1-30 決着
リリナは『魔の森』を疾走していた。
呆然と戦況を眺めている場合ではなかった。
レイはリリナを救ってくれると言った。
見届けたい気持ちはあった。不安はあった。知らないうちにレイが死ぬことが何よりも怖かった。
――リリナはハーフエルフだ。
誰からも祝福されない穢れた存在。呪われた運命の申し子。そうだと思いこんでいた時期もあった。――だけど。
それは違うと教えてくれた人がいた。大切だと語ってくれた人がいた。行動で示してくれた人がいた。
――護ってくれる人がこんなにいるんだって、嬉しかった。
しかし。
だからこそ。
何もせずにただ救われるだけなど、リリナ自身が認められない。
まだ、やるべきことがある。
レイとクリフォードはジェイルに勝ったとしても、あのまま放っておけば、血を流しすぎて死んでしまう。
そんな結末は認められないから、リリナは治癒術師を探していた。
「……リリナさん!」
後ろから声が聞こえた。
振り向くと、淡い水色の髪をした少女が慌てたように走ってくる。
「エレンちゃん、まだこの森にいたんですか!?」
「……森を一緒に歩いてたダリウスに、急に結界で閉じ込められて、あれは魔物にも襲われないけど抜けられなくて……でも、さっき消えたの」
「ダリウスって、あのスケルトンの……」
「そう。彼が気絶したから結界も解けた。ウンディーネを飛ばしてたから、わたしも状況は分かってる」
エレンはいつもの調子を捨てて、焦りながら告げる。
「デリック様も一緒にいたんじゃないですか?」
「なんか、俺にはやるべきことがあるって言ってて……」
エレンがそう言った直後の出来事だった。
バン!! と、上空で轟音が響き渡る。
雲が揺れたかのような錯覚と共に、強烈な光が森を照らした。
「……閃光弾?」
「たぶん、デリックさんの術式。位置的に」
「いったい何の為に……」
そうこう言いながら、リリナとエレンは森を駆け抜けていく。
どうにもエレンは運動神経がないようで、走るのが遅い。
だが、それ以外の面ではおそろしく頼りになっていた。
「来る。右から。――わたしがやる」
冷静な瞳のまま、エレンが淡々と言う。
「“水刃“」と、たった一言の呟きがあった。精霊術が起動する。満を持して飛び出してきたオーガが真っ二つに切り裂かれた。
上位の魔物を一撃。
その驚異的な実力にリリナは冷や汗を流す。
普段はレイとアルスに護られているから、力を発揮する機会が中々ないが、いざという時には頼りになる少女なのだ。
そうして精霊術で魔物を排除しつつ、『魔の森』を駆け抜ける。
「そろそろ、外に出ます!」
これまでは幾多の巨木に空を塞がれていたが、森を抜けると僅かに明るくなった。朝が近づいている。
ここから近くの街まで馬を使って二時間といったところだ。
つまり湖の畔に戻るまで、四時間と少しはかかる。
レイとクリフォードがそれまで生きていてくれるのか。
それを考えるとリリナの胸中は不安で満たされる。
レイにもっと感謝を伝えたい。大好きだよって抱き締めたい。無茶させてごめんねって言いたい。
クリフォードにもっと謝罪を伝えたい。信じてあげられなくて、ごめんなさいって、助けてくれてありがとうって言いたい。
それ以外にも語りたいことはたくさんある。
だけど。
『助けに来たぜ、何もかも』
今は彼らを信じて、やるべきことを果たすしかないのだ。
「……間に合ってください!」
リリナは口笛で馬を呼び寄せると、飛び乗る。
エレンを後ろから抱き着かせて、疾走を始めようとした。
そのとき。
「……おはよう、ようやく見つけたよ」
前方から馬を駆る集団が現れた。
その先頭から声をかけてきたのは、
「エドワード様!?」
彼の側にいるのは幾人かの冒険者と、いつかのグリフォンの一件で世話になった治癒術師の少女だった。
「どうして、ここに……!?」
「……君が急にいなくなってしまったからね。慌てて捜索に出て、レイ達が向かった場所が一番可能性があると思って、ここまで駆けつけたんだ。……ただ、『魔の森』は広い。デリックの閃光弾がなければ、追いつくことはなかったかもしれない」
あの術式は、エドワードに知らせる意味を込めていたのか。
