2-25 突入
「――セーラは、『人造魔族錬成計画』の実験体。だけど、そもそも人造魔族を作り出そうとした理由……レイは何だと思う?」
「そりゃ魔族は魔物を操れるから、俺たち人族は魔物を倒してから魔族に挑むっていう不利な戦いを常に強いられる。その差を何とかしなきゃ戦争に勝つのは難しいって話からじゃないのか?」
クロエラードの街。
冒険者養成学園が存在するそこでは、いたるところから火の手が昇り、破壊の嵐が吹き荒れている。そんな街の大通りを、レイとセーラは一直線に駆け抜けていく。セーラ曰くこの改造魔物による騒動は、元凶たるマリアスを打倒しなければ終わらないらしい。ゆえに、地下研究所へ至る道を知っているセーラと、高い戦闘能力を持つレイがすべての黒幕たる錬金術師――マリアスのもとへと向かっていた。
いまだ避難できていない民間人も多く存在する。だから、無差別に暴れ回っている改造魔物たちを放置しておくわけにもいかない。死者は出ていないようだが、このままではどこかで悲劇が巻き起こる。それだけは避けたい。いずれは他の街から冒険者の応援もくるだろうが、現状ではまだ、なぜか減らない魔物に対して、圧倒的に冒険者の数が足りていない。
アルスたちがひたすら応戦しているのは、それが理由だった。
彼らまでマリアスのもとへ向かえば、この街は魔物に対抗しきれず崩壊するだろう。
レイとセーラがマリアスを止めるまで持ちこたえてほしいと祈りつつ、瓦礫で足場の悪い街中を駆け抜けていく。セーラは少しもたつきながらも、レイの質問に頷いた。
「……その通り。だから、この計画が始動した。マスターは魔族の固有能力について調べていた王国研究班の頃のデータを持ち出して、学園地下で秘密裏に動き始めた。でも、セーラを生み出す計画へ行きつく前に前にひとつ、廃棄されたはずの別の計画が存在した」
「……別の、計画? それがこの事態に繋がっているってのか?」
レイは行く手に現れたオークロードを斬り捨てながら、尋ねる。
セーラはいつもの無表情を僅かに険しく歪めながら、こくりと頷いた。
「……魔族が魔物を従える。なら、人族に従う魔族を作ればいい。そのコンセプトが『人造魔族錬成計画』。……それに対して、魔族が魔物を従えるのなら、魔族には従わず、人族に従う魔物を作ればいい――このコンセプトを基にした計画が、『改造魔物従属計画』。セーラが作られる前に、現実的じゃないとして廃棄された計画だけど、概要だけは知ってる」
「ここで暴れている魔物は、すべてその残骸ってことか……」
「……そう。今の改造魔物たちには、セーラの従属が効かない」
「でもあの迷宮にいたミノタウロスなんかも改造魔物だろ? あいつらはお前の言うことを聞いていたと思うが……」
「……あの迷宮にいた魔物は、セーラが生み出された後の改造魔物だから。むしろ魔族に対して、より忠実に従うように作り変えられてる」
セーラは普段はあまり使わない声帯を懸命に動かして、レイに説明する。
「……とにかくマスターは、魔族の従属能力を無効化する段階までは研究を進めた。……けど、その先はなかった。魔族の命令を拒否できても、人族の命令に従うようにするのはどうやっても不可能だった……と、レポートに書いてあった。だからマスターは、『人造魔族錬成計画』にシフトした」
「まあ現に今もセーラの言うことは聞いてないものの、無作為に暴れているだけだしな」
「……ん。制御できてないし、多分する気もない」
「……そうか。第一次試験の森にいた妙な魔物たちは、この実験の失敗作ってことか……」
レイは吐き捨てるように呟きつつ、後ろを走っているセーラに振り返った。
「……レイ?」
「いや、今更だけど、こうしたほうが速いと思ってな!」
「ひゃあ!?」
レイはセーラを抱きかかえ、速度を上げて街の中心地へと進んでいく。
「おお、意外と可愛い声出すんだな?」
「……レ、レイ。びっくりするし、何かむかつく」
「どうした、顔が真っ赤だぞ?」
「……知らない」
ぷい、とセーラはレイの腕の中で顔を背けた。
しかし、少なくとも嫌がっているわけではなさそうだった。
