表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生勇者の成り上がり  作者: 雨宮和希
Episode1:旅立ちの日まで
4/121

1-3 幼馴染

 エレンは周囲に漂う水を自在に操っている。

 すでに形状を変化させることすら可能だった。

 やはり五歳にしては異常だ。

 これが本当に魔術なら、エレンは天賦の才を宿していると考えるべきだろう。

 だが、レイはまた別の可能性を考慮していた。

 すなわち、エレンは魔術師ではなく――。


「……精霊、術師」


 レイの考えと同じ言葉を、少し震えたような声音でリリナが呟いていた。


 精霊術師とは、その名の通り精霊術を行使する者を指している。

 精霊は火、水、風、土の四大属性に分類されており、より世界との親和性が高い彼らは己の元素を使役することができる。

 魔術とは異なり、自身の想像によって術式を構成するのではなく、気に入られた精霊に元素を使役してもらうことによって、世界に効力を発揮する。


 そのおかげで術式に縛られる魔術よりも遥かに自由自在に行使することができる。

 最もその属性の範囲内に限られるが。


 普通に考えると魔術より精霊術の方が遥かに便利だが、実際にはそんなことはない。

 魔術よりも更に才能が限定された分野で、精霊術師になれるのは数万人に一人といったところだ。  

 なぜなら精霊の自我は薄く、自分と魔力の波長が合っている者に力を貸すことが稀にある――というだけだからだ。

 そして、その事例はおそろしく少ない。

 確か精霊を目で見ることが可能なのは、純真な子供とエルフ族だけという話を聞いたことがあったが、リリナが反応したのなら正解か。


「エレン。どうやって発動したのか、詳しく教えてくれないか?」


 レイが尋ねると、エレンは少し驚いたように目を瞠りながら答えてくれる。


「え……と、ね。わたしがイメージしたことに対して、魔力を流し込むんだ。こう、体の奥から、捻るみたいな感じで、かな」

(なるほど。ここまでは魔術師と同じシステムか)


 説明に苦心しているエレンに、レイは手助けする。


「……何かこう、誰かに助けてもらうような感覚がないのか?」


 そう言うとエレンは今度こそ驚いたように、珍しくも大きい声を発した。


「ど、どうして分かるの……!?」

「いや、何となくだけどさ」


 レイは苦笑いで誤魔化す。

 流石に前世で知ってましたと教えるわけにもいかない。

 信じてくれないだろう。


「そう、なんか、そんな感じするんだ……わたしが魔術を使おうとすると、誰かが自然と近づいてきて手伝ってくれる……みたいな」


 これは間違いなく精霊術師だと、レイは確信した。

 

(何万人に一人の才能が、こんな身近に現れるとは思わなかった)


 レイは感嘆して息を吐いた。


「エレンはすごいな」


 レイの幼馴染二人は凄い。

 『前世』の記憶が蘇った上で二人を見ると、その才能を確信した。

 エレンだけではなく、アルスも戦いの才能があるのだ。

 模擬戦をすると獣のような嗅覚でレイの攻撃を避ける。

 冒険者に憧れて曲がりなりにも剣を振っていたレイが、アルスに勝ったことは一度もない。


「レイ。今日もやろうぜ!」


 アルスが木剣を投げ、構えた。

 レイは応じるように木剣を受け取った。


「さて……」

  

 レイは舌なめずりをした。

 流石に魔力で身体強化するわけにもいかないだろう。

 『前世』の技術で、どこまでやれるか。



 ♢




 ――レイはギリギリで辛勝した。


 アルスの才能の恐ろしさを改めて味わった。

 勝負所ほど嗅覚が鋭い。追い詰められるほど反応が早くなる。

 全般的には明らかにレイが優勢だったが、ところどころで勝負をひっくり返された。

 その後、アルスたちとたくさん遊び、日が傾く頃にリリナと共に帰宅していく。


「レイ様。なんか、急に強くなりましたね……?」

  

 不思議そうにリリナが見てくるが、レイは視線を逸らしつつ言う。


「コツを掴んだだけだよ」

「はぁ……そうなん、ですか?」

「当たり前だろ」

「む、むむ……そんな雰囲気じゃなかったような……」


 首を傾げるリリナを放って、レイはすたすたと歩いていく。


 エレンとアルス。

 天賦の才に溢れた二人がどれだけ成長するのか。

 レイは楽しみにしていた。

 いったいどこまで登れるのだろうか。



 ♢


 

「まあ、考えて分かることじゃないだろうが……」 

  

 レイは一人、森の中で呟いた。

 夜も深まり、村人は全員が眠りについている。

 レイは皆が寝入っていることを確認し、こっそりと部屋を抜け出して森に入ったのだ。

 カリーナやリリナに見つかったら、こっぴどく怒られるだろう。

 エドワードも説教してくるかもしれない。

 そんなリスクを抱えてまで森に出てきた理由は単純。

 魔物相手の実戦経験が積みたいからだ。


「……いるな」


 肌にチリチリと刺さるような気配。

 レイは軽く呼気を吐きながら剣を構えた。

 体中に魔力を巡らせていく。

 真横の草むらから、何かが飛び出してきた。

 右に向けて剣を振ると、慌てたようにそれは飛び下がった。

 緑色の小さな肉体に醜悪な顔立ち。

 粗末な布を体に纏い、棍棒を手に持っている。

 

 ゴブリンだ。


 小さいとはいえ、今のレイの体格とほぼ同等。

 一般的には弱い魔物とされているが、現在のレイにとって、決して舐めてかかれる相手ではない。

 なぜなら、ゴブリンは群れる。


 ザザッ! と草が擦れる音。

 後ろを一瞥すると、そこにも二体のゴブリンが棍棒を構えていた。

 レイを包囲する三体のゴブリンは、襲撃の機会をうかがっている。

 だが、それを待ってやるほどレイに余裕はない。

 

「行くぞ」


 一言。

 肉体に流した魔力を足に集め、恐ろしい速度で正面のゴブリンに突貫する。

 ゴブリンが目を見開き、動揺した隙に体をぐるりと回し、一撃で首を斬り落とした。


(よし……行ける! 動けるぞ!)


