2-18 推測
名もなき迷宮の第四層。その隅のほうにある小部屋に、レイたちは隠れ潜んでいた。ここにいるのはレイ、リリナ、アルス、エレン、ライド、ノエル、マリーの七人。全員、その表情は疲労の色が濃い。体力のないエレンなどは、荒く息を吐いていた。
「どうだ……? 来てないか……?」
「はい。ひとまずは逃げ切れたようです」
「……つ、疲れた」
「大丈夫か、エレン?」
アルスがエレンに声をかける。そこまで疲れている理由はダリウスに時間稼ぎを頼んで第四層に撤退した後も異常発生している魔物に襲われ、ひたすら逃げ惑っていたからである。その上、セーラによる指示が加わっているのか、動きが狡猾で賢い。――いや、それだけではない。明らかに、迷宮内の魔物たちが強くなっている。ゆえにレイは戦慄していた。
――自らの周辺に存在する魔物の能力を強化する。
それは高位の魔族だけが持ちうる特徴だ。そのまま放置しておけば魔物の力は強まるばかり。非常に厄介な能力である。これが魔王ともなれば、魔物を強化する能力が世界全体にすら影響を及ぼしていたのは有名な話だ。
「……マズい」
レイは呟く。
いったいセーラの魔物強化能力は、どこまで影響を及ぼすのだろうか。もし、この迷宮内全域に及んでいるのだとしたら――
「――アイツらが危ねえな」
レイと同じ思考に行きついたのか、ライドが顔を歪める。そう、レイたちと同様に第二次試験を受けている受験者たちの身が心配だった。彼らの大半はこの強さの魔物たちには対抗できないだろう。
レイたちの実力が特殊なだけだ。自惚れではなく、ただの事実として。
「でも、打つ手がない。いくらオレたちでも、あの数は相手にできない。セーラの指示を受けてんのか、連中まとまって動いてるしな」
アルスが淡々と言い、レイに目を向ける。そこでリリナが不思議そうに首を傾げた。
「……セーラちゃんは、どうやって第四層にまで指示を出しているんでしょう?」
「高位の魔族になると、従属させた魔物の視界を共有できる。セーラもそれをやっているんだろう。……あの技術は、魔族でもなかなか使わないんだけどな。一つの脳でいくつもの視界を処理する必要があるから常人にはできない」
レイは前世の記憶を思い返しつつ、返答する。
ライドの傍で体育座りをしていたノエルが眉をひそめ、尻尾を揺らした。
「……そんなこと学園じゃ習わなかったけど、本当なのかな?」
「王国じゃ広まっていないからな。せいぜい噂レベルで真偽も確かめられていない。何せ高位の魔族のさらに一部の奴しか使わないような能力だ。セーラがそれを使えるとは思わなかったが……いや、まさか、そういうふうに調整されているのか……」
「というか何で、あなたがそれを知っているの……?」
「説明すると長くなる。今はその時間が惜しい」
レイは淡々と言い、顎に手を当てて考え込む。
「ユアンの奴は、セーラのことを実験台と言っていたな」
「セーラは普通に学園に通っていた。魔族だったとは今でも信じられねえ。つか、魔族ってのは目の色も自在に変えられるものなのか? だとしたら見分ける方法がなくなる」
「そう、おかしいのはそこだ。普通の魔族にそんな機能はない。とすれば、後天的に植え付けられたと考えるのが自然。それが実験台って言葉の意味なのか……? 俺たちを騙しきれるかどうか……いや、流石におかしいな」
「それだと学園を卒業するまでおれたちを騙し抜いた時点で十分だし、その実験だと魔族側にしかメリットがねえ。冒険者試験なんて大層な舞台を使っている以上、これは人族によるものか、少なくとも人族が主導している計画だ。試験官二人を巻き込んでいる以上、試験に介入できるレベルの権力者の手が入っている」
「明らかにリスクと釣り合ってない。こんな舞台を利用してまでセーラの性能を確かめる意味は……? 冒険者試験への介入なんて、貴族でも罰せられるぐらいの犯罪だぞ」
レイは言葉にしてから、気づいた。
「――待てよ。この迷宮は、ゴーレムを通じて監視されていたな」
「それがどうした?」
「まさか、あれの目的は監視じゃなかった……? これは、権力者に対してセーラという魔族の性能をアピールしているんじゃないのか」
「……なるほど。こういう機会でなければ集まらないような権力者は、確かにいます」
「確かに冒険者試験なら貴族や大物商会が見に来ても違和感はない。だが辻褄が合わない。そんな面倒なことをしてまで、権力者にセーラの性能を見せつける意味は?」
「……あ、そうか」
