2-12 ゴーレム
名もなき既踏破迷宮の入口で、受験者たちは睨み合っていた。
どのパーティから先に潜るのか――それを決める方法を探しているのだろう。
レイ、アルス、リリナ、エレンの四人は、とりあえず事態を静観していた。
やがて、痺れを切らしたように声を上げたのは、髪をオールバックにしているチンピラのような男だった。
二十代後半ぐらいだろうか。
制服を着ていないので学園の卒業生ではない。
「……面倒くせぇ。このままじゃ埒が明かねえぞ。俺ァ先に行くぜ」
男はジロリと辺りを見回しつつ、告げた。
確かにその言葉は正論である。
このままだと、ただ時間が過ぎていくだけだ。
「いいや、先に行くのは俺なんだよなぁ」
直後。
もともと機を窺っていたのか、皆の視線がチンピラに向いた隙に、一人の男が迷宮内に飛び込んでいった。
パーティ単位で動かなかったところを見るに、彼も一般の受験者だろう。
チンピラが舌打ちしながら迷宮内に飛び込もうとする。
だが、学園生の誰かが魔法を放ち、チンピラの前の地面を吹き飛ばした。
「おい、誰がやった!?」
その声に答える者は誰もいない。
"魔弾"。なかなかに洗練された威力と速度だった。
チンピラが誰何している間にも、迷宮内に怒涛の如く皆が押し寄せている。
それを見たチンピラは、額に青筋を立てて、懐からナイフを取り出す。
(……受験者同士の戦闘を禁止するルールは確かにない。だが、それをやると、事態が面倒になるぞ)
レイは周囲を観察する。
セーラは静かに、迷宮入り口前に押し寄せる人々を眺めていた。
その瞳はどこか虚しさを宿しているように思えた。
ライド、ノエル、マリーの三人は木陰で談笑している。
レイと同様に、合格さえできれば試験順位などには興味がない――というわけではないだろう。
特にマリーはそのあたりを重んじる性格のはずだ。
どちらかと言うと、まるでこの事態がすぐに収まることが分かっているような態度だった。
レイの推測を証明するかのように、
「はいはい、ストップ。終了。終わり。オーケー?」
レイやライドたちと同じく、事態を静観していた者の一人が声を上げた。
手を叩いて皆の注目を集めるのは、サラサラの髪に眼鏡をかけ、狐のような目をした少年だった。
背は低く、制服もブカブカだが、妙な存在感を放っている。
「……せ、生徒会長」
「元、な。そこ重要だから、ちゃんと覚えとき。今はただのディンや」
ディンと名乗った少年は気楽そうに笑いながら、
「はい。今このチンピラみたいな兄ちゃんに"魔弾"撃った奴、挙手」
「ああ……!?」
「アンタだって、受験者同士の無意味な戦闘で傷を負いたくないやろ」
一瞬だけ、その狐のように細い瞳から烈火の如き眼光が迸る。
何か言おうとしていたチンピラは気圧されたように一歩、足を退いた。
「はいはい、面倒やから早くしい」
ディンが急かすように手を叩くと、おずおずといった様子で眼鏡の少年が手を挙げた。
「ああキミか。一応謝っとき。仲は良好に越したことはないんやで」
「ご、ごめんなさい……」
眼鏡の少年が頭を下げると、チンピラのような男は不満そうに鼻を鳴らしたが、それ以上は何も言わなかった。
いつの間にか彼を中心とした空間に切り替わっていた。
レイは感嘆する。
流石、冒険者学園の生徒会長を名乗るだけはあった。
ディンはニヤリとした笑みを浮かべ、この状況を打開する策を提示した。
「――順番は、じゃんけんで決めようか」
◇
名もなき既踏破迷宮の第三層をレイたちは進んでいた。
じゃんけんに従い、レイたちは六番目に侵入することになったのだ。
ちなみにディン本人は一パーティが入ってから十分経過するまで待つという自分が作ったルールを守らせるためなのか、最後のパーティが迷宮に入るまで残っているらしい。
律儀な男だった。あるいは、それも試験における評価の対象となるのだろうか。
そんなことをつらつらと考えていると、前方に不穏な気配を感じ取る。
レイは足を止め、傍に転がっていた石を拾って投げる。
すると、コツンと当たった部分の岩が突如として動き出した。
迷宮を構築する岩々と完全に同化していたそれは、鈍い音を発しながら起き上がり、人型になる。