来るかどうかも分からなかったというのに。
呆然としていたリリナだが、それどころではないと思い出す。
「……あ、あの! レイ様が危ないんです、早くしないと……!」
「……うん。助けないとね、僕の家族だから」
「は、はい! それと、エドワード様には関係ないことなんですけど、どうか、私のお父様も治療してほしいんです……お願いします!」
「……何を言っているんだ、リリナ?」
エドワードが治癒術師の少女に目をやると、当然のように頷きが返ってくる。
「……君だって僕ら家族の一員だよ。それなら、僕たちが君の家族を助けるのは、当然のことだと思わないかい?」
君を雇った父――アルバートだって、そう思っているはずだ、と。
エドワードは、柔らかい口調で告げた。
♢
荒れ果てた大地で二人の男が剣を交えていた。
金属音が連続し、目にも止まらぬ速さで剣撃が駆け抜けていく。
レイは荒く息を吐きながら剣を袈裟斬りに振り抜いた。
だが、あっさりとジェイルは斜め上に受け流し、隙が見えたレイの脇腹に斬りかかる。そこで一歩、踏み込む。剣から片方の手を放し、ジェイルの剣の鍔を左手で押さえると、腹を蹴り抜いた。
「遅い」
しかし。
ジェイルは自ら後ろに跳んでダメージを軽減し、レイの蹴り足を思い切り掴み、引っ張った。「――なっ!?」レイは態勢を崩す。
ジェイルはぐるりと身を捻り、レイを地面に叩き落とした。
ゴッ!! と、乾いた音が炸裂。大地に亀裂が走る。レイの呼吸が冗談抜きに一瞬止まった。
ジェイルが上に伸し掛かり、剣を心臓に突き刺そうとする。
「ぐ……おおおお!!」
――“閃光“。
レイの体が強烈な光を放ち、ジェイルの視界を晦ました。動揺の隙をついて膝蹴りを放ち、拘束から離脱。後ろに跳んで距離を取る。
「……確かに対応しにくい、見たこともない魔術だが……それで、逃げてどうする? 同じ手は二度と通じないぞ」
ジェイルは冷たい瞳を向けて、淡々と告げる。
――強い。
レイの手札が徐々につまびらかにされていく。
時が経つほどに劣勢になっていく。
初めて会ったときから感じていた強者の威圧が間違いではなかったことが、今ここで証明されている。
レイが改めて戦慄していると、ジェイルは悪辣に嗤った。
「死霊術だけが僕のすべてだとでも思ったか? ……問題だったのはクリフォードだけだ。お前ごとき、死霊術なしでも容易に殺せる」
「……今なら分かるよ」
嘲るように言うジェイルに対して、レイは静かに応じた。
「お前の剣に、どれだけの修練が積み重なっているのか」
あの頃は何も分かっていなかった。
アキラにとってジェイルは、まともに戦うことさえできれば、いつでも倒せる相手でしかなかった。
だから理解できていなかった。
ジェイルをただの悪意の塊だとしか見れていなかった。
「……だから、何だ?」
ジェイルは不快そうに眉をひそめる。
「……お前に何があって、どうして、そんな風になったのかは知らないし、興味もない。同情もしない。だけど、その力だけは認めてやるよ。――俺が、今から越えるべき壁である、と」
レイは淡々と言った。その目に諦めの色は微塵もない。
――勿論、恐怖は今も体に纏わりついている。
死ぬかもしれない。リリナを助けられないかもしれない。クリフォードとダリウスに託された想いを果たせないかもしれない。いろいろな恐怖が胸中で渦巻いて――だからこそ、まだ立っていられる。
「偉そうに……! 一度死んで、まだ英雄を気取ってるのか!?」
「……そうだな。でも俺は、今度こそ本当の英雄になりたいんだ」
レイは言葉と共に踏み込んでいく。鋭い剣閃が唸りを上げてジェイルへと迫った――が、軽く剣で受け流される。返す刀がレイを襲い、身を屈めて辛うじて躱した。だが、まだ攻撃は止めない。
レイが下から跳ねるように斬り上げると、上から振り下ろしたジェイルの剣と真っ向から衝突し、凄まじい音が炸裂した。
レイの渾身の力を込めた一撃はジェイルと拮抗し、共に後ろへと吹き飛び、大地を滑りながら、態勢を整える。
地面を蹴り抜いて、再びジェイルへと迫った。思い切り斬撃を繰り出すと、ジェイルの剣に衝突する。
ギャリィ!! と、金属音。鍔迫り合いに持ち込まれた。
