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転生勇者の成り上がり  作者: 雨宮和希
Episode3:再臨の剣
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3-1 暗闇の未来へ

 ――この世界において『人間』とは、言語による意志疎通を可能とする人型生物の総称である。人間は六種族に区分され、互いの生活圏が混じり合うことはあまりない。


 人族。

 魔族。

 獣人族。

 エルフ族。

 ドワーフ族。

 そして――竜人族。


 人族は肥沃な平原に巨大な王国と帝国を造り上げ、互いの利権を奪い合った。

 魔族は砂漠より北の厳しい大地に強大な国を築き、彼らを虐げてきた人族への憎しみに燃えていた。

 獣人族はかつて『魔の森』に棲みついていたが、当時の魔王の活性化とともに強力になっていく魔物に住処を追われ、人族の主導で帝国に移り住んだ。

 エルフ族は『魔の森』の中央に聳える世界樹周辺に里を造り、閉鎖的な生活を送った。

 ドワーフ族は『鉄の山脈』の麓に自然と集まり、それはやがて炭鉱都市と化した。

 竜人族は『鉄の山脈』において最も高い霊峰の頂上に村を造り、天に最も近い場所で女神に祈りを捧げた。


 そんな世界はまた、大きく変わろうとしている。

 人族の国と魔族の国との間で巻き起こった長い戦争。近年は小康状態を保っていた両者の関係は、とある事件と銀髪の男の暗躍によって決定的な亀裂が入り、世界は再び大きな戦火の渦に包まれようとしている。今度こそ、互いの息の根を止めるまで――と、種族間の確執はさらに広がり、燃え広がった憎しみの炎は連鎖し、多大な犠牲を生むだろう。数えきれないほどの悲劇を起こるだろう。必要のない涙がたくさん流れるだろう。


 こんなことは誰にだって予想がつくはずなのに――

 ――どうして、その誰もが戦いの流れを止められないのだろうか。


 ◇


 しとしとと雨が降り続いていた。どんよりとした雨雲は今のレイの気分を反映したかのようで、胸中では漠然とした不安が渦を巻いている。窓の外を見ると、昼間だというのに太陽は見えず街は暗い。レイが過ごしている治癒院の個室も、今は仄かな魔石灯の灯りに頼っていた。

 レイはぐるぐると肩を回し、体の調子を確かめつつベッドから這い出る。


「……よし、問題ないな」


 拳を握ったり開いたりしながら、ひとり呟く。今日で入院生活は一区切りだ。

 正直なところ目を覚ました昨日の段階でも十分に動けたのだが、リリナの「念のためですから!」という言葉の勢いに押され、もう一日だけ様子を見ることにしたのだ。

 確かに体のだるさは格段に取れている。少なくともリリナの言葉に従って正解だったと思える程度には。


(……さて、病室を引き払ってリリナたちと合流するか)


 レイは薄手の病衣を脱ぎ、インナーの上から簡素な革鎧を着込み、灰色の外套を纏う。普段通りの格好だった。腰の剣帯に長剣とその鞘を差し、位置を調整。チャキ、と僅かに刀身を覗かせると、鋭く鈍い光が煌めいた。剣の刀身を確認するのは、普段と何ら変わらない習慣の一つ。少なくとも、そのはずだった。

 先日の事件で、自身の無力さを思い知らされたからだろうか。


 ――なぜだか今までよりも強く思う。

 この剣の刀身を見て、物足りないと。鋭さが足りないと。輝きが足りないと。

 たとえ周囲が暗闇に満ちていようとも、かつて持っていたあの剣(・・・)は、いつだって仄かに、しかし安心感のある輝きを灯していた――と。


(……生まれ変わっても、また無意識のうちにあの聖剣を求めるのか)


 降り続く雨で重たい気分が抜けないのか、ついレイの口から嘆息が零れ出る。


(俺は、何も変わっちゃいない)


 ギリ、と強く拳を握り締める。

 今のままでは大切な人たちを守ることができない。

 かつての約束を果たすことができない。

 だから、もっと強くならなければ――と。そう何度も決意して、血の滲むような努力を繰り返して、それでも微々たる歩みしかなく、理想は現実の遥か遠く。世界にはまだまだレイよりも強い者がたくさんいる。脳裏に過るのは、とある銀髪の魔族の笑み。レイはその幻影を振り切ると、病室の外に出るべく荷物をまとめた。

