「ぐ」
「まあ、レイだから仕方ないよね」
「ハハハ! 言われてやんの!」
「お前にだけは言われたくねえな……」
レイはアルスに対してだけは呻くように反論する。
僅かに眉根を上げたエレンによって、アルスにチョップの制裁が加えられた。
「頭が痛い!?」
「アルス、調子に乗りすぎ。同じ穴の貉」
「いやいやいや、オレはレイほど英雄気質じゃねえって!」
「どんぐりの背比べですね……」
「……確かに、似た空気を感じる」
リリナの言葉を受けて、それまでぼーっとしていたセーラが頷く。
「不満かい? 英雄気質と言われるのは」
「……別に。単に吊り合ってない自分に嫌気が差すだけだ」
相変わらず核心を突いてくるダリウスに顔をしかめつつ、レイは話を区切った。
「それはともかくお前、忘れ物とかないのか? 旅の準備はちゃんとしたのか?」
「そりゃばっちりよ。伊達にランドルフの教え受けてねえからな」
「そう言われりゃそうか。なら心配ないな」
「――アルス。そろそろ集合場所に行かないと、わたしたち置いていかれる」
「おっと、思いのほか時間は経つのが早いな」
アルスは頭上を見上げ、太陽の位置を確認すると、レイと向かい合う。
その隣のエレンは行儀良く、姿勢正しい礼をした。
「レイ、リリナさん、セーラちゃん、ダリウスさん。この度はありがとうございました」
「ああ、またいずれ」
レイの返答に合わせて、リリナたちもそれぞれ別れの言葉を告げる。
アルスはレイの目の前まで歩いてくると、ニヤリと笑い、スッと拳を差し出した。
「レイ」
「……お前、こういうの好きだよな」
「何だよ、お前だって英雄譚好きだったじゃねえか」
あーだこーだ言い合いつつ、レイとアルスはコツンと拳を合わせる。
子供の頃に読みふけった物語に登場する英雄たちのように――再会を誓う。
「――迷うなよ」
「突然、何を言い出してんだよ」
「お前の道は、絶対に間違いなんかじゃない。だから、揺らぐんじゃねえぞ」
「……、」
アルスはささやくようにそれだけ言うと、からりと表情を切り替えてリリナたちに挨拶した後、ひらりと振り返り、エレンを隣に従えて前へと歩き出す。
ひらひらと右手を振りながら、彼は去っていく。
炎のように赤い髪と大きな背中を見て、レイは呆れたように呟いた。
「……アイツ、どうせ振り返らないほうがカッコいいとか思ってるだけだろうな」
◇
アストラの街。王都から馬で五日ほどの距離にある城塞都市の一つだ。
ここには冒険者ギルドの本部が存在し、冒険者の巣窟となっている。人が集まる以上、都市の規模は大きく、また王国東部の中心地となっているこの街は交易都市としての側面も優秀だった。
その流通を仕切っているのがフリーダ・クレールと呼ばれる大商人だ。彼女と、彼女が組織したクレール商会はアストラにおいて非常に強い権力を持っており、この領地を治める貴族や冒険者ギルドでさえも、おいそれとは口出しできない。
「――で、その本拠地がここってわけか」
レイは呟き、眼前に鎮座する大商人の家を眺める。門の向こうには美しい花畑のある庭が広がり、それを超えた先に三階建ての大きな屋敷があった。
「グリフィス家の屋敷より大きいんじゃないですか?」
「悲しいこと言うなよ……」
何の気なしに言うリリナに対して、レイは苦笑する。
アストラの街の北部中央寄りの位置にその屋敷はあった。
冒険者ギルドのある位置から歩いて三分、領主の屋敷から歩いて七分といったところか。
アルスたちと別れたレイたちは、そのままクレール商会と依頼の話をするためにここまで足を運んだのである。
リリナはふふ、と笑みを浮かべる。
「初依頼、ですね。レイ様」
「そうだな」
「レイ様に会うまでは冒険者の仕事をするなんて思ってもみなかったので、人生何があるか分からないものです」
「悪いな、いつも付き合わせて」
「いえいえ、私がやりたくてやってることですから」
「……レイ」
「どうした? セーラ」
「そういえばあの、ダリウス? さんはどこ行ったの?」
「ああ……」
レイはヒトダマの魔物がいつの間にかいなくなっていることに気づく。
セーラはダリウスのことをよく知らない。
もちろん危険な魔物ではないと軽い説明はしてあるものの、ダリウスは複雑な存在だ。簡単に理解できるものではない。おそらくセーラにとってダリウスは「人間としての自我を残したままのアンデッドで、レイの知り合い」というぐらいの認識だろう。
ダリウス自身もあまり自分のことを語るタイプではない。
ともあれダリウスがいなくなったら気づく程度には、セーラも彼を認識しているらしい。
「まあ、アイツはああいう性格だからな。どっかで油売ってるんだろ」
「ダリウスさんは気分屋ですからねー」
リリナも呆れたように呟いている。
とはいえダリウスはよく単独行動をするが、今回の場合は単純に自分がいると説明が面倒臭いと思ったのだろう。いかに意思疎通が可能な魔物とはいえ、商人の屋敷の内部まで連れて入ろうとすれば流石に警戒は免れない。彼はそのあたりの機微にはよく気づく。
「どうせ気づいたらまた合流してるだろうから、あんまり気にすんな」
「……分かった」
レイを見上げていたセーラは、こくりと頷く。
「……さて」
門の前には一人、門番と思われる人物が壁に背を預けて立っている。
彼はいつまで経っても門の近くでたむろっているレイたちを怪訝そうに見ていた。
「……お前たち、何か用があるのか?」
「ああ」
「フリーダ様との面会なら事前に名前を伺っているはずだが……」
「いや、俺たちは冒険者だ。依頼を受けに来た」
「……冒険者?」
門番の男は僅かに目を細め、レイとリリナ、セーラを見回した。
レイとリリナはまだ若く、リリナはメイド服を着ているのだ。怪しんで当然だろう。
「本当だよ。ギルドカードも持っている」
レイが苦笑しながら冒険者の証を提示すると、門番の男は「……確かに」と頷いた。
「フリーダ様の依頼を受けに来たと言ったな?」
「ああ」
「――汝の道に」
「光あれ――だろ」
レイが肩をすくめると門番は頷き、くるりと後ろを向いた。
そして閉められた門の鍵を開けて押し開くと、振り向くこともなく歩き出した。
「ついてこい。フリーダ様に会わせてやる」
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発売日は六月二十五日。定価は745円(税込)です。
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