2-24 そして街へ
冒険者試験の第一次、第二次試験の舞台として選ばれたのは、アストラの街より東に進んだ先の深い森と、その内部に台風の目のように存在する、名もなき迷宮である。
この森林内はマリアスの手による改造魔物が大量に存在している。時折、授業にも使用しているため、もはや冒険者養成学園の庭の一部と言っても過言ではない。つまり、この森から近い位置に学園は存在する。レイはそう思っていたが、やはり読みは当たっていた。
冒険者養成学園は、この森を北に進んだ先にあるクロエラームの街の大部分を占めているらしい。王国東部の交易の中心であるアストラの街の隣。もはや学園街の様相を見せているようだ。
距離は、ここから生徒の全力疾走で十分程度という話だ。レイは森の外に待機させていた馬のディータを口笛で呼び出して飛び乗り、一気呵成に駆け抜けていく。
「間に合ってくれよ……」
レイは呟き、ぐんぐんとディータを加速させる。
ここまで焦っていることには、もちろん理由があった。
◇
――あれから迷宮を脱出したレイたちは、その近くに倒れているランドルフを発見した。
動揺したものの、命に別状はなかった。やがて彼は目を覚まし、こう言った。
「……事情は、だいたい分かった。マリアスが黒幕だったんだろう?」
「目を覚ましたのか……! ああ、そうみたいだな」
「まったく……仕方のねえ奴だ。まあとりあえず、お前らが無事で良かったよ」
「お、おい!? お前はいったい誰にやられたんだよ!?」
ランドルフは異常なまでの疲労を抱えていたようで、その事情を聞くことはできないまま再び意識を失った。”炎熱剣”ほどの冒険者がいったいどこの誰にやられたのか、レイは疑問に思っていたが、今は悠長に分析している場合ではない。
なぜならダリウスがこう言って、セーラも頷きを返したからだ。
「――あの男をこのまま放っておくと、おそらくマズいことになるぞ」
「……セーラも、そう思う。はやく戻らないと」
レイは、素直になったセーラと独自に調べていたダリウスから事情を聞いた。
――セーラは実験に失敗した。ということは、『人造魔族錬成計画』そのものが破棄されている可能性が高い。すでに資金は尽きている。それどころか学園の資金にすら手をつけているのが現状だ。次の個体を錬成することは不可能に近い。もし、セーラが失敗作とみなされ貴族の協力が得られていないのなら、意図的に冒険者試験へと介入したマリアスの罪はもみ消されることなく、重罪人のままだ。そうなれば、もはやマリアスに待っているのは牢獄入りの末路だけ。――追い詰められた人間は何をしでかすのか分からない。ただでさえ、セーラに対して学園の生徒を人質に取っていたような男だ。最悪の場合、学園の地下で大量に創っている改造魔物コレクションを解放し、暴走を始めるかもしれない――とのことだ。
「まだ迷宮内には受験者も少し残ってる。セーラいわく死んではいないみたいやけど、流石に気絶したまま放ってはおけへん」
「おれたちで捕まえに行くより、はやくギルドに報告したほうが賢明じゃねえのか?」
「とはいえ学園の連中が危険じゃねえか? マリアスとやらは何をするか分かんねえぞ」
「……三手に分かれよう」
レイたちはチームを分けることにした。
一つ目はマリアスのもとへ向かい、彼の暴走を食い止め、捕まえるチーム。
二つ目はランドルフを連れてアストラの街へ向かい、この事態をギルドに報告するチーム。
三つ目は迷宮内に残っている受験者を探し、救出するチーム。
――しばしの協議の末。
戦闘能力の高いレイやアルス、ライドたちが一つ目。
グリフィス家のメイドで顔が効くリリナと、魔力が限界に達しているダリウスが二つ目。
迷宮内の受験者の救出を提案したディンたちが三つ目となった。
「セーラはどうする? 錬金術師の顔も見たくないなら……」
「……セーラも、マスター のところへ行く。ちゃんと、けじめ、つけないと」
「……そうか。無理だけはするなよ」
「うん」
セーラは決然とした表情で頷いた。もはや、その瞳に迷いはない。
「セーラは、もう、間違えない。みんながいるから」
レイは「頼もしいな」と笑い、彼女の髪をぐしゃぐしゃに撫でた。
「……わぁ。ぐるんぐるんする」
「まあ、俺はお前らの学園での関わりなんか知らないし、ただの部外者だけどな。でもお前らの絆を守るために協力してやることならできる。友達は大切にしろよ」
レイがそう言うと、セーラは少しムッとした表情を浮かべた。
「……セーラが、道を踏み外したことに気づいたのは、大事なものがそばにあったことに気づいたのは、レイが、この場にいてくれたから」
傍に寄り、小さい背をぐい、と伸ばして、レイに顔を近づけてくる。
「だから、みんなを繋いでくれたレイも……もちろん、セーラの友達」
そう言って、セーラは微笑する。
「……だよ?」
「じゃあ、そういうことにしておくか」
「しておく……むぅ。なんだか、納得いかない」
