表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生勇者の成り上がり  作者: 雨宮和希
Episode2:冒険者試験
53/121

2-21 人形の少女

 ――検体番号百二十二番。それが人造魔族の少女に与えられた、当時の名前だった。

 側面をガラス張りにされた、円柱状の機械。その内部には緑色の溶液が入っていて、少女は長い間、それに浸かっているだけの日々を送った。

 何も教えられていない。何も与えられていない。だというのに体は徐々に成長し、知識は少しずつ増えていく。そのことが少しだけ怖かった。怖い、という感情を知っていることすら、少女は怖いと感じていた。少女は人造人間。魔物を従属させ、あるいは強化する魔族の能力に対抗するために生み出された人族の兵器。錬金術によって人工的に造られた、百二十二番目の実験体にして初めての成功作。それを少女は、ただ事実として認識していた。そういうふうに記憶されていた。


「――魔族というものは、驚異的な力を宿している」


 ある日。少女の意識が安定してから、何年か経過した頃。ようやく少女は円柱状のカプセルから出ることを許可された。開かれた上部の扉から顔を出し、空気を吸う。肺に、酸素を循環させる。それは初めての行動だったけれど、やり方だけは知っていた。そのまま扉に手をかけて体を浮き上がらせると、カプセルを這い出て、床に降り立つ。ぺたり、と着いた足にはひんやりとした石の感触があった。びしょびしょに濡れた体と真っ白な髪の毛から、水滴がポタポタと床に垂れていく。少女はぼんやりとそれを見た後、自分の足に目をやった。二本の足で立つ。初めての行動だったけれど、これも自然に行えた。違和感がないことに違和感を覚えた。しかし、少女は何も言葉を発しない。主の前では許可があるまで発言をしてはいけないと、知識として植えこまれているから。

 少女は知識の通りに片膝をつき、眼前に佇んでいる主を仰ぐ。すると彼は満足げに頷いた。


「ゆえに、我々は魔族と同様の能力を扱えなければ話にならない。ただでさえ人族は弱いのだ。だというのに魔物という戦力のすべてを魔族に持っていかれている現状で、戦争に勝てるはずがない。だからこそ、魔族の能力を奪うための研究は秘密裏に行われた」


 主は話を続ける。薄く笑みを浮かべながら両手を広げ、饒舌に語る。


「だが種族としての固有能力を奪うというのは、そう簡単な話ではない。当然のように研究は難航し、数々の研究者が匙を投げた。誰もがその研究は頓挫した――と、そう思った。しかし私だけは諦めなかった。魔族の能力を人族に付与できないのなら、人族に従属する魔族を生み出せばいい。錬金術の秘奥を極めた私にだけは、それが可能だと、そう考えた」


 禁忌の領域に足を踏み入れた錬金術師はそこで跪く少女に背を向ける。少女は僅かに黙考すると立ち上がり、無言のまま主の背中を追った。彼の言葉は続く。


「”人間錬成”――命と魂を操る、禁忌の魔術。流石の私もその領域に手を出すのは躊躇したよ。何せ王国法に違反している明確な重罪だ。いくら王国のため、戦争に勝つために必要とはいえ、その代わりに私が牢獄入りでは洒落にならない。それでは何の意味もない」


 カツカツと乾いた足音が響き、その後をぺたぺたとした足音が追った。


「だから万全の準備を整え、貴族への根回しを済ませたうえで、私はことに及んだ。王国法に違反する以上、失敗は許されない。だが、私はそのリスクを受け入れた。理由は簡単。成功する確信があったからだ。ローグ・ドラクリアという魔族を手中に収め、私の研究は一気に進んだ。それでも人間を創り出すというのはなかなか難しく、百二十一体もの失敗作を生み出してしまったが――まあ、それはそれでべつの研究に役立っている。そして、お前という成功作もついに生み出した。すべては想定の範囲内。当初の計画通りだ」


 ごぅん、と機械的な動作音が各所から鳴り響き、その度に少女は驚いて身をすくませる。

 主は少女のそんな様子にはまるで気づかずに、先へと進んでいく。


「検体番号百二十二番。お前の脳には知識を焼きつけ、肉体も十二歳程度まで急速に成長させた。残る行程は二つ。お前を育成し、理想的な人造魔族を完成させる。そして複製する。つまりはクローンを量産し、軍に配備する。――自分で考えて動く、魔族の性能を宿した兵器……。そんなものがあれば、確実に戦局は変わる。それが、お前の役割だ。事前にこのあたりの知識は記録しておいたから確認に過ぎないが、ちゃんと理解しているかね?」