「は、無理だよ。今回も――お前は誰も救えない。お前は僕に殺されて、後はそこに倒れてるクリフォードと、逃げたリリナを始末するだけだ」
「そうさせない為に、俺はお前を越えるって言ってんだよ……!!」
押し込む。歯を食いしばって死力を尽くす。肉体が軋みを上げるほどの魔力を体に纏わせて強化し、ジェイルの剣を押し込んでいく。
だが、それは制御が粗くなっていることも意味する。ジェイルはタイミングを見極めて剣の力を弱め、レイの剣を受け流してきた。
がくっと、レイの態勢が崩れる。
「しまっ――」と、声が漏れた。今度こそ避けられない。ジェイルが不気味に口元を引き裂きながら、鋭く剣を振り抜いた。
レイの体から血飛沫が飛んだ。視界が赤く染まる。そのまま地面に崩れ落ちた。「まだ分かっていないのか――」ジェイルの声が、ボヤケて聞こえてくる。段々と意識が薄れてきた。
腹部に、生暖かい液体の感触が満たされていく。一瞬だけ迸った激痛は鳴りを潜め、ただひたすらに熱い感覚だけが残っていた。
「――想いだけじゃ、誰も救えないよ」
その言葉で。
レイの脳裏に、かつての記憶が過ぎった。
♢
ジェイルは冷ややかな視線を倒れ伏すレイに向けていた。
その体から流れる血の量は刻一刻と増している。腹部周辺には、すでに血の海ができあがっていた。
ただでさえ満身創痍だったところに腹部へ深い一撃だ。立てるはずがない。それどころか、二度と目を覚ますことはないだろう。
「……」
ジェイルは改めて周囲を見回す。地獄がそこにあった。荒れ果てた大地に、死体の山がただ無惨に置き去りにされている。
クリフォードやダリウス、そしてレイのことではない。
ジェイルの死霊術で操っていたエルフ族の死兵のことである。いくら死霊術を発動しようとしても、応答がまったく返ってこない。
どうやら本当にダリウスは、死霊術をこの世から消滅させたらしい。
(……いったい、何を、どうやって)
分からない。何一つとして理解ができない。ただ厳然として、もう死霊術が扱えないという事実が君臨しているだけ。確かにダリウスが神の領域に踏み込んだことには驚いたが、死霊術が使えなくなったこと自体には、ジェイルは大したショックを受けていなかった。
――最初は、くだらない願いだった。
死んだ母が笑う顔を、もう一度見たいと思っただけだった。
だから古い文献を漁った末に里の禁書庫にまで侵入し、死霊術という禁忌とされる術式を発見した。
――これだ、と思った。
この術式なら、母を蘇らせることができるかもしれない。
だから、当時のジェイルは死にものぐるいで努力を続けた。その結果として生み出されたのは、ただの傀儡だった。
腐りかけの人形だった。アンデット系の魔物はダリウスのように理性を保っていることもある――が、ジェイルの母をグール化させたところで、当然のように普通のアンデットのままだった。
大した未練もなかったのだろう。
父が死んでから、母は後を追うように自殺。
幼い息子を残したままに。
死霊術を身につける為に血みどろの死体で埋め尽くされた部屋。そこをぼんやりと見回して、ジェイルは絶望した。
――もはやこの世界に価値はない、と。
他人からすれば、それだけのことかもしれない。
それでも。
子供の頃の十数年。ジェイルがただ、ひたすらに剣を振り続けた理由は、そんな母を護る為だったのだから。
――だからこそ。
リリナとクリフォードの絆が気に障った。幸せそうな家庭を築く者すべてがジェイルへの嫌がらせだった。その全てを壊してやろうと思った。だから、『エルフ狂いの惨劇』を引き起こした。
――だというのに。
ジェイルが仕組んだ通りに、祝福されたハーフエルフが反転して蔑まれるようになっても、それでもリリナを護ろうとするクリフォードが気に食わなかった。だから粉々に崩してやろうと思った。
『娘の手で父を殺す、美しい構図だと思わないかい?』
ジェイルの中では暗い感情が渦を巻いていた。
レイが邪魔さえしなければ、それは完遂されるはずだったのに。
「まぁ、いい……後はもう殺すだけだ」
ジェイルはクリフォードを見下ろし、ゆっくりと剣を構えた。