 ちなみにただ肉体に魔力を流すだけの身体強化に比べ、部分的に魔力を集める部分的身体強化はかなりの高等技術のようだ。

 魔力制御が必要だからだろう。

 レイは常に体内で魔力移動をして馴染ませているが、ひどく疲れる。

 魔力消費も激しいから、もともと常人より保有魔力量が多い人間以外には不向きだ。

 しかし、剣術は拙く、体格も小さく、魔術も使えない現在のレイが戦うには、魔力制御は不可欠だった。


「……さて、あと二体」


 ゆらり、と。

 振り返って再び剣を構える。


 あっさりと斬り殺された仲間を見て、ゴブリンたちは僅かに動揺したようだが、恐怖を誤魔化すように鳴き声をあげた。

 威嚇のつもりだろうか。


(……どうするか)


 一体に斬りかかると、必ずもう一体に隙を晒すことになる。

 前世ではほとんど集団戦だったが、レイは『女神の加護』の導きがあったのでタイムラグなしに最善の選択をすることができたが、今のレイでは隙を晒すに決まっていた。

 常に考えながらの戦闘に、レイは武者震いする。

 無意識のうちに口元が弧を描いていた。


「……よし」


 踏み込む。体を纏う魔力を繊細に制御。両足に七割。不意のカウンターに対応できるよう、両腕に二割ほど。

 残りの一割は満遍なく体を強化する。


 どこか一箇所をフルで強化すると、それに振り回されて怪我をする。


 バランスは慎重に見極めろ。


 そんなことを意識しつつ、体が霞むような勢いでゴブリンに接近すると、上にジャンプしながらぐるりと回転。剣でゴブリンの背中を斬りつけ、そのまま転がって再び距離を取る。

 斬られていない方のゴブリンは、離脱が早かったレイに反撃できなかったことが悔しいのか、唸り声をあげる。

 斬られた方のゴブリンが痛みに呻く。浅いか。致命傷ではない。

 奴が動けない間に、もう一体を片づけたい。


「……チッ」


 血の臭いに惹かれたのか、ガードックという犬の魔物が何匹か、いつの間にか周囲に潜んでいた。

 戦闘に集中するあまり、周囲への警戒を怠っていたか。


(これもまた課題だ)


 今のレイは勇者ではない。囲まれると危険だ。数の差というのは何よりも重要。圧倒的な個なんて、なかなか存在しない。

 ――撤退だ。





 ♢






 この村から北にある森。

 その魔物の生態系はゴブリン、ガードックがそれぞれ東と西を占め、弱肉強食の頂点である、ゴリグマという筋肉ムキムキな大柄な熊の魔物が悠々と徘徊している感じだ。

 レイが侵入したのは真南からだ。

 ゴブリンとガードックが縄張り争いをしている、いわば前線。

 そのあたりで遭遇する魔物の方が強いだろうと思ったのだ。


「まぁ、正解かはよく分からんけどな」


 適当に言いながら、柵を飛び越えて村の中に入る。

 周囲に人影はない。

 騒ぎになっていないからレイが屋敷を脱出したこともバレてないのだろう。

 まあ仮にバレたとしても村の外に行っていたとは考えないだろうが。

 門はちゃんと閉まってるし、レイみたいな子供が魔力を扱えるとは普通は思わない。


 魔力制御は戦闘を職とする者でもない限り、普通はできるようにならない。コツを掴むまで、かなり長いのだ。

 レイは前世の感覚ですでにコツを掴んでいたが、普通は何年も訓練を重ねて、徐々に体が魔力に強化されている感覚を覚えていくものだ。

 先ほどレイがやった体の部分的な強化のような魔力の繊細なコントロールは、何年も訓練を重ねた上でようやくできるようになる。

 レイはすでにコツを掴んでいた上に、この体に宿る才能も合わさり、荒削りながらもできるようになっていたが。

 

(とはいえ、まだ三流もいいところだ。魔力制御の訓練をして、滑らかにできるようにしなければ)


 『前世』の周囲は魔力を自在に扱える者が多かったが、冷静に考えるとあの連中が化物なだけだろう。

 レイの後方支援をやることが多かったが、何だかんだ言って『王国最高の~』みたいな形容詞がつく連中ばかりだった。


(今となっては、あいつらの技術は参考になるものばかりだな)


 レイはそんなことを考えつつ、村の中でも一際大きい屋敷に辿り着く。

 囲いに飛び乗り、さらに跳躍して窓に取り付く。

 そのまま鍵は開けておいたのでゆっくりと開くと、音を立てないように閉じる。

 本が多数置かれている部屋を見回すが、誰もいない。


(よし、バレてないな)


 完全に貴族の家に忍び込む盗賊の所業だけど気にしてはいけない。

  

 体を濡らした布で拭いたら、ベッドに入る。

 レイは体内で魔力を動かして魔力制御の訓練をしながら、目を瞑り寝る態勢に入った。

 そのうち魔力か集中力のどちらかが途切れて眠れるだろう。

 それまでは頑張ると決めた。

 何せレイが目指している位置は、あの星空よりも高いのだから。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