レイは少し安堵しつつ、学園らしき場所の敷地内へと侵入していく。
周囲を見回すと、この一帯はやたらと魔物の数が多い。
「あっち」
セーラが指す方角へと、”擬態”術式を使って気づかれないように進んでいく。
この数の魔物を相手にしているような暇はない。
なぜなら――
「マリアスは、魔物を生産する性質を持つ改造魔物を作った、か……」
「……うん。どれだけ倒しても魔物の数が明らかに増えてる以上、間違いない。改造魔物の研究は失敗して人族に従うようには作れないから、そんな怪物を生み出したところで人族の敵を増やすだけ。だから作ることはできても、その意味がなかった。これまでは」
「だが、錬金術師のクソ野郎は最早やぶれかぶれになってる。死なばもろともってわけだ」
「……早く止めないと。時間をかけたら、さらに数は増える。その角、右に曲がって」
「ああ……!!」
レイはセーラの指示を聞き、学園に隠されたルートを通って地下へ潜っていく。
その途中で見かけた学園生の集団は、改造魔物に抵抗しつつ、徐々に撤退していた。
あの落ち着いた様子なら、そこまで心配はいらないだろう。
「優秀で何よりだ……! だけど、くそ、魔物が増えてるな!!」
「……この奥で作られた魔物が外に出てきているわけだから、当然のこと」
レイは魔物をかわし、何とか足を進めていく。
だが、異様な脚の速さを誇るホワイトウルフの群れに囲まれた。
それなりの広さの一本道である、地下通路で並走され、レイは冷や汗をかく。
――振り切れない。
「セーラ、手伝え! 俺はお前で両腕が塞がってるんだからな!」
「……仕方ない。魔族領域、展開――起動」
セーラの瞳が、みるみるうちに紅に染まっていく。
魔物従属と強化の固有能力が意味をなさない現状でも、魔族としての能力を解放したほうが魔術の出力も上がるらしい。セーラは続けて、詠唱を唱えていく。
「……風よ、疾く走れ!!」
「うぉっ!?」
レイの速度が自然と上がった。なぜだか足が軽くなったような感覚がある。ぐんぐんとホワイトウルフの群れを引き離していく。どうやら敵を攻撃するものではなく、味方の補助をするタイプの術式だったらしい。レイは慌てつつも、その速度域に適応していく。
「お前な、俺に干渉するタイプの術式ならあらかじめ言えよ!」
「……そういうこともある」
「おい。道、ここで三手に別れてるぞ?」
「……右に曲がって。他の二つは罠」
「了解!」
セーラの道案内に従い、レイは壁を蹴って強引に方向転換していく。
それからしばらく進むと、段々と入り組んだ道になった。地下通路は、研究所のような様相を呈してきている。いくつか部屋も散見された。セーラ曰く、ここはダミーらしい。もしバレても言い訳できる研究資料しか置いていない。本当の研究所は――その奥。
「ここか……」
足を止めたレイの眼前には、大きな両開きの扉があった。
レイが抱っこしていたセーラを下ろすと、なぜか彼女は少し残念そうな顔をする。
「どうした?」
「……何でもないし」
途中までは非常に多く改造魔物に遭遇していたが、数分前からめっきり遭遇しなくなった。そのことにレイは疑問を覚えつつも、躊躇っている余裕はない。罠が張られていないことを確信した後、扉を蹴り開けて研究所の本陣へと突入していく。
すると、そこに広がっていたのは、円柱状の機械が何台も置かれている空間。
ごぅんごぅん、と機械音がいくつも連鎖している。
そんな最先端の設備が揃った場所の中央のテーブルのような物体に、腰掛けている人物がいた。少し恰幅の良い、白髪の中年男性。その体には白衣を纏っている。
あの男がセーラを生み出した錬金術師――マリアス・バーソンその人だろう。
彼は狂気の宿った笑みを浮かべ、大きく手を広げた。
セーラが僅かに怯えたように一歩退き、レイは一歩、足を踏み出す。
そのさまを見て、マリアスは待ちわびたような口調で呟いた。
「――ようこそ。待っていたよ。これは、挨拶代わりに受け取ってくれ」
その言葉の、直後の出来事だった。
近くの円柱状の機械の陰に隠れていた五体ものゴーレムが、一斉に飛び出してきた。
レイたちを奇襲するために。