2-1 死者の温床
「ハハ、勇者だと? 面白ぇ、試しに俺の相手をしてみろよ」
かつて、そう言った男がいた。
終始ニヤニヤしていて、人の悪態ばかりついている、いけ好かない男だった。
実力だけは確かだったけれど、好きにはなれない性格をしていた。
普段の会話なんて、あってないようなものだった。
それでも。
――それでも、戦友だった。
何度も同じ戦場を駆け巡った、仲間だったのだと。
少なくとも、今でもレイはそう思っている。
◇
ふと空を仰げば、思わず息が詰まりそうな曇天がたちこめていた。
冷たい風が、肌を切り裂くように吹き抜けていく。
ザクバーラ王国北方、地平線の彼方まで続く荒れた大地を、一人の少年が黙々と歩みを進めていた。
茶色い髪に優しげな顔立ちをしていて、中肉中背の体格には灰色の外套を纏っている。
その腰には剣が吊られていた。黒い鞘に、白銀の柄。
かつての勇者を彷彿とさせる、聖剣に似た造りだった。
「これから、どうするんだい?」
どこからか、声が響く。少年のものではなかった。
気づけば、少年の隣には青白い炎の塊が現出し、宙に浮いている。
それはヒトダマと呼ばれるアンデット系の魔物の一種だった。
「……さて、な。ところでダリウス、お前、リリナはどうした?」
少年は遠くを見据えながら呟くと、ヒトダマ――ダリウスと呼称された魔物に質問する。
「まだ向こうで供養しているよ。ヒトダマのボクが近くにいたら、彼らが再びアンデット化する確率を高めてしまうからね。レイが近寄らないのも、似たような理由だろう?」
レイと呼ばれた少年は押し黙った。しばらくして、苦虫を噛み潰すように呟く。
「……俺は転生者だからな。霊的な存在に悪影響を与えても不思議じゃない」
「まあ流石に心配しすぎじゃないかなとボクは思うけどね。魔物学者からそんな話は聞いたことないし。というか転生者の事例自体少ないからデータが取れないんだけど」
「あくまで理由のひとつだよ。ここに来た理由は、もうひとつある」
煌々と輝き、炎をゆらめかせるダリウスに対して、レイが淡々と呟いた直後。
荒野に振動が響いた。乾いた地面に亀裂を入れ、地中から何かが這い上がってくる。
それは人の形をした魔物だった。
肌が剥かれ、膨大な筋肉が無防備に晒されている。目の焦点は合っておらず、右腕は腐りかけていた。
グールイーター。
生者を求めてさまようアンデット系の魔物――それらをさらに貪り食う異形の怪物。
そんな凶悪な魔物が目の前に現れたというのに、レイに驚きはなかった。
「……この辺りにいると思ったよ」
それも当然。
レイはこの魔物を探して、こんな北方のさらに辺境まで、やって来ていたのだから。
「何だ、もう居場所は掴んでいたのかい」
「……自信がなかったから、告げなかっただけだ」
レイは冷たく言い返しながら、剣を鞘から引き抜く。
それは柄だけでなく、刀身すら白銀に輝く美しい剣だった。
一年以上も命を預けている相棒に目を向け、レイは僅かに苦笑を浮かべる。
「……頼む」
言葉と同時、鋭く息を吐いたレイは、目にも止まらぬ速度でグールイーターに肉薄した。
グールイーターはその巨体からは想像もできないほど機敏な動きで反応する。
レイにカウンターを叩き込むべく、回し蹴りを繰り出していた。
莫大な筋肉に覆われた剛脚は、触れるだけで削り飛ばされそうなほどに威力を含んだものだが、レイは表情すら変えずに紙一重でかわしざま斬り抜いていく。
唸りを上げた鋭い剣閃が、グールイーターの太い腕を一瞬で断ち切った。
「――”陽炎”」
レイがグールイーターの背後へ駆け抜け、足を止める。グールイーターが動揺もなく振り向くと同時、レイは光の角度を魔力で捻じ曲げ、蜃気楼を発生させた。
いくつものレイの幻が生まれ、片腕を失っても動揺しなかったグールイーターが、そのとき初めて躊躇いを見せる。
その隙を縫うように、すでにレイはグールイーターの懐まで潜り込んでいた。
音もなく、渾身の剣撃が一息にグールイーターの首を斬り飛ばす。
巨躯が膝をつき、糸が切れたように大地へと沈んでいく。
静かな決着だった。
「……終わったね」
ダリウスが感情の読めない声色でそう呟いた。
レイは静かに頷く。グールイーターから魔石を取り出すべく、ナイフを構えた。
近くに転がる生首には、微かに生前の面影があった。
「クリストフ、お前、弱くなったなあ……」
それは、アキラの戦友の名前だった。くだらない悪態ばかりつく男の名前だった。
それでも王国を護るために、命を懸けて戦っていた男の名前だった。
「お前の力は、そんなもんじゃなかった。お前の剣はいつだって鋭かった。人を馬鹿にするだけの努力が、確かにあった。お前は隠してたつもりかもしれないけど、みんな知っていたよ。みんなを死なせないように、必死だったことも」