「……はい」


 少女が淡々と肯定すると、主は満足そうに「そうか」と言った。

 ――全体的に、薄暗い空間だった。天井にぶら下がっている魔力灯が照らしているとはいえ、部屋が広すぎて光量が追いついていない。少女が入っていた円柱状のカプセルが乱立していて、それを繋いでいるチューブのようなものが中央のテーブルに集まっている。

 主はやがてテーブルの前で立ち止まった。よく見ると鉄製で、その表面には文字が羅列され、それらが刻一刻と変化していく映像が展開されている。映像の周りにはスイッチやボタンのようなものもたくさんついていた。おそらく、この研究所のすべての機械を統括している、最も重要な設備だろう。主はやがて何かに気づいたように振り向くと、「少し待っていろ」と少女に言う。彼は近くのロッカーからバスタオルを取り出すと、少女に投げた。

 少女は手触りの良いふわふわなタオルを手に、首を傾げる。これを渡された理由が分からなかった。少女が不思議そうにしていると、主は僅かに目を細めた。


「……ふむ。やはり常識が足りないか。このあたりの感覚は知識では補えない。さて、どうするか……。どのみち一般的な人間と接する能力は必要となる。せっかくの人造魔族。考えることのできる脳を持っているのだ。命令に従うだけの機械では意味がない。まあ、経験させるしかないだろうな。もう少し、人間らしくなってもらわないと困る」

「――分かっていたことだろう。何のために冒険者学園を引き継いだのか、忘れたのか?」


 低く、耳に響くような声音で語りながら、研究所の奥から青年が姿を見せた。長い銀色の髪に、褐色の肌。すべてを呑みこむような紅の瞳。少女はそのさまを見て、本能的に戦慄を覚えた。逆らってはいけない相手だと、思考の余地もなく受け入れた。それほどまでに、青年は洗練された雰囲気を纏っていた。だが、不思議と嫌な感じはしなかった。


「秘密の研究施設を造るのに都合が良かった――それもある。地下に秘密の研究施設を隠し、表では学園長としての顔を演じる。当面の隠れ蓑としては最適だった。だが、それだけではなかっただろう? 研究に役立つと判断したからこその学園だ」

「――ああ、言われずとも分かっている。すでに私の権限で書類は偽装してある。百二十二番を冒険者養成学園に入学させる。それが、より優れたオリジナルへの近道だろうからな」


 人造人間の主、禁忌に足を踏み入れた錬金術師、冒険者養成学園の長、かつて頓挫した『魔族能力再現計画』の幹部にして、その計画のデータを引き継いだ『人造魔族錬成実験』の主導者、さまざまな肩書きを持つ茶髪緑眼の中年男性――マリアス・バーソンは、告げる。


「――セーラ・テルフォード。それが新しくお前に与える名前だ、検体番号百二十二番。これからは他者の前ではそう名乗れ。いいな?」

「……セ―、ラ…………?」


 少女は自身を識別している個体名の変更に、強烈な違和感を覚える。漠然とした不安が体中を覆っていた。唐突に授けられた、まるで人間のような名前に、主の人形だと自覚していた少女の精神が、ひどく揺さぶられていた。理屈では分かっている。少女が学園に入学する以上、そういった名前が必要なのだと。分かっている。納得している。理解しているはずなのに、なぜだか――頭が割れそうなほどの不快感が胸中を満たしていた。


「怖がることはない」


 すると、混乱する少女を眺めていた魔族の青年がおかしげに肩をすくめた。


「君はこの主人の言うことを聞き、学び、徐々に成長していけばいい。ちゃんと考え、人族の常識に基づいて行動し、学園の日々で情緒を学び、そして戦いの経験を積み重ねれば、君はおのずと理想のオリジナルに近づいていく――意識することもなく、自然と、な」

「……理想、に」

「ああ。俺は、君がどういう『人間』に成長するのか非常に興味がある。今から三年後を楽しみだ。――きっと、君は、心優しい女の子になるだろう。そんな目をしている」

「……ふん。物好きな奴だ」


 魔族の青年の言葉を聞いて、主は鼻を鳴らし、背を向けた。

 少女――セーラ・テルフォードは、ただ聞いていることしかできなかった。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