――強い少女だ、とレイは思う。これまで、想像を絶するような困難が、幾度もあったことだろう。人造人間。その失敗作を、レイは前世で何度か見たことがある。その誰もが自己を保てなくなり、自ら死んでいって悲惨な末路を遂げた。自分は果たして、本当に人間と呼べるのか。ただのバケモノ、実験動物なのではないだろうか――。それは、人造人間の誰もが呟いていた悩みだった。だが、セーラはこれを乗り越えた。実験動物としての扱いを受け入れ、主の命令を待つだけの機械になるわけではなく、ただ自己を見失って暴走する哀れなる怪物になるわけでもなく、彼女はれっきとして一人の人間として自己を見つめ、今ここに立っている。それは、すごいことだとレイは思う。
でも、決して彼女が持つ強さだけで、精神的な壁を乗り越えられたわけではないだろう。
――きっと彼女のことを友達と言った、マリーらのおかげだ。
「……あと、言ってなかったことがある」
セーラはそこで一度、皆のほうを振り返ると、ぺこりと頭を下げた。
「みんな、迷惑かけて、ごめんなさい」
誰もが「気にすんな」とか「飯奢れ」とか、そんな適当な答えを返した。
――きっと、分かっていたことだろう。
それでも言葉にすることは大切だ。それは決して意味のない行為ではない。たとえ結果は予測できていたとしても、皆の優しさは知っていたとしても、何も口にしないことはただの甘え。ひとつひとつの言葉の積み重ねこそが、それぞれ信頼になっていくのだから。
「じゃあ行くか。錬金術師を倒しに」
――後は最後の掃除だけだな、とレイは言う。
そしてディンやリリナたちと別れると、高速で冒険者養成学園に向かって走り始めた。
◇
そしてレイは、冒険者養成学園のあるクロエラームの街に真っ先に辿り着いた。
これは馬を近くに待機させていたからだ。
同じく馬を駆るリリナはランドルフを乗せてアストラの街のほうに向かっている。
レイと同じチームのアルス、エレン、セーラ、ノエル、ライド、マリーはあと数分もすれば到着するだろう。レイは速度が一段違うので、先行する偵察のようなものだった。
――しかし。
「セーラたちの助言を聞いておいて、正解だったみたいだな……!?」
馬から降りて街中に飛び込んだレイが目にしたのは、阿鼻叫喚の絵図だった。
魔物の中でも異形としか言えないような怪物たちが街を襲っている。住人の悲鳴が鳴り響き、建物の倒壊音が唸る。クロエラームの街は大混乱に陥っていた。――おそろしい数の魔物だった。おそらくは百体を越えている。そして、錬金術師の手で改造していることを隠しもしない。どれもがおかしな形をしていて、通常の魔物よりも強化されていた。
――おそらくはセーラの強化も併せて運用するつもりだったのだろう。今となっては、ただ暴走して街を破壊しているだけだが。
「あの錬金術師……これだけの数の改造魔物を学園の地下に潜ませていたのかよ!」
レイは剣を抜くと、手近なゴブリンのような何かを切り裂く。なぜだか液体を斬っているような感覚に襲われ、レイは悪寒を覚えて手を引いた。すると、ゴブリンのような姿をしていた魔物は急激に姿を変え、スライムに変わった。剣撃が効いている様子はない。
「くそ……!? こんなのばっかりか!!」
レイは動揺しつつ火の魔術を放つと、スライムは一瞬で消え去った。奇妙な魔物が多い。よく見ると街の各所では冒険者が応戦を始めている。ここは冒険者ギルド本部が存在するアストラの隣街だ。実力がある冒険者も多いだろう。だが、その誰もが見たこともない奇妙な魔物の力に苦戦を強いられていた。
「――レイ!! 片っ端から叩き潰すぞ!!」
後方からアルスの声が聞こえる。どうやら追いついてきたらしい。
レイは前方の熊とオーガの合成体のような魔物を斬り捨てつつ、声に答える。
「ああ……!!」
マリーの魔術が、アルスの剣が、ノエルの双剣が、次々と魔物を殺していく。
「……セーラ!? こいつらを支配下には置けないのか!?」
「……無理。これらは、マスターに改造された個体。だから、魔族と魔物の関係に関する研究も兼ねてる。今は魔族の従属能力が効くかどうかは、任意で設定できる。そういうふに調整しているはず」
「なるほどな。それに加えて、セーラが裏切ったときの対応策も兼ねてるわけか……! まったく、無駄なことにしか才能を使わない錬金術師だな……!!」
いくら不思議な姿と能力を持つ魔物たちとはいえ、段々と慣れてくる。
レイも一体一体への対応が徐々に速くなっていく。
だが、住人に避難を促しつつ必死に戦っていると、違和感を覚え始めていた。
「……アルス」
「ああ。こいつら、数が減ってねえな。それどころか、増えてる……?」
「――まさか」
レイがアルスと視線を交錯させると、セーラがポツリと呟いた。
「セーラが、駄目になったから……マスターは、廃止したはずのあの計画を……」
どういうことだ、とレイが先を促す。
するとセ―ラは、ゆっくりと息を吐き、強い瞳で頷いて語り始めた。