2-3 再会
レイはリリナとダリウスを連れ、アストラの街までやってきていた。
北方の辺境からここまでの所要期間は、僅か一ヶ月半。
近道のために、道なき道を魔力で身体強化して突っ走った結果である。
「久々に規模のでかい街を見た。それにしても、冒険者ばかりだな」
「レイはアストラに来たことがなかったのかい?」
ダリウスが驚いたように尋ねてくる。
「ああ。東部は平和だったし、訪れる機会がなかったんだよな」
「なるほど……まあ、この辺りは迷宮こそ多いけど、魔国の脅威はないからねえ」
リリナは物珍しそうにキョロキョロと見回している。
メイド服がリリナの美貌もあいまって、おそろしく人目を引いていた。
「レ、レイ様! すごい! なんか、おっきいです!」
「お、おう」
「むー、なんかテンション低いですね」
「お前が高すぎるんだよ……」
そんなことを言いつつ、レイも少しはワクワクする気持ちがあった。
大都市など、北方に向かう際に何度か宿を取っただけだ。
今のようにゆっくりと見て回っているわけではなかった。
別に急いでいるわけでもなかったのだが。
「冒険者試験まで後三日か。とりあえず登録を済ませておこう」
「あ、私も行きます! どうせ、私もライセンス取っておいたほうが便利でしょうし」
「ボクは物理的に無理だけどね。レイの隷属魔物として登録でもしてくれればいい」
ダリウスは魔物だが、街中だというのに、そこまで注目を浴びていない。
ヒトダマとしての火力を調節することができるようで、普段はレイの頭部ぐらいはあるのだが、現在はライターに灯る火ぐらいの姿になっているのだ。
たまにダリウスの存在に気づく鋭い者もいるが、近くにいるレイが隷属させているのだろうと、自分なりに結論付けてしまう。
魔物の隷属化は専用の魔術が扱えないと不可能だ。
レイはいまだに扱えないが、いずれは習得するつもりでいる。
そうでないとダリウスを連れていることが不自然に思われてしまうのだ。
「冒険者ギルドは……と、ここか?」
「街の中心にある一番大きい建物だからね。ここしかない」
「なんでしょう……? 人だかりがありますね」
街で最も大きい無骨な建物の入り口前には、それなりの大きさの広場がある。
そこには今、冒険者たちによる囲いができていた。
野次や喧騒のなかで時折、金属音が紛れて聞こえてくる。
「喧嘩かな」
「そうみたいだね。人だかりを避ければ、何とか内部に入れそうだけど」
「いや、少し気になるな。見てくるよ。二人はここで待っててくれ」
「分かりました。喧嘩に混ざったらダメですからね!」
明るいリリナの声を聞きつつ、レイは人だかりの奥へと潜り込んでいく。
ガタイの良い男たちに挟まれながら、ぴょこっと顔を出すと――
――その先にいたのは、紅蓮のような短髪にスラリとした長身の剣士だった。
「……アルス」
レイは呆然とした様子で呟く。
アルスの眼前にいた体格の良い冒険者は膝をつきながら、荒い息を吐いていた。
それでも雄叫びを上げると、手に持つ大剣をおそろしい勢いで振り回す。
決して悪い一撃ではなかった。
あの重そうな大剣でこの鋭さを発揮できるのは、感嘆するレベルのものだ。
「……何だよ、やればできるじゃん」
だが――紅蓮の髪をした剣士は、そんな斬撃を見て不敵に笑う。
直後の出来事だった。
アルスの剣が閃くと同時、振るわれていたはずの大剣が半ばから消失した。
「……な」
アルスに相対している冒険者は、絶句する。
先ほどまで野次を飛ばしていた群集すら静まりかえるなか、アルスは上空でくるくると舞っていた大剣の切っ先を、音もなく、二本の指で受け止めた。
「でも悪いな、おっさん。――オレの勝ちだ」
その言葉の直後。
わっ、と、歓声が街中に響くほどに広がっていった。
アルスは鞘に剣を収納すると、自慢げに笑って観客に手を振る。
すると、そこで群集の間から、白いワンピースを着た少女が割って入った。
