2-15 性能実験
レイは防戦一方だった。
「――ぐっ!!」
戦っているのは共に一線級の冒険者、ユアンとマーシャ。
前と後ろ。常にどちらかが背後を取るような立ち回り。――戦い方が、巧い。
レイが受験者だという事実からの油断は一切なかった。
淡々と、合理的に、無機質に追い詰めていく。これがプロの冒険者。それも一流。
受けた依頼には手を抜かない。その姿勢だけは尊敬に値する。
「だが、受ける依頼ぐらいは選んでほしいんだけどなあ?」
レイは二人に向かって言う。
ユアンは冷徹な視線でレイを見据えながら、ぼそりと呟いた。
「フン……プロの冒険者とは、貴様らが思っているほど自由な立ち位置ではないぞ?」
「まあ、そういうことだ。結局、回ってくる依頼は商会や貴族に左右される。魔石狩りで日銭を稼ぐだけで十分ならともかく、大金が欲しいのなら、特定の組織の味方についたほうが賢いに決まっている――とはいえまさか、こんな依頼が出るとは思わなかったがね」
マーシャがユアンの言葉を引き継いだ。レイはそれを聞きながらゆっくりと息を吐き、いつ攻撃されても反応できるように集中力を研ぎ澄まし続ける。
「……、それはまた、夢のないことを言う」
レイは吐き捨て、ちらりとアルスたちのほうを一瞥する。
ミノタウロスは完全に追い詰められていた。アルスひとりに振り回されている。
そしてリリナやエレンたちは三体のゴーレムを相手取っているようだった。
おそらく錬金術師が各所に設置されていたゴーレムから最深部に近い数体を選び、階段から侵入させたのだろう。――レイたちを、殺すために。
「……セーラ?」
だが、そこでレイは違和感を覚える。
ライドたちもゴーレムと戦っているなか、セーラだけが何もしていない。
部屋の中央で、ただ、俯いて立ち止まっていた。
「おい、セーラ! どうかしたのか!?」
レイが声を荒げても、彼女が反応する気配は見えない。
アルスたちも戦闘しつつも、その異変に気付いたようだった。
「無駄だ」
ユアンが言う。
レイが眉をひそめると、彼はあくまで冷淡な調子で告げる。
「彼女はお前たちの味方などではない。我々の実験台だ」
――レイは抱いていた不安が的中したことに、拳を握り締めていた。
魔族の気配。だというのに蒼い瞳。年齢にそぐわない実力。どこか不安定な情緒。何かあるだろうとは予測していた。だが、人の過去に踏み込むのは簡単にできることではない。レイはセーラと出会ってから、まだ数日しか経っていないのだ。
だが、その気遣いが裏目に出てしまった。
こんな事態が起こる前に、事情を聞いておけば良かった。
「何を言ってますの!? 彼女は学園の首席、私たちの仲間ですわ!」
ゴーレムに魔術を叩きこみながら、マリーが叫んだ。ノエルも心配そうにこちらを見ている。ライドだけが余裕なさげにゴーレムの攻撃を何とか回避していく。
「……どういう、こと? こんな事態、計画にはない」
セーラが俯いたままポツリと呟く。ユアンはその言葉に淡々と応じた。
「予定が少し変わってな。こちらのほうが良い性能実験になると判断なされたようだ」
「……具体的に、わたしはどうすれば?」
「簡単な話だ。そもそも、何となくは分かっているだろう?」
ユアンはアルスと戦闘中のミノタウロスを指して、
「今、この迷宮にいる受験者を全員潰してみせろ。――それが最も分かりやすい」
告げる。レイは舌打ちしながらユアンに肉薄した。
だが、彼は冷静に距離を取り、後方からマーシャの殺気が飛んでくる。
レイは方向転換するも、マーシャは一歩も動いていなかった。
――封じられている、とレイは歯噛みしていた。
はっきり言って単純な実力だけなら、レイは彼らをゆうに越えている。だが、ユアンたちもそれを悟り、ひたすらレイの実力を出させないように立ち回っている。だから状況が変わらない。お互いに傷がつけられない。動きを見れば分かる。ユアンとマーシャに対して黒幕が出した依頼は、「レイの足止め」なのだろう。
