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転生勇者の成り上がり  作者: 雨宮和希
Episode2:冒険者試験
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2-9 学園主席

 時は現在に回帰して、アルスとエレンが滞在する宿屋の一室にて。

 宿屋を追い出されたレイたちは、ひとまずの安息の場所を求めてここにやってきていた。

 落ち着いてセーラの事情を聞くためでもある。


「……つまり」


 セーラの要領を得ない言葉をまとめると、こういうことだった。

 まず、セーラは冒険者学園の主席卒業生であり、冒険者試験を受けに来ている。

 すなわち、もう十五歳となっていて、レイと同い年だということだ。


「……嘘、だろ」

「三年経ってから出直して来いとか言ってましたね……見た目的には手を出したらアウトですけど」

「セーラ、もう成人。大人だよ。ぶい」

「背、低すぎだろ……」

「低くないもん」


 愕然とするレイたちとそんなやりとりがあった。

 一方で、レイには少しだけ納得している部分もあった。

 魔族は人族よりも寿命が長い。

 その代わり、成長速度は遅いという話を聞いたことがある。

 真実かどうかは分からないが、もし本当ならセーラが魔族だという説に信憑性が増す。

 ただ、同時に冒険者学校の生徒であるというのも事実だ。

 わざわざ生徒手帳まで見せられたのだから。


(……学園が、魔族を入学させるわけがないよな)


 現状での根拠はレイの勘と、ダリウスの魔物としての本能だけだ。

 魔族の特徴である目が紅いことには当てはまっていないことを考えると、セーラは魔族ではなく、成長が遅いだけの普通の人族だと考えたほうがしっくりくる。

 実際のところ、どうなのか。

 流石に本人に尋ねるのも躊躇われる。

 ともあれ。


「……で、アルスを探していた理由は?」

「最強の冒険者、ランドルフの、唯一の弟子。強いって聞いた」

「強いから探してたのか?」

「戦って、実力を確かめようと、思った」

「いやいや試験前だぞ……」


 レイが呆れていると、セーラは不思議そうに小首を傾げる。

 

「……でも、セーラより強かったら、ダメだから、確かめないと」

「どのみち試験中に分かるんじゃないか?」

「……セーラ、不安。一位で合格しないと、いけないから」


 セーラはそこだけ緊張した声音で言った。

 表情にはあまり起伏がないが、感情は分かりやすい少女だった。

 セーラが言ったとおり、冒険者試験には順位がつけられる。

 ポイント制になっていて、一定の値を下回った受験者を足きりする形式だ。

 その結果は今後の冒険者としての活動に大きな影響を及ぼすといわれている。

 実際、新人時代は冒険者試験の順位に基づいた評価を受けているので、依頼の受けやすさ、パーティの組みやすさにも差が生じてくるらしい。


(……それにしたって、その後の実績で評価が覆ることなんてままあるだろうし、そんなに気にすることでもないと思うが……)


 レイはそんな風に思う。

 実際、合格さえすれば良いと思っていた。

 セーラのこの緊張は、学園主席のプレッシャーか何かだろうか。


「……学園長、セーラに勝てっていうから、勝たないと、いけない」

「気にすることないだろ」


 レイは軽く笑みを浮かべ、セーラの頭にぽんと手を置いた。

 

「事情はよく分からないけど、卒業したお前がこれ以上、学園に縛られる理由はないんじゃないのか。無視したっていいと思うぞ」

「そうですね。その学園長さんだって、期待から言ってるだけだと思いますし」

「……そうだったら、嬉しい」


 セーラはレイとリリナの言葉を聞いて、僅かに微笑んだ。


「で、オレと戦いたいって?」


 そこでベッドのほうから声が聞こえた。

 そちらに目をやれば、起床したばかりのアルスが伸びをしている。

 やがて彼は不敵に笑うと、ちょこんと座っているセーラに向けて告げた。


「いいぜ。どうせ試験まで暇だったんだ。学園主席となれば相手にとって不足もねえだろ」

「お前、ちゃんと話きいてたんじゃねえか……」


 レイが嘆息して呟く。

 セーラもやる気を見せ、腕に力こぶを作ろうとしていた。

 ちなみにできなかった。


「それじゃ、とりあえず街の外に出るか」


 ◇


 見渡す限り草原が続いていた。

 このあたりは雄大な自然がどこまでも広がっていて、レイの冒険心が疼く。

 そんな中、アルスとセーラは十メートルほどの距離を取って向かい合っていた。

 レイたちはかなり離れて、そんな二人を眺めている。

 セーラは無手。

 おそらく魔術師なのだろう。

 そして、対するアルスは真剣を持っていた。

 剣と魔術。

 共に、下手をすれば相手を殺しかねない武器だが、本当にどちらかが危険な状態に陥ったときは、レイとダリウスが止めに入ると忠告はしてある。


「……行くぜ」


 獰猛な笑みを浮かべて、アルスが告げた。

 その言葉が開始の合図だった。

 アルスが猛獣のようにセーラへと肉薄していく。

 同時に、セーラは後方へ下がりつつ、詠唱を呟いていた。


「唸れ、蠢け、立ちはだかれ――”土流壁”」


 呟きに呼応して魔術が形成される。

 セーラとアルスの間の地面が、突如として隆起した。

 術式により変形された土は、壁の形となってアルスの突進を拒む。

 

(……巧い)


