2-13 合流
錬金術師は唇を噛み締めていた。
その眼前にはいくつもの映像が映し出されている。
だが、そのうちの一角には映像が途切れ、黒一色に染まっている部分があった。
「おい、本当に大丈夫なのかね?」
面倒臭そうな声音が耳に届き、錬金術師は慌てて問いに答えた。
「ええ、もちろん。気づかれたうえに撃破されるとは思いませんでしたが、所詮それだけ。他にもゴーレムによる監視の目はこれだけ大量にございますし、何者かに見られているとあの少年が気づいたところで、できることは何もありません。むしろ、この強さの少年がいるということは、セーラの強さの証明にもなるというもの」
「ふむ……」
間違ったことは言っていない。レイ・グリフィスという受験者のゴーレムに気づく観察眼、一太刀で倒す実力は確かに予想外ではあった。そして不確定因子は排除することに越したことはない。だから攻撃したのだが、とはいえ放置しておいたところで計画に影響があるわけではない。
すると渋々といった様子ではあるが、相手は納得したようだった。
錬金術師はそっと胸を撫で下ろす。
第二次試験の監視よりも、彼らのご機嫌をとることのほうが神経を使う作業だった。
(……それにしても)
強い。あのゴーレムは甘く見積もっても並の冒険者で倒せるような創り方はしていない。
それに魔術で倒すならまだしも、岩で創られたゴーレムを剣で一息に切り裂いた。
わざわざ彼らに伝える意味はないので口には出さないが、おそらく単純な実力だけならセーラを越えている。
要注意だな、と錬金術師は自らを戒める。
レイという少年の傍には、ランドルフの弟子であるアルスもいるのだ。
大して計画に影響しないとは言ったが、できることなら早めに潰しておきたい。
この計画を失敗するわけにはいかないのだ。
(とはいえ次の試験官はランドルフだ。試験そのものに介入はできない……)
錬金術師はしばらく顎に手を当てて黙考すると、傍に控えていた部下を呼びつけた。
「何でしょう?」
「……この迷宮の階層主は何だ?」
「五層迷宮ですから、最深部にミノタウロスが存在するだけかと」
「……チッ。ミノタウロスか。だがまあ、やってみる価値はある。ユアンに指示を伝えろ」
錬金術師は舌打ちした後、再び椅子に深く座り込み、傍観の態勢に入った。
◇
「今のは……」
ゴーレムを倒したレイたちのもとに、セーラが追いついてきた。
だが、なぜか少しばかり様子がおかしい。
「どうした?」
レイが尋ねると、セーラは曖昧に首を振る。
「あ、その……ゴーレムなんて、珍しいと思って」
「確かにな」
レイも頷く。
そして推測ではあるが、おそらく錬金術師が操っていることを説明した。
「この迷宮は何者かに監視されている。何のためかは知らないけど」
「……」
セーラはぽかんと口を開けていた。
流石に突拍子もないことを言い過ぎたか、とレイは苦笑する。
確かになかなか信じられることではないだろう。
「ともあれ」
話を区切る。
セーラに追いつかれたということは、レイたちの進むペースが遅いということだ。
気になる点はたくさんあるが、ひとまずは早々に第二次試験をクリアしておきたい。
「先に進もう。大丈夫か、セーラ?」
「……うん」
「元気がないぞ」
「……これはもとから」
時折、現れるゴブリンやコボルトなどの弱い魔物を斬り伏せつつ、どんどん先へ進む。
「こんなものか」
「レイ様やアルスちゃんが強くなりすぎなんですよ……」
「張り合いがなくてつまんねえなー」
「せめてオーガぐらいは出てこないと鍛錬にはならない」
「それ他の受験者が死にますから」
「……レイ、すごい」
「だろう? アルスよりすごいだろう」
「……うん」
「いやいやセーラ、落ち着け。落ち着くんだ。判断するにはまだ早いぜ?」
だらだらと無駄話をしながらでも、苦戦する魔物はいなかった。
はっきり言って今のレイたちの敵ではない。
そうやってしばらく進んでいると、
「……前に誰かいるな」
地下四階。
数パーティを追い越しつつ、先を急ぐレイたちは最深部へと降りる階段の前で、再び受験者と遭遇した。
近づいてみると、そこにいたのはライド、ノエル、マリーの三人組だった。
「あれ、まさか追いつかれるとは」
ライドは眠たげに欠伸をしながら、少しだけ驚いたように呟く。
「お前らが一番なのか?」
レイが尋ねると、「たぶんな」とライドが頷く。
「セーラ、また会えたね!」
「……わぁ。お、重い」
「重くないし!」
狐耳の少女ノエルはセーラを見つけるなり彼女に抱き着いた。
セーラは目を白黒させている。
マリーがそんな二人の様子に嘆息した後、レイのほうを睨んできた。
「ふん。どうせセーラと合流したおかげでしょう。わたくしたちに追いつけたのは」
「まあ、そうだな」
レイは面倒臭いので適当に頷いておく。
「いやほんと、うちのマリーが申し訳ない」
「あ、いえいえ……」
ライドの愛想笑いに愛想笑いで対応する。
ぺこぺこと頭を下げる男だが、眠そうな瞳に変わりはなかった。
「なあ」
アルスが階段の前で屈みながら、そんなライドに尋ねた。
「この先が最深部だろ。さっさと潜らねえのか?」
「なんか嫌な予感がしててな。でもまあアンタらがいるなら安心だ。進もうぜ」
ライドはレイとアルスに視線を向けつつ、微笑を浮かべた。
――実力を見抜かれている、とレイは感嘆する。
そしてライドの体さばきを見れば、彼が実力者であることは火を見るよりも明らかだった。
「そりゃそりゃー!」
「……ノ、ノエルちゃ……っ、くすぐったい!」
「あなたたちはいつまでやっていますの……」
「……エレンちゃん。私たちもやります?」
「何で!?」
「いや、羨ましいなぁと思いまして」
「ちょっとうずうずするの怖いからやめて!?」
ともあれ最深部に進みたいところではあるのだが――
「これはひどい」
アルスが女子勢のふざけきった光景を見て呟く。
レイも深々と頷いた。アルスに言われるなんて相当のものである。
「……ライドだったか。こいつら、どうする?」
「放っておいて先に進んでもいいけど、おれは寝るわ」
「何で!?」
転びそうになったレイを無視して、ライドは壁に背を預けて目を閉じた。
直後に寝息を立て始める。早い。早すぎる。
常識人かと思えばこの惨状である。いびきうるさい。
「駄目だこりゃ……まともな奴がいねえ。なあ、アルス」
同意を求めて声をかけたが、赤髪の幼馴染の声は返ってこない。
どうかしたのかと視線を向けると、彼は意気揚々と階段を下っていた。
「最深部に一番乗りだー!!」
レイは頭を抱えた。