リリナが、何かに気づいたかのように呟きを漏らした。
レイが視線を向けると、彼女は僅かに言い淀みつつも答える。
「……ゴーレムを操っているってことは、黒幕は錬金術師ってことですよね? 確信があるわけじゃ、ないですけど……セーラちゃんの魔族としては不自然な点を考えると――」
そこまで聞いてレイもようやく理解が及んだ。
パズルのピースがようやく埋まった感覚があった。
「まさか……」
錬金術式。
一般に普及しているその術式の中でも、最大の禁忌とされているものがある。
それは、命と魂に関わるものの錬成。
王国法でも明確に禁止されている重犯罪のひとつ。
「ホムン、クルス……!?」
性能実験。
その単語が、今更ながらレイの脳裏に回帰する。
もしセーラという個体が、人族の兵器として量産可能な態勢にあるとしたら、それは戦力として明確な価値がある。なぜなら魔族特有の魔物従属や強化の能力は、それに苦しめられた人族が喉から手が出るほどに欲しがっていた力なのだから。だから重い罪を犯すことになったとしても、魔族の能力を手に入れて対抗しようと考えるのはおかしくない。
そして。
いざ創り出したその兵器の性能を、秘密裏に王国の権力者へとアピールする機会を設けた。その性能を評価した彼らの協力を受けて罪をもみ消し、魔族との戦争で活躍させることにより、黒幕の錬金術師の功績とする後ろ盾のために。その後ろ盾を獲得するための最後のアピール、その舞台に選ばれたのが、ちょうど権力者が集まれる機会だったのが、この冒険者試験だったというだけの話なら――確かに理屈は通る。通ってしまう。
「セーラは、本当に人造魔族だって言うのか……!?」
レイは拳を握り締め、別れ際の辛そうな表情を思い返す。
そこで静かに、最も入り口に近い位置に座っていたアルスが膝を立てた。
「――レイ、推理はそこまでにしとこう。向こうから何か来るぜ」
◇
ランドルフは森の中の獣道を歩んでいた。つい先ほどまでは冒険者ギルド内で待機していたのだが、違和感を覚えて第二次試験の様子を覗いてみることにしたのだ。
「ま、考えすぎだろうが……」
気楽に呟き、その足を進める。ランドルフは第三次試験の試験官だ。第三次試験はアストラの街の闘技場にて、一対一のトーナメント方式で行われる。そこまで観客席は広くないのだが、暇な貴族たちがその戦いを見物に来るのは毎年の光景だった。
ランドルフはその実績を以って強引に試験官の座に割り込んだので先ほどまで準備に忙殺されていたのだが、改めて第一次試験と第二次試験の内容を眺めて、少しだけ妙な点があった。第一次試験官のマーシャ、そして第二次試験官のユアン。彼ら二人は確かに実績では申し分ないが、最近ではほとんど、ある貴族のお抱え冒険者と化している。その二人を一次、二次、と連続して試験官にしている部分には何らかの意志が介在している可能性がある。それに第一次試験はすでに終了し、事務員の手によってギルドに合格者のデータも届けられているものの、マーシャがいまだに帰ってきていない。
ギルドマスターに尋ねたところ「試験に関して詳しくは知らない」との答えが返ってきたので、仕方なく直接、この違和感を解消しにいくことにしたのだ。
森林を歩き、魔物を回避し、効率的に名もなき迷宮へ向かって進んでいく。
「……何、だ?」
しかし。
ここにもまた、違和感があった。いくら何でも魔物が少なすぎる。しん、と森林内に訪れる静寂。たまに野鳥の囀りが聞こえるが、近くに魔物の気配はない。べつに魔物が棲みついていない森があってもおかしくはないが、第一次試験の内容はこの森を突破することだ。ならば、それなりに魔物が出現しなければおかしい。そうでなくては試験にならない。
結局ランドルフはそのまま魔物と遭遇することなく森林を通り抜け、名もなき迷宮の入り口に辿り着いてしまった。すでに、その身に纏う雰囲気は引き締められている。
ここまで不審な点が揃えば、いくら能天気なランドルフでも笑ってはいられない。必ず何かが起きている。悪い予勘が当たってしまったことに嫌気が差しつつも、名もなき迷宮へ踏み込もうとする。
その。
直前の出来事だった。
「――やはり貴様は侮れないな、”炎熱剣”」
ランドルフの警戒していたはずの範囲内から、急に芝居がかった声が聞こえてきた。まるで気配を捉えられなかったという戦慄を抑え、瞬時に振り向いて臨戦態勢に入る。
だが、そこに現れた人物には、驚愕を禁じえなかった。
「お前、は……!?」