「ゴーレムだな」
ゴーレムの無機質な眼光をものともせず、レイは淡々と呟いた。
アルスはおお、と驚いた様子でレイを見やる。
「すげえな。なんで分かったんだ?」
「なんか違和感を覚えたから、索敵術式を使ったんだよ」
魔力を薄く広げるような形で、波として自分を起点に放出する。
想像の基準としていたのは超音波の理論である。そうして魔力波が障害物に当たり、帰ってくるまでの時間を計算することにより、たとえ目を閉じていても空間を把握することが可能となる。
魔力の消費が激しいので常に使っているわけではないが、何かしらの違和感を覚えたときは必ず起動する術式だ。
索敵術式――正確には"探査"により、ゴーレムがいた部分は微細に振動していた。魔石から魔力が流れ、魔物として生命活動をしている以上、いくら岩でできているとはいえ無音ではいられないのだ。
「……なるほど」
ともあれ。
レイは納得して頷いていた。
このゴーレムは何者かに操られている。
術者が存在するのだ。
そもそもゴーレムは錬金術師が作り上げた人形なのだから当然ではある――が、迷宮では、いまだに失われた古代魔術によって、術者が死んでいても起動し続けるゴーレムも多いという話を聞いたことがある。
レイも最初はそう思っていたのだが、"探査"がどこかとゴーレムが繋がる細い魔力糸を感じ取った。
(受験者……ではないだろうな。こんな大きいゴーレムを操る技量がある者が、そうそういるとは思えない)
レイは思考を続ける。
アルスが首をひねり、尋ねようとしていたが――説明している暇はない。
ゴーレムがその巨体に似合わぬ速度で大地を蹴り、レイのもとに肉薄してきた。
岩で創られた豪腕が唸りを上げる。
レイは斜めに振るわれた拳を屈んでかわすと、ひらりと回転して後方に飛び下がる。
今の速度は、冒険者志望の者にかわせるような速度ではない。
このゴーレムが迷宮の各所に存在するというのなら、レイたちやセーラに及ぶ実力者でもないと全滅してもおかしくないだろう。
これまでの試験でそうなっていないということは、おそらく今回の試験にのみ存在する敵ということだ。
「……試験官の監視用か? いや、だとしても……」
「どういうことだ?」
「このゴーレムには術者が存在する。試験官が受験者の安全のために目を光らせているのかとも思ったが……」
「そうだとすれば、襲ってきたことがおかしいですね。しかも受験者のレベルじゃない」
リリナが言葉を引き継ぐ。
アルスも眉をひそめながら、
「第二次試験官のユアンさんがゴーレムを操るなんて話は聞いたことないな」
「だとすると」
レイは頷きながら、戦いの構えを取るゴーレムを見据える。
「これは知られたくないものだったってことだ。正確に言うと、ゴーレムの目によって監視していることを気づかれたくなかった。だから気づいてしまった俺たちを排除しようとしている。放っておけば不都合があるから」
――そうだろう? どこかの錬金術師さん、とレイは淡々と推測を語る。
「第一次試験の森にいた改造魔物といい、何を企んでいるのか尋ねてもいいか?」
「……、」
「語ることはないか。まあ当然の対応だな」
ゴーレムは無言のまま突貫してくる。
レイは落ち着いて息を吐くと、白銀に煌く剣をゆったりと構えた。
「ええ……レイは剣で岩を斬るつもりなの?」
なぜかエレンがちょっと引いた様子でアルスに尋ねている。
アルスは苦笑しながら、
「いや、オレだって岩ぐらい斬れるし。レイならできて当然だろ」
自信満々に告げる。
その言葉を証明するように、レイの刃はゴーレムの巨体を真っ二つに切り裂いた。
ゴーレムは崩れ落ちると、ただの岩である部分を除き、光の泡となってレイに吸収されていく。
魔石ごと切り裂いたからである。
そもそもゴーレムを倒すには、核である魔石を狙うしかない。
それ以外の部分はほとんどが岩なので、削ったところで周囲から補強できるのだ。
「あれ……?」
そこで、後方から新たな声が聞こえてきた。
レイたちが振り向くと、そこにいたのは冒険者養成学園の制服を着た白髪碧眼の少女。
セーラに追いつかれてしまったようだった。
「今のは……」
彼女はなぜか――ひどく驚いたような顔をしていた。