 かつての聖剣と非常に良く似た白銀の剣を、無意識のうちに握り締めながら。

 そんな依存に近い事実に気づいている自分に舌打ちをしながら。

 それでもレイはただ――前へと、歩き出す。

 結局のところ、やるべきことは今までと何も変わらない。


「……間違ってない、そのはずなんだ」


 そんな呟きは虚空に溶けて。

 窓を叩く雨の音が、すべての感情を覆い隠した。


 ◇


 冒険者ギルド本部。

 普段は人でごった返しているこの場所も、この雨では寄り付く人は少ない。それでも雑多な印象は抜けない理由は、ギルド本部だけあって職員の数が非常に多いからだろう。酒場も併設されているので、本部内には数十個ほどのテーブル席が立ち並んでいる。

 そこでは冒険者のグループがいくつか集まり、面倒臭そうに相談をしていた。おそらく雨の影響で依頼が延期でもしたのだろう。

 そんなギルドの一角で、アルスはエレンとともに適当な椅子に腰を落ち着けていた。


「レイ、退院したみたいで良かったね」

「ああ。ま、昨日の時点で元気だったらしいし。心配はいらねえだろ」


 アルスは頭の後ろで両手を組み、気楽そうな調子で言った。


「うん。でも、レイはすぐ無茶するから……アルスもだけど」

「アイツほどじゃねえだろ」

「……どうかなぁ。どっちもどっち」

「そ、そうかぁ……?」


 エレンのジト目に対して、わざとらしく口笛を吹いて受け流すアルス。


「……レイたち、まだかな」


 落ち着かない様子できょろきょろしていたエレンは、入り口の扉を開けて入ってきた者たちの姿を見て、ぱぁっと口元を綻ばせた。


「よう」

「レイ! ちゃんと怪我は治った? 大丈夫? まだ痛いところとか、ないよね?」

「心配すんな。ぜんぜん大丈夫だ」

「……レイはもうすごく元気。ばっちり」

「本当?」

「うん。リリナが言ってた」

「まあ昨日よりはだいぶ顔色も良いですし、おそらくは大丈夫じゃないかと」

「何で断定じゃないんだよ……」

「レイ様の自分の体調に関しての言葉は信用できないですからね!」

「自己管理できないみたいな言い方やめろ!」

「……あれ? 実際できてないと思うな、わたし。リリナさん頼りじゃないの?」

「エレン。たとえ事実でも、言わないほうが良い時もあるんだぜ」

「お前が一番ひどい言いぐさだな!?」


 普段通りの姿のレイがアルスに突っ込みつつ、近づいてきた。

 その後ろにはリリナが控え、隣にはセーラが小動物のように引っ付き、そして肩の上ではヒトダマの姿をしたダリウスが今日も煌々と燃えている。

 レイは心配性のエレンを宥めつつ、テーブルを挟んでアルスの対面の椅子に腰かけた。

 リリナたちもそれぞれ適当に近くの椅子に座った。

 レイはそれを見て、ギルド併設の酒場の店員を呼びつけ、飲み物を適当に頼む。

 まだ日が昇り始めている時刻だが、ここは朝と昼も食堂として機能しているのだ。


「さて、アルス。いろいろと聞きたいことはあるんだが、まず一つ聞いていいか?」


 レイは早速、アルスの瞳を見据えてくる。


「何だ?」

「先日の事件で、ローグ・ドラクリアに遭遇したんだよな?」

「ああ。こんな王国の辺境で魔国軍の幹部が出てくるとは夢にも思わなかったぜ」

「だいたいの事情はリリナから聞いてるんだが……」


 レイは真剣な表情で言う。その表情からは複雑な感情が渦巻いていることが察せられた。

 ――魔国軍の幹部と因縁があるのだろうか、とアルスは思う。

 レイが前世の記憶を宿した転生者であることぐらい、彼の物腰と態度を見ていれば察しはつく。幼い頃はそれに気づくような思考能力を持っていなかったが、今は違う。アルスはもう十五歳だ。いくら考えることが苦手とはいえ、レイの言動を思い返せばそんなことは分かり切っていた。

