3-2 かつて裏切られた力は
冒険者への「依頼」。
それは基本的にギルドが個々の冒険者の適性に合わせて回すものであり、依頼主の側から依頼する冒険者を指定する場合も少なくない。かつては依頼掲示板に紙で貼り付けられた依頼を冒険者が剥ぎ取り、カウンターに持っていく方式が取られていたが、あまりにも非効率的で依頼の秘匿性もあったものではなかったので即座に廃止された。
冒険者ギルドが拡大するごとに国や貴族、大商人からの依頼も増加し、彼らは依頼の機密性を求め、実績のある冒険者を指定するようになった。
実際のところ当然ではある。
たとえば商隊が街から街へ移動するときの護衛依頼。これが誰でも足を運べるギルド内の掲示板で日時や場所が公開されていたとすれば、それは盗賊に襲ってくれと言っているようなものだ。また、その依頼を実績のない冒険者が受けたとすれば、彼ら自身が後先を考えずに盗賊と化すことすらあり得る。当然そんなことをすれば冒険者の資格を剥奪され冒険者ギルドから指名手配。賞金首となって命を狙われるのだが――頭の足りない者はどこにでも存在する。そういった者を可能な限り引き当てないために、依頼主は「実績」を何よりも重要視するのだ。そのあたりの事情を考慮して試行錯誤していった結果が今の方式である。
報酬金を積めば積むほど、依頼できる冒険者の範囲は広くなり、質が高くなっていく。そして冒険者側からすれば、報酬金の多い依頼ほど内容は難しくなり、より秘匿性が高く「信用」を求められるようになっていく。うっかり酒の席で口を滑らせたりすれば、その冒険者の「信用」は一瞬で地に落ちる。場合によっては暗殺されてもおかしくはない。
どこかの貴族や商会の子飼いと化している冒険者もベテランには多く見られ、そういった者はやがてギルドを通さずに直接やり取りするようになり、冒険者としての依頼は受けなくなっていくようだ。ゆえに冒険者は、新米や中堅の多さに比べて熟練が圧倒的に少ない傾向があると聞いたことがある。
冒険者への依頼の内容は多岐に渡る。
「魔物に対する傭兵」――そう揶揄されることも多いが、実際にやっていることは「何でも屋」に等しい。また本人の性質や評判によって、徐々に回される依頼も偏っていく。
たとえば対人戦闘に自信のある冒険者には賞金首狩りの依頼が直接回されることが多くなったり、探索に長けた冒険者には未知の迷宮の探索が依頼されたり、守護の術式を多く習得し、信用もできる冒険者には護衛依頼ばかりが回ってくるようになったりする。
当然、依頼を遂行した実績が多ければ多いほどその冒険者の信用は増し、ギルドから回される依頼は増加し、難しい内容のものも増えていく。
「……ま、そんな感じかね。冒険者になろうとしてたんだし元から知っていたことも多かったとは思うが、聞いといて損はないだろうさ」
そう言って愛敬のある笑みを浮かべるのはランドルフだ。
レイがアルスが回したいという依頼について尋ねたタイミングで、彼が声をかけてきたのである。ランドルフはさらりとレイたちが頼んだ飲み物や食べ物の支払いを済ませながら、自身はまだ昼前だというのにごくごくとエールを呷っている。
レイは苦笑しつつも、世話焼きな熟練冒険者に感謝の意を告げる。
「いや、ありがとうございます。やっぱ先達の話は参考になるよ」
「オレは旅の途中で何度も聞いたからなー」
「お前に話をしたわけじゃねえからな? 俺が話してたのはレイたちだ」
「痛ぇ!?」
ランドルフが生意気なアルスに拳骨を落とし、エレンがくすくすと笑う。
「ま、最初の依頼ってのは慎重に選んだ方が良い。今後の評判に響きやすいからな。特にお前らは例年の新人より注目されてるしな」
レイたちは新人とはいえ先のクロエラードの街における魔物暴走事件において活躍したという実績があり、通常の試験合格者よりも注目されている節はある。
それに加えてアルスにはランドルフの弟子という評判もついている。冒険者になったばかりでも依頼が回ってきているのもそれが理由だろう。
「……ふむ」
「どういう冒険者になりたいのか、という目標にもよるだろうな」
「――目標」
レイの思考は一瞬、確かに止まった。
脳裏に、かつて築き上げた屍の山が過る。