淡い水色の髪のショートカットに、女性にしては背が高くスレンダーな肢体。
見目麗しい顔立ちには凛々しさも伴い、可憐な花のような印象を感じさせた。
「エレンか……」
レイは驚いて目を見開く。
アルスは二年以上も会っていないので、このぐらいの変化は予想していた。
だが、最後に会ってから一年しか経っていないエレンが、ここまでスラッとした美しい少女になっていることには戦慄を隠せなかった。
そのエレンはジト目をしながら自慢げなアルスに近づくと、
「はやく、謝る」
ゴツン! と、アルスの頭に拳骨を叩き落した。
「な、なんだよー! 絡まれたから戦っただけじゃん」
「それはいい。でも、剣を斬る必要は別になかった。カッコつけたかっただけ」
「ええー……」
「はやく」
「ご、ごめんなさい!」
ぷんすかと怒るエレンの横で土下座するアルス。
大剣を折られた冒険者は「お、おう」と、少し引いたように返事していた。
唖然としていた観客たちはどっと笑い出す。
「うひゃひゃ! そりゃそうだ! ドンマイ、坊主!」
「カルロスの奴、新人に負けたうえに心配されてんじゃねーか」
「自分から絡んでったくせによ」
「つっても、あれ新人の実力じゃねえな。今年の試験は見物だぞ」
群集のざわめきが次第に落ち着き始め、広場から人が減っていく。
アルスと相対していた、カルロスというらしい体格の良い冒険者もバツが悪そうに頭をかきながら、冒険者ギルド内部へと戻っていった。
そんななかで、レイは足を踏み出して広場の中央に向かう。
アルスとエレンがレイに気づき、驚いたように目を瞠った。
「よお! 久しぶりだな、レイ!」
「ああ。お前、すげー背が伸びたな」
「レイだってそうだろ。なあエレン、どっちのほうがでかい?」
「……んー、ギリギリで、レイ?」
「何!?」
「ははは、ドンマイ。――俺の勝ちだ」
レイが気障ったらしく言うと、アルスは口を尖らせる。
「レイ様―! って、アルスくんとエレンちゃん!?」
人がいなくなったことに気づいたのか、リリナとダリウスがやってきた。
「あ、リリナさん。相変わらず、胸がデカぶっっ!?」
「……あ、ごめん。なんか手、滑った」
「いやいやいやエレンさん。その硬そうな杖を思い切り振りかぶるのは止めよう。マジ、いやマジで、そう、オレはお前の薄い胸も大好きだぜ?」
「あ、墓穴掘った」
レイが真顔で呟くと、アルスが悲鳴を上げながら逃げ出した。
エレンが杖を振りかぶりながらそれを追い回していく。
「バカヤロー! レイお前、見てるんなら助けろよ!」
「自業自得」
「あはは、相変わらず元気ですねえ」
レイはアルスにお祈りし、リリナは困ったように苦笑する。
「……若い、ボクにはついていけないな」
ダリウスがやれやれといった調子で呟いた。
「痛い……」
「ふん!」
頭を抑えるアルスと、まだ怒ってますと言いたげに顔を背けるエレン。
レイは手を叩いて「はいはい終了」と言いつつ、
「お前ら試験の登録は済ませたの?」
「いや、まだだ。登録しにいったら、さっきのおっさんに絡まれたんだよ」
「なるほどな。しかし、何をしてても目立つ奴だな、相変わらず」
「レイ、お前が言うなよ」
「いや俺はアルスと違って常識人だから」
「……絶対、両方おかしい」
エレンが小声で呟いたのを右から左へ聞き流しながら、レイたちは冒険者ギルド内に歩みを進めていく。
先ほどアルスが本職を倒したのだから、絡まれる心配はいらないだろう。
併設されている酒場に居座る冒険者たちのざわめきを聞きつつ、カウンターに足を運ぶ。
「すみません。試験の受付、いいですか?」
受付嬢が笑顔を浮かべて頷いたところで、カウンターの奥から一人の中年男性がやってくる。
「――よお、坊主ども。元気そうだな」
気さくに声をかけてきたのは、アルスの師匠である元最強の冒険者。
ランドルフ・レンフィールドだった。
「丁度良い。受付終えたら、試験の説明は俺がしてやるよ」