動く気配はない。いくら凄腕の魔術師とはいえ、意識がない状態で剣を受ければ、当然のように死ぬだろう。そうなれば、リリナが望んだ結末がやってくることは永遠にない。
ジェイルの中で暗い愉悦が顔を出した。
悪辣な笑みを浮かべながら、クリフォードの顔を足蹴にする。
「……終わりだよ」
そのまま剣を首に狙い定める。
これですべてが終わる。
クリフォードとリリナが望んだ未来が来ることはなく、エルフ族の里はジェイルが支配することになる。
ジェイルはその確信を抱いていたのだ。
ゆらり、と。
立ち上がれるはずのないレイが、静かに立ち上がるまでは。
♢
――誰も救えなかった。
アキラは勇気を振り絞って戦場に駆けつけ、そして――すべてを取り零した。何もできなかった。できるような力がなかった。護りたかったのに。助けたかったのに。救いたかったのに。
一緒に笑い合った友達を、共に戦場を駆け抜けた仲間を、そして淡い恋心を抱いていた少女――アリアを、救いたかった。
彼女は泣いていた。その哀しそうな顔を見ているだけで、ひどく心が苦しくなった。彼女の笑う顔が見たかっただけだった。アキラが戦っていた理由なんて、世界を護るとかそんな大層なものではない。
もっと個人的で、矮小で、ちっぽけなものだ。
――彼女の笑顔を見るだけで、世界が色づいて見えたから。
だからアキラは戦っていたのだ。所詮はただの村人で、突然降って湧いたような聖剣の力をおそるおそる振るいながら、敵を殺すことに逃げ出したくなるほどの恐怖を抱きながら、それでも、決してそんな素振りは見せなかった。
惚れた女の前で情けないところは見せたくなかった。
だから気を張って、覚悟を決め、心を奮い立たせた。
アリアの前で胸を張っていられる英雄のような自分で在りたかった。
だから『女神の加護』を失って絶望した。聖剣が扱えない状態で戦えるわけがない。アキラは、ただの村人に過ぎないのだから。
引き篭もって、恐怖に震えるだけの日々を過ごして。
――すべてを失ったようなものだと思っていた。
今さら何が起きようと、アキラに関わりはないと考えていた。
だけど。
魔族の急襲により、アリアが危ないとの一報を受けて。
――彼女だけは失いたくなかったのだと、部屋を飛び出す自分を省みて、ようやく自覚した。
それでも想いだけでは誰も救えなかった。
『想いだけじゃ、誰も救えないよ』
ジェイルの言葉が何度も何度も回帰する。言葉の意味を深く噛み砕くほどにレイを打ちのめしていく。『前世』と、まったく同じ状況だ。あのときから何も成長していない。結局レイの力が足りないから、また護りたいものが掌から溢れていく。
『護ってくれるんですよね? 英雄様?』
リリナを護ると約束をした。
彼女を悲劇に追い込むすべてを叩き潰すと誓った。
――その為に必死で頑張って、それでも届かなかった。
だって、仕方がないだろう。そもそもレイは英雄なんかじゃない。所詮は一介の村人。そして今は、英雄に憧れているだけの子供だ。
どれだけ努力しても強くなれない。何も護れない。救えない。どうせ、この程度のものだ。分不相応な願いだったのだ。
また同じように、想いが、願いが、強大な力に押し潰されていく。
――レイに力が足りないから。
(………………ああ)
なら、もういい。
諦めよう。
無謀な夢だったのだ。
ただの村人だった少年が、英雄に手を伸ばそうなんて。
護りたい人を護ろうなんて、傲慢だった。
果たせない約束なんてするんじゃなかった。
薄く靄がかった思考。体を駆け巡る灼熱のような熱さ。ちりちりと焼けるような激痛。刻一刻と迫る死の予感。その中で、なぜかレイはいつの間にか、ジェイルの姿を視界に捉えていた。
――あれ、と思った。倒れ伏していたはずだ。荒れ果てた地面しか視界に映らなかったはずだ。だというのに、何故――そこまで考えて、レイはようやく、自分が立ち上がっている事実に気づいた。
もう負けたはずだった。そう思っていた。そういう現実を認めようとしていた。だからこそ、己の行動に理解が及ばない。
揺れる視界の中で、ジェイルがひどく動揺した顔をしている。それが少しだけ小気味良かった。
レイは死力を尽くして、剣を拾う。
意志は、レイの信念は、もう折れたはずだったのに。
ならば――それは何の為に? 誰の為に?