血に濡れた聖剣と共に、ただ地獄だけが君臨していたあの光景が。
「どうした?」
「あ、いや別に……」
「まあ冒険者になったばかりだし、大して決めてない奴も少なくない。自分の能力に合わせて方向性を決めればいいだろう」
ランドルフはそんな風に言いつつ、追加で頼んだ豆料理を肴にエールを呑み続ける。
「――で、まあ本題だが、アルスがお前らに回すって言ったのは、元は俺がこいつを推薦した依頼だ。だから俺も内容は知ってる。俺が信頼できる相手になら話してもいいと言われている程度の機密性ではあるが――基本、依頼は他所には漏らすなよ」
ランドルフという最強との呼び声すら高い熟練の冒険者が、信用できる相手になら話してもいい――新人のレイでも、その言葉の重みは理解できる。
レイがリリナとセーラに目を走らせると、二人はその意図を察したのかこくりと頷く。
だが。
「……、」
「……どうしたの、レイ?」
「うーん、リリナはともかく、お前はちゃんと分かってるのか?」
「レイ、ひどい」
むぅ、とセーラは頬を膨らませてレイを睨む。
「……これでも冒険者養成学園の首席。セーラ、頭良い」
「そうかぁ……?」
「おじさんの言葉が大事なことぐらい、ちゃんと分かってる」
セーラはレイを見て、真剣な表情で返答した。
「分かった。疑ってごめんな?」
「……ん。分かってくれたなら、いい」
レイはセーラの頭を撫でる。彼女は気持ちよさそうに目を細めた。
そんな二人のやり取りを他所に、ランドルフは微妙にショックを受けている。
「おじさん……いや、だよな……ははは」
「当たり前だろ今更何言ってんだ」
「アルス。お前はちょっと黙っていようなぁぁぁ!」
「うわ酒臭ぇ!? 寄るな寄るな!!」
「うるせえお前も成人したんだから酒の臭いぐらい慣れろ!」
「痛い痛い痛い降参降参!!」
一瞬でランドルフに組み伏せられて関節を決められているアルスである。
バンバンと地面を叩くアルスは助けを求めるようにエレンを見るが、彼女はアルスのほうなど見向きもせずにリリナと世間話に興じているのだった。
レイはそんなアルスを見て、頬杖をつきながら言う。
「悲しいなーお前」
「うるせえな!」
「レイ、どうかした?」
「いや、君の話をしているんだけどね?」
「?」
エレンは不思議そうに首を傾げる。
ともあれアルスを降参させたランドルフは席に戻り、よろよろとアルスも同様にする。
「――で、本来ならアルスに任せようと思ってたんだが、こいつはどうも予想外のことを言い出したから受けられない。俺もまだ事件の後処理なんかに駆り出されてて忙しいからレイたちに任せようってことになったわけだ」
「それはいいんだが……そもそもランドルフのところに来た依頼だろ? 先方は俺たちなんかで良いのか? 弟子のアルスならともかく」
「安心しろ。俺が実力を保証する奴なら大丈夫だと言ってくれてる」
「それ微塵も安心できる要素ないんだが……」
ニヤリと笑うランドルフに顔をしかめるレイ。
「はっはっは!! マリアスを倒したんだ、お前はすでに実力だけなら一線で通用する。レイ、お前は自分を妙に過小評価する傾向があるが……もっと自信を持っていい」
「……うん。レイは強い」
「ま、目標が常人と違いすぎるからってのもあると思うが、さておき」
ランドルフはエールをテーブルに置き、肘をテーブルに乗せると、
「依頼主はクレール商会。この辺一帯の商人を取り仕切る主だな。報酬は一人金貨二枚以上確約で応相談。募集人数は八人ほど。三、四人のパーティが二組程度だと望ましいとのことだ。肝心の依頼内容だが……これも当然、詳細は直接会って話を聞くことになるんだが、概要だけは聞いている。俺も眉唾ものだとは思うんだが……」
囁くような小声で語り始める。周囲には誰もいないとはいえ、用心に越したことはないということだろう。レイは受けるかどうかはともかく、その話を頭に叩き込んでいく。
ランドルフはそんなレイの表情を見て頷くと、やがてその一言を発した。
「――どうやら失われた聖剣の在処を突き止めたらしい。依頼は、それを手に入れるまで道中の護衛をしてほしいとのことだ」
刹那。
レイの思考が、空白に染まった。