錬金術師のゴーレムを倒したことが原因なのか、随分と警戒されているらしい。
「セーラ!?」
マリーとノエルの叫びに対して、セーラはただ「ごめん」と返した。
それは明確な決別の証だった。――そして、彼女の瞳が、煌々とした紅に染まっていく。
セーラが人族と敵対する存在、魔族だという証明がそこにあった。
「セーラ……貴女」
「嘘、だろ……、お前」
「魔族って、こと……?」
皆が動揺する気配をレイも感じている。当然の反応かもしれない。レイだって知らなければ同じ反応をしていたはずだ。直後、セーラから、これまでとは比べものにならないほど濃密な魔力が噴出する。人族の三に倍する魔力――魔族の本領が解放されていた。
だが、魔族が宿す力はそれだけではない。
ユアンは迷宮内の受験者を全員倒せと言った。だから、セーラの性能実験とやらが目的としているのはおそらく、セーラ本人の実力を測ることではなく――
「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
――魔族の性質、魔物を従えるという性能を測ることなのだろう。
アルスが相対していた強化ミノタウロスの気配が、突如として変貌する。セーラと共鳴しているのだ。やがてミノタウロスの瞳はどこか無機質なものになった。
一瞬の、静寂。
「――アルス!!」
レイは叫ぶ。アルスですら反応が遅れた。これまでの比ではないほど素早い動きでミノタウロスはアルスに肉薄していた。「ウンディーネ!」と、エレンの精霊術が割り込む。水属性魔術に偽装できていなかったが――この状況では仕方がない。そんなことを気にしていられる場合でもない。ミノタウロスが振り下ろした棍棒の軌道を、エレンが放った水流が変化させる。アルスの回避が間に合った。直後、迷宮の大地が盛大に揺れる。
そしてミノタウロスはこれまでのように隙など作らなかった。棍棒を地面に叩きつけた反動を利用して跳躍。居場所を変えてアルスに向き直る。明らかに、知性を宿した者の動きだった。――間違いない、セーラに強化され、その指示に従っている。
「セーラ、やめなさい!」
その事実を察したのか、マリーがセーラに向けて走っていく。マズい、今のセーラに彼女では対抗できない。だが、レイはユアンとマーシャのせいで動けない。その葛藤を察したのか、二体のゴーレムを相手にしていたリリナが動いた。マリーは魔術師ゆえに、走る速度は遅い。リリナはすぐマリーに追いつき、彼女を引き留めた。
「あの子を止めないと……!!」
「落ち着いてください! 今セーラちゃんに近づくのは無謀です――」
――リリナが言葉を発する暇もなかった。
セーラは一瞬だけ浮かべた悲痛な表情を即座にかき消すと、
「魔族領域展開、起動。木枯らしよ、渦を巻き、鋭く尖れ――”風槍”」
魔術が発動する。セーラが得意とする三節に区切られた端的な詠唱から、すべてを斬り裂くかのような風の刃が渦を巻いてリリナたちに高速で迫った。リリナはマリーを抱えて横に跳んだ。ブオッッ!! と紙一重で風の刃が吹き抜けていく。
リリナの髪が僅かに斬り裂かれて宙を舞った。
ゴーレムの攻撃をかわしつつ舌打ちをしたライドが、ノエルに向かって言う。
「ノエル、加勢してやれ」
「……いいの?」
「ああ。こうなったら、仕方ねえだろうよ」
レイは相変わらずユアンとマーシャに封じ込められ。
強化ミノタウロスはアルスひとりでは対抗しきれず、エレンが加勢。
セーラ本人にはマリーとリリナが相対し、そこへノエルが駆けつけていく。
――すると、五体にも上る錬金術師のゴーレムは、一体ですら苦戦していたライドがひとりで相手せざるを得ない。
大丈夫なのかとレイが焦りを感じていると、ライドは肉薄するゴーレムたちに対して、苛立たしげな様子で呟いた。
「吹き荒れろ――“魔力嵐”」
直後。
レイの眼前で、まったく理解不能な現象が巻き起こった。