 レイも、アルスに気づかれていることに気づいているだろう。だが、何も話さない。

 アルスもわざわざ聞こうとは思わなかった。たとえどんな過去があろうとレイはレイだ。それ以上でもそれ以下でもない。


「ローグはどんな様子だった?」

「どう……って言われてもな。長い銀髪に、褐色の肌。蛇みてえに鋭くて紅い瞳。世間で言われてる通りじゃねえか? あんなに強いとは思わなかったけど」

「……そう、か。エレンを狙いに来たんだよな?」

「ああ。でも、オレとエレンの意識を奪っておきながら、何もせずにいつの間にか消えてたけど」

「それが解せないところだな」

「ああ……あの場に駆けつけた冒険者は皆、ローグを見てないようだし」

「ローグ側の事情で、何かしら異常事態でもあったか、それとも……」

「……ま、冒険者たちが応援に駆け付けたのを見て、気づかれる前に逃げたって考えれば辻褄は合うけど」


 アルスは自分で言いつつ、この説をあまり信じてはいなかった。

 何だか嫌な予感がする。

 だからこそ昨日、エレンと共にひとまずの「目的」を定めたのだが。

 そんなことは知らないレイは「まあ、そうか……」と歯切れ悪そうに頷く。

 アルスは店員がテーブルに置いたグラスを手に取り、果実水を呷った。

 ちなみにセーラはこんな中途半端な時間に料理を注文し、はぐはぐと食べている。リリナは彼女の食事マナーを叱りつつ、アルスたちの会話を聞いていた。

 エレンはグラスを片手で弄びながら、


「そんなに、精霊術師(わたし)が欲しいのかな……ね、ウンディーネ?」


 そんなことを呟く。

 その表情は不安というより、憤激に似ているような気がした。自分は何も悪いことをしていないのに何度も身柄を狙われれば、それは怒りも覚えるだろうとアルスは思う。

 実際は、エレンを狙う者にアルスが傷つけられたから苛立っているとは知る由もない。

 レイの肩の上で燃える火の玉が、

 

「アナタたちは少し、精霊術師の希少性を甘く見ていたかもしれないね」


 理知的な口調でそんなことを言う。

 このダリウスというアンデッドが、生前は高位の魔術師だったことは聞いている。

 その口調に宿る経験の重みに、アルスは素直に頷いていた。


「ああ。……あんな化物まで手を出して来るんなら、今のままじゃ全然足りねえ。もっと強さがいる」

「……そうだな」


 レイも共感したように頷いた。理由は違えど、強さを求める心は同じ。それがレイの瞳から伝わってきた。


「……お前ら、これからどうするつもりなんだ?」


 レイは言う。

 実のところ、今日レイたちを呼び出したのはアルスの方だった。

 レイが退院すると聞いて、丁度いいとばかりにギルドに呼び出したのである。

 その用件として簡潔に伝えたのが――

 

「――二人で旅に出るってのは、リリナさんから聞いたよな?」

「ああ。だが、具体的にどこへ……?」

「オレたちは『賢者』に会いに行こうと思ってる」


 アルスがそう言うと、レイの瞳には驚愕が映し出された。

『賢者』――ルイーザ・マクアードル。

 王国の辺境に住む、もはや百歳を越えている偏屈な老婆。だが、その知識は膨大で思慮は誰よりも深い。かつて王国軍で猛威を振るった火の精霊術師であり、この世界の誰よりも精霊に愛されたと云われている。


「あのババアに会いに行くのか……」

「何だ、知ってるのか?」

「まあ一応な」


 レイは遠い目をして言葉を濁す。どこか青い顔をしていた。

 ともあれ、アルスは説明を続ける。


「『賢者』なら精霊術師についても詳しいんじゃないかと思ったんだ。なんでここまで精霊術師が狙われるのか――何か、オレたちの知らないことが隠されている気がする。だからランドルフに紹介状を書いてもらった」

「それに同じ精霊術師の教えを受ければ、わたしも守られる必要がないくらい強くなれるかもしれない」

「……なるほどな。確かにアイツなら、何か知っているかもしれない。ただ、王国の北西だからなぁ。ここからじゃ遠いぞ? 馬でも結構かかる」

「まあ冒険者の仕事なんてどのみち旅が多くなる。最初のうちに慣れとくのも悪くないだろ。適当に魔物を狩って金を稼ぎつつ、そっちに向かうさ」

「……もう決めたんだな」

「ああ。そうじゃないと、こいつを守れない」

「こいつとか言った……わたしも一緒に強くなるって言ったのに」


 隣でジト目のエレンがずい、と体を寄せてくる。その胸の程よい育ち具合の膨らみがアルスの腕に柔らかい感触を与えた。アルスは反射的に身を引く。


「お、おおおおう。分かってる分かってる。二人で一緒に、強くなろうぜ」

「……? 何でそんなに動揺してるの?」

「気のせいじゃねえか? うん」

「人前でイチャイチャすんな面倒臭い」

「「イチャイチャしてない!」」


 声を揃えて言うアルスとエレン。

 頬杖をつくレイは嘆息すると、「事情は分かった」と肩をすくめる。


「――で、お前が俺たちに回したい依頼ってのは、どんな内容なんだ?」


 そしてリリナを通じて簡潔に伝えた、もう一つの本題に切り込んできた。

 


 


 

 


三章開始。


オーバーラップ文庫公式ブログにて、第一巻の書影が公開されております。

http://blog.over-lap.co.jp/syoei_1706/

よろしければご覧ください。下のリンクから直接飛ぶこともできます。

発売日は6月25日です。よろしくお願いします。

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