グールイーター。死者を貪るアンデット系の魔物。だが、同種であるアンデット系の魔物すらも食物とみなし、その食欲には見境がない。
魔物を食べられることに関係しているのか、生前は強かった者が多く、また、魔物に対して強い恨みを持つ者がなりやすいともいわれていた。
「……じゃあな」
魔石を取り出したレイが呟くと、グールイーターは淡い光となって消えていった。
消える直前、生首の口元には、僅かに見覚えのある小憎たらしい笑みが浮かんだような気がしたのは気のせいだろうか。
「レイ様!」
感傷に浸っていると、鈴の音のように凛と響く女性の声が聞こえた。
輝くような銀髪をポニーテールにまとめていて、それは見目麗しい顔立ちによく映えている。すらりと伸びる肢体は艶やかで、いかにも女性らしく美しい軌跡を描いていた。
この荒野においてなぜかメイド服を着ており、腰にはレイピアを佩いている。
彼女はレイに駆け寄ると、あわあわとしながらレイをぺたぺたと触ってくる。
「だ、大丈夫ですか!?」
至近距離で不安そうに見つめられる。
レイは苦笑してその女性――リリナの頭を撫でた。
「大丈夫だよ、そんなに強くなかったし」
「グールイーターが強くなかったというより、アナタが強くなっただけだろう」
ダリウスが呆れたような雰囲気を見せながら声を発する。
「戦闘の心配をしてるわけじゃないですよ? レイ様の強さは、私が一番よくわかってますから」
リリナは慈しむような瞳で見つめながら、レイを抱き寄せた。
レイは抵抗もせずに柔らかな双丘に顔を埋めながら、
「戦友のアンデット化なんて、もう十分慣れたよ。気にしなくていい」
淡々と、そう返した。
しばらくしてリリナは名残惜しそうに体を離すと、グールイーター、いや、クリストフを供養するための準備に入った。
霊魂に悪影響を与えそうなレイとダリウスは、先ほどと同じように現場から離れる。
「そろそろ一年か」
地平線を眺めつつ、レイは呟いた。
一年前。
エルフの里を牛耳ろうとしていたジェイルを倒してから、レイは家を出た。
専属メイドだったリリナを連れ、ダリウスを頭上に浮かせながら、家族やエレンにひとときの別れを告げ、北方に向けて旅立った。
かつてアキラが活躍していた頃の全面戦争の時代、王国と魔国の主戦場だった北方の辺境がどうなっているのか、自分の目で確かめたかったのだ。
現在では数年前に魔王が没したことにより、王国、帝国、魔国の三国間のパワーバランスは拮抗し、大規模な争いは起こっていない。
三竦みが成り立っており、戦いが起こってもせいぜい小競り合い程度だ。
だからレイは魔国に繋がる『砂漠』にもほど近い王国北端までやって来たのだが――その結果として目にしたのが、大量のアンデットの温床だった。
戦争による死者は供養できない場合が多い。だから、正直なところ予想はできていた。
レイは荒れ果てた廃村を巡り、アンデットを狩り、アンデット化していなかった死者と一緒に葬った。できる限り手厚く丁重に扱った。
その過程で、見覚えのある死者も何度か見かけた。
これが、戦争がもたらした結末なのだと、レイは何度も拳を握り締めた。
そして、しばらく繰り返しの日々が続き、いろいろな場所で死者を食い荒らす魔物の存在に気づいたレイは、それが『前世』の戦友であることに気づきつつ、斬り伏せたのだ。
「確か、もう数ヶ月で冒険者試験があるはずだ」
「ほう、ならば、戻らなければならないね」
「ああ。久々に、アルスやエレンとも会いたいしな」
懐かしい赤髪と青髪の幼馴染を想起しながら、レイは笑みを浮かべる。
「今のレイなら落ちるということはないだろうから、気楽にやりたまえ」
ダリウスが何の気もなさそうに言う。
実際、レイ自身もそう思っていた。
冒険者試験は十五歳からという年齢制限があるのでレイは今年まで受けることができなかったが、すでに並の冒険者をはるかに上回るほどの腕をレイは獲得している。
冒険者のライセンスを持っていたほうがいろいろな場面で有利なので試験はもちろん受けるが、落ちる心配はしなくとも良さそうだった。
おそらくアルスとエレンも来るだろうし、レイがアルバートに入学を勧められた冒険者養成学園とやらの卒業生の実力も気になる。
ちなみに入学しなかった理由は単純に学ぶことがなかったからだ。
レイの剣術はアキラを理想としたものであり、魔術をアリアから学んだ異世界の知識を参考にしている。そんなイレギュラーな存在であるレイは、ひとりで修行に打ち込んだほうが効率が良いと判断したのだ。
「レイ様―! 終わりましたよ!!」
リリナの声が聞こえる。
レイはその心配そうな声に苦笑すると、ゆっくりと歩き始めた。
王国東部の冒険者ギルド本部がある街に向けて。
二章開始。