 レイは内心で舌を巻いていた。

 魔術における詠唱は、術式を補強するための材料だ。

 術式は想像して創造する。

 そのイメージを明確に固められるのであれば、無詠唱であっても魔術は発動する。

 だが実際には、レイの異世界式魔術やエレンの精霊術のように、別の法則を基準とした例外でもない限り、詠唱なしで術式を完成させられる人間はほとんどいないだろう。

 それどころか数十秒にも及ぶ長い詠唱を考えて、ようやく魔術が起動するほどイメージが固まるようになる者が大半だと云われている。

 セーラの場合は、ほんの数秒。

 三節の詠唱で術式構築に成功している。

 発動された魔術の完成度も高く、的確にアルスの足を止めた。

 そして次の手に移るべく、また別の詠唱を小声で呟き始めている。

 焦ってはイメージが固まらない。

 セーラは剣士が迫っている状況でも、ひどく冷静に魔術を創り上げていく。

 感情を揺らさないことは、優秀な魔術師である証だった。

 流石はあの冒険者学園の主席卒業生といったところだろうか。


「崩れ落ち、舞い上がれ――”砂塵”」


 アルスが壁を避けるのではなく駆け上り、乗り越えようとした瞬間を見計らい、セーラは”土流壁”を崩し、また別の術式に作り変えた。

 術式を新しく作り上げるよりは既存の術式に手を加えるほうがイメージも楽で手っ取り早く、魔力消費の効率も良い。

 次の手を読まれやすくはなるのが難点だが――そのあたりは使い方次第だ。

 セーラの簡略な詠唱により、アルスが足場としていた土の壁が砂煙へと変わり、もうもうと広がっていく。

 そこで、離れていたレイからは辛うじて見ることができた。

 宙に投げ出され、身動きが取れないアルスに、渾身の”魔弾”が炸裂したところを。

 アルスの視界を封じ、宙に投げ出した隙を突く見事な一撃。

 まさに教科書通りの素晴らしい戦術だった。


(まあ……この場合はアルスも不用意だったけどな)


 とはいえ。

 あの才能という言葉が具現化したような存在であるアルスが、この程度で終わるはずがない。


「木枯らしよ、吹け、風よ、舞い踊れ――”風陣”」


 風属性魔術。

 セーラは役目を終えた土煙を吹き飛ばした。

 その先には、”魔弾”の直撃で倒れこんだアルスがひとり。


「……なる、ほど」


 セーラはどこか安堵したように呟いた。

 だが、その言葉の直後、アルスが「いよっ」と言いながら起き上がる。

 セーラは瞠目し、絶句した。

 アルスは腹をさすりながら、苦笑している。


「……いや、すげえ速い”魔弾”だったな。避けられなかったぜ」

「だったら、どうしてそんな、平然と……」

「受け流した。こいつでな」


 だろうな、とレイは呆れつつも頷く。

 レイの角度からでは見えなかったが、おそろしい勢いで剣が動いていたのは分かった。

 魔術を剣で受け流す。

 剣に魔力を繊細にまとわせ、魔術を掴むような感覚で魔力制御し、タイミングさえ何とかすれば、やってやれないことはない。

 もちろん魔術の種類にもよるが、”魔弾”は魔力の塊をそのまま射出する、最もオーソドックスな術式だ。

 おそらくレイでもこなせることだろう。

 ――セーラの”魔弾”の疾風の如き速度に対応できるならの話だが。


「さて――仕切り直しといこうぜ」


 アルスが舌なめずりをしながら呟く。

 セーラが苦渋の表情で後ずさり、詠唱を唱えようとする。

 刹那。


 二人の距離が埋まった。


 レイはアルスの常識外の速度に絶句し、同時に危機感を覚えた。

 魔力による身体強化を過剰にかけたからこその速度だろうが、いくらアルスとはいえあの速度域で肉体を制御できるとは思えない。

 何より思考が追いつかないだろう。 

 強化をしすぎると動きが直線的になりすぎる。

 そして肉体に多大な負荷がかかり、自滅することも多い。

 だから近距離を専門とする戦士たちは、身体強化の限界ラインを見極める。

 同時に、他者を見てある程度の速度や力を予測できるようになる。

 だが、現在のアルスはレイの予測を軽々と超えていった。


「……そん、な」


 セーラが呆然としたような呟きと共にへたり込む。

 何故なら、アルスはあの速度域で突っ込んだというのに、完全に静止した状態で、セーラの喉元に剣を突きつけていたからだ。

 レイですら霞むような感覚でしか捉えられなかったのだ。

 魔術師であるセーラからすれば、ほんの一瞬のことだっただろう。


「ま、オレの勝ちだな」


 アルスは軽く笑い、セーラに向けて手を伸ばした。

 その肉体には多大な負荷がかかったようには見えない。

 完全に制御を可能としている。

 レイはその事実に戦慄を覚えた。


「い……や…………」


 セーラは差し出されたアルスの手から怯えたように遠ざかる。

「セーラ、どうした?」


 レイも声をかけるが、セーラは暗い表情のまま、反応をしない。

 アルスが困惑したように頭をかき、リリナが慰めにいこうとするが。

 やがて、セーラはひとりで立ち上がると逃げ出してしまった。


「お、おい!」


 慌ててレイは追いかけようとするが、駆ける白髪の少女は、街中の雑踏へと逃げ込んでいて、すでにその姿を捉えることはできなかった。





  



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