「……なん、だよ」
朦朧とする思考の中で、リリナの笑顔が浮かんだ。満天の星空の下で、彼女がクリフォードと笑い合う光景が見えた。とある父と娘の、どこにでもあるような取り留めのない一幕。
失いたくないと思った。
失えないような気がしていた。
そういう未来を、創ると決めたのだから。
「簡単な、ことじゃねえか…………!!」
確かにレイの意志は折れたのかもしれない。
それでも。
折れたのなら、また作り直せばいい。
倒れたのなら、また立ち上がればいい。
レイが憧れた物語の中の英雄は。
――何度だって、立ち上がるものだったはずだ。
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
レイは咆哮する。気力を取り戻す。目に光を宿す。
――考えろ。
想いだけでは誰も救えない。だが、レイには何年も積み重ねた努力が、修練が、力があったはずだ。『前世』の反省があったはずだ。あのときとは違う。ならば、それを活かさずにどうする。
ジェイルは確かにレイより強い。
だが、すべての部分でレイを上回っているわけではない。
レイが勝っている部分を考えろ。
勝てないのなら、勝てる状況を作ればいい。勝てるところだけで勝負すればいい。それがどんなに難しいことだとしても。
覚悟はすでに決まっていた。
ただジェイルだけを見据えて、剣を構える。
異世界式魔術が起動する。レイが執念の魔力を込めた“大砲“がジェイルを吹き飛ばした。クリフォードから引き離してレイも距離を詰める。直後に、ごう、と火炎が渦を巻く。ジェイルの周辺一帯を炎が燃やし尽くしていく。すべての魔力を使い果たす勢いだった。
魔術で酸素を生み出し、莫大な炎を燃え上がらせていく。
ジェイルに逃げ場はなかった。ただ身体強化を強めて耐えている。
――死霊術を失った今、ジェイルに遠距離攻撃の手段はない。
ここまで使ってない以上、予測していたが、魔術はやはり使えないらしい。身体強化で炎にたえているのがその証拠だ。
だからジェイルの行動は予測できていた。
痺れを切らして、レイに向かって突っ込んでくる。おそろしい速度で突き進みながら、不気味な笑みを浮かべて剣を構えた。
レイは、それを待ち構えていた。
――レイがジェイルに勝っている点が、もう一つある。
それは、一振りの速さ。経験や技術など度外視の部分。いまだに毎日、何百回も剣を振り続けるレイと、随分と前に剣を鍛えることをやめてしまったジェイルには、その差が生じていた。
だから。
レイは、その部分だけで勝負できる瞬間を待っていた。
大地を踏み割るような勢いで、ジェイルに踏み込んでいく。
二人の視線が交差して火花を散らした。
直後。
夜闇に輝く二つの銀閃が迸る。
一瞬の交錯。
静寂。
そして空白を埋めるかのように――
――ジェイルが地面へと倒れ込み、決着